ゲンゴロウとの出会いは5歳のときだ。ゲンゴロウを捕獲できて、研究を始めたのは小学3年生からだ。ゲンゴロウは毎回確実に採集できるわけではなく、今年もまた採集できない年だった。春の4月末に長年通っている貯水池で、大型のゲンゴロウのメス1匹を捕獲した。自宅2階の南向きベランダに、プラスチック製のたらいに水道水を半分くらい入れ、捕獲したゲンゴロウを入れた。水になれるまでエサをあげずに、そのまま一晩おいておき、翌朝エサをあげようと中を見たら、姿がなかった。 ここ数年は、ゲンゴロウの飛ぶ実験をしようと、タライにフタをせずに入れておいたが、飛んでいってしまうことはなかった。ベランダを探しても見当たらないので、飛んでいったに違いない。
原因としては、いつもより深さのないタライに入れたこと、ゲンゴロウしか入れなかったこと、隠れる場所や休める場所がなかったこと、エサを入れなかったこと、家の近くに街灯ができて以前より周囲が明るくなったことが考えられる。またゲンゴロウをつかまえて、どういうことで飛んでいくのか、研究できればと思った。
ゲンゴロウが飛んでいくことを確認できたが、ゲンゴロウを失ってしまった。その後もゲンゴロウ採集にいつもの貯水池に行ったが、ミズカマキリやマツモムシ、カエルくらいで、時には珍しいコオイムシにも出会ったが、ゲンゴロウはいなかった。6、7月になると貯水池にマツモムシが大量にいるが、目的のゲンゴロウは確認できない。夏休みの暑い時期にも行ってみたが、採集はできなかった。貯水池の水温が高くなり、周囲には田んぼなどもあるので、そちらの方に移動しているのではないか、と考えた。周りの稲刈りもすんだ9月後半に貯水池に行ってみると、クロゲンゴロウとマルガタゲンゴロウを合わせて10匹捕獲でき、ガムシ、ミズカマキリ、コオイムシ、マツモムシも採集して研究材料にすることにした。
(1)水生昆虫が飛ぶことの確認
ゲンゴロウ(10匹)とマツモムシ(70匹)、ミズカマキリ(3匹)、コオイムシ(1匹)を一緒の飼育ケースに入れて、飛んでいくかを観察する。なお、ガムシ(1匹)はエサが植物性であり、他の肉食性の生物に攻撃される可能性があるため、一緒のケースには入れなかった。
《結果と考察》
大量に入れたマツモムシがどんどん飛んでいき、ある程度まで減ると変動は少なくなった。観察7日目朝までに20匹に減った。マツモムシ以外の生物はゲンゴロウも含めて、飛んでいかなかった。エサとしてタニシ、カワニナを入れておいたため、エサを求めて飛ぶ行動が制限された可能性がある。
(2)飼育ケース内での生物の動き
日中と夜間の各生物の動きを観察した。日中は水底にいる生物が夜間は水面近くにいることが分かった。
クロゲンゴロウ:
〈日中〉植木鉢の下にかくれてじっとしている
〈夜間〉水面近くをスイスイ泳いでいた。ゆっくり泳ぎ回っていた。
マルガタゲンゴロウ:
〈日中〉 植木鉢の下にかくれてじっとしている。水底でゆっくり泳いでいる。植木鉢の上方で休んでいることが多い。
〈夜間〉 水面近くをスイスイ泳いでいた。ゆっくり泳ぎ回っていた。
ミズカマキリ:
〈日中〉水底でじっとしている。時々ゆっくりと水面に出てきて呼吸している。
〈夜間〉水面近くでじっとしていた。
コオイムシ:
〈日中〉水底や植木鉢の底でじっとしている。
〈夜間〉水面にぽっかり浮かんでいた。
ガムシ:
〈日中〉レタスの下にかくれてじっとしている。時々すごくゆっくり歩く。
〈夜間 ゆっくりと歩き回っていた。
マツモムシ:
〈日中〉タニシにつかまってじっとしている。植木鉢のかげでじっとしている。時々、水面に上がってくる。
〈夜間〉水面に浮かんでいるのも多い。水底と水面を行ったり来たりしている。
(3)水生昆虫を陸に置いた場合の行動
各生物の動きを日中(晴れと曇り)と夜間で観察した。日中にマツモムシは飛んでいったが、他の生物は晴れた日中に、より暗いところへ移動した。曇りの時に明るい方向へ移動する生物(ミズカマキリ)もいた。また夜間は、すべての生物の動きが日中より速いことが分かった。
クロゲンゴロウ:
〈日中・晴れ〉いそいで日陰に向かって移動した。
〈日中・曇り〉つかんだ瞬間に青白い液体を出し、しばらくしてから暗いほうに向かって動き出した。
〈夜間〉元気よく、ものかげに向かって移動した。
マルガタゲンゴロウ:
〈日中・晴れ〉いそいで日陰に向かって移動した。
