研究の動機
伊是名(いぜな)島の海岸で、小学1年生の時から貝の研究をしている。昨年は、肉食貝に食べられて空っぽになったカラマツガイ類の貝殻を集めた。自然界の中で、お互いに食べたり食べられたりを繰り返している。カラマツガイ類の生態は明らかになってきたが、肉食貝のことはまだはっきりしない。観察を通して、肉食貝のなぞを明らかにしたい。
研究の方法
(1)内花海岸でいろいろな肉食貝を見つける。
(2)海岸の岩=A・A'、B・B'、C、D・D'=にいるコウダカカラマツガ
イと肉食貝(ツノテツレイシガイ)の大きさ(殻長)を測定する。
(3)岩にいる肉食貝(ツノテツレイシガイ)にペンキでマーキングし、移動状
況を調べる。
(4)海岸に流れ着いたカラマツガイ類を集めて、種類や大きさを昨年のデータ
と比較する。
研究の内容
《2010年》
11月16日:コウダカカラマツガイの産卵が見られた。青色のペンキでこの夏にマーキングしたコウダカカラマツガイがBの岩に1匹いた。
12月19日:クロカラマツガイ(大きさ1cm)が産卵していた。クロカラマツガイは動きが速いので、穴の中にも産卵できる。コウダカカラマツガイは穴に産卵できず、岩の上にする。
《2011年》
2月19日:クロカラマツガイが岩のあちこちにくっついていた。裏返すと“顔”の部分から白い管が出ていた。産卵を準備しているようだ。近くでは、穴の中などにすでに産卵している。コウダカカラマツガイの産卵は見られない。Bの岩にいた青色マークのコウダカカラマツガイがまだ生き残っている(※その後、この貝は8月14日には消えた)。
2月20日:クロカラマツガイの産卵があった。昨日は2匹がくっつき、管でつながっているのがあったが、今日は見られない。そばでイソアワモチが2匹、管をさし合ってつながっていた。同じ貝の種類なので、産卵の準備は同じだ。
2月21日:ベニソデガイを初めて見た。内花の浜に流れ着いていた。
4月1日:肉食貝が岩の穴から出て、エサを探していた。満ち潮の時に活発に行動しているようだ。ヒザラガイを食べているツノレイシガイがいた。
4月2日:A~Eの岩にいるツノテツレイシガイの大きさや重さを測った。
4月8日:シオボラが潮だまりで、カニの脱皮に残る肉を食べていた。ヒラカラマツガイの卵を初めて見つけた。岩の上でうずを巻き、白く透き通っていた。
4月17日:ヒザラガイがツノテツレイシガイに食べられていた。コウダカカラマツガイも食べられて、貝殻が穴の中に落ちていた。
4月19日:BとD、D'の岩の肉食貝(ツノテツレイシガイ、テツレイシガイ、レイシガイダマシ)の大きさを測定した。あっちこっちに、食べられたコウダカカラマツガイの殻があった。
4月20日:リーフの岩礁で肉食貝のオキニシを見つけた。大きな貝で、ざらざらしていた。
4月23日:夕方潮が満ちて来ると、同じ岩のコウダカカラマツガイが一斉に動き出した。完全に満ちると、元の所に帰っている。
5月2日:流れ着いたカラマツガイを拾い集めると、小さいのが多い。生まれて岩に付着し、すぐに肉食貝のエサになっているようだ。
5月6日:潮が満ちて岩に近づいて来ると、コウダカカラマツガイやヒラカラマツガイ、クロカラマツガイは動き出す。クロカラマツガイの産卵を2個見つけた。
5月8日:コンクリートのブロックで、口が紫色のトゲレイシガイダマシやオハグロガキなどを見つけた。
5月14日:小さいカラマツガイがたくさん流れ着いている。肉食貝が2匹ペアになり、一緒に行動している。口の形が違うので、オスとメスかもしれない。
5月19日:リーフの岩礁にはいろいろな種類のアクキガイ科の肉食貝が生息している。口の入り口には歯のような突起が並んでいる。
5月21日:岩の割れ目で、変わった貝を発見した。肉食貝の一種のテツボラだった。
5月23日:ヒラカラマツガイが潮が引く直前に、いつもいる所から離れて、卵を産んでいた。
5月25日:潮が引こうとするときに、岩に付いたコウダカカラマツガイが動いていた。同じ岩に変わったイソアワモチの種類が生息しているのを発見した。
5月26日:カラマツガイやアマオブネガイは片方だけ交尾器を出して、2匹がつながっている。イソアワモチは両方が交尾器を出して、つながっている。
6月3日:5月26日に2匹つながっていたアマオブネガイが、白い小さな丸い卵を産んでいた。小さな石の上や穴の中にも産卵していた。 |
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交尾器を出すイソアワモチ |
6月6日:昨日産卵していたコウダカカラマツガイの卵を顕微鏡で調べた。丸い形が変化していたが、まだ動いていない。A'岩にいた「黄」のツノテツレイシガイが見えない。どこへ行ったのか?
