林間学校でカレー作りをした。「火起こし」から自分たちでやるものだが、班のだれもできなかった。火起こし器(マイギリ式)で確実に火種ができる方法があるのか、火起こしのメカニズムを追究する。
《仮説1》 火起こし器の個体差が、火種のできやすさに関係しているのではないか。
《追究1》
すべての火起こし器に番号を付け、回してみた。スムーズに回るものと、火きり棒の中心がずれて、穴からはずれるものがある。その棒に筆ペンを取り付け、回転の軌跡を調べた。やはり中心のぶれが確認できた。回転のよい火起こし器でメンバーが試してみると、全体的に成功する割合が高まった。
【火起こしの秘訣①】
火起こし器の個体差によって、火種のできやすさは変化する。火きり棒の中心がぶれないと、火種ができやすくなる。
(疑問1)
火きり棒の中心のぶれは、どのようにして起きるのだろうか。
《仮説2》 だめな火起こし器は、火きり棒が曲がっているのではないか。
《追究2》
火きり棒を調べたら、よい火起こし器、だめな火起こし器とも、ほぼすべてがまっすぐだ。ゆがみがあっても1mm以下だった。よく観察すると、だめな火起こし器のはずみ車が火きり棒に対して直角になっていなかった。はずみ車は、円盤の重みで火起こし器の回転を安定させるものだ。
《仮説3》 火きり棒の中心のぶれは、はずみ車の重さのバランスが崩れていることが原因か。
《追究3》
よい火起こし器のはずみ車に、重さ10gの木材を取り付けた。回すと同時に、火きり棒に大きなぶれが起きた。
《メカニズム1》
だめな火起こし器(火きり棒)のぶれは、はずみ車の重さのバランスの崩れが原因だ。
しかし、まだ一度も火起こしができないメンバーがいる。火種を作れる人、作れない人の違いは何か。
《仮説4》 火起こし器の回転数が多いほど、火種ができやすいのではないか。
《追究4》
(1)回転数の測定方法を決める:1ストローク(1回の上下運動)による火きり棒(はずみ車)の回転数、1分間のストローク回数から一人ひとりの火起こし器の回転数(回/分)を計測する。
(2)回転数を計測し、火を起こす:仲間14人の1分間の回転数は660回~1000回だが、回転数と火種のできやすさには関係がなさそうだ。
《仮説5》火を起こすときの構え方が、火種のできやすさに関係しているのでは ないか。
《追究5》
(1) メンバーの構えを観察する:火種を作れる人の腕はだいたい水平だ。
(2)腕の角度を統一して火起こしをする:メンバーの身長が違うので、台を使って腕が水平になるように高さを調節した。初めて火種を作れた人が3人もいた。
【火起こしの秘訣②】
火起こしの構え方によって、火種のできやすさは変化する。腕を水平にして火起こし器を使うと、火種はできやすくなる。
(疑問2)
腕の角度によって、火起こしにはどんな違いが生まれるのか。
《仮説6》 腕の角度によって、火きり板にかかる力が変化するのではないか。
《追究6》
体重計の上に火きり板を置き、1分間火起こし器を動かして、10秒ごとの値を記録し、火きり板にかかる平均の力を計算する。3人が腕の角度0度、20度、40度、下向き20度でやってみると、やはり腕の角度によってかかる力は変化した。
《メカニズム2》
火きり板にかかる力は、腕の角度が水平に近いほど大きくなる。
《仮説7》 火きり板にかかる力によって、火種のできやすさが変化するのではないか。
《追究7》
(1)回転数を統一する:人により1ストローク(上下運動)の回転数が違うので、メトロノームの音を聞きながら1分間に火起こし器を動かす回数を指定する。今回は800回転/分に統一した。体重計の上に火起こし器を置き、5人交代で実験した。力が5㎏未満の場合の成功はなく、5㎏以上の場合は17回のうち5回(29%)が成功した。やはり火種のできやすさには、火きり板にかかる力が関係している。そこで私も、かかる力が平均5㎏以上になるよう、腕を固定し、上半身の体重を乗せながらひざで上下運動すると、初めて火種を作ることに成功した。
【火起こしの秘訣③】
火きり板に平均5.0㎏以上の力をかけて火起こし器を動かすと、火種ができやすい。
《仮説8》 火きり板にかかる力が大きいほど、火種ができやすくなるのではないか。
《追究8》
火起こし器を重くした:火起こし器の横木にダンベル(0.5㎏)2個を取り付け、やってみたら横木が上がらずに失敗。力の強い担任の先生にやってもらったが、回数に対する成功率は私たちとさほど変わらない。しかし、火種のできる時間は早かった。
【火起こしの秘訣④】
火きり板にかかる力を大きくすれば、火種ができる時間を 短くすることができる。
《仮説9》 火きり板の材質によって、火種のできやすさが変わるのではないか。
《追究9》
ベニヤ板、発泡スチロール、紙、消しゴム、着火材、炭でやってみた。ベニヤ板では10回中2回が成功した。紙、炭では煙が出たが火種はできなかった。
【火起こしの秘訣⑤】
