研究の動機と目的
11年前に水田の水路で野生のミシシッピアカミミガメとクサガメを発見したことから、研究を始めた。これまで、茨城県桜川市真壁町の桜川近辺に生息するカメ類の野外生態を調査した。捕獲したカメの個体識別、標識再捕獲法による生息個体数の推定、個体群の解析を行った。人為的な環境の改変によって、カメの捕獲数が減少し、野生生物の生存に危機を与えている。そこで本研究では、個体標識法とラジオテレメトリー法により、野外でのクサガメの行動を追跡し、繁殖および生息地利用を確認する。
研究の方法
(1)クサガメについて
2012年5月19~27日に、集中的に罠をかけて捕獲した。この時期は、私の研究(2009年)で、産卵時期の直前か開始直後と推測される。捕獲対象としたのは、背甲長が繁殖最低サイズの200㎜ほどに達したクサガメとし、雌については鼠蹊部(そけいぶ:脚の付け根)の触診により輸卵管卵の有無を判断した。
捕獲し、甲羅に穴を開けてマーキング(個体識別)したクサガメのうち雄9、雌5の計14個体(匹)に電波発信機を取り付け、捕獲した場所にて6月9日夕方放流し、行動追跡を開始した。私の産卵調査(2009年)では、クサガメの産卵の94%が午前5時から同9時、午後5時から同9時までの時間帯に行われる。そのため追跡時間は午前6時からと午後6時からの各12時間とし、6月9~24日の16日間、重点的に追跡調査した。電波発信機による追跡とともに、徒歩による観察も行った。これとは別に、捕獲した4個体の成熟した雌については、野外に設置した飼育設備(縦120㎝・横180㎝・高さ100㎝の板囲い中に、縦40㎝・横70㎝・深さ20㎝の水槽を埋め込んだもの)で、産卵数や孵化時期などを調べた。
(2)ラジオテレメトリー調査について
カメの体重の5%ほど(空中重量約25g)の小さな電波発信機を、後部縁甲板もしくは臀(でん)甲板に電気ドリルで穴を開けて取り付け、アンテナで電波を受信しながらカメを探索して、行動を地図上にプロットした。水田脇の小水路や湿地であれば1m以下の精度で追跡は可能だが、耕作中の水田や河川内では接近が困難なため、精度は数mほどと思われる。
研究結果
(1)交尾行動
野外観察中の6月16日午前7時49分から8時12分の間に、水田内での交尾行動を1例確認した。交尾行動は①水田の中で雄が雌を追跡する。②雌が停止後、雄が雌の背に乗る。③雄は前後の脚で雌の甲羅に固定した後、雌の首にかみつく。④雄と雌が離れる――というものだった。実際に交尾が行われたかは確認できず、雄の筋肉痙攣(けいれん)などの動きは見られなかった。離れた雄雌を捕獲し甲長、体重を測定した。雌に輸卵管卵の存在は確認できなかった。
(2)産卵
電波追跡と野外観察の結果、6月14、17、23日に計4例の雌による穴掘り行動を確認した。全て早朝で、場所は河川、用水路の土手だった。数日後に巣を掘り返し、産卵を確認できたのは2例だった。産卵数は12個および14個。23日のものは産卵しておらず、雌の触診でも輸卵管卵は確認できなかったが、保管していたところ水槽内で2個産卵した。
野外飼育では2例が水槽内で産卵(粉砕されて発見)、2例が土中で産卵した(産卵数は各12個)。土中の1例は6月28~30日の産卵、他の3例は30日以降の産卵だったが、詳細な産卵日時は確認できなかった。
(3)孵化(ふか)
6月17日産卵の巣を、71日目の8月26日に掘り起こしたところ、孵化直前の卵と幼体を10個体確認した。さらに卵殻片、発生途中で腐敗した卵を見つけた。6月14日産卵の巣からは卵殻片のみが発見された。この巣は、産卵時よりも河川側に若干移動していた。周囲の状況から、草刈りの大型機械による物理的な移動と推測された。
