研究のきっかけ
築60年の西和良中学校(和良中学校と統合し、2011年から郡上東中学校)には、ものすごく固い電灯のスイッチがある。青森県弘前市の伯父の新築の家のスイッチはどれも軽く押しやすかった。なぜスイッチを押すのに必要な力が違うのか。
研究でやってみたいこと
使いやすいスイッチ(「使いやスイッチ」)には、いくつかの条件があると思う。次の4点について考えていきたい。
① | 学校にある高い位置のスイッチは押しにくい。押す指の角度と押しやすさには関係があると思う。 |
② | 学校では角度の大きいロッカースイッチが押しにくかった。スイッチの角度と押しやすさには関係があると思う。 |
③ | てこは支点からの距離が長いほど、入れる力も少なくてすむ。スイッチも押す面を長くすると軽くなるのではないか。 |
④ | 伯父の家では、大きなパネルのスイッチが軽く感じた。パネルの大きさとスイッチを押す強さには関係があると思う。 |
《1》スイッチの特徴を見極めよう
【調査】いろいろな所にあるスイッチの力を測定する。
《方法》
力の測定には「ニュートンばねばかり」を用いる。ニュートン(N)とは力の単位で、約100gが1N。今回の研究ではニュートンばねばかりの「押して測定する」側を使い、スイッチのオン・オフそれぞれの押す力を5回ずつ測定し、平均値を出す。
(1)自宅
部屋や廊下、玄関、台所、風呂場などにある埋め込みスイッチのほか、換気扇やガスコンロ、電子レンジ、洗濯機、扇風機(強・中・弱)、テレビ(本体、リモコン)、目覚まし時計など計55個のスイッチについて測定した。
《結果と考察》
メンブレンスイッチ(トイレの流すボタン、電子レンジなど)は、強い力で押さないと反応しないようになっている。
▽埋め込みスイッチでは、4.5Nよりも強い力で押さないと反応しないものはなかった。
▽トイレの流すボタンや扇風機、洗濯機などの上から押すタイプのスイッチは、サイズが他と比べて大きいことが分かった。⇒このタイプは、ささいな物が落下したり物が置かれた場合には反応しないようになっていると考えられる。
▽スイッチの用途と押す力の関係をみると、押す力は家電が全般的に強く、リモコンは弱く作られている。⇒リモコンは指で簡単に押せるようになっている。家電には上から押すタイプのスイッチが多く、とくにガスコンロなど、うっかりスイッチがオンになると危険
なために電灯やリモコンのスイッチに比べて強くできていると考えられる。
(2)西和良中学校
教室や廊下、理科室、音楽室、美術室、職員室、校長室、体育館、ランチルームなど計31個のスイッチについて測定した。
《結果と考察》
校舎2階のスイッチが軽く、1階のスイッチが重い。⇒1階と2階とでは、スイッチが作られた年代が違うのかもしれない。
▽体育館のスイッチが軽さのベスト3に入った。⇒体育館は校舎よりも新しいため、スイッチも改良されていると考えられる。
▽ランチルームのスイッチが予想通り、一番重かった。ランチルームのスイッチ・オンの平均は16.7Nと、わが家の電灯スイッチ力の約5倍もあった。⇒ランチルームが重い理由として、「古い」以外の言葉が浮かんでこない。
▽図書館の電灯スイッチ(オフ:平均約0.8N)が一番軽く、わが家の平均のおよそ1/3だ。わが家の方が「古い」のか。
(3)公民館
大会議室や研修室、調理室、ホールなど計23個のスイッチについて測定した。
《結果と考察》
さすがにロッカースイッチはなく、埋め込みスイッチのみだった。
▽廊下のスイッチ(オン)の力が一番強く約5.0Nだった。⇒廊下のスイッチは事務室にあり、一般の人が使わないために、強めにできているのだろう。
▽大会議室と車椅子用トイレのスイッチが一番軽くできていた。⇒車椅子からでは力が入りにくいため、スイッチの力が弱く作られていると考えられる。
(4)公共の場所
郡上市役所のエレベーター(一般・車椅子)のスイッチ8個、郡上市民病院のエレベーター(一般・車椅子)および病室電灯、ベッドリクライニングのスイッチ22個、和良病院のベッドリクライニング、ナースコール(ベッド、トイレ)などのスイッチ計9個、各務原のイオンのエレベーター(一般・車椅子)、自販機のスイッチ計15個について測定した。
《結果と考察》
エレベーターに注目すると、スイッチを押す力は、施設間でさほどばらつきがなく、3.0N前後の数値が出ている。オン・オフの差もあまりない。
