研究の動機
「チューブ入り軟膏を絞り出すと、曲がって出てくる。そのために軟膏がチューブの口の周囲にくっつき、不衛生に感じる。どうして曲がって出てくるのか、理由を明らかにしたい。
〈1〉曲がって出てくる軟膏の観察
家庭にあるいろいろなチューブ入り軟膏やチューブ入り製品を持ち寄り、絞り出した時の曲がり方を観察した。
《方法》
21種類のチューブ入り軟膏、15種類のチューブ入り製品を、次のような条件で絞り出し、曲がり方を調べた。 |
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図1 |
《結果と考察》
ほとんどのチューブ入り軟膏が大きく曲がった。しかし中には「全く曲がらないもの」や「曲がりの小さいもの」「曲がるには曲がったが、すべて重力による垂れ下がりと判断できるもの」が含まれる。同じチューブ入り軟膏でも、曲がる時と曲がらない時がある。これらのことから実験は数回行い、その傾向を探ることが重要であると分かった。
また、この実験からは、絞り口の形状や大きさとの関係を見出すことはできなかった。
チューブ入り製品の中には「測定不能のもの」が多かった。これは「曲がるには曲がったが、すべて重力による垂れ下がりによるもの」、または中身の粘性が低く、ほとんど水に近い状態だったため「“曲がり”として確認できなかったもの」である。
傾向として、チューブ入り軟膏には曲がるものが確かに多く、それ以外の食品や衛生用品などには、曲がりを確認できないものが多かった。
(2) チューブの形状と曲がり方
いろいろな形状のチューブを自作し、軟膏に見立てた糊を入れて絞り出した時の、曲がり方を調べる。
《方法》
タレの容器にいろいろな口の形、長さ、内径のビニールパイプをさし、14種類のチューブを作った。この中に糊(障子張り用、粘度85パスカル秒)を入れて絞り出す。絞り出す条件は①容器の中央部を押す。②押し出すスピードは3秒間で1㎝。③曲がった時は、〈1〉と同様にy/xの値を求める。
《結果と考察》
曲がったのは「出口を斜め45度に切ったもの」「出口付近の横側に釘を刺したもの」「口の形が円以外のもの」だった。それも、ほとんどのy/x値が1.0程度、あるいはそれ以上で、非常に大きく曲がる様子を観察できた。チューブの長さ・太さに関係なく、「口の形が円形のもの」は曲がらなかった。
「出口を斜め45度に切ったもの」は、必ず先端がとがった(鋭角になった)方向に曲がった。「出口付近の横側に釘を刺したもの」は、必ず釘を刺した方向に曲がった。「口の形が円以外のもの」も曲がったが、口の形と曲がる方向、あるいは曲がりの大きさとの関係までは、明らかにできなかった。
(3)角度を変えた時の曲がり方の違い
〈2〉で「出口付近の横側に釘を刺したもの」も曲がったことから、釘の太さを直径0.8㎜、1.2㎜、1.8㎜に変えて調べた。
《方法》
出口を30度、45度、60度の角度で切り、それぞれ糊を絞り出した。
《結果と考察》
斜めにカットする傾斜が大きいほど大きく曲がった。これは軟膏が曲がって出てくる理由を考えるヒントになりそうだ。
〈4〉釘の太さを変えた時の曲がり方の違い
〈2〉で「出口付近の横側に釘を刺したもの」も曲がったことから、釘の太さを直径0.8㎜、1.2㎜、1.8㎜に変えて調べた。
《結果と考察》
釘が太いほど大きく曲がった。これも軟膏が曲がって出てくる理由を考えるヒントになりそうだ。
〈5〉絞り出す速さによる曲がり方の違い
これまでの実験は、すべて「3秒間で1㎝」のスピードだった。
《方法》
押し出すスピードは「6秒間で1㎝」「3秒間で1㎝」「1秒間で1㎝」の3段階。チューブは〈2〉の「出口を斜め45度に切ったもの」と「出口付近の横側に釘(太さ1.8㎜)を刺したもの」の2種類を使い、y/x値を求める。
《結果と考察》
どちらも、絞り出すスピードが速いほど、曲がり方が大きかった。「釘を刺した」方が、「斜め45度」よりもはるかに大きく曲がった。
〈6〉粘度による曲がり方の違い
これまでの実験は、すべて粘度85パスカル秒の糊を使った。
《方法》
これまでの糊に片栗粉を練り込んで調整した粘度120パスカル秒、粘度160パスカル秒、従来の粘度85パスカル秒の糊を、「出口を斜め45度に切ったもの」と「出口付近の横側に釘(太さ1.8㎜)を刺したもの」の2種類で試した。粘度は粘度計で調べた。絞り出す速さは3秒間で1㎝。
