研究の動機
「蛍光」という物質の発光現象のひとつに興味を持ち、継続研究をしている。蛍光には、広義と狭義がある。広い意味で蛍光は、X線や紫外線、可視光線を照射された物質が、エネルギーを吸収して元の低い安定した状態より高いエネルギー状態になることから始まり、それが元の安定した状態に戻る時、余分なエネルギーを電磁波として放出する発光現象(フォトルミネセンス)のことをいう。狭い意味で蛍光はフォトルミネセンスのうち、発光寿命が短いもののことをいい、長いものは燐光という。この研究では、狭い意味の蛍光を意識している。
クロロフィルは光合成の明反応で光エネルギーを吸収する役割を持つ化学物質で、葉緑素ともいう。クロロフィルは赤と青紫の光を強く吸収するため、緑色になる。植物などの酸素を発生させる光合成を行う生物は、常にクロロフィルaを持っている。その他のクロロフィルは生物によって持つものが異なり、植物や緑藻などはクロロフィルaとbを、褐藻や珪藻、クリプト藻、渦鞭毛藻などはクロロフィルaとc類を持つという。
2019年の研究で、植物が持つクロロフィルが赤色蛍光を示すことがわかった。2019年の研究では他に、キュウリは収穫後日数が経つにつれ、果実に含まれるクロロフィルが減少し、UV-B(紫外線の一種)による赤色蛍光が弱まることもわかった。植物は葉緑体に含まれるクロロフィルを使って葉緑体で光合成をし、栄養のデンプンを生成する。その事実や2019年の研究結果から、クロロフィル蛍光が植物の栄養価の可視化に利用できるのではないかと考えた。
今回の研究はクロロフィル自体の性質、クロロフィルの変化や減少について調べることにした。
実験1〜2
クロロフィルの変化の要因を調べるために、実験を行った。複数の実験で、薄層クロマトグラフィー(TLC)で試料を展開する方法を用いた。TLCはガラス板などにシリカゲルなどの吸着剤を薄く均一に塗った長方形のプレートと、展開溶媒を注いだ展開槽を使って、試料の色素を分離する方法のこと。展開溶媒と親和性の強い色素は溶媒とともに上昇し、 水との親和性が強い色素はあまり動かないことを利用している。
実験1 クロロフィルの変化を確かめる
粉砕したタンポポの葉からエタノール抽出した溶液を、TLCで展開した。展開したプレートにUV-Bライトを当てて蛍光観察し、画像を撮影した。17日後に再び同じことを行い、画像解析ソフトを使って記録した画像の色相、輝度を求めた。
展開した結果、緑色の成分は2種類あり、黄緑色成分がクロロフィルb、緑色成分がクロロフィルaだと考えられる。さらに実験1からは、クロロフィルは変化すること、クロロフィルaのほうがクロロフィルbより変化しやすいことがわかった。
実験1で撮影した画像
実験2 クロロフィルの変化する要因を調べる
実験1の変化の要因は、クロロフィルが空気と触れやすくなったことではないかと仮説を立てた。
実験2-1は、75.0mlのエタノールに細かく切ったキュウリ葉4.0gを入れ、冷蔵庫内に約24時間保管した後、ろ過して溶液を作った。5.0gずつ7本の試験管に分け、次のように条件を変えて蓋をし、常温以外は冷蔵庫で保管した。一定期間経過後に、可視光下の目視と蛍光観察で比較し、分光センサーで吸光度測定をした。
実験2-2では、エタノール150.0mlにキュウリ葉8.0gを入れ、冷蔵庫で保管した試料を2個のビーカーに分け、片方のビーカーにだけUV-B照射した。7月14日の17時50分に照射を始め、7月16日の15時50分に一時停止、7月16日の17時55分に照射を再開し、7月17日15時55分に終了して、合計68時間照射し、実験2-1と同じ方法でもう片方と比較した。
実験2-3はまず試料を作るため、エタノール100.0mlにキュウリ葉10.00gを入れて冷蔵庫で3時間保存し、ろ過して再び冷蔵庫で保存した。その試料約30.0mlをビーカーに移し、スターラーで加熱した。デジタル温度計で温度を測り、30~78°Cの間で約10°Cずつ温度が変化するたびに、分光センサーで試料の吸光度を測定した。
実験2全体から得た考察は、クロロフィルは保存温度(約0〜25℃)、接触気体、温度(30〜70℃)によって変化しない。クロロフィルは蒸留水、塩酸、水酸化ナトリウムそれぞれを加えることで変化する。クロロフィルはUV-B照射によって変化する。
実験3〜5と結論
