社会科の歴史の授業で、長篠の戦いについて学んだ。織田・徳川の鉄砲隊が武田の騎馬隊に勝った理由は、長篠城主の奥平氏の家臣、鳥居強右衛門の働きがあったからだ。強右衛門は落城寸前に城を抜け出し、織田・徳川に援軍を求めて走った。長篠城から約30㎞離れた雁峰山で、脱出成功を知らせる狼煙を上げた。その狼煙のおかげで、城に残った味方の士気が高まり、落城を免れた。強右衛門の狼煙がなかったら、戦国時代の流れも大きく変わっただろうという。この歴史を変えた狼煙に興味を持ち、狼煙の煙がなぜ高く上がるのかを調べることにした。
① | インターネットで調べる:狼煙は落ち葉や、葉の付いた生の木を燃やして、煙をたくさん出すようにしている。狼煙の白い煙が数十㎞も離れた遠くの場所でもよく見えるように、高い山や大きな森などが背景となるような場所から上げた。狼煙がきっかけで花火も作られたという。 |
② | 実際に狼煙を上げてみる:学校の校舎と弓道場の間で落ち葉や角材を燃やして狼煙を上げ、煙の様子を観察した。なぜ煙はまっすぐ上がっていくのだろう。 |
③ | 花火屋さんにインタビュー:狼煙の煙が高く上がる理由は、花火屋さんにも分からない。でも「煙の成分や外的要因が、いろいろと絡み合っているのではないか」と話してくれた。 |
戦国時代の合図になるほど、なぜ狼煙は高く上がっていくのか。
① | 煙がまっすぐ上がる理由をモデル実験で調べる。 |
② | モデル実験から、狼煙がまっすぐ上がる原因を解明する。 |
【仮説1】
どんなものを燃やしても、煙は上に上がるのではないか。
〈追究1〉
線香、煙幕花火、竹串、砂糖、小麦粉、お灸、マグネシウムを燃やし、煙の上がり方を調べた。竹串だけはあまり煙は出なかったが、どの煙も上に上がっていった。
【仮説2】
風の影響を受けなくすることで、煙がまっすぐ上がるのではないか。
〈追究2〉
線香の周りを黒い段ボールで囲み、煙の動きがどうなるのかを調べる。
「煙の動き測定装置」を作り、煙の動きの時間的変化を見ながら、段ボールで四方を囲んだ時と、囲まなかった時の煙の上がり方をみる。線香の先端からの煙の高さ、その時の煙の横への広がり(揺らぎ幅)を15秒ごとに30分間記録した。その結果、四方を囲むと、煙は線香の先端付近で横に広がり、漂いながらしか上がらない。風の影響を受けないようにすると、煙はまっすぐ上がることができないことが分かった。
【仮説3】
煙の成分に原因があるのではないか。
〈追究3〉
煙はどんな成分の気体を含んでいるのか。燃焼の際には二酸化炭素や一酸化炭素が発生する。気体検知管を使って調べる。
煙のない室内の空気と煙のそれぞれの二酸化炭素、一酸化炭素の含有率を20回ずつ測定した。室内の空気に比べて、煙には二酸化炭素と一酸化炭素がかなりたくさん含まれていることが分かった。しかし、二酸化炭素は空気より重いのにもかかわらず、煙が上に上がるのは不思議だ。
【仮説4】
空気抵抗を少なくすることで、煙がまっすぐ上がるのではないか。
〈追究4〉
真空デシケーターを用いて、空気抵抗のない真空状態で線香の煙がどうなるかを調べようとした。しかし、酸素がないために線香の火が消えてしまったので、代わりにドライアイスを使うことにした。デシケーター内に置いたドライアイスの煙は、上には全く上がらず、地をはうように周囲に広がった。
【仮説5】
圧力がかかることで、煙がまっすぐ上がるのではないか。
〈追究5-1〉
注射器から上向きに出した煙と線香の煙の動きを比較する。
まず煙をコップに集め、注射器で吸い込んだ。注射器を上向きにし、圧力をかけて煙を出した。線香の煙とは何か動きが違う。もともと上にのぼる性質をもつ煙だから、上向きに煙を観察しても、分かりにくかったのではないか。
〈追究5-2〉
注射器と線香を横にして、煙の動きを比較する。
注射器の煙は(圧力によって)いったん横に進んでから上昇したのに対し、線香の煙は横に進むことなく、そのまま上に上がった。線香の煙は、圧力によって上に上がるわけではない。
【仮説6】
熱による上昇気流が発生することで、煙が高く上がるのではないか。
〈追究6-1〉
線香の煙の温度をサーミスタ温度計で調べる。
50回測ったが、煙の温度は高いところは70℃近く、低いところでは室温(27℃)に近い。室温に限りなく近づくと、上昇気流は発生しないはずだ。
〈追究6-2〉
線香の煙の温度を、高さに分けて調べる。
線香の先端から5㎝ごとに高さを変えて測定し、30回の平均温度を出した。高くなればなるほど、煙の温度は低くなった。高さ約60㎝で室温とほぼ同じになった。煙の温度と室温の差が大きければ大きいほど、上昇気流は発生する。しかしこの考え方では、線香周囲の室温が高いと、煙は全く上昇しないことになる。