火きり板の材質には木材が一番適している。それ以外の材 質では火種ができない。
(疑問3)
なぜ、紙と炭の板では火種ができないのか。
ものが燃えるには十分な熱と空気(酸素)が必要だ。火きり板(スギ材)での火種は、必ず削りくずの中にできている。表面にできたことはない。削りくずの中は空気が少ないはずだ。
《仮説10》 スギ板とベニヤ板の削りくずの中には、多くの空気が含まれているのではないか。
《追究10》
スギ板とベニヤ板の削りくずはふわふわして、かたまりになっている。水中に沈めて指でつぶすと、スギとベニヤの削りくずからたくさんの空気が出てきた。紙と炭の削りくずでは変化がなかった。
《メカニズム3》
スギやベニヤ板の火きり板は、削りくずに空気が多く含まれてい るので火種ができる。
(疑問4)
スギとベニヤの削りくずには、なぜ空気が含まれているのか。
《追究11》
双眼実体顕微鏡で観察した。スギとベニヤの削りくずは繊維状になっていた。紙と炭は粒状だ。繊維が絡み合うことで、多くの空気を含む。
《メカニズム4》
木材の削りくずは繊維状であるため、そのすき間に多くの空気を含むことができる。
《仮説11》 火きり板の切れ込みの形が、火種のできやすさに関係しているのではないか。
《追求12》
底辺1cmの四角形、底辺5mm・2cm・3cmの三角形の切れ込みのうち、底辺5mmの三角形で火種ができたが、特にできやすくなったわけではない。板に切れ込みがない場合、火種はできなかった。
《メカニズム5》
火きり板の切れ込みによって削りくずが1カ所に集まることで、火種ができる温度まで摩擦熱が高まっていく。火起こし後の火きり板を見ると、三角形の切れ込みと火きり棒で開けた穴の位置関係がバラバラだ。
《仮説12》火きり棒で開けた穴と切れ込みの位置関係によって、火種のできやすさが変化するのではないか。
《追究13》
(1)位置関係を調べると、火種ができたときの穴は、三角形の頂点に重なっていた。
(2)三角形の頂点に、火きり棒の先端を固定する穴をドライバーで開けた。回転数800回/分、力平均5㎏以上で火起こししたら、全メンバーが8割以上の成功率だった。
【火起こしの秘訣⑥】
火きり棒による穴の中心と切れ込みの頂点を重ねて火を起こすと、火種ができやすい。
(疑問5)
穴の中心と切れ込みの頂点がずれると、なぜ火種はできなくなるのか。
《追究14》
穴の位置を切れ込みの頂点、頂点の上部、下部で火起こしをした。頂点上部では削りくずが集まらない。頂点下部では火種ができる前に、削りくずが尽きた。火種ができる温度まで上がらないのだと仮説13・14で考え、削りくずの温度を調べた。穴の位置が切れ込みの頂点にある場合、削りくずは温度230℃で火種ができた。他はそこまで温度が上がらなかった。
《メカニズム6》
火きり棒による穴の中心と切れ込みの頂点がずれてしまうと、火 種ができる温度(230℃)まで削りくずの温度が上昇することができない。
私たちは火起こし名人になれた。ぜひ来年の5年生たちに、火起こしの秘訣を教えてあげたい。
審査評[審査員] 小澤 紀美子
1等賞、おめでとうございます。校長先生の一言で始まった「昔の人の大変さを味わう」火起こしが失敗に終わり、そこからの探究と実験が始まり、マイギリ方式で火起こしの火種ができるメカニズムを科学的に追究している作品です。火起こし器の材質にはじまりはずみ車、火きり棒の中心のぶれや回転数、火起こし時の構えや腕の角度などの14の仮説を設定して、丁寧に追研しています。そして誰でも火起こし名人になれる6つの秘訣、「火きり棒の中心がぶれないこと、腕を水平にして火起こし器を用いること、火きり板に5㎏以上の力を加えると火種ができやすく、かける力が大きいほど火種のできるまで時間が短くなること、火きり板には木材が一番適していること、火きり棒による穴の中心と切れ込みの頂点が重なること」を発見しています。
今後もチームワークのすばらしさにより、皆さんで仮説を立て実験計画を練っていくプロセスを大事にした研究を続けて下さい。
指導について刈谷市立亀城小学校 永野 英樹
本研究は、研究班14人による膨大な試行回数から成り立っています。夏休みから始まったこの研究ですが、期間が足りず、10月半ばまで放課後に残って火起こしをし続けました。子どもの体験から得た火起こしのこつと、データの蓄積によって、火起こし名人になる秘訣を得ることが出来たのです。
本研究の最大の発見は、火きり板の切れ込みと火きり棒の頂点の位置関係です。この発見は、使い終わった何十枚もの火きり板を片付けているときに偶然起きたものです。なかなか結論が出ず、途方に暮れているときも、手を休めることなく汗水をたらして火起こし器を動かした子どもたちの努力が、この発見を必然的に引き起こしたのだと思います。
研究班には本研究にとどまらず、これからも身近にある「不思議」を感じ取り、追究に意欲的に取り組み、科学する心を伸ばしていくことを期待しています。