研究のきっかけと目的
キバネツノトンボは全国的には珍しい昆虫で、16都府県でレッドリスト(絶滅危惧種)に記載されている。小美玉市には場所によって豊かに生息していて、数年前からたびたび観察してきた。2020年春、所属する「小美玉生物の会」の定例調査会で、キバネツノトンボの基礎的な生態や生活史がほとんど明らかになっていないことを知り、とても興味深く思った。昆虫班のメンバーを中心に、この虫の羽化前の姿を見たいという話になり、皆でまゆ探しをした。ずいぶん探しても見つからず、逆にいっそう興味がわき、この虫について自由研究に取り組むことにした。今回が2年目の研究になる。
前回は、キバネツノトンボの出現シーズンと、新型コロナウィルス感染拡大による休校期間とが重なり、大変充実したフィールド活動ができた。前回の連日の観察でわかってきたことを、今回は調査や実験で具体的な数値データを得ながら、再現性を含めて実証したい。生態を明らかにすることで、絶滅を危惧されるキバネツノトンボが、どのような環境を必要としているのかを考える。
キバネツノトンボという昆虫
ツノトンボ科の昆虫は日本に5種生息し、茨城県を含む本州ではオオツノトンボ、ツノトンボ、キバネツノトンボの3種が見つかっている。トンボと呼ぶがトンボの仲間ではなく、ウスバカゲロウ(アリジゴク)などの仲間だ。カゲロウ目とも別の昆虫で、不完全変態のトンボやカゲロウと違い、サナギを経て完全変態で成虫になる。
研究対象にしたキバネツノトンボは、アミメカゲロウ目ウスバカゲロウ科ツノトンボ亜科、体長22~25mmでメスのほうが少し大きめ。成虫が見られるのは4月末から6月初旬頃、分布域は多くの文献で本州、九州とされているが、調べてみたところ九州には記録も標本もないことがわかり、生息していないと考えている。肉食で成虫は飛行中に他の飛行中の小昆虫を捕食する。
チョウのように先のふくらんだ長い触角、トンボのように大きな複眼、翅はトンボやカゲロウにも似て、翅の閉じ方はガにも似て、飛ぶ姿はハチにも似ている。
全身が鮮やかな黄色と黒のツートンカラーで、翅がとても特徴的だ。前翅は基部にほんのり黄色みがさしているのみでほぼ透明なのに、後翅は黄色と黒の独特な図柄の模様で透けていない。翅を閉じた状態では、下の後翅が透けて見えている。胴体はチョウやトンボと比べ太く短く、頭から腹まで真っ黒でモフモフの毛に覆われ、脚は黄色に黒いソックスをはいているような色合いだ。オスは、おしりの先にはさみ状の突起が付いている。
昼行性、草原性の虫とされ、晴れた日中には草原上空を飛び交う姿が見られる。幼虫はアリジゴクに似ていて、アリジゴクと同様にまゆを作ってサナギになる。
絶滅の危機に瀕する虫とされるが、茨城県でも生息地は局所的で、どこにでも見られる虫ではない。水戸市、大子町、笠間市、茨城町、つくば市、牛久市、古河市、結城市などで生息記録があるが、消滅した生息地もある。小美玉市には複数の生息地、生息記録があるが、生息する場所は限られている。
フィールド活動での観察の様子
研究の方法
前回と同じように、4月初旬から週末を中心にポイントへ行き、フィールドでキバネツノトンボの成虫や卵塊を探し、生息状況、日々の様子や活動を観察、記録した。観察結果をわかりやすく数字やデータで示せるように、おもに以下の調査や実験を行った。また、自宅で飼育して観察し、実験も行った。
産卵から孵化までの日数の調査
前回、環境や時期によって、キバネツノトンボの産卵から孵化までの日数が変わることに気がついた。今回は産卵シーズン初期から終盤まで、産卵シーンを見るなど産卵日がはっきりわかる卵塊を見つけたら、卵塊が産みつけられた植物に産卵日を書いた札を結びつけ、孵化まで何日かかるかを調べた。
産卵場所のヤラセ実験
前回、キバネツノトンボの産卵場所の好みがわかったので、フィールドに絶好の産卵場所をセッティングして、そこに産ませる(産むかどうかを試す)という実験を行った(これをヤラセと呼んでいる)。
産卵する植物の調査
