研究の動機
2015年の研究「身近な山の植物」で、山にはいろいろな種類のシダ植物が生息していることを知った。学校に提出した押し葉標本のうち、種子植物のいくつかにカビが生えていたが、シダ植物には発生していなかった。シダ植物の水分の含量が少ないからではないか? また、植物の採集や観察をしていて、シダ植物が斜面に多く生えていることに気が付いた。さらに実験で、シダには斜めにして育てた方が長生きした種類もあった。これらについて研究する。
《1》シダ植物の水分研究
〈実験1〉シダ植物の水分含量
〈方法〉
植物の採集現場で重さを量る。家で押し葉にして6日間乾燥させての重さの変化、植物画像をパソコン処理して求めた葉の表面積9㎠あたりの水分含量を求める。採集場所の温度・湿度、環境照度、土中の温度・pHなども計測する。
〈結果と考察〉
福岡県那珂川町市ノ瀬地区の山中で観察した約50種類のシダ植物のうち19種類、種子植物の12種類について調べた。シダ植物の水分含量は、一番少ないカニクサ(9㎠あたり0.03ml)を除いて、種子植物とあまり変わらなかった。シダ植物で多かったのはホシダ(0.27ml)や葉に厚みのあるイワガネゼンマイ、クリハラン、シシガシラ(各0.25ml)などだった。種子植物ではフキが0.39mlと最も多く、さらに樹木系のインドボダイジュ、アジサイ、ツバキ(0.27~0.37ml)が多かった。シダ植物は種子植物に比べて、葉の乾燥が速く、押し葉にした時は1日で急激に水分が抜ける。
〈実験2〉シダ植物の水分摂取量
〈方法〉
シダ植物(ゼンマイ、フモトシダ、カブソテツ、ホシダ)、種子植物(フキ、アカメガシワ、シシウド、アジサイ)について、午後1時半から翌朝7時すぎまで、試験管内の水の減り方を(蒸発しないように表面に油を浮かべて)調べる。
〈結果〉
ホシダは開始2時間半後に枯れた。他のシダ3種類の水の摂取量(葉9㎠あたり0.06~0.18ml)は種子植物(0.21~0.93ml)よりも少ない。
〈実験3〉湿った日陰のシダ、日向のシダの水分摂取量
〈方法〉
日陰のシダ3種類、日向のシダ5種類を試験管にさし、窓から太陽光が入るエアコンの利いた部屋(室温27℃、湿度約60%)で午前11時半から7時間観察する。
〈結果と考察〉
日陰のシダは、しおれたり枯れたりした。日陰のシダ、日向のシダともに水の吸い上げ方が不安定になった。野外の湿った日陰での湿度は64~78%なので、室内の湿度も関係しているのかもしれない。
〈実験4〉シダ植物の水分摂取量の日変化
〈方法〉
試験管に入れたシダ8種類の水分摂取量を、室温32℃・湿度63%の部屋で午後3時半から翌日まで2時間ごとに調べる。
〈結果と考察〉
夜間に植物は光合成を行わず、蒸散もしないので、シダ植物も夜間は水を吸い上げないと予想したが、吸い上げた。つる性の種子植物アイビーも同条件で調べたが、夜間は吸い上げなかった。
〈実験5〉シダ植物と毛細管現象
〈方法〉
山の斜面で葉を下向きにして生えているホラシノブを垂直に立てた試験管、斜めにした試験管にさして水の吸収量の変化を調べる。
〈結果と考察〉
垂直に立てたホラシノブは実験開始日の夜にしおれ、3日後に枯れた。斜めにしたものは、1週間後も元気だった。このモデル実験として、ビン中のインクが毛細管現象によって紙ひもを上っていく実験器具を使って調べた。やはり、器具を斜めにした方が遠くまでインクを運んだ。ホラシノブには、斜面に生えることで、太陽光を受けやすい角度に調整できる利点がある。
《2》斜面のシダの研究
~シダはなぜ斜面に生えるのか~
山中での現地調査や観察を行い、シダ植物の「斜面に生えることの都合の良さ」について、4つの仮説を考えた。(1)斜面の上から流れてくる水の吸い込みが楽であること(2)強い雨ではシダの細くて長い軸がたわんで、ストレスなく雨水を流すことができること(3)斜面に垂れていれば強い風でまくれ上がることがないので、葉の裏にある胞子へのストレスを少なくできること(4)斜面では樹木下の平地よりも広く生えることができるので、子孫を残すための胞子散布も広範囲になる。これらを検証する。
〈実験1〉斜面での水の吸収
〈方法〉
垂直に立てた試験管、水平から20度の角度で斜めに立てた試験管で、フモトシダ、ホシダ、ミゾシダ、ベニシダ、イタチシダ、コシダの48時間の吸水量を調べる。
〈結果〉
いずれも斜めの方が、垂直に立てた場合の約2倍の水を吸い上げた。斜面の方が楽に水を吸える。
〈実験2〉軸のたわみ
①雨と軸の実験
〈方法〉
クリアファイルでシダの葉の模型を作り、軸として竹ひご(直径1.5㎜)を直角に曲げて取り付ける。この軸を垂直に立てたもの(葉は水平)、軸を斜めに立てたもの(葉は垂れる)に上から風呂場のシャワーで水をかける。
〈結果〉
