第65回入賞作品 中学校の部
オリンパス特別賞

心臓病で苦しむ人を助けたい! 安価で高性能な血液ポンプの開発

オリンパス特別賞

富山県富山大学教育学部付属中学校 3年
張 契洙
  • 富山県富山大学教育学部付属中学校 3年
    張 契洙
  • 第65回入賞作品
    中学校の部
    オリンパス特別賞

    オリンパス特別賞

研究の動機

 小学3年生の時、手塚治虫著の歴史的漫画で完全人工心臓(半永久的に手術のいらない人工心臓)が未開発であることを知り、人工心臓に興味を持った。人工心臓には心臓を摘出してポンプ機能を代行する全置換型人工心臓と、心臓を温存して補助する補助人工心臓がある。現在、日本国内を含め、世界で実用化されている人工心臓の多くは、無拍動型の補助人工心臓だ。心臓と同じような拍動で血液を流すのではなく、インペラ(羽根車)を高速回転させて血液を流す、連続流型が主流になっている。
 しかし、流通している連続流型の補助人工心臓はほとんど左心用に作られ、右心用の開発は後れをとっている。左心は右心より約5倍圧力が高く、左心用補助人工心臓を取り付けると、左心がより血液を吸い上げて右心機能が損なわれる可能性もある。右心は左心に比べ疾患が少ないとはいえ、無視できない数の疾患があるため、右心用補助人工心臓(Right Ventricular Assist Device)を開発したいと考えた。

研究の目的

 この研究の最終目標は、完全人工心臓を発展途上国に無償で提供すること。発展途上国では心臓移植を待つ間、補助人工心臓を植え込み、延命措置を受けられる例が少ない。現在の研究テーマは右心用補助人工心臓の開発だが、今後は左心用補助人工心臓も作り、最終的に完全人工心臓を製作することが夢だ。
 無拍動の連続流型補助人工心臓には、遠心ポンプと軸流ポンプの2つのタイプがある。遠心ポンプは円盤状のインペラを内蔵したポンプで、中心に血液の入り口、外周部に出口がある。インペラは、回転軸に対して垂直についている。
 軸流ポンプのほうは血液の出入口が両端にある円筒形で、円筒の中の回転軸に放射状に羽根を並べた構造だ。
 人工心臓ポンプの最大の問題点は、血液の溶血(血液中の赤血球膜が破壊され、ヘモグロビン溶液が血漿へ溶け出した状態)と血栓の発生である。血液成分を壊さない性能が課題となる。
 今年度の研究では、血液成分を壊さない右心用遠心ポンプ型の補助人工心臓を作ることを目指す。そのために、3つの目標を立てた。
 目標1は、右心用人工心臓として使用可能な全揚程25mmHgの圧力を持ち、最大流量5L/分を達成すること。揚程というのはポンプが液体を吸い上げる高さのことで、全揚程は高さだけではわからない、圧力や摩擦損失などすべてを含めた吸い上げる力のことだ。
 目標2は、騒音を極力なくし、熱を発生させず、溶血を起こしにくくすること。
 目標3は、実験結果から全揚程など遠心ポンプ自体の工学的な性能評価も行うこと。


インペラを内蔵した遠心ポンプ、上が血液の入り口、右が出口

過去の遠心ポンプ作り

 遠心ポンプ型の補助人工心臓は、インペラの回転で血液を送り出す仕組みだが、回転を安定させるためにインペラの軸をケーシング(インペラを設置する血液ポンプ容器)で支える必要がある。従来の遠心ポンプは、モーターから伸びた回転軸をインペラに取り付けて支えるものだった(軸受式)。
 この研究でも、2022年度から軸受式の遠心ポンプの製作を始め、血液を流すのに最適な羽根の枚数やケーシングの高さなどを実験で確かめながら開発を進めた。最終的に、インペラとケーシングを3DCAD(コンピュータで設計やデザインを行うこと)のソフトfusion360を使って改良し、光造形3Dプリンタで造形した軸受式の遠心ポンプを組み立て、電圧2.5Vで4L/分の流量を達成した。成人男性の全身に血液を送ることができる能力だったが、溶血が起こった。回転軸とケーシング下部が高速回転して熱を発生させるため、血液が入ると簡単に溶血してしまう。溶血を減らすためには、軸のないポンプの開発が必要不可欠だと考えた。
 軸受式の失敗を経て開発したのが、No.3マグネットポンプだった。インペラに永久磁石を埋め込み、その対面に設置した永久磁石をモーターで回すことで、軸のないインペラを回転させる。マグネットポンプは従来、2つの磁石の反発力を利用してインペラを回転させるが、磁力の調整が難しかった。2つの磁石が引き合う力、吸引力も難易度は高いが、次の手が考えられたことから、吸引力を利用することにした。No.3マグネットポンプは永久磁石をインペラ下部に取り付け、インペラの下部を吸引しながら回す方式にした。軸受機構はピボット式を採用(インペラ表面とそれを支える部分に凹凸機構を設け、インペラがずれないようにする。上下2か所に設置)し、実験で能力を確かめた。
 結果、電圧2.5Vで2L/分の流量を達成したが、下部の摩擦で溶血が発生してしまうことがあった。磁石の吸引力が強すぎてケーシング下部が湾曲した。