短く切った毛糸を用意し、シーズンを通して卵塊を見つけるたびに、卵塊が産みつけてある植物に毛糸を1本ずつ巻いていった。あらかじめ毛糸の本数を数えているため、残った毛糸から見つけた卵塊の数がわかる。産みつけられている植物がキバネツノトンボが最も好むメリケンカルカヤ以外だった時は、写真を撮って記録を残し、植物それぞれの数と全体の割合を出せるようにした。
卵塊の長さ(卵の数)の調査
前回、シーズンの終盤に産卵された卵塊は、それまでに見つけた平均的な卵塊より明らかに小さいものばかりだと気がついた。今回はシーズン終盤、6月20日以降に新しく見つけたまだ白っぽい(白っぽいものは産みつけられて数日以内。カラーサンプルで色の基準を決めた)卵塊すべてを撮影し、卵の数を数えた。卵塊の長さ(卵の数)の平均値は、前回の卵塊調査の数値を用いた。
飼育による観察・実験
オスとメス1体ずつのシーズン標本を採るのと、摂食行動を観察する目的で、キバネツノトンボを自宅で飼育した。自然下での繁殖になるべく影響がないように、オスは繁殖期の後半に入る頃、メスは産卵期の後半に入る頃、それぞれ1~2匹を採集して自宅へ持ち帰った。標本にするのは1体ずつなので、標本にする必要がなくなった個体はフィールドに逃した。また、不全個体など特徴のある個体についても、状態によっては採集し、飼育して標本とした。
前回はビニール袋で飼ったが、今回はネット容器のなかにプラスチックの植木鉢を置き、土を入れてメリケンカルカヤの立ち枯れを差した飼育セットを用意した。飼育セットはときどき屋外に出したが、基本的には玄関内に置いた。餌を与える時はセットから出し、自分の机で餌やりをした。
摂食行動観察(餌やり)実験
前回、翅をつまんで空中に持ち上げ6本の脚で餌を持たせるようにすると、脚でクルクルと回しながら餌の翅や脚などの不要な部分をかじって切り捨て、丸めて食べる様子がくり返し観察された。今回も再現性を確かめるため、同じように餌やりする実験をした。
飼育期間中はなるべく毎日、長くても3日に1度は餌やりをした。昼行性なので昼間に餌やりの時間を作った。スマートフォンを固定して、餌を食べる様子を撮影した。
今回通ったおもなポイント(いずれも小美玉市内)
研究の結果
フィールドでの生息状況
今回、オスの初見は4月11日、メスの初見が4月20日だった。小美玉市のキバネツノトンボの成虫は4月中旬から出現し、6月下旬まで生息することが確認できた。
発生時期、生息期間とも、雌雄差があることもわかる。初めてオスを見かけてから5日ほどはオスしか見ることがないが、交尾の時期が終わる頃にオスは一気に姿を消す。その後、メスしかいない期間が1か月以上もあり、メスだけになるとほとんど目撃できない。見ることはないが、草原の卵塊が増えるので生息は確認できる。なぜ目撃できないか、草原性の虫とされるキバネツノトンボは実は、「森に帰る虫」なのではないだろうか。求愛、産卵、採餌など仕事がある時以外、草原に隣接する雑木林などの「家」でじっとしている可能性を考えている。
キバネツノトンボが草原上空を飛び交う姿が見られるのは求愛行動期間だけ、小美玉市では4月下旬から5月中旬までの3週間ほどだ。この昆虫を普通に見られる期間は、その求愛行動期間を中心に1か月ほどしかない。
*上段のラインは前回の生息状況
生息場所の観察結果
金色が広がるイネ科のメリケンカルカヤの立ち枯れがそよぐ草原が、キバネツノトンボの最も好む草原だ。今回も、メリケンカルカヤ立ち枯れがほとんどを占める、金色の草原に数多く生息していることが確認できた。緑の草原や背の高い草に覆われた藪に、この昆虫はいない。
ただ、草地環境があるだけではダメで、森林と水場と草原が揃った3点セットの場所を必要とするらしい。典型的な生息地は雑木林(森林)の一部が切り開かれて草原になり、近くに池や川がある場所。このことからも、キバネツノトンボが森林を家とする「森に帰る虫」である可能性が考えられる。
また、この虫の生息環境を「乾いた草地」とする文献もあるが、安定して生息しているフィールドでは地面の一部に苔が生えている。草原の一部が湿地状態になっていたり、時期によって水没したりする生息地もある。
今回初観察したオス(上・4/11)と最後に観察したメス(下・6/20)
