3年生の時、『変形菌な人びと』(福音館書店)という本で変形菌のふしぎさを知り、興味をもった。国立科学博物館の先生からモジホコリの変形体をいただき、変形菌の研究を始めた。さらに自分でも変形菌を採集し、実験を繰り返してきた。3年生の時の研究は変形体の「食べ物の好き嫌い」「光反応」の実験。4年生の時は「食べ物の好き嫌い」の発展実験を行い、嫌いな食べ物には「阻止円」を作ることが分かった。5年生の時はこの阻止円と塩分濃度(浸透圧)の関係を調べ、変形菌の電気反応の実験も行った。
今年は、阻止円形成の他の要因を探り、エサを体内に取り込む様子の観察、培地のpHによる変色について研究する。
〈目的〉
変形菌の変形体は嫌いな食べ物に阻止円を作る。阻止円は変形体が生きていけるぎりぎりの所で作る円のことだ。昨年は塩分濃度を変えて実験をしたが、きれいな阻止円を作らなかった。作るためには、他の要因が関係しているのではないかと考え、食べ物実験のときに阻止円を作った梅干、味噌、納豆の3つにしぼって要因を調べる。
〈実験1〉
阻止円を作った要因として、梅干の場合は塩分以外に「酸」が関係し、味噌の場合は「こうじ菌」、納豆の場合は「納豆菌」が関係するのではと考えた。
〈方法〉
酢(綿球に浸したもの)、種こうじ、納豆菌(熱湯に溶かした菌液を綿球に浸したもの)をシャーレ内の寒天培地に置き、変形体の動きを3日間観察した。
〈結果〉
変形体は酢では阻止円を作ったが、種こうじと納豆菌は作らずに、食べた。
〈実験2〉
種こうじを納豆菌と同じように菌液にして、改めて実験した。
〈結果〉
変形体は食いついた。
〈実験3〉
梅干の酸は、酢酸ではなくクエン酸だ。同じクエン酸成分のレモン水で改めて実験した。
〈結果〉
レモン水は酢酸ほど強くなかったが、変形体はレモン水(綿球)ぎりぎりの所まで近づいて阻止円を作った。
〈実験4〉
こうじ菌と納豆菌を発酵させる。
〈方法〉
炊いた白米(37℃ぐらいまで冷ます)に種こうじを混ぜて、1日おいて発酵させたものと、水煮大豆に納豆菌液をスプレーし、発酵させたものを、それぞれ変形体の入ったシャーレに置いて観察する。
〈結果〉
変形体は、こうじ菌の発酵物を食べたが、納豆菌の発酵物では死んだ。
〈実験5〉
種こうじによる発酵がうまくいかなかったのかと思い、米こうじで実験する。
〈方法〉
米こうじをほぐし、60℃の湯冷ましを入れる。一晩置いて、乾燥から戻す。これを変形体の入ったシャーレに置く。
〈結果〉
実験4と同じく、変形体は食べた。
〈実験1~5から分かったこと〉
阻止円の形成に関係があったのは酢、レモン水、発酵した納豆。梅干では塩分と酸、味噌は塩分、納豆ではきついにおいが関係していると考えられる。
〈目的〉
消化器官をもたない変形体は「食胞」という袋を使って、エサを体内に取り込むという。その様子を観察する。
〈実験1〉
どの色素なら観察が可能か。
〈方法〉
エサのオートミールに染色液、食紅、イソジンで色をつけて観察する。
〈結果〉
イソジンは食べなかった。食紅では寒天培地にまで色がついた。染色液が最適だ。
〈実験2〉
染色液で色をつけて観察。
〈方法〉
家の顕微鏡では食胞や原形質流動すら見えないので、大阪市立自然史博物館から実体顕微鏡を借りた。
〈結果〉
原形質流動は見えたが、食胞は見えなかった。寒天培地が厚かったようだ。
〈実験3〉
スライドグラスとカバーグラスを使って観察する。
〈方法〉
A:シャーレに入れたスライドグラスの上に薄く膜を作るように、寒天を少しずつ流し込む。その上に染色したオートミールを置く。
B:シャーレの寒天培地の上に、カバーガラスを所々に置く。その上に極少量の寒天を流し込み、染色したオートミールを置く。
〈結果〉
染色したエサを取り込んだ食胞が原形質流動に乗って、先端からしだいに末端へと流れている様子が観察できた。
〈目的〉
変形菌には、培地のpH(酸性、アルカリ性)によって変形体の色が変わる種類があるという。どんな色に変わるのか。
〈実験1〉
酢(酸性)と台所用洗剤(アルカリ性)を使う。
〈方法〉
シャーレに酢と台所用洗剤をそれぞれ0.1ml、0.5ml、1ml、3ml、5mlずつ入れ、そこに寒天(20cc)を入れて培地を作り、変形体を置く。
〈実験2〉
