ドロアワモチ、イソアワモチはカタツムリやナメクジの仲間(有肺類)の軟体動物で海辺にすむ。沖縄地方ではこれらを「ホーミー(あるいはホーミ)」と呼び、伊是名島ではイソアワモチを味噌炒めにして食用にしている。私はこの生き物を小学1年生から9年間継続して研究してきた。
ドロアワモチは体つきがナメクジ状で雌雄同体の、殻をもたない貝の仲間の生物だ。海辺の干潟など、おもに湿気の多い潮間帯(満潮線と干潮線の海辺地帯)の最上部に生息している。より近い仲間の生き物にイソアワモチ(体長6㎝~10㎝)がおり、ドロアワモチはこれに比べて小型だ。イソアワモチは磯浜に、ドロアワモチは泥っぽい場所にすんでいるが、生態はまだ分かっていないことが多い。
ドロアワモチの観察研究は、伊是名島仲田地区のサンテン港近くの干潟で行ってきた。
これまでの研究で、ドロアワモチの転石の下での集団生活は、産卵することが目的だということが分かった。ドロアワモチは日頃は近くのサンゴ礁の岩のかたまりの中で生活しているが、産卵するために、ある決まった転石の下に一定の周期で集まり、いなくなったりしている。産卵は2匹ずつ管を出してつながり、転石の下で一斉に集団で行う。卵は粘液を出して石に固定する。卵から10日ほどして幼生になり、その幼生たちは潮に流されて海中に泳ぎ出す。その後、親たちはまたしばらくすると同じ転石の下に集まり出し、2回目の産卵をする。そして、また同じように卵だけを残し、姿を一斉に消す。これを5月~10月までに5回繰り返していることを突き止めた。
体長は3月に1㎝~2㎝だった小さなドロアワモチが、6月には3.5㎝~4㎝の大きさに成長し、産卵するようだ。11月中旬~2月中旬までの寒い3カ月間は、石の穴の中に入り込み、冬眠することも研究ではっきりした。冬眠の期間中はまったく動かず、食べ物もとらない。冬眠から覚めて外に出て活動を始める日は、水槽で観察しているドロアワモチも、干潟のドロアワモチも同じ2月14日だった。
これまでの研究で、毎年一定の時期に体長3㎜~5㎜の小さなドロアワモチが、干潟の一定の場所に現れることが分かった。このことから、ドロアワモチの幼生(ベリジャー幼生)が潮に流されて海に出た後、また元の産卵のあった干潟に戻って来るのではないか。ドロアワモチの大きさを測定する方法で、解明したい。また、ドロアワモチとイソアワモチとの違いに、イソアワモチの「背眼突起」がある。これがどのようなものなのか、詳しく調べることにした。
① | 毎年小さなドロアワモチが出てくる地点を中心に、一匹ずつの体長をものさしで測定し、記録する。出てきた場所も記録する。 |
② | 昨年の測定記録と比較する。 |
③ | ドロアワモチ、イソアワモチの生態を観察する。 |
④ | イソアワモチのいろいろな背眼突起の形を調べる。 |
⑤ | イソアワモチを研究している大学教授の専門的論文を読み学ぶとともに、解釈する。 |
(1)大きさの測定
(2)イソアワモチの担眼突起
背中にある突起の一部に、背眼を備えた担眼突起がある。1つの担眼突起に3~4個の背眼がついている。
(3)脱皮について
今まで何も思わずに見てきたイソアワモチの行為が脱皮である可能性がでてきた。これは脱皮というより、厚い皮がむけるという現象であり、小さなドロアワモチにも見られた。
(4)ドロアワモチの研究論文から学んだこと
片桐展子氏・片桐康雄氏の『イソアワモチは2種類いる?』という論文と、上島励氏の『イソアワモチの「近似種」について』という論文を読んだ。
ドロアワモチの発生では、これまで、ベリジャー幼生の時期に貝殻を付けていることは知らなかった。しかし、論文によってドロアワモチ、イソアワモチがその時期に殻を脱ぎ捨てて、裸の姿になることを知った。大変な驚きであった。そのことを理解した上で卵からの発生を観察すると、脱け殻のようなものが顕微鏡で確認できた。また、担眼突起や頭部に突き出た一対の触角の先にある目など、改めてイソアワモチの不思議さを知ることができた。しかしなぜ担眼突起が必要だったのかは、まだ謎のままだ。