〈日中・曇り〉ゆっくりと暗い方に向かって移動した。
〈夜間〉元気よく、ものかげに向かって移動した。
ミズカマキリ:
〈日中・晴れ〉いそいで日陰に向かって移動した。
〈日中・曇り〉はじめはじっとしていたが、明るい方へ向かってゆっくりと歩き出した。
〈夜間〉元気よく、ものかげに向かって移動した。
コオイムシ:
〈日中・晴れ〉いそいで日陰に向かって移動した。
〈日中・曇り〉急いで暗いところに移動し、じっとしていた。飛ぶ気配はみられず。
〈夜間〉元気よく、ものかげに向かって移動した。
ガムシ:
〈日中・晴れ〉いそいで日陰に向かって移動した。
〈日中・曇り〉暗い方へ移動した。
〈夜間〉元気よく、ものかげに向かって移動した。
マツモムシ:
〈日中・晴れ〉飛び跳ねてひっくり返ったりしたが、体勢を整えて飛んだ。飛ぶ前におしりから水滴を出した。
〈日中・曇り〉飛ぶ前におしりから水滴を出した。
〈夜間〉元気よく、ものかげに向かって移動した。
(4)各生物間のバトル
一緒に飼育している場合、肉食性の生物は他種(あるいは同種)の生物を攻撃するのではと思い、注意して観察した。攻撃以外にも特徴的な行動があった。ゲンゴロウはタニシなどのエサがあるため、行動が制限されているかもしれない。
◇水槽内でのバトル:コオイムシはマツモムシを襲う。ゲンゴロウはタニシをエサとしていて、他の水生昆虫を攻撃しなかった。マツモムシはミズカマキリにつかまっている(吸い付いている?)。
◇ミズカマキリとマツモムシでの実験:夜間に活動的だったので、小さいタライに入れて飛ぶかどうか確かめようとした。翌朝もタライの中にいた。水槽に戻すと元気に泳いだ。
◇甲ら干しするクロゲンゴロウ:ゲンゴロウだけを入れたケースで、植木鉢によじ登って日光浴をしていた。晴れた日の午前の早い時間帯でみられた。
◇ガムシはレタスが大好き:似たような色のキャベツとレタスを入れたら、レタスを食べた。雨の日の夜には、固く丸まったキャベツの葉の中に入っていた。
観察期間内ではゲンゴロウ自体が飛ぶことはなかったが、飛んでいってしまうのはエサのあるなし、飼育状態(環境)の変化などの影響もあると考えられる。今回は貯水池ミニ版という環境での、飛ぶことの確認という実験が主体だった。時間的な余裕があれば、ゲンゴロウ単独での飛ぶことの確認の実験(夜間の明るさ暗さ、エサのあるなし、オスメスでの違いなど)を行いたい。
審査評[審査員] 林 四郎
橋本崇樹さんは、3年生の時にゲンゴロウの研究で見事1等賞を受賞しています。その後6年生の今回まで、一貫してゲンゴロウを研究し作品にまとめてきました。
崇樹さんは、5歳の時にゲンゴロウと出会いましたが、次にゲンゴロウの研究を始められるようになったのが3年生であったと述べています。ゲンゴロウを自然界で捕獲することが如何に大変なことなのかよくわかります。今回の研究でも、ゲンゴロウがなかなか捕獲できずに苦労していたことが述べられています。そのような困難を乗り越えて、4年間もの長い間、継続して研究してきたことは頭の下がる大変素晴らしいことです。
また、今回の研究で「どのような環境でゲンゴロウが飛んでいくのか」のように、はっきり確かめられなかったことを、今後の研究課題にしようとする強い意志も感じられ、粘り強い探究心が素晴らしいと思いました。これからの崇樹さんの研究活動に大いに期待しています。
指導について橋本 いぶき
生き物好きの兄と一緒に小さな頃から昆虫採集や観察をしてきました。その兄が両生類イモリと出会いずっと研究を続けることができたのと同様に、自分も研究対象となる生き物に会えたらという思いを幼心にずっと持っていました。そんな弟も小学3年からこのコンクールに向けて、水生昆虫ゲンゴロウの観察、走性に関する実験や似た形態のガムシとの比較等をまとめてきました。今回は夏休みが終わってもゲンゴロウの採集ができず、研究継続が不可能かと思われましたが、過去3年間最終審査に残っていたことを励みに秋になっても根気よく採集にでかけました。秋のよく晴れた日には必ずゲンゴロウに会えることを確信し、最初に出会ったのが夜の街灯下で、水中にいるはずのゲンゴロウが地面にいた驚きを忘れることなく、疑問を解決すべき飛翔実験まで到達することができました。兄弟2人の地道な努力が実り、2人揃っての受賞を大変うれしく思います。