研究の動機
佐賀大学の講義「身のまわりの数学」で、2枚の透明な平行板を3本以上のピンでとめて、石けん液の中につけて引き上げると、ピンの間に張った石けん膜が全てのピンを結ぶ最短経路を示すということを知った。なぜ最短経路となるのか。自分で実験し、証明しようと思った。
〈1〉石けん膜の実験
《方法》
2枚の透明なプラスチック板に3~7本の釘を、それぞれ三角形~七角形の頂点となるようにさして、間隔が2㎝くらいの平行板を作った。それを砂糖と洗剤を混ぜた石けん液の中につけて、引き上げた。
《結果》
三角形の場合、石けん膜は3頂点を結ぶ1点で交わった。3頂点への3本の線分は互いに120°の角度となった。この1点を「フェルマー点」と呼ぶという。四角形の場合、1回石けん液につけると、フェルマー点は2つできた。五角形の場合はフェルマー点は3つできた。六角形の場合、フェルマー点は1つできた。七角形の場合、フェルマー点は2つ、あるいは3つできた。
〈2〉 数学的な証明
フェルマー点がなぜ120°で分けられるのか。数学的に問題を置き換え、3点(三角形)の場合で証明する。
問題:△ABCは∠A、∠B、∠C≦120°とする。△ABCの中に動点Pをとる時、AP+BP+CPを最小にするPの位置を求めよ。
(ⅰ)△ABCを正三角形とした時、PからAB、BC、CAへ垂線を下した点をそれぞれL、M、Nとし、PL、PM、PNをそれぞれx、y、zとする。
図1 |
この△ABC の1辺の長さをaとする時の面積Sは、
一方、図1から、 | ||
ゆえに、 | から |
【定理】正三角形において、Pによらずx+y+zは一定である。
(ⅱ)実験から、Pの回りを120°ずつ分ける時、AP+BP+CPが最小になると分かった。ここで、それがなぜかを証明する。
条件に合う任意の三角形の内部にAPo、BPo、CPoで120°ずつ分けるような点Poを置く。またA、B、Cの点でAPo、BPo、CPoから垂線を引いてできる三角形は正三角形である。ここで、その正三角形を△A´B´C´とし、△ABCの中に任意の点Pを置き、そのPからA´B´、B´C´、C´A´まで垂線を下した点をL、M、Nとする。
図2 |
よってLP+NP+MPは、
(ⅰ)の定理により、APo+BPo+CPoと等しい。
したがって、図2から、N=A、L=B、M=Cとなるのは、
AP+BP+CP≧APo+BPo+CPoである。(証明終)
以上の証明から、内角120°の限界である正六角形と、1つの内角が120°を超える三角形の頂点でも、石けん膜の実験をしてみた。
その結果、正六角形の場合は、内側にフェルマー点が6つでき、雪の結晶のような正六角形となった。できた正六角形の大きさはいつも同じとは限らない。1内角が120°以上の三角形では、フェルマー点はできなかった。
〈3〉石けん膜を使い、地図上での 最短経路を見つけ出す
(1)クラスメート39人を家庭訪問するとして、A~Eの5地区に分け、平行板に地図を重ねて家の場所に釘をさし、学校からの経路を探す。
《結果》
見つけた経路はA地区(学校を含めて9カ所):3通り(フェルマー点各3つ)、B地区(9カ所):3通り(同1、3つ)、C地区(9カ所):2通り(同各3つ)、D地区(8カ所):3通り(同2、3つ)、E地区(9カ所):2通り(同各2つ)。
(2)日本全国の県庁所在地(47カ所)を通る経路。石けん膜では4通り(フェルマー点は5、6、9つ)見つかった。
〈4〉石けん膜を用いなくても、 経路が分かる方法
石けん膜ではフェルマー点と各地点を結ぶ線分で最短経路が示されることが分かった。そこで、フェルマー点を表す120°に分かれた3本の棒(「フェルマー定規」と称す)と線分を表す棒(「線分定規」と称す)を作った。地図上で試したら、うまく最短経路を導き出すことができた。
感想
平行板を作るのが大変だった。県庁所在地の間が狭く、最短経路が分からなくなることがあった。フェルマー点の重要性も分かった。自然界では、ハチの巣が120°の集合体である正六角形でできていたり、ハチが最短で花と花を行き来するとも言われる。ハチに120°の概念が根付いているのではないか。
審査評[審査員] 小澤 紀美子
石けん膜の性質を数学的に考察している最短距離を示す実験と証明の研究です。実際にプラスティック板2枚の平行板に3~7本の釘を刺して石けん液に浸し、石けん液の表面張力の作用によりできるだけ小さな面積になろうとする性質を応用して膜をつくります。できた膜を線で表現し、膜をあらわす3つの線が1つの点に集まり、3つの線のなす角度が120度になるフェルマー点を見いだしています。何故フェルマー点が120度になるのかを数学的に証明し、さらに3本の棒で120度に分けられるフェルマー定規と線分を表す線分定規を作り、それらを学校への最短登校ルートや日本全国の県庁所在地間を地図上で最短距離を実証したもので、自然現象を社会的な視点からの応用として追究している興味深い研究です。今後も探究を継続して、ハチの巣が正六角形でできているように最短距離を示す自然界の不思議を発見・実証してください。
指導について佐賀大学文化教育学部附属中学校 溝田 貴章
私は指導という立場ではなく、山口君と一緒に勉強している仲間という立場で支援してきました。
本研究は、大学の講義を受けた際に、石けん膜がつくる最小曲面について興味をもったことがきっかけでした。3点や4点からの最短経路を石けん膜で確認し、なぜそこの点がそうなるのかを、幾何学の知識を使い理論的に考えることができました。特に正六角形におけるフェルマー点については、相似を用いて証明を与えることができました。これは、大きな成果だと思います。また、これらを発展させ、47都道府県の県庁所在地を点と見なし、フェルマー点を見つけることに挑戦しました。
研究を通して、「なぜそうなるのか」「ここを少し変えたらどうなるのか」など、自分で発見した課題についてとことん追究していく彼の真摯な姿を見ることができました。受賞をきっかけに今後も研究に励み、将来の科学界をリードする人物の一人になると確信しています。