野外飼育では、孵化予定時期を過ぎても変化が見られなかったことから、9月上旬に4つの巣を掘り起こした。巣から腐敗卵や卵殻片が確認され、水槽からは少なくとも6個体分の死がいを発見した。
(4)生息地利用
電波追跡により雄9、雌5個体に関して、利用場所を確認できた。雄雌とも河川だけでなく、隣接した水田や水路といった周辺環境を利用していることが明らかとなった。調査期間中(6月9~24日)の総移動距離は雌雄間で差がなかったが、個体別では117.9mから1469.6mまで、大きく異なった。
研究の考察
(1)野外での繁殖について
(2)生息地利用について
クサガメの雌は産卵のために500~1650m移動し、水辺から2~183mの距離に産卵するという。本研究の産卵期の雌で大きな移動が見られなかったのは、産卵場所が普段の生息範囲の中にあったからか。追跡調査で、14個体中5個体は水田または水路を利用していた。それだけに農業者との遭遇も多くなる。田の畔で発見された死がいは農業機械が要因と考えられる。路上での2つのクサガメのれき過死がいは未成熟個体だった。今後は成熟個体だけでなく、若年個体の分散や冬眠場所などの追跡調査も必要だ。
(3)産卵場所の特性によるアカミミガメの駆除対策について
今回、アカミミガメの産卵時期も確認できた。陸上では目立つ存在なので、産卵時期の集中した野外観察だけで、産卵中の個体の発見や捕獲は可能だ。生息が未確認の地域でも、定期的な生物調査にアカミミガメの捕獲も盛り込み、駆除を行っていくことが重要だ。
今後の課題
アカミミガメとクサガメは、餌の好みも同じであることも分かった。生息数が増加すれば、餌の取り合いになる。競合関係の解明のために、テレメトリー法による越冬調査や年間を通した移動調査、種間の比較調査などを課題とする。
審査評[審査員] 大林 延夫
ミシシッピアカミミガメとクサガメについて、9年間も飼育、観察した労作です。始めは自宅で飼育しながら行動、休眠、産卵、体の構造、発生過程の観察などを通じて理解を深めました。8年目からは、日本の在来種であるイシガメの保護も視点に入れて、クサガメやアカミミガメの生態や行動の調査に取り掛かっています。まだ観察例は少ないのですが、生息環境や移動、交尾行動、産卵場所などの知見を積み重ねており、今後の研究の発展に大いに期待したいと思います。在来種と外来種の問題は複雑で、その考え方も様々です。在来種を護るとはどういう事か、外来種は、よそ者であると言う理由だけで排除すべきなのか(実際には、例えば国内のミシシッピアカミミガメを根絶するのは不可能です)。新米の外来種が古参の外来種より悪者か、外来種が生態系に及ぼす影響は悪いといつも言えるのか、研究と観察を続けながら色々な事を考えてくれるとうれしいです。
指導について桜川市立桃山中学校 大和田 宗
「小学校1年生からカメの研究を継続している生徒がいる」と中学1年理科担任から聞き、金澤君とはそれからの出会いでした。幼少期にカメに興味をもち、飼育することはよくあることですが、彼は小学1年から観察したことを毎年きちんとまとめてきました。中学3年になり、9年間の継続研究の今年度はその集大成です。研究内容は、カメの成長の様子から、その行動、そして環境との関係ヘと深化していきました。特に今年度は、十数体に電波発信機を付けてその行動を追いました。結果として、外来種であるアカミミガメ(ミドリガメ)の割合が増えていること、平均気温の上昇により温度変化に強い雌の割合が増えていること、また河川の護岸のコンクリート化がカメの行動を制限していることなどが分かってきました。高校に行ってからも、これまでの研究で培った自然を調べる能力や態度を生かし、研究を続けていって欲しいと思います。