活動時間についての調査
キバネツノトンボの生態で特徴的なのが、日光に非常にはっきりと反応することだ。活動時間は晴れた日の正午を中心に5~6時間ほど、活動中も日が陰ると飛ぶ姿は見られず、夕方が近づくと全く飛ばなくなる。
キバネツノトンボが森に帰る虫だとすると、高い木の一部になったかのように動かず留まることで、捕食者から身を守っている可能性もある。
成虫は、飛ぶか茎や草に垂直に留まるか、そのどちらかだけで生きている。脚は棒状のものにつかまる力に特化していると考えられる。
採餌・給餌
キバネツノトンボは飛行中に他の小さな飛ぶ虫を捕らえて、飛びながら食べる。この虫にしてはどんくさい飛び方をしている個体は、よく見るとたいてい何かを抱えている。前回の飼育では、餌をクルクル回しながら翅や脚をかじって捨て丸めて食べていたが、今回の飼育ではダンゴ状に丸めたあと食べるまでに至らなかった。
求愛行動・交尾
交尾は、飛行中のメスを飛行中のオスが脚で捕まえて空中で組むところから始まる。組むのは必ず空中で、メスを捕まえたオスは地面の草などに着地静止し、尾のはさみでメスのおしりをはさんで連結する。連結したらオスはメスから脚を離して、草につかまっている。静止してからの所要時間は3~5分間のようだ。
求愛シーズンには草原上空を多くの個体が入り乱れて飛び交っていて、縄張り意識があるようには思えない。オスは餌であれメスであれ、空中で動くものをひたすら追いかけるように見える。1匹が飛び立つと周囲も次々と飛び立つ。発生初期から求愛期に入る頃、夜も草原に残っているオスが多いが、これは未交尾のオスがメスを待ちすぎた結果だと考えている。何匹ものオスが集まるように茎に留まっている状況も見られるが、そのなかにメスが1匹入っていることが多い。
産卵と卵・卵塊
産卵はオスが姿を消す時期とほぼ同時期、入れ替わるように始まる。オスがいると、メスは飛べばすぐ飛びかかられ、落ち着いて産卵場所を探せないからだと思う。
卵は1mmほどの俵型で、横長の向きに産みつけられる。メスは産卵場所の植物の茎に垂直に留まると左右のどちらかから茎の裏側へおしりを突き出し、おしりを茎の中央奥から横へ動かしながら産卵していく。1個の卵を産むとおしりを手前に戻し、左右の反対側から産んだ卵の対称の位置に次の1個を産む。これを10分ほどくり返して、きれいに2列に並んだ卵塊を作る。卵塊がある茎の位置は人間のひざの高さが多く、最高で70cm、最低で15cmだった。
平均的な卵塊は長さ4cm、卵の数は55~60個ほど。産みつけられる植物の種類は何といっても、メリケンカルカヤの立ち枯れが好まれる。前回の研究では500以上の卵塊を見たが、少なく見積もってもその95%以上がメリケンカルカヤの立ち枯れに産みつけられていた。
今回はメリケンカルカヤの立ち枯れが刈り取られたポイントもあったが、それでも全412個の卵塊のうち310個、75%の卵塊がメリケンカルカヤに産みつけられていた。続いてニガナ、ブタナなどキク科の植物が計76個で18%だった。また一部文献のススキが産卵場所という記述はあるが、ススキでは6個しか確認できなかった。
今回、孵らなかった卵は全体の5%ほどだったと思う。傷んだ卵塊にアリが来ていることが多く、孵化後の卵殻をヤブキリが食べているのを観察したので、アリやヤブキリが卵塊を食べたのかもしれない。立ち枯れが選ばれるのは水分が少なく変化しにくいことと、天敵を避けることが理由ではないかと思う。
またキバネツノトンボには、草がびっしり生えているところを避け、地面が見える程度にまばらな生え方をしている場所を選び、産卵する傾向がある。この傾向に気がつき、前回と今回で通算4か所、産卵場所のヤラセ実験を行った結果、100%産卵させることに成功した。たとえメリケンカルカヤの立ち枯れがあっても密集して生えている場所は避けられ、開けたところの植物を選んでいることも確認できた。その原因は、孵化したばかりの幼虫の習性にあると考えている。