〈追究6-3〉
ハロゲンヒーターを用いて、線香の周囲の温度を上げた時の煙の動きを調べる。
周囲の温度を60℃~70℃に保った状態で、線香の煙の5㎝ごとの各高さにおける揺らぎ幅を測定した。室温での煙の動きと変わらなかった。「煙の熱による上昇気流」は最大の理由ではなかった。
【仮説7】
煙自体に理由があるのではないか。
〈追究7-1〉
線香の煙の動きを、あらゆる方向から観察する。
真上から観察すると、煙は螺旋を描くように上がってくる。煙の粒子がぐるぐる回転しながら空気の疎の部分を見つけ、上に向かって上がっているのではないか。それが煙がまっすぐ高く上がる原因かも。
〈追究7-2〉
煙を顕微鏡で観察する。
スポイトで採った煙をスライドガラスの空気孔に入れて、すかさずカバーガラスでおおい、顕微鏡で観察した。動いている煙の粒子が見えたが、すぐにピントが合わなくなる。レンズを上げると再び見えたことから、やはり、煙は回転しながら上がっているのだ。
双眼実体顕微鏡で線香の断面を観察すると、たくさんの空洞があった。線香はすき間を作ることでうまく酸素を供給し、燃え続けることができるのではないか。
〈追究7-3〉
線香の先端に火がつく様子を観察する。
ビデオで撮影し、コマ送り機能で再生して観察した。線香の先端では、火が一カ所につくと、ぐるっと円周を回って火が伝わっていく。
これですべてがつながった。線香の煙がまっすぐ上がるための螺旋運動は、線香に起因していたのだ。線香にすき間を作ることで酸素をうまく供給し、線香の火の高温(400℃以上)を保つ熱を円周上に運搬することができる。この運搬によって、煙が継続的に螺旋運動をし、まっすぐ上がることができるのだ。
〈追究7-4〉
もう一度狼煙を上げ、様子を観察する。
無意識にうちわを使い、酸素を供給しながら火を起こしていた。木や葉が燃え、煙は螺旋運動が活発になって高く上がったが、その時の火の温度は約300℃と、線香よりも低い。しかし煙が上がるには、燃やす火の温度ではなく、燃やすものの熱量が大きく関与する。狼煙は線香よりも温度は低いが、全体の熱量は大きくなり、線香よりもたくさんの煙が大きな螺旋運動を行うことで、上にどんどん上がっていくのだ。
狼煙の煙が高く上がる理由は、
① | 狼煙そのものの熱量が大きいためである。 |
② | 狼煙の熱を伝播しながら煙が上がっていき、煙が空気の疎の部分を見つけ、回転しながら上昇していくためである。 |
審査評[審査員] 小澤紀美子
社会科の歴史で学んだ戦国時代に狼煙をあげて城の抜け出しの成功を知らせ、味方の士気を高めたことに興味を持ち、「なぜ狼煙の煙は高く上がるのか」をテーマに取り組んだ研究です。まずは校庭で狼煙を上げてみる。狼煙を起源とする花火屋さんに理由を問うが不明。そこでモデル実験を開始。煙の立ち上り方を調べる7種類の材料を用いて、7仮説を実証し、風や空気抵抗、気圧などの外的要因は関係がないことを明らかにしています。そして竹串と線香の材質の違い、すなわち線香の空洞によって酸素が供給されて燃え続けることを発見し、その煙は回転しながら螺旋運動によって大きくなって上がっていくことなどの実験から、狼煙そのものの熱量が大きいこと、狼煙の熱を伝搬しながら煙が上がっていき、煙が空気の疎の部分を見つけ、回転しながら上昇していくという原理を見出しています。研究の途中では、なすすべが見出せず手がでなかったり、研究がストップしたこともあったようですが、常に原点にかえり、仮説を再検証し、話し合いや日常の中で見出せる現象と実験で得たことを重ね合わせることにより、チームワークがうまく進み、すばらしい成果を生み出しています。歴史上には、まだまだ多くの秘密としての先人たちの奥深いメッセージが隠されていそうですね。こうした身近なところから探究していく態度を持続して、多くの秘密を明らかにしてください。
指導について刈谷市立雁が音中学校 深谷 瞬
今回の狼煙の研究は、社会の授業で長篠の戦いを学習した保田君の疑問がきっかけになりました。岡崎から約30㎞離れた長篠城で鳥居強右衛門が上げた狼煙が本当に見られるのかということに強い疑問を抱き、煙が立ち上るしくみからその疑問を検証していきました。
実際に学校の隅で焚き火をしたり、理科室で野外用の大型蚊取り線香を燃やしたりして、煙の動きを追いました。そして、やっと真上から煙の動きを見ることで螺旋運動を見つけることができました。煙まみれになりながら粘り強く追究していくことで、1つの結論を見出したことは、彼らにとって大きな自信となりました。
今回、このような素晴らしい賞をいただき、生徒たちは大変喜んでおります。これからも、生徒たちが見つけた疑問を生徒とともに追究し、身近な自然の中に秘められた科学の本質を解明していきたいと思います。