▽エレベーターでは車椅子用のスイッチが軽いと予想したが、あまり差はない。⇒車椅子用のスイッチは低い位置についているため、押す力を小さくしなくてもよいと考えているのだろう。しかし、付き添いなしで車椅子を使っている人にとっては、スイッチを押す力がもっと軽い方がよいだろう。
▽郡上市民病院と和良病院のベッドリクライニングのスイッチが一番軽く(2.1~2.2N)作られている。⇒テレビのリモコンと同様に、指で操作しやすくしていると考えられる。
▽和良病院のナースコールのスイッチが、予想以上に重かった(解除用5.0N、トイレ4.5N、ベッド4.3N)。⇒うっかり押すなどのミスを減らすために、少し強めに作られているのだろう。
▽各務原イオンでは自販機のスイッチが強くできていた。⇒低い位置に設置されているため、少し強くても使いやすいのだろう。
(5)新しい家
弘前市の伯父さんの家、最新のモデルハウス(へーベルハウス、パナホーム)のリビングルームなどのスイッチ(計21個)について測定した。
《結果と考察》
新しい家のほとんどが埋め込みパイロットスイッチ(大きなパネルの付いたスイッチ)だった。
▽パナホームの「マロースイッチ」は、全体の中で一番軽く(2.4N)、押しやすい形だった。
▽新しい家だけに、わが家のスイッチ(平均3.4N)よりも軽いだろうと予想したが、新しいタイプのスイッチの押す力はそれ以上あり、ワースト1は4.3Nだった。⇒力は強めでも、新タイプのものはスイッチ面が広く、複数の指で押すことが多い。指4本で押すとすると、1本の指にかかる負担は1/4の1.1Nほど。さすがは新型だ。
【分析1:ONとOFFの関係】
調査(1)~(5)のデータについて、オン・オフの力の大きさを分析する。
(1)自宅のスイッチ(55個)
《結果と考察》
このうち、一番よく使う電灯用スイッチ(17個)について調べると、オンの方が押す力が大きいON>OFFは15個(88%:トイレ、台所、玄関)、ともに力が等しいON=OFFは0個、オフの方が大きいON<OFFは2個(12%:部屋、階段)だった。⇒電灯用スイッチのほとんど(88%)がオンの方が強いのは、うっかり電灯がついてしまうのを防ぐために、強い力で押すようになっているのではないか。プッシュスイッチはオン・オフの強さが等しいものが多く、電灯用として使われている所はなかった。
(2)西和良中学校のスイッチ(31個)
《結果と考察》
数の多い電灯用スイッチ(24個)について調べると、ON>OFFが19個(79%:1・2・3年教室、ランチルーム)、ON=OFFは0個、ON<OFFは5個(21%:校長室、東西玄関)だった。⇒オンの方が大きいものが多いのは、自宅の場合と同じように、うっかりスイッチが入るのを防ぐためだろう。プッシュスイッチはオン・オフとも等しかった。体育館(1996年建設)はスイッチが新しく、オン・オフも軽かった。
(3)公民館の電灯用スイッチ(23個)
《結果と考察》
オンの方が大きいものは全体の17%しかなかった。自宅や学校にはなかったON=OFFが多く、とくに大きな配電盤を使用する大会議室でこのタイプが多かった。
(4)公共の場所(郡上市役所、郡上市民病院、和良病院、各務原のイオン)
《結果と考察》
エレベーターのデータは、どの施設もほとんど一定のため、あまり比較にならなかった。エレベーターのスイッチの力は、一般用も車椅子用もあまり変わりない。車椅子用のスイッチは低い位置にあるため、力を弱くしなくても使いやすいのだろう。病院のベッドリクライニングのスイッチは、ON=OFFのものだけだった。やはりプッシュスイッチにはON=OFFが多い。
(5)新しい家
《結果と考察》
モデルハウスではON>OFFが1個もなかった。最新の家では「つけやすさ」を重視していることがよく分かる。ON>OFFが多い伯父さんの家は2004年ごろ建てられたものなので、その頃とは方針が違うのかもしれない。
【まとめ】
自宅、中学校ではON>OFFが圧倒的に多い。これに対して、新しい家ではON<OFF、ON=OFFが多い。このことから、スイッチの製造年代によって「ONとOFFの関係」が違ってくるのではないだろうか。
【分析2:スイッチの年代別特徴】