実験3 クロロフィルの薬品による変化を調べる
エタノール10対キュウリ葉1の割合で作った試料の溶液を1.0gずつ試験管に取り、それぞれ違う薬品0.4gを加えて冷蔵庫で保管した。一定期間経過後、可視光下で目視観察、UV-Bを用いた蛍光観察、分光センサーを用いた吸光度、405nmによる蛍光波長の測定、TLCでの展開を行った。加えた薬品は、蒸留水、塩化ナトリウム、塩酸(塩化水素35.00%)、硝酸、硫酸(98.08%)、水酸化ナトリウム水溶液(水酸化ナトリウム0.20gと蒸留水2.13g)、水酸化カリウム水溶液(水酸化カリウム0.25gと蒸留水2.88g)、水酸化カルシウム水溶液0.24gと蒸留水2.80g、アンモニア水(28.0%)だ。
実験3から、クロロフィルはアルカリ性になることで緑色の別の物質に変化するとわかった。この物質の構造はクロロフィルと似るが、親油性ではなく親水性だった。
実験4 試料を変えてクロロフィルが光によって変化することを確かめる
スピルリナ(藍藻類)0.25gを蒸留水100.0ml、ヘキサン(ガソリンに多く含まれる有機溶媒の一種、非常に水に溶けにくい)100.0mlに、分液漏斗(混じり合わない液体を分離するため使用する実験道具)で分離する。ヘキサン層の液体を試料とし、試料をビーカーに10.0gずつ分け、暗室内の3種類の条件下に約21時間置く。1つは光を当てない、1つはUV-B照射、1つは蛍光灯照射だ。一定期間経過後、可視光下での目視観察、UV-Bによる蛍光観察、分光センサーを用いた吸光度、405nmによる蛍光波長測定を行う。
実験4から、クロロフィルは光によって変化することがわかった。スピルリナからヘキサン抽出したクロロフィルは光によって変化し、光の吸収が変わるため、無色な物質に変化する。
実験5 試料を変えてクロロフィルが薬品によって変化することを確かめる
実験4と同じ試料を2.5gずつ試験管5本に取り分け、そのまま何もしない1本を除き、4本に塩酸などのそれぞれ異なる薬品を2.5gずつ加え、冷蔵庫に保管する。一定期間経過後、可視光下で目視観察、UV-Bによる蛍光観察、分光センサーを用いた吸光度測定、405nmによる蛍光波長測定を行った。実験5から、ヘキサンが水よりも密度が小さいことがわかった。
結論
クロロフィルは光や薬品で変化するため、抽出したクロロフィルを植物栄養価の可視化に使うことは困難だ。
[審査員] 田中 史人
本研究は、身近にある植物の葉緑体に含まれるクロロフィルの赤色蛍光について興味を持ち始まりました。クロロフィル蛍光が日にちの経過とともに変化し減少することについて、身近なキュウリや藍藻類から有機溶媒を使い抽出したクロロフィルを活用して調査研究を進めたものです。
蛍光について、温度や光の照射、接触気体、薬品との関係など、さまざまな方法で条件を変えた試料を、分光センサーによる吸光度測定や薄層クロマトグラフィーなどいろいろな手法を活用し研究を進めています。
さまざまな角度から研究を進めるにあたり目的を明確にし、あらかじめ仮説を立て予備実験を行っています。得られた結果を分析・考察し、さらにつぎの研究へと発展させ課題を解決していることは高く評価されます。
今後は、塩酸処理区でおきたクロロフィルの変化について詳しく調べ、植物の最適な保存状態の検討のためにこの可視化技術を活用する方法などについても、研究を進めていくことに期待します。
吉村 大介
横井さんは自分で研究計画を立てて研究を進めることができるので、指導の主な内容は、定期的に研究計画の確認を一緒にすることです。化学の実験は仮説通りの結果にならないことが多くあるので、その時になぜ仮説通りにならなかったのかを、まず横井さんが考えます。その後、横井さんの説をもとに、原因を一緒に考えます。また、一つの実験をすると、必ず新たな疑問が生じます。その時にその疑問を大切にするようにしています。本論からそれるような疑問であっても見過ごさず、新たな実験をしてその疑問を解決してから次に進むようにしています。本校は中高一貫校で6年間研究をすることができるので、多少回り道になる疑問でも大切にするようにしています。そして、本論からそれ、回り道になるような疑問に、実は重要なヒントが隠れていることが多くあることに気付くことがあります。本校ではそのような疑問を大切に研究を進めています。