No.6 マグネットポンプ作り

 今年度の研究ではNo.3の課題を克服するため、No.6マグネットポンプを開発した。軸受機構はピボット式をやめ、非軸受式と動圧軸受を併用することにした(磁石の力でインペラを浮かす機構と、狭いくさび形隙間やステップ形隙間に入り込む血液が隙間を押し広げる時に発生させる流体力を利用してインペラを安定させる機構を併用)。
 さらに、血液の成分を傷つけず十分な流量を得るため、形状や羽の枚数を変えたインペラ1〜4を用意した。

 No.3は下方向だけだったが、No.6マグネットポンプにはインペラの上と両脇方向にも永久磁石を設置し、三方向との吸引力でバランスを取りながらインペラを浮上させた。ところが動作確認をしたところ、上下の吸引が強すぎてインペラが動かず、上の永久磁石を一部取り外すことになった。三方向といえなくなるのではと心配したが、砂鉄を使い確認したところ、上方向にも磁力線が発生しており、三方向からの吸引は達成されていた。

研究の結果

 最終的に、最初の目標は達成できたのか。全揚程25mmHgの圧力、最大流量5L/分が目標1だったが、No.6マグネットボンプ(インペラは3を使用)が全揚程25.3mmHg、最大流量3.1L/分を達成した。右心室が作り出す圧力は25mmHgだ。揚程面では右心室を完全に補助できる結果となった。目標2については、No.6マグネットポンプ(インペラ3)が、内部で擦れる部分がなくなり、小さなドローン用モーターに変えたこともあって、騒音も極力なくすことに成功した。市販のポンプと比較実験で確かめたところ、No.6マグネットポンプ(インペラ3)が溶血を起こす割合は2倍だった。しかし手術で使用することを仮定した計算でもヘモグロビン濃度が正常だったため、ポンプとして安全であることはわかった。目標3については、CFD解析と流体力学や磁性計算で性能の証明ができた。
 以上のことから、仮に手術中に使用しても、流体力学的な観点からは、人に使えるレベルの機能を得た。


No.6 マグネットポンプ(インペラ3)

指導について

杏林大学 保健学部 臨床工学科 教授 磯山 隆

 このたびは栄誉ある「オリンパス特別賞」受賞の一助となることができ大変光栄に存じます。誠にありがとうございました。指導者という位置付けなのかもしれませんが私にとりましては「指導」しているというよりも「伴走」しているという感覚です。この研究では血液ポンプという特殊なテーマに取り組みましたので、1冊で済むような体系的な教科書がありません。そこでまずポンプの観点から工業用ターボポンプの教科書をソルス君自らが探してきて読破しながら設計を進めました。
 かつ血液は脆弱な赤血球を多数含んでいるため、赤血球を壊さないようにポンプの羽根とケースとの間隔を敢えて広くしたり、羽根をマグネットカップリングで非接触駆動したりした結果、たくさんのポンプを設計・試作・実験した試行錯誤の記録が今回の大作に繫がったと考えています。今回の受賞を励みとして今後も研鑽することで立派な研究者が育っていくのが楽しみです。

審査評

[審査員] 小澤 紀美子

 継続してのオリンパス特別賞の受賞おめでとうございます。小学3年生から手塚治虫さんの歴史的なマンガに触発されて「未開発である完全人工心臓」に興味して関心を持って探究してきた研究で、多様な分野の方からの支援や助言をいただきながら研究者としての初心を忘れず、追究している姿には頭が下がります。  今回の論文では、3つの仮説を明快に設定して、それらをクリアしている研究者としての姿勢に感動しております。この研究の背景には、工学系では流体力学、流体工学、電磁気学が、医学系では循環器分野の知見が不可欠で、本研究は、それらの知見を統合していく研究者自身の「熱量とつなぐ力」、さらに「完全人工心臓を開発途上国に無償で提供すること」としての「静かな情熱と力量」が研究をここまで推進させてきていると推察できます。  高校生になっても継続して研究を進め、「静かな情熱と力量」で、実用化を目指していただきたいと期待しております。

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