レモン水と石けん水を使う。阻止円の実験で、レモン水を使ったときに偶然、変形体が赤く変色しているのを見つけたので、レモン水を試す。台所用洗剤には別の成分が多く含まれるので、石けん水に代えた。
〈方法〉
用量は実験1と同じ。
〈実験1、2の結果〉
酸性:酢では、変色どころか死んでしまった。レモン水ではオレンジ色に変色した。アルカリ性:台所用洗剤では死んでしまった。石けん水では変化がなかった。
〈分かったこと〉
モジホコリの変形体は、アルカリ性の培地では変色しないが、酸性のレモン水ではオレンジ色に変色する。
〈実験3〉
培地のpHを元に戻すとどうなるか。
〈目的〉
変形菌クリネカタホコリの変形体は通常白色だが、シャーレ内にカビが混在していると紫色に変色することが報告されている(日本変形菌研究会会報25号:石橋正己「変形菌の化学成分の研究」)。また、カビをシャーレから除去すると、変形体の色は元の白色に戻ったという。その理由は「カビから身を守るため、あるいはカビを退治するために紫色の物を生産していたのだ」という。そこでモジホコリの変形体も、環境を元に戻すと色も戻るのかどうかを調べる。
〈方法〉
実験2と同様に、レモン水3mlの寒天培地を作って変形体を入れ、1日置く。変色した変形体を切り取り、通常の寒天培地に置く。
〈結果と考察〉
変形体は酸性の培地から元の環境に戻すと、オレンジ色から元の黄色に戻った。モジホコリは酸性から身を守るために、オレンジ色の物質を出していたのではないか。石橋氏の論文には「紫色の方が成長が速いように感じられた」とあり、「カビに負けないためには、速く成長する必要がある」と述べられている。しかし今回の実験では、モジホコリの成長は遅かった。これは「酸性の時はオレンジ色になってじっと身を守り、通常の環境に戻すと、酸性からさっさと逃れようとして成長を速めたのではないか」と考えられる。
今年は大きな目標が2つあった。1つは、これまでの集大成。変形菌の素晴らしさをもっと知ってもらうために、冊子以外に模造紙にもまとめた。また採集標本が100を超えたので、リストにまとめた。もう1つの目標は、去年までの研究を土台にさらに発展させること。その結果、モジホコリの変形体は①阻止円形成に、塩分と酸が関係していること。②酸から身を守るために、オレンジ色の色素を分泌していること――が分かった。
審査評[審査員] 林 四郎
吉橋佑馬さんの研究は、「変形菌」について3年生から始めて4年目になる継続研究です。変形菌一筋に続けてきたこと、また、3年生:食物の好き嫌い→4年生:食物の好き嫌いの度合い→5年生:食物の好き嫌いの実験で発見した阻止円→6年生:阻止円形成の要因、と前の年の研究を発展させながら粘り強い追究力で継続してきた立派な研究です。
研究の内容を見るとよくまとめられていて読みやすく、顕微鏡下のものも含めて観察写真やスケッチが克明に残されています。実験・観察の写真・スケッチ集としても誠に素晴らしいものと評価できます。また、研究には大変熱心に取り組み、遠くにいる研究者を訪ねて、いろいろと教えていただいたり、連絡を取って変形菌の菌核を送っていただいたりしています。さらに、吉橋さんは、今回の変形菌研究が小学校最後の研究だと述べていますが、研究をまとめながら、「来年は…」という記述も何カ所かあり、中学校での研究についても意欲を示しています。大いに期待したいと思います。
指導について大阪市立自然史博物館 佐久間大輔、神奈川県立生命の星・地球博物館 出川洋介
野山でおもしろい生き物を見つけ、それを丹念に調べる観察によって、自然はより魅力を増します。さらに、その生き物の生き様に疑問を抱き、疑問を解決する手段をさがして追究する行為は、まさに自然科学の基本です。
変形菌という、佑馬君の興味と疑問、追究に応える良い課題に出合えたことは喜ばしい限りです。佑馬君は大阪市立自然史博物館友の会や日本変形菌研究会の会員で熱心に野外調査や顕微鏡観察に参加し、毎年欠かさず夏休みの自由研究に取り組んでいます。変形菌の前では、佑馬君も子供ではなく切磋琢磨する仲間です。実際、佑馬君の旺盛な好奇心、丁寧な観察に基づくユニークな問題設定力、解決のためのオリジナルな実験を組み実行する行動力、それをレポートにまとめ上げるねばり強さには毎年大人が舌を巻き、感心させられます。しなやかな感受性を大切にして科学者の卵としての優れた資質をさらに育んでくれることを期待しています。