西和良中学校の校舎、公民館、自宅、新しい家(伯父さん、モデルハウス)を建築年代別(40年以上前、30年前、10年前、新しい)に分けて、スイッチのオン・オフそれぞれの力の年代別変化を分析する。40年以上前の建築は中学校校舎、30年前のものは公民館と自宅の一部(2階部屋・廊下)、中学校の校長室・音楽室、10年前のものは自宅と中学校の美術室、体育館倉庫、新しいものは伯父の家、モデルハウスとした。
《結果と考察》
単純に各年代別オン・オフの平均値をまとめたら、新しい家の数値が予想と違って大きく出てしまった。新しい家のスイッチパネルは大きく、押す力も複数の指に分散することから、4本指で押した場合の1本指分(1/4)の力として結果を修正した。その結果、スイッチが古いものほど押す力は強く、新しいものほど軽くなる傾向が得られた。
【分析3:スイッチのメーカー別特徴】
調査データをメーカー別および製造年代別に分けて、オン・オフの力の違いを分析する。
《結果と考察》
「日立」(1960~1970年代)が使われていたのは中学校の一部(階段・玄関・廊下・ランチルーム)、「ナショナル」(1980年代)は中学校のほとんどと公民館、自宅の一部、「ナショナル」(2000年代)は自宅と中学校の一部(美術室、体育館倉庫)、「松下」(2005年)は伯父の家、「パナソニック」(2010年)はモデルハウスで使われていた。分析2のときと同様に、伯父の家とモデルハウスのスイッチの力を1/4に修正した。その結果、オン・オフともに、製品の年代が新しくなるほど力の数値が下がる傾向で、新しいパイロットスイッチのパナソニックと松下が一番軽いことが分かった(ちなみに「ナショナル」「松下」「パナソニック」は同じ会社)。1980年代のナショナル製のロッカースイッチが予想以上に軽かった。⇒ロッカースイッチの押す面は小さく、力が強いと指への負担が大きくなるので、弱くしてあるのかもしれない。
【追加実験1】
分析3ではスイッチの製造年代が違い、メーカー別の比較ができなかったので、新品のパナソニック製と朝日電器製を買って調べた。
《結果と考察》
埋め込みスイッチ、ロッカースイッチのオン・オフともに、朝日電器の方がパナソニックよりも重かった。ON=OFFが多いことから、最近はON、OFFの一方に負担をかけ過ぎないことを重視しているのかもしれない。
【追加実験2】
友人宅の東芝製スイッチ(門灯、階段、浴室)を調べた。少し古い(1980年~)ので全般的に固めだった。
《2》人は1日にどれだけスイッチを押すか
「家族(僕と母)が日常生活(朝起きて夜寝るまで)で操作するすべてのスイッチと荷重(ニュートンばねばかりで測定)を調べる。それを基に、車椅子で生活する場合のスイッチのあり方、改善点などを考察する。
【調査】
スイッチを操作(オン・オフ)した回数、荷重は、僕の平日の場合は274回・計537.4N、休日の場合は229回・計593.4N。テレビのリモコン操作が約70回と多い。母(小学校の職員)の場合は平日7137回・計1891.1N(パソコンのキーボード操作7000回《A4×2ページ分として》・計1400Nを含む)、休日は168回・計535.2N。家事関連でのスイッチ操作は、僕の休日55回に対して、母の休日は約1.7倍の91回と明らかに多い。
【実験】
車椅子の生活を想定し、椅子に座ってスイッチに手を伸ばしたときの角度を調べたら約60°だった。壁のスイッチを立った状態で押した場合と比べると、車椅子では1.7倍の力が必要だ。
《考察》
僕の1日(休日)に操作するスイッチのうち、電灯が63%(全荷重の50%)、リモコン22%(同33%)、その他15%(同17%)だ。一生に押すスイッチの半数は電灯のスイッチということになる。電灯のスイッチを押す力の軽減は、障害をもつ人や高齢者にとっての「住みよい暮らし」への重大なポイントだ。
《3》「使いやスイッチ」の条件とは
使いやすいスイッチを作るための条件を探る。
【実験1】
スイッチを押す時の腕の角度によって、かかる負担はどう変化するか。
《方法》
壁のスイッチを、壁からの角度30°、45°、60°、90°で押して比較する。
《結果》
角度が90°(スイッチに垂直)に近づくにつれ、押す力が少なくなった。
【実験2】
スイッチの面の長さ(指の当たる距離)によって、押す力はどう変化するか。
《方法》
スイッチに板を当て、1cmずつ指で押す距離を変えて、押す力を調べた。
《結果》