6月7日:岩の割れ目や穴の中で、アマオブネガイ科の5種類(キバアマガイ、フトスジアマガイ、マルアマオブネガイ、アマオブネガイ、ニシキアマオブネガイ)の産卵(白くて丸い卵)が見られた。B岩のツノテツレイシガイ(赤・青・黄)は1mほど移動して、コウダカカラマツガイを食べていた。
6月11日:夕方潮が引いてきたら、コウダカカラマツガイがたくさん動き回っていた。2匹のペアが多い。くっついているのを見ると、交尾器の管を口から出していた。あと10日くらいで産卵があるかもしれない。昨年も7月初めに一斉に産卵していた。
6月12日:夕方、岩の上にアラスジアマガイがたくさん出ていた。2匹がくっつき、産卵しているのもあった。6月5日に産卵していたコウダカカラマツガイの卵は、昨日顕微鏡で見たら、たくさん毛が出てクルクル回り、巻貝のような姿に変化していた。それらの卵が今夕、岩から消えていた。この形(ベリーシャ幼生)で海に流されていくことがはっきりした。
6月15日:流れ着くカラマツガイ類の貝殻が最近は少ない。潮の流れが変わったためか、あるいは、食べられていないということかな。
6月16日:A'岩で見えなくなっていた「黄」のツノテツレイシガイが1.3m離れた岩の割れ目の中にいた。B岩の「青」は、他のマークのないツノテツレイシガイと2匹で1つの穴にいた。
ツノテツレイシガイ
研究の結果
(1)いろいろな肉食貝
【アクキガイ科】ツノテツレイシガイ、テツレイシガイ、イシレイシガイ、ウネシロレイシガイダマシ、レイシガイダマシ、トゲレイシガイダマシ、アカイガレイシガイダマシ、キイロイガレイシガイダマシ、テツボラ、ツノレイシガイ
【フジツガイ科】シオボラ、ミツカドボラ
【オキニシ科】オキニシ
【イトマキボラ科】リュウキュウツノマタガイ、ナガイトマキボラ
【オニコブシガイ科】オニコブシガイ、コオニコブシガイ
【エゾバイ科】クチミゾヨウバイ、アクムシロガイ、イシガイ
(2)コウダカカラマツガイと肉食貝(ツノテツレイシガイ)の大きさの変化
コウダカカラマツガイ:130日間で平均0.45cm成長した。1カ月間では約0.1cm、1年間では約1.32cm成長する。
ツノテツレイシガイ:97日間で平均0.7cm、成長した。1カ月間では約0.23cm、1年間では約2.8cm成長する。
(3)ペンキ(赤・青・黄)でマーキングした肉食貝(ツノテツレイシガイ)の動き(6/5~9/23)
①
Bの岩に生息している「赤」「青」「黄」のツノテツレイシガイは、他の岩に移動しない。
・「赤」は3.5cmから4.0cmに成長。範囲は小さいが、移動している。時々「青」や他のマークのないツノテツレイシガイと一緒に、岩の1つの穴に入る。「赤」はメスのようだ。
・「黄」は3.5cmから4.5cmに成長。移動範囲は大きく、Bの岩の端っこまで移動する。「青」と1つの穴に入る。
・「青」は3.5cmから4.5cmに成長。「黄」と同じような範囲で移動する。マークのないツノテツレイシガイと時々1つの穴に入っている。9月後半に「赤」と1つの穴に入り、交尾器を口から出して「赤」の口にさし込んでいるのを発見した。「青」はオスのようだ。
②
A'の岩に生息している「赤」「黄」も他の岩には移動しない。
(4)流れ着いたカラマツガイ類
昨年拾い集めたカラマツガイ類と比べると、種類も大きさも同じようなバランスだ。小さな貝が生まれ、その多くが食べられている。貝殻の大きさで、海の中での成長が見える。
考察とまとめ
たくさんの肉食貝が生息していることに驚いた。ツノテツレイシガイは他の岩には移動しないで、コウダカカラマツガイやヒザラガイ、他の貝の卵などをエサにしている。また、2匹がペアになって、岩の穴に入ったり出たりを繰り返し、それぞれの口の形に変化(違い)が見られることから、ツノテツレイシガイなどの肉食貝にはオス・メスの区別があり、「雌雄同体」ではないのかもしれない。
