はじめに
第62回自然科学観察コンクールに佳作入選したことで、人生が変わった。町の情報誌に紹介され、校長先生から表彰を受け、作品を展示していただいた。2021年まで3年間、家族だけでカイコの研究を続けてきたけれど、専門家のアドバイスをいただけるようになった。
カイコはガを人間が飼い慣らし、数千年かけて家畜化した虫だ。人間の手を借りながら、カイコは卵→幼虫→蛹→成虫と一生のうち4回姿を変える。卵で越冬して春先孵化するのが普通で、幼虫は4回脱皮して大きくなって(1〜5令幼虫)、20〜25日ほどで幼虫としての最後の時期を迎える(熟蚕(じゅくさん))。熟蚕は体内に蓄えた液状の糸を吐きながらマユを作り、マユの中でサナギになる。やがて羽化した成虫は何も食べず、すぐに交尾、産卵してだいたい1週間のうちに一生を終える。
カイコの観察日記を記録し始めて4年目になった2022年、目標だったYouTubeでの動画公開を実現させた。カイコの観察動画を番外編を含め、40本作って投稿している。動画は合計すると8時間以上になった。
今回の研究では、シルクセンター国際貿易観光会館シルク博物館館長だった坂本堅五先生や東京農工大学の横山岳准教授、神奈川県立生命の星・地球博物館の渡辺恭平主任学芸員を始め、さまざまな専門家の知恵をお借りした。小学校の先生方にも、とてもお世話になった。
研究の目標
前回の研究では、飼育環境を改善してもあまり羽化率が上がらなかった。「熟蚕期を見分け、他の子にじゃまされないようにマユを作りやすいマブシ(カイコがマユを作る場所)を用意する」のが第1の目標だった。
第2の目標は、写真や絵では伝えきれない、ときめきポイントを公開し、カイコを飼う人を増やすこと。カイコのかわいさを伝えたい一心で、動画も配信した。
第3の目標は、桑畑の生態系を調べること。週に3~4回は桑の葉摘みに出かけ、10種類以上の昆虫に出合った。そのうち数種類を家で飼育してみた。
第4の目標は、宇宙の自由研究で買ったマイクロレンズやマイクロスコープを使って、カイコを拡大して観察すること。新発見や新たな謎にワクワクする毎日だった。
第5の目標は前回、大きなテーマだった「科学者の脳を手に入れる」の続きだ。科学者への第一歩を踏み出したはずの私の脳は、今回どう鍛えられるのか。
追究を楽しむ
2022年7月18日から、3令幼虫10頭の観察を始めた。脱皮が近い幼虫が桑の葉も食べず、じっと動かない状態を眠という。10頭の中には眠の幼虫が交じっていて、大きさはバラバラだった。幼虫が5令まで成長し、マユを作ってサナギになり、羽化して最後の1頭が死亡する8月29日まで、大まかな記録が下の表だ。
前々回は42.8%、前回は57.1%だった羽化率が今回は70%に上がった(糸巻き実験で死亡した健康なサナギは羽化すると仮定)。水性マジックで体に番号を書き、個別に熟蚕期の様子を観察できたこと。マブシを改良したことが原因だ。マブシは卵ケースを縫い合わせて暗い所を作ったり、卵ケースの凸凹をそのまま利用したり、ダンボールで区画マブシを再現したりして、4種用意した。今回、3頭はサナギになれなかったけれど、10頭すべてマユは作ったから、第1の目標はこれで達成した。
第2の目標のカイコのときめきポイントを紹介すると、「桑の葉を胸部腹脚で左右から挟んで、頭を上下に半円を描くように動かして食べる姿」「指や手にしがみつくようにつかまってくれること」「5令幼虫のムチムチした白い体」「桑の葉を食べるプチプチシャクシャクという音」「ふさふさモフモフした成虫の体」「メスが産卵する姿」だ。今回はオスが1頭しか羽化せず、1頭だけ交尾したメスが産卵せずに死んでしまい、その姿を見ることができなかった。本来の産卵はかわいさを超え、美しさを感じる感動ポイントだ。