《結果と考察》
どちらのチューブも、粘度が大きいほど、曲がりが大きくなった。「釘を刺した」方が、「斜め45度」よりもはるかに大きく曲がった。
〈7〉軟膏が曲がって出てくる理由
これまでの実験結果および考察から、軟膏が出てくるときの「摩擦力」と「障害物」によって説明できる。
軟膏が出てくるときのチューブ内壁との摩擦力は、内壁との接触距離が長いほど大きくなり、短いと小さくなる。このため、斜めにカットされた出口では押し出される力に差が生じ、摩擦力の大きい、出口の先のとがった方向に曲がる。
出口部分に障害物があると、押し出される力が小さくなり、障害物のない側の押し出される力の方が大きくなる。このため、障害物のある方向に曲がる。口の形が四角形や三角形のものは、通りやすい部分と通りにくい部分ができるために、曲がってしまうのだ。
出口を斜めにカットしたチューブよりも、釘で障害物を作った方の曲がりが大きくなったのは、「摩擦力」よりも「障害物」による力の差の方が大きいためだ。粘度が大きい方が大きく曲がるのは、それだけ「摩擦力」や「障害物」による反発力を受けやすくなるからだ。
〈8〉チューブ入り軟膏の曲がる方向
〈7〉の説明では、チューブ入り軟膏の曲がる方向は「常に一定だ」ということになる。
《方法》
実験でよく曲がった軟膏を使い、10回押し出してみた。
《結果と考察》
曲がる方向は一定でなかった。
〈9〉曲がる原因部位の特定
軟膏の曲がる方向を変えている部位はどこにあるのか。軟膏チューブの先端部分を、自作のタレ容器パイプに取り付け、糊(粘度200パスカル秒)を10回押し出した。
《結果と考察》
曲がる方向は一定ではなかったので、軟膏の曲がる方向を変えているのは、チューブ先端の口の部分だ。
〈10〉チューブ先端の形状
口の内側を観察した。
《結果と考察》
口の内側全体に、使い始めに金属膜を破った時にできる、ひだ状の凹凸が見られた。これが軟膏の曲がる方向を不規則に変化させているのだ。
〈11〉多数の突起のある口を使って確認
内側に多数の凹凸のあるナットを自作チューブの先端に取り付け、曲がる方向が変わるか調べた。
《結果と考察》
曲がる方向が不規則に変化した。凹凸の中に押し出される時、軟膏に複雑な力が働くためだ。
課題
この研究の中で、粘度によって軟膏の性質が変わるらしいことが分かってきた。流体の粘度と性質の関係を調べていきたい。
審査評[審査員] 秋山 仁
たしかに、チューブ入りの軟膏や歯磨きを絞り出す時に曲がって出てくることが多い。「なんでだろ?」が、この作品の原点だ。この疑問を解明するため、20種を超える軟膏や、その絞り出し口の形や口の内径ごとに曲がり方を精査している。また、絞り出し方にも基準を設け、条件に差異が生じない配慮もしている。このような涙ぐましい(?)努力の結果、内壁の部位の長さの間に生じる摩擦力の違いが“曲げ”の原因になることを突き止めている。色々なチューブで試し、「円柱を斜めに切った切り口(すなわち、楕円)」のものや「出口付近に釘を打ったもの」は、理屈通りちゃんと曲がることも確かめている。また、内容物の粘度(ねばねば度)も曲がり具合に関係しそうだと推測している。着眼点も考察もとても素晴しい作品である。
指導について にかほ市立金浦中学校 佐藤 和広
本研究は、チューブ入り軟膏を絞り出すと軟膏が曲がって出てくるのはなぜかという、日常生活での小さな疑問から出発しました。本来であれば、疑問に対してしっかりとその理由を考え、仮説を立ててから研究を始めるべきだったのかもしれませんが、その理由については、かいもく見当がつきませんでした。そこで仮説を立てることをあきらめ、とにかく思いつく限りの形状のチューブを作成し、どんなときに曲がって、どんなときに曲がらないのか、ということを徹底的に調べることにしました。そして、そこで行き着いたのが、出口を斜めに切ったものと出口に障害物を置いたものでは曲がるという事実でした。何度やっても同じ結果になるこの大発見に、みんなでとても興奮したのを覚えています。さらにその現象を摩擦力で説明できるということがわかったときは、その興奮が最大値に。結果として中学生らしい面白い研究になったと思っています。