しかし、岩の上の肉食貝(ツノテツレイシガイとテツレイシガイ)を1年間観察してきたが、まだ産卵を見たことがない。2匹が交尾器でつながっているのは発見したが、卵は確認できていない。予想では体の中で卵を育て、外に出しているのだと思うが、産卵はどうやっているのだろう? 口の形の変化が本当にオス・メスの区別なのか? 最近になって、大きな交尾器でつながっているツノテツレイシガイを見つけた。よく観察してみると、さし込まれている方にも、小さな交尾器があるのが見えた。両方に交尾器があるということは、口の形の変化はオス・メスの違いではないのかもしれない。新たな疑問だ。
一方、エサになるコウダカカラマツガイは、同じ岩にいる肉食貝に食べられても、次々と産卵を繰り返しており、岩には小さなコウダカカラマツガイが付着し、成長している。産卵についても一斉に行わず、日をずらして交代で産卵することも子孫を残すための工夫だと思う。
昨年から始めた「流れ着いたカラマツガイ類」の調査では、種類と大きさに決まりがあるかのように、バランスよく“食べられている”ことも分かってきた。流れ着いた種類と数のグラフは、昨年のものと同じ形だったからだ。小さい貝(大きさ0.1~1.0cm)が一番多く食べられていた。次に1.1~2.0cmの貝が多い。生まれた小さな貝がこれだけ食べられていたら、大きくなれるカラマツガイ類は少ないということだ。
一番印象に残ったことは、昨年の研究で青色のペンキでマークしたコウダカカラマツガイが1匹だけ、食べられないでいたことだ。ところが今夏の研究中に、消えてしまった。とうとう食べられたのかもしれない。「食うか食われるか」の厳しい世界の中で、コウダカカラマツガイも肉食貝も、与えられた生命を精一杯生きていることを教えられた。
これからも新たな疑問やなぞを解明するために観察を続け、いつまでも、海の生き物を研究できる伊是名島に生まれ育ったことに感謝する気持ちを忘れず、頑張っていきたい。
審査評[審査員] 赤石 保
6年間にわたる調査は、実に丁寧で根気よく行われています。研究論文と一緒に送られてきた、沖縄の海の貝の標本の見事さにまず驚きました。流れ着いたカラマツガイ一つ一つの個体を、大きさと数で記録して、昨年のデータと比較するという地道な調査を行い、貝が食べられるバランスが昨年と似ていることを突き止めています。そして、調査方法も独自に工夫して様々な貝の生態に迫っていることにも感心しました。貝にペンキでマーキングして、交尾や移動の様子を調べたり、1年間食べられずに生き残った貝を確認したり、岩の上で食うか食われるかの世界を鮮明に捉えた内容に、説得力があります。
自分の住んでいる島の海で繰り広げられる生き物の観察・調査を6年間にわたって行った研究に、島をそして、海を愛する東江さんの気持ちが表れています。東江さんがこの研究を通して、海と向き合った時間が、きっと新しい世界への扉を開かせることと思います。今後の研究の取り組みに期待しています。
指導について伊是名村立伊是名小学校 大城 健
本研究の「カラマツ貝」「ツノテツレイシ貝」は普通に見ることのできる一般的な貝の一つですが、継続研究する生息海岸は、ここ伊是名島でも多くはありません。
昨年「カラマツ貝」を研究した際に「カラマツ貝」が捕食されていることに気づき、今年は「肉食貝」に着目し、調査・観察してきました。それぞれの貝の成長の記録・行動調査を根気強く追跡調査を行い、記録していくことで、一生を一つの岩場で過ごすことや「ツノテツレイシ貝」は「カラマツ貝」だけを食べるのではなく他の貝も食べ、それには規則性があることもわかってきました。
彼は、「継続することの大切さ」「探求する楽しさ」「自然の厳しさ」等を研究を通し身をもって学んでいるといえます。
本研究は小学校最後の集大成として、次年度からの新たな研究の足がかりになっていくでしょう。