垂直に立てた時の葉は約45㎝たわんだのに対し、斜めに立てた時の葉のたわみは約25㎝にとどまった。シダの軸は垂れた方が、雨に対する負担は少ない。
②軸の強さの実験
〈方法〉
斜面に生えているシダ(ホシダ、ワラビ、ミゾシダ)の先に紙粘土を付けて、垂れ下がった時の重さを調べる。
〈結果〉
ホシダは2.8~14g、ワラビは15g、ミゾシダは4.5gでたわんだが折れなかった。より立っているものほど、しなり方は強い。
③軸の溝の謎
シダ植物は軸に溝があるものが多い。その断面は円形ではなく、溝の部分がくぼんでいる。溝はアジサイの葉柄やジュズダマの茎、クズのつるなど他の種子植物にもある。
④溝とたわみの実験
〈方法〉
長さ90㎝の細い角材や竹ひごに彫刻刀で溝を彫ったり、2本はり合わせたりして溝を作ったものの先端に、シダの葉に見立てた三角形の厚紙(約13g)を付けて、たわみを調べる。
〈結果〉
いずれも溝のある角材や竹ひごが、無いものよりも大きくたわんだ。
⑤たわみと葉の重さの実験
〈方法〉
野生シダの葉身を切り取り、葉の重さによってたわんでいるのか調べる。
〈結果〉
いずれのシダも葉身を切り取ると、たわみは小さくなった。
⑥くるくる頭の実験
〈方法〉
シダの葉の先端はくるくると内側に巻いている。軸はそれを解きながら裏側に反りつつ生長する。軸の上側にある溝の効果を、「巻き笛」の細い紙筒の内側、外側に針金を通して調べる。
〈結果〉
軸の上側に溝があると適度にたわんで反りやすい。
〈考察〉
軸の上側にある溝は、葉のたわみ過ぎや垂れ過ぎを抑制している。適度にしなることで、葉の重さや雨風の力による負担を軽くしている。斜面はシダの反り・しなり・たわみ・枝垂れに適している。
〈実験3〉風から胞子を守る
〈方法〉
ヤブソテツとオオカグマの葉の裏に扇風機の風、シャワーの水をあてて、胞子のう群(ソーラス)の変化を調べる。
〈結果〉
ブソテツ(ソーラス28個)は、風ではほとんど変化がなかった。水では5個のソーラスのおおい(カバー)が流された。オオカグマ(同22個)は、風ではほとんど変化がなかった。水ではカバーこそ取れなかったが、12個のソーラスで、カバーの片側に集まっていた胞子のうが流された。
〈実験4〉子孫を残す胞子の散布
〈方法〉
網戸用ネットとシダの葉に似せて切り抜いた厚紙を重ねて二等辺三角形(底辺24㎝、高さ30㎝)のふるいを作る。このふるいを使って片栗粉(胞子の代わり)を高さ48㎝と83㎝から、山の斜面を模した黒い紙(角度30°~90°)に落とし、広がりを調べる。
〈結果〉
散布面積は高さ83㎝、斜面の角度は60°、70°が大きかった。
〈考察〉
布面積が広ければ、さらに生育に適した場所が見つかり、それだけ子孫を残せることになる。胞子は風にも飛ばされてより遠くに移動するのかもしれない。シダ植物にとって、やはり斜面は住み心地が良い場所だ。
今後の課題
枯れたシダを1カ月後、水につけたら色も緑色になって形も元に戻った。シダは葉緑素を長期間保存できるのか、さらに研究したい。
審査評[審査員] 邑田 仁
たくさんのシダ類が観察できるすばらしい環境に恵まれていますね。そのような環境に育つシダ類の生活について、特に水分の維持と斜面に生える性質に注目して、さまざまな実験を行って調べています。実験のアイデア、特に、斜めになっている葉のほうが水を吸い上げやすいことを示す実験、胞子の散布を粉でシミュレーションする実験は優れたものだと思います。また、それぞれの実験についてデータもきちんとまとめられているのに感心しました。しかし、最後に反省しているように、データからきちんとした考察を行うためには、まだ実験が不足しているところがあるようです。これまでの研究結果をみなおし、実験の数や、実験に使う種類を大事そうなものだけに減らすなどして、一つ一つの実験と考察に時間をかけるようにしたほうがよいと思います。
指導について江上 健一
中学1年生の夏に、オオカグマというシダ植物に出会ってから、シダ植物に大きな関心を示しています。シダ植物の葉の裏側は、とても気持ち悪い種が多く、なぜ、女の子が毛嫌いしそうな葉の裏を持つシダ植物が研究対象なのかと思いました。フィールドワークが研究の基本となっていて、何度も近くの山や神社の境内での現地調査に同行しました。シダの葉を裏返して見る時のワクワク感は、魅力の一つだそうです。実際に現地で見るといろいろな疑問が生じるそうですが、その答えはインターネットや書籍にも見つけきれず、実験と調査で「なぜ」の答えを探るしかありません。しかし、そのための実験方法の提案や器具提供も十分でなく、同じ実験や現地調査を繰り返すことになりました。でも、かえってそれが新しい発見や疑問につながり、良かったと思います。評価をいただき、今後も「シダガール」として前進できるようにアシストしたいと思います。ありがとうございました。