孵化して殻から出た幼虫たちは茎の上へと移動し、下を向いて密集する。そこから生活の場である地面に落ちるのだが、皆がなるべくバラバラになるように、少しでも遠くへ散らばるように落ちていく。通常孵化から丸1日ぐらいの頃に(遅くとも翌々日ぐらいまでには)、体の準備が整うと軽い刺激で自ら地面へ落ちていくようだ。
左右から茎の裏へ産みつける産卵の様子
シーズン終盤に産卵された11の卵塊の卵数
卵塊の長さ(卵の数)の調査結果
産卵シーズン終盤の卵塊についての調査では、今回も想定どおりの結果が得られた。終盤に産みつけられた卵塊はどれも小さいサイズばかりになっていた。これは、キバネツノトンボがカマキリと同じように、メスは蓄えた精子で何度か産卵するため、最後のほうは一気に小さくなるのだと考えている。
孵化と初齢幼虫
産卵から孵化までの所要日数は前回、フィールドと室内で管理した卵塊とでかなりの差があった。フィールドでは22~27日だったが、室内の卵塊は19日目に孵化した。室内で孵化が早まる原因は、気温が高いせいではないか。その仮説が正しければ、卵塊が産みつけられた時期によって、孵化までの所要日数は変わるのではないかと考えた。
今回行った産卵から孵化までの日数調査の結果から、孵化までの所要日数が時期によって違うことが確認できた。産卵期に入ったばかりの初期の頃は産卵から孵化までの日数は32日ほど、それが末期では最短14日になっていて、所要日数は半分以下になる。100%予想どおりの結果で、気温が高くなるほど卵の孵化は早まっている。
研究の感想
キバネツノトンボはこれまで研究観察されてこなかったようで、その生態は不明なことも多い。この研究は、ほぼすべて新しい知見や考察といえるのではないかと思う。全国のレッドデータ担当部署、各地の博物館、自然環境センター、昆虫同好会、大学などの専門家の先生方に問い合わせながら研究を進めたところ、とても勉強になる話を聞かせていただけた。研究内容に注目していただき、自分の発見や考察に自信を深めることもできた。
九州での生息例を調べるうち、「キバネツノトンボは甲信地方周辺地域が原産である」「外来種メリケンカルカヤとともに分布を拡大している」という仮説を持つようになった。真偽が明らかになる日が楽しみだ。
[審査員] 友国 雅章
キバネツノトンボは本州と九州に分布するとされていますが、生息地が限られる珍しい種類です。内山君が住んでいる小美玉市には比較的多く見られ、その有利な立地条件を生かして、彼は2020年にこのツノトンボの研究を始めました。この年は成虫の観察により生存期間、活動時間帯、食性、交尾、産卵など、これまでほとんど知られていなかった事柄を含めて非常に多くの結果を得ました。この経験を基に、2021年は事前に立てた綿密な研究計画に沿って、野外調査を主体に屋内飼育も取り入れて、成虫の生態の観察をより深めました。
キバネツノトンボは生息地が限られることもあって、研究した人が非常に少なく、どのような生活をしているのかについても詳しいことはよく判っていません。内山君の研究で明らかになった多くの事実は、これまでの知見を大きく書き換え、現在16都府県で絶滅危惧種に指定されている本種の保護活動にも大いに役立つと思われます。本人も書いているように、今後は幼虫期の生態解明にも取り組まれる事を期待します。
内山 えりか
この研究のベースは、小学生の、潤沢とはいえ2年間だけの、素朴な日々の「観察」です。でも、「研究」の成果である「新発見」がたくさんあったと思います。「研究」とするならばテーマを絞るべきかとも考えましたが、この昆虫に関する既存情報の現状から、また、子どもの研究ということからも、敢えて広く雑多なトピックを複合的にまとめ、生態の全体像に迫ってみました。
子どもならではの、先入観に囚われない真っ直ぐなものの見方、柔らかい感性、使える時間、子どもだからこそできる、子ども時代にこそ大切な研究活動というのもあるかと思います。自然の中には、まだまだ知られていないことがたくさん眠っています。もしも子どもが生き物に興味を持ったなら、とりあえず不用意な否定の言葉はのみ込んで、好奇心に寄り添ってみてはいかがでしょうか。一緒に野に出て、一緒にワクワク覗き込み、作業を見守り、考えを話し合い、私もとても楽しかったです。