09年7月11日。私がドロアワモチの研究をしている仲田の干潟で、突然、埋め立て工事が始まった。「もう研究はできないのか」という無念の気持ちと、「生き物の命など、人間にとっては関係ないものなのか」という怖さと悲しさに、押しつぶされそうになった。何年もドロアワモチやイソアワモチ、カニ、貝などを見つめてきたこの場所は、人間の手にかかれば1日でなくなってしまう。友達を失ってしまったような気持ちだ。ドロアワモチは、環境の悪化で内花の干潟でもほとんどいなくなり、仲田の干潟で一番多く生息していた。残るのは勢理客のわずかな干潟のみだ。環境省のレッドリスト絶滅危惧種に指定されているドロアワモチだが、伊是名島からも消えようとしている。
→仲田干潟の生き残ったドロアワモチをバケツに採り、勢理客干潟に避難させた。その後、無事に環境に適応したかどうかを観察しに行ったが、1匹も見えない日もあった。
→8月18日。もともと勢理客干潟に生息していたドロアワモチと混ざり合い、あちこちの転石の下に産卵をしているのを確認した。
ドロアワモチは卵からベリジャー幼生になって潮に流されて海中に行き、再び生まれた場所に戻るということが繰り返されていたことが解明できたが、仲田干潟は埋め立て工事で消えてしまった。幼生たちはもう戻る場所がない。埋もれた生き物だけでなく、旅立った幼生も戻る場所を失ったのだ。片桐両氏と上島氏の研究論文を読み、これまで私が分からなかったイソアワモチの生態を知ることができてよかった。今後私は伊是名島を離れ、この研究も終わってしまうが、これからも伊是名島の自然が豊かであって欲しいと思う。
指導について伊是名村立伊是名中学校 増田佑一郎
「ドロアワモチ」は一般にはあまりなじみのない生物ですが、ドロアワモチ科に分類される殻を持たない貝類の一種です。沖縄本島北部にある伊是名島では集落前の礁湖で漁獲され、「ホーミー」という方言名で食卓に上ります。
彼女は、このドロアワモチの生態を小学校1年生から9年間に渡って継続的に観察・調査してきました。本研究は、高校進学のため本年の4月から島を離れる彼女の、集大成ともいえるものです。
卵から孵化し、幼生としてプランクトン生活をしたドロアワモチが、誕生した干潟に戻ってくるという仮説は、継続した調査の中で彼女が肌で感じた感覚であり、鋭い自然観察眼をこの研究の中で身に付けたことの証明だと思います。
ドロアワモチのサイズの測定という研究手法により、仮説の証明に迫ろうと熱心に研究に取り組む彼女の姿は、周囲の生徒にも、我々教員にも「続ける」ことの大切さとやり遂げることの素晴らしさを教えてくれました。
審査評[審査員] 宮下 彰
本研究は、小学1年生から中学3年生までの9年間、同じ干潟でドロアワモチの体長や個体数、脱皮などの生態を観察し、研究成果を5冊もの長編にまとめたものです。あまり聞き慣れない生物であると同時に、日本でも雌雄同体で殻をもたない貝の仲間であるドロアワモチに関する研究があまりないことに着眼し、継続的に観察を行い、生態を明らかにしてきたことは、中学生の研究としては、大変優れたものです。
特に、自ら仮説を立て、3年間の記録を通しドロアワモチは同じ場所に戻ってくることを解明したことは素晴らしい限りです。
また、今年(中学3年)の夏、突然、今まで観察してきた干潟が埋め立てられたことに論を転じ、観察・発見だけにとどまらず、環境問題にも踏み込んでいます。このように、研究の方向性に広がりが出ており、今後の研究がさらに楽しみです。
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