研究の動機
兄は大学入試を控えた受験生で、私が歌を歌ったり、ピアノを弾いたりすると、「うるさい」とイライラをぶつけてくる。希望の大学に受かってほしいので、音を立てないようにがまんしている。
小学校の運動会では団の優勝のために、1〜6年生の団結が最も大切になる。団結をわかりやすく表すのが、応援の声の大きさだ。でも大声を出すのが得意な人ばかりではないから、最強のメガホンがあったらいい。もしあれば、私の黄団にとって秘密兵器になる。
このふたつの課題は「音が届かないようにする」「音を大きく届ける」と違いはあるけれど、どちらも「音って何だろう?」を探ることで解決できそうだ。私は小学1年生から実験をしてきて、不思議なことを妖精に例えてきた。「音って何だろう?」の不思議を「音の妖精の“ひそひそ”」と名付け、仲よくなっちゃおうと思う。
ひそひその特徴を知る実験1〜3
ひそひその特徴を知るため、実験1〜3を行った。
実験1のテーマは、「私の声はどのくらい聞こえるのかな?」。まず屋外で私のふだんの声がどのくらいまで聞こえるのか、祖父と母、兄に10mずつ下がってもらいながら記録した。口に手を当てながら声を出すと、どこまで聞こえるか(片手、両手まっすぐ、両手まるめるなど、当てる手の条件を変えながら)、マスクをした状態で声を出すとどこまで聞こえるか(枚数を変えたり、口から少し離したり)、聞く人(祖父)が耳に手を当てながら聞くと聞こえやすいのか(片手、両手、指を広げたり丸めたり、当てる手の条件を変えながら)、なども調べた。
実験2のテーマは、「音はどのくらい伝わるのかな?」。体育館にアラームを置き、55m離れた地点から私と母、祖父が近づいていき、音が聞こえた地点を記録した。また、アラーム音の聞こえ方を1〜10までの数値に置き換えて記録してみた。その他、朝の涼しい時と昼の暑い時で音の聞こえ方が変わるのか、電気をつけた明るい時と切った暗い時で聞こえ方が変わるのか、キーボードの高い音と低い音で聞こえ方が変わるのか、音源に対して半円状に聞く地点を変え、向きが異なると聞こえ方が変わるのか、風向きや水の中、空気の濃度で聞こえ方が変わるのかも調べた。実験2では「糸電話ではどのくらい音が聞こえるのか」も確かめた。硬いプラスチック、紙、プラスチック、布などコップの素材を変え、細ロープ、タコ糸など糸の素材も変えながら調べた結果、どんな糸電話でもひそひそが糸の中を揺れながら進み、音が伝わった。糸を枝分かれさせても、90mの糸電話でも音が伝わることがわかった。
実験3のテーマは、「見えない妖精“ひそひそ”をもっと細かく見てみよう!」。ヘリウムガスを吸ってリコーダーを吹いたり、通り過ぎると救急車のサイレン音が変わる仕組みを調べたりした。サイレン音を調べる実験では、キーボードを積んだ車を時速10〜60kmで走らせ、聞こえ方の変化を確かめた。その他、回転した扇風機の羽根で声が変わる理由を調べる実験、三角や四角、穴あき、半球など耳の後ろに当てる“手”の形と聞こえやすさの関係を確かめる実験も行った。
ヘリウムガスを吸ってリコーダーを吹く
実験1〜3でわかったこと
実験1〜3でわかったひそひその特徴はこれだ!!
実験1〜3で、ひそひそはエネルギーであることがわかった。そのエネルギーを使って進み、エネルギーを使い果たすと聞こえなくなる。その特徴は次のとおりだ。
実験4と実験5
実験4の最強メガホン作り
運動会の優勝をゲットする最強メガホンを作るための調査を行った。まず、メガホンがあったほうが本当に音が遠くまで伝わるのかを調べ、明らかに音が大きくなることを確認した。次にメガホンの長さ、形、角度、材質の違いで音の届き方がどう変わるかを調べた。
実験4の結果をもとにした最強メガホンの条件は、次のとおりだ。
最強メガホン作りは最終的に、自分たちでがんばって作った。大変だった。
メガホンの長さと聞こえ方(実験4・db)
メガホンの形と聞こえ方(実験4・db)
最強メガホンの設計図
実験5で兄の集中を守るための工夫
アラームをハンカチやTシャツ、ガーゼなど異なる素材のもので覆ったり、大きさや厚さ、材質が異なる箱に入れたりして、音の伝わり方の変化を調べた。
その結果、覆いも箱も厚くなるほど音が小さくなった。
同じ布でも柔らかく小さな穴が空いている素材は、ひそひそが穴に絡めとられて音もれしにくい。箱は、できるだけ細かい凸凹のあるほうが音もれしにくかった。
そこで、ゴムマットとタオルケット、卵のパックを3層に重ねた防音シート「簡単利亜夢スペシャルシート」を作って、兄にプレゼントした。
最後に、「音は何かを振動させるエネルギーの塊である」というのが、この研究の結論だ。音を伝えるためには、音のまわりに空気や水、ものが必要で、音のエネルギーはそれを振動させて大きく遠くまで音を運ぶ。今回は1万100回の実験を重ね、その結論にたどり着いた。
[審査員] 森内 昌也
小学校理科において音に関する学習が始まりました。本研究は、音の学習に取り組む全国の小学生にとって、学習の指針となるにふさわしい研究内容になっています。日常生活から生じた疑問を研究の動機として明確に位置付け、問題の設定から総論としての結論の導出まで、ぶれることなく問題解決のプロセスが進んでいきます。追究の対象である音の正体を自ら“ひそひそ”と命名し、24の実験を通してその実態に迫りました。研究内容はパネルにまとめられていますが、実験の記録を野帳(実験ノート)に細かく記録してあるので、実験計画の立案と結果の整理にしっかりと取り組んでいる姿が伝わってきました。物体と振動との関係をモデル図に示して考えていく点もすばらしいです。また、「もの作り」も行いました。祖父に体温計の測定終了音を聞かせたいという願いから、これをかなえる器具を開発しました。壮大な研究の結論として、「音は何かを振動させるエネルギーの塊である」と導きました。“ひそひそ”の解明を成し遂げた山西さんの学びに向かう力に、心から称賛の言葉を贈ります。
富山大学人間発達科学部附属小学校 鼎 裕憲
本児は、受験生の兄の邪魔にならないように「音を届かないようにしたい」という願いと、運動会で応援優勝をするために「音をできるだけ大きく届けたい」という2つの強い願いをもち、音について研究を行いました。実験では、温度や明るさ、音の高さによっての伝わり方の違いについて条件を制御して何度も実験しており、再現性や実証性を担保することができました。さらに実験から明らかになったことをもとに、応援合戦で使える巨大メガホンや、音を遮断するオリジナル防音壁を作りました。また、いつも研究に協力してくれている祖父の耳が遠くなってきたことを知り、体温計の完了音を聞こえやすくする補聴器も開発することができました。日常生活にある願いを科学的に研究し、その成果を再び日常生活や人のために役立てようとした研究となりました。