第3の目標は、桑の木で見つけたクワコ2頭と、エサの葉に紛れていたクワノメイガの幼虫1頭などを飼育した。クワコはカイコの原種で似ているのだけれど、幼虫はもりもり食べるし、成虫はブンブン飛ぶし、野生のかおりがした。クワノメイガのほうは幼虫の様子がおかしいと思ったら、ガとは形が違う幼虫に成長した。サナギになった形を確認して、クワノメイガに寄生したハチだと断定した。残念ながら羽化不全となり、渡辺主任学芸員から細かい種の分類は不可能だと教えていただいた。
第4の目標、マイクロスコープによる観察は、拡大して初めて気づくカイコの模様にびっくりした。オスメス判定はこれがなければ難しかったと思う。
最後に「科学の脳」を鍛えるため「予想」「ナゾ」「たんていごっこ」「仮説」を意識して研究した。例えば、カイコの幼虫はマユを作る時以外にも糸を吐く。眠の時にじっとするため、口から糸を出して葉とつながると「予想」を立てた(確認できず)。カイコの脱皮殻の頭がなぜかトンボにそっくりだという「ナゾ」にも気がついた(いまだにナゾ)。勘違いしたり不思議な現象を見た時、パパとふたりで原因を推理する「たんていごっこ」も行った。そして、マユ以外にも糸を吐くのは、糸の量が多い場所がカイコにとって居心地がよいからという「仮説」も立てた。カイコが1匹で育ちにくいのは、糸が少なくて寂しいからだという、飛躍した仮説だ。すぐに答えは出ない。でも考えをめぐらせて、今後の追究を楽しむ。
7/18
3令10頭、体長1.2〜2.3cm、平均体重0.107g。
7/19
3令10頭、元気食欲なく眠のポーズが多い。
7/20
3令6頭・4令4頭、4頭が4令へ脱皮。
7/21
3令5頭(うち眠の状態1頭)・4令5頭、1.8〜2.7cm、0.145g。
7/22
3令5頭(眠が4頭)・4令5頭、1.7〜3.1cm。
7/23
4令10頭、3令の残りが脱皮。2.1〜3.4cm、0.232g。
7/24
4令10頭、よく食べる。2.5〜3.7cm、0.358g。
7/25
4令10頭、よく食べる。2.8〜4.2cm、0.487g。
7/26
4令9頭・5令1頭、眠を見逃し1頭が5令へ脱皮。2.2〜4.2cm、0.603g。
7/27
4令8頭(眠が4頭)・5令2頭、4令4頭は食べている。5令の体長4.2と4.7cm、5令の平均体重0.78g。
7/28
4令4頭(眠が4頭)・5令6頭、5令の体長3.6〜5.5cm、5令の平均体重0.915g。
7/29
5令10頭、4令残りが脱皮。3.7〜5.5cm、1.162g。
7/30
5令10頭、よく食べる。4.3〜6.2cm、1.448g。
7/31
5令10頭、資料の絵を基にメス7・オス3と判定(自信がない)。4.6〜6.0cm、1.721g。
8/1
5令10頭、相模原市博物館ブログ写真を基にメス7・オス2・不明1と再判定。マブシを作る。4.6〜6.5cm、2.019g。
8/2
5令10頭、マブシをセット。5.2〜6.5cm、2.288g。
8/3
5令9頭・吐糸1頭、大きい子の食欲が落ちた。5.5〜6.3cm、2.503g。
8/4
5令5頭・吐糸5頭、塾蚕期を見極めるため9頭にマジックで番号を書き(1頭は無印)、個別観察。5.4〜6.2cm(1頭除く)、2.649g。
8/5
5令3頭・吐糸7頭。2頭がマユ作りを始めた。
8/6
5令1頭・吐糸9頭、昼ごろまで食べていた2頭が、夕方足場作りを始めた。
8/7
吐糸8頭・前蛹2頭、昼に5頭同時にマユ作り。できたマユを耳に近づけて中の音を聞いた。
8/8
吐糸6頭・前蛹3頭、サナギ1頭、2頭のマユに穴を空け耳かきカメラで観察、1頭は蛹になっていた。
8/9
吐糸1頭・前蛹6頭、サナギ2頭、蛹化不全1頭。耳かきカメラで観察したマユの1頭がサナギになりきれていなかった。耳かきカメラがストレスを与えた可能性があり、このカメラで観察した他の2頭にも異状が現れた。
8/10
前蛹2頭、サナギ6頭、蛹化不全2頭。後に蛹化不全がもう1頭いて、このあたりでは計2頭になっていたとわかる。それとは別に糸の薄いマユが1個あり、心配になった。
8/11
サナギ7頭、蛹化不全2頭、アミノ酸中毒1頭。
8/12
サナギ7頭、蛹化不全1頭、アミノ酸中毒1頭、8月9日に蛹化不全を確認した1頭が死亡した。
