研究の動機
カブトムシの大きさは中型が多く、小型や大型が少ない。中型が多いのは自然界では珍しくないようだが、なぜ同じ種類の生物はすべて同じ大きさにならないのか。生物の進化とどう関係しているのか。本やインターネットで調べる限り先行研究がなかったため、自分で研究することにした。小学校で習ったことを駆使し、習っていないことは本などを読んで積極的に勉強し、カブトムシの能力を調べる測定器具などは、工夫して作ってみた。
2019年の研究で、えさ場をめぐる争いや天敵に捕食されにくい点で、総合的に中型のカブトムシが有利という結論が出た。2020年の研究では、「生命活動でも大きさの違いによる有利不利があるのか」を確かめたい。
カブトムシの能力予想
身体測定結果から能力を予想
電子ノギスや電子天秤を使い、オスとメス成虫の身体測定を行った。小型、中型、大型それぞれ、ほぼ同じ体重の個体3匹の平均で測定結果を求め、記録した。その測定結果から、いくつかの予想が生まれた。
おもな予想は、次のとおりだ。
予想と関連するカブトムシの身体測定結果
この予想を裏付けるための実験を行った。
予想の検証実験
予想を裏付けるための実験のいくつかを、ここに紹介してみる。
体の大きさと飛ぶ能力の関係を調べる実験
空気抵抗や揚力を調べるために、風の向き、速さ、量を一定にできる風洞の装置を作った。
風洞の観測胴にレールを敷き、レールに軽い台車を置く。台車に大きさの違うオスとメスの成虫標本(翅を広げた状態のもの)を載せ、条件をそろえて秒速5mの風を当てると台車がどれだけ動くのかで、空気抵抗を比較した。すると、体が大きくなるにつれ、空気抵抗は大きくなった。メスよりオスのほうが空気抵抗が大きくなった。成虫標本のお尻のほうを風に向けると、空気抵抗が大きくなった。
揚力の実験は、次のように行った。風洞の観測胴に小型の電子天秤を置き、天秤の上に木の板を張った。板に細い針を使って後翅を広げた成虫標本を固定する。この状態で電子天秤の目盛りを0にし、条件をそろえて風を送った時に、天秤の目盛りがどれだけマイナスになるかを比較した。すると、大型のオスは小型のオスの約4倍の体重があるが、揚力は小型の1.4倍にしかならなかった。風速が上がると揚力も上がるが、秒速5mの風だと大型のオスは、体重が重すぎて後翅を広げただけでは飛べない。羽ばたきで補っていると考えられる。小型は同じ条件で、翅を広げただけで飛べることがわかった。
体の大きさとしがみつく力を測定する実験
力を測定する天秤の装置を作った。天秤の片方に成虫を固定するワイヤーを付け、もう片方に重りを載せる皿を付ける。ワイヤーで天秤に固定した成虫を、天秤脇に置いたコナラの木材にしがみつかせ、天秤の重りを重くしていく。コナラの木材を垂直に置いた場合、水平に置いた場合の両方で記録を取ってみた。
条件をそろえて何gまでしがみついていられるかを比較したところ、体長と比率に見合う結果は出ず、体長より体積、さらに脚の長さのほうが目安になった。脚が短いメスのほうが力が弱く、水平より垂直方向にしがみつく力がやや強かった。
さまざまな実験結果をまとめた表が、次のとおりだ。
結果から、中型がバランスよく有利なので、自然界では圧倒的に中型が多くなると考察できる。環境が変化しても絶滅することがないように、中型の親から大型や小型の子供も生まれるのではないかと考えた。
発展研究など
今回は2016年から5年をかけて、親から子へ伝わる「大きさを決定する情報はあるのか」の検証も行った。小型、中型、大型のどの親からも中型の子供が最も多く誕生していることから、親から受け継ぐ大きさに関する情報は複数あると考えた。1種類だけなら、小型の親からは小型の子しか生まれないはずだ。さらに、大きさを決める情報が3種類あると仮定すれば、検証結果がうまく説明できる。オスから3種類、メスから3種類、合計6種類の情報から子供の大きさは決まり、生命活動に有利な中型が多くなるという仮説を立てた。今後は遺伝子解析なども行って遺伝子を特定し、仮説を立証したい。
さらに今回は発展研究として、日本に生息するヤマトカブトムシと、ヤマトカブトムシの亜種9種類の生態を比較したり、ヤマトカブトムシの進化を検証したりした。
ヤマトカブトムシの強みは幼虫として冬期を耐え、1年で世代交代できること、腐葉土でも成長できることなどだ。争うと角が折れることがある、頭角が目立ち狙われやすい、大型のオスは空気抵抗が大きい、転がった時に起き上がりにくい、クリペウス(突起)で樹皮が削れず採食に時間がかかる、などの弱みもある。1000万年後、温暖化が進んで異常気象となり、人類が他の惑星へ移住するなどの変化が地球に起こったとしたら、ヤマトカブトムシはどう進化しているのか。1000万年後の進化形を想像・創造した。
折れにくく太さを増して木の枝に擬態した角、全体的にも樹皮に対して保護色となり、胴体はより流線型に、脚は長く中胴部はねじりやすく、クリペウスが大きく彫刻刀のように進化した1000万年後のヤマトカブトムシ
[審査員] 邑田 仁
本研究はカブトムシの大きさの変異に注目した継続研究です。4年目の昨年は、生存競争に有利な大きさを実験的に検証し、餌をめぐる争いや天敵から身を守ることについてはS、M、Lのサイズのうち中位(M)の個体が最も有利であると結論づけました。5年目の今年は、総合的な身体機能や成長力、からだの各部分別の働きをシミュレーションを用いるなどしてサイズ間で比較し、有利さ(適応)の程度を調べて、中位の個体がバランスがよく、全体として有利だと結論づけています。さらに、大きさが親から子へと受け継がれるかどうかをサイズ別の交配実験により調べ、どの組み合わせでも、雌雄にかかわらず、中位の子供がもっとも多く育つという興味深い事実を示しました。カブトムシの場合、卵から親になって再び卵を産むまで1年かかるため、このような実験は継続研究ならではと言えるでしょう。本研究ではさらに、大きさを伝える情報(遺伝子)の構成を考察していますが、大きさにかかわる遺伝子を最初から3つと仮定するなど、観察結果の考察に飛躍があると思います。また、本研究で求めているような進化にかかわる情報を調べるためには、多数の個体を使って何世代にもわたる継続実験・観察を行うことが必要であると思います。
渡邉 良彦
「同じ種類の生き物が同じ大きさにならない理由」を探る動機ではじめた「カブトムシの大きさの研究」も、気がつけば5年の月日が流れておりました。今年は進化を考察するための実験も行い、さまざまな亜種を飼育した結果も発表に盛り込むことができました。本人はこの研究と共に成長し、毎年新たにやってみたい実験を思いつき根気よくやり続けております。また研究成果は全国大会のコンクールに応募することも本人が目標にしておりまして、結果として幸運に恵まれ昨年に引き続き入賞の栄誉にあずかることができました。本人も大変喜んでおります。寛大に評価していただいた審査員の先生方に深く感謝申し上げます。また今年は新型コロナの影響により、コンクールを開催することは様々なご苦労があったのではと推察いたしますが、万難を排し子供たちのために発表の機会を与えてくださった皆様のご尽力にこの場をお借りして深く感謝申し上げます。