押す力(y)と押す面の長さ(距離、x)は反比例の関係(y=3/x)にあった。てこの原理で、支点から指を当てる力点までの距離が長いほど軽い力で押せる。
【実験3】
スイッチの指の当たる面の角度によって、押す力はどう変化するか。
《方法》
スイッチ面の角度20°、30°、40°、50°での押す力を測定した。
《結果と考察》
角度が小さくなるにつれて、押す力も小さくなる。新しいパイロットスイッチの角度も約3°と小さい。角度の大きいロッカースイッチ>埋め込みスイッチ>パイロットスイッチの順で押す力は軽くなっており、年代別の比較データとも一致する。
【まとめ】
「使いやスイッチ」の条件は、①押す面を大きくする②オン・オフの力を同じにする③斜めから押しても軽くなるようにする④押す面を長くする⑤押す面の角度を小さくする。
《4》「使いやスイッチ」を製作しよう
今までの調査や実験データ、「使いやスイッチ」の5条件を基に、既存のスイッチを改良して、使いやすい3タイプのスイッチを作った。
(1) 「車椅子から使いやスイッチ」
壁の埋め込みスイッチ(朝日電器製)のオン・オフそれぞれの上に半円形の大きなパネルを置き、低い位置からでも押しやすいよう、下方に30°傾けて蝶つがいで止めた。2枚のパネルは薄く軽くし、上部は輪ゴムで壁から支えた。押す力は改良前と比べ、オンで約1/11、オフで約1/8の軽さになった。
(2)「軽くて押しやスイッチ(1号、2号)」
《1号》
ロッカースイッチ(朝日電器製)の上に、長円形の大きなパネルを置いた。西和良中学校で最も固かったランチルームのスイッチにもこの装置を付けたところ、いずれも装着前に比べて、押す力はオンで約1/10、オフで約1/11になった。
《2号》
ランチルームのスイッチを押す力は、1号の装置によってもオンが1.7N、オフが1.3Nと、オン側の負担が大きい。そのため、てこの原理から計算し、長円形パネルのオン側の支点からの長さを7.8cm、オフ側を6cmにしたところ、オン=オフ=1.3Nにすることができた。
今回の研究で大切にしたのは、ひとつのデータをさまざまな視点から分析し、考察することだった。悩みながらも、その過程が楽しかった。「科学をくらしに」は僕の信念だ。科学を誰かのために役立てる生き方を、これからも追求していきたい。
審査評[審査員] 宮下 彰
本研究は、閉校となる学校のスイッチが驚異的な固さのため、少しでも軽くし学校を快適にしたい、との動機で進められたものです。ニュートンばねばかりを活用し学校、自宅、公民館、市役所、病院など様々な所でスイッチを押す力をON、OFFに分けて測定。また、スイッチの製作年代の違いやメーカーごとの比較調査、さらに人は1日にどれだけスイッチを押しているかの調査、車いすでのスイッチを押す力調査などを行い数多くのデータを集めました。それらの研究の結果、スイッチの使いやすさには、①面の大きさ、②ONとOFFの大きさ、③面に垂直、④面の長さ、⑤スイッチの角度の5つの条件があることを見出したのです。そして、このことを活用し自作のスイッチを製作し学校で利用してみるという発展的な研究は、中学生の研究として大変優れたものとなりました。
特に、科学の力で学校を快適にしたいとの研究の目的を明確にもち、実験の方法や予想を自ら考え実行していくなど、研究の方法や方向性がしっかりしております。今後の研究がさらに楽しみです。文部科学大臣賞の受賞、誠におめでとうございます。
指導について旧郡上市立西和良中学校 青木 益之
平成23年廃校の西和良中学校の校舎はかなり古く、使用されているスイッチも古いものが残っていた。特に、ランチルームのスイッチを押すには強い力が必要で、生徒の多くが困っていた。最近のスイッチと比べて何が違うのか。使いやすいスイッチの条件とは何か。これがこの研究の始まりであった。
この条件を調べるには、ばねばかりを使って、スイッチを押す力の大きさを測定する方法が有効であると助言した。その後彼は、自宅から公民館等の公共施設を巡り、ひたすらデータを収集するという地道な作業を繰り返した。そして、膨大なデータから使いやすいスイッチの条件を発見することができた。さらに、人にやさしいスイッチという視点から、生徒に試用してもらい、古いスイッチを使い やすくする装置まで完成させた。今回の研究で培った問題解決能力や、人にやさしい科学の視点を今後の進路に是非生かしてほしい。