8/13
サナギ7頭、蛹化不全1頭。3頭分のマユをそのままの状態で残して残りを収穫し、マユを切り開いた。心配していた薄いマユの中で、アミノ酸中毒1頭の死亡確認(糸が十分吐けない幼虫は糸の成分が体に残り、アミノ酸中毒で死んでしまう)。
8/14
サナギ6頭、蛹化不全1頭。マユごと残した3頭のうち1頭を糸巻き実験用に使った。マユごと天日干しし、冷凍庫に入れたため、1頭が死亡。
8/15
サナギ6頭、蛹化不全1頭。マユを切ったメスのサナギ1頭をマイクロスコープ撮影。
8/16
サナギ6頭、蛹化不全1頭。実験用に冷凍したマユを鍋で煮て冷ました後、糸を巻き取り測定すると1367.24mあり平均的な長さだった。中のサナギは健康なオスだった。
8/17
サナギ6頭、蛹化不全1頭。成虫用の部屋を作り、サナギの重さを確認。マユごと飼育している2頭はマユごと重さを確認すると、1頭の重さがかなり減っていた。
8/18
サナギ6頭、蛹化不全1頭。サナギの腹が回り、色が変わり、シワが増えてきた。タイムラプス(静止画を連続撮影する方法)撮影開始。
8/19
サナギ5頭、蛹化不全1頭、成虫メス1頭。メス1頭が羽化、タイムラプス撮影を続ける。
8/20
サナギ5頭、蛹化不全1頭、成虫メス1頭。羽化したメスを観察。
8/21
サナギ4頭、蛹化不全1頭、成虫メス2頭。メスもう1頭が羽化。
8/22
サナギ1頭、蛹化不全1頭、成虫メス4頭、オス1頭。メスが2頭(1頭は音がしていたのでマユを切った)とオス1頭が羽化。
8/23
成虫メス5頭、オス1頭。メス1頭が羽化。残り1頭のマユを切り(まゆごと量り重さが減っていたもの)、蛹化不全で死亡している幼虫を確認。
8/24
成虫メス3頭、オス1頭。メス2頭が死亡。
8/25
成虫メス3頭、オス1頭。
8/26
成虫メス2頭、オス1頭。メス1頭が死亡。
8/27
成虫メス1頭、オス1頭。メス1頭が死亡。
8/28
成虫メス0頭、オス1頭。メス1頭が死亡。
8/29
成虫メス0頭、オス0頭。オス1頭が死亡。
[審査員] 小澤 紀美子
3年間のカイコの飼育から形態への興味を観察日記に書きとどめた結果、佳作賞を受賞。そこからの継続研究でカイコを愛する少女の「ち密な」記述に感嘆し、生き物の生存への戦略が垣間見えました。「結果と分析」によると3つのストレスによる観察で、具体的には、①高温と移動ストレスを与え、②5令期のカイコのオスメスの判定、③前蛹期の穴あけと耳かきカメラでの観察、による過去のデータとの比較、さらに父親との推理および対話を通しての考察など、と一方で専門家への質問、博物館訪問などあくなき探究心による可愛いいカイコへの情熱と共にていねいに取り組まれている姿勢に大きな共感を覚えました。これからも研究を継続されて、これまでの「推理」を活かして、仮説の設定、そしてカイコの観察と分析、さらなる仮説の設定と推理と観察・実験・推理の思考回路を活性化し、探究のプロセスをわかりやすく記述してカイコの生態系に迫ってください。より充実した成果を期待しています。
赤羽 一俊
家庭内だけで観察を続けていた3年間の研究が、昨年佳作賞をいただき娘の転機になりました。自信になり、周囲の協力、専門家の先生方にメールでアドバイスをいただけるようになりました。3年間のデータ蓄積が役立ち、予想・推理・仮説をたてて考えるようになって、桑畑に通いつめては小さな生態系に驚きました。カイコの可愛さを伝えるための動画投稿(8時間以上、40本)を終え、結果や分析、図説を書き足して提出作品になりました。結論に至らない、仮説の証明の仕方が分からない、思い込みに惑わされる、等の多くの反省点がありますが、思考を楽しんで追究を喜ぶ姿を伝えようとしました。
観察日記が中心のために、長文で写真や資料ばかりになってしまうのですが、重くて読みにくい研究を審査、評価していただき感謝しております。ご協力、ご指導いただいた皆様のお陰であり、受賞の経験を生かして更に研究を発展させたいと思っています。