研究の動機
滋賀県に来て2年目だ。県内にいるトンボ100種のうち86種を採集、確認した。飼育した幼虫は52種、うち41種を羽化させた。採集した羽化殻(うかがら)は55種になる。中でも同じメガネサナエ属のメガネサナエとオオサカサナエは、生息地が琵琶湖と淀川に限られている。希少な両種の研究を継続し、みんなの役に立ちたい。
メガネサナエ:体長約63~68mm。日本特産種で、琵琶湖や淀川水系に多く生息し、幼虫は水深3~6mの砂底にすむ。7~8月に羽化する。
オオサカサナエ:体長56~63mm。分布は近畿地方、特に琵琶湖や淀川水系に多い。成虫は見つけにくい。琵琶湖では幼虫が水深数mから貝引き網で採集されることも。三重県・雲出川では水深1m以下の砂泥底で、若齢~終齢幼虫が採集された。7~8月に羽化。2~3年で1世代と推定される。
〈オオサカサナエの2012年の研究〉
琵琶湖の「白ひげ浜」で、羽化の途中、体が完全にかたまっていないのに飛んでいくオオサカサナエを捕まえたので、研究した。
《分かったこと》
①後肢を垂らしながら飛ぶ。他のトンボの成虫は、6本脚すべてを折りたたみ、体にくっつけて飛ぶ。
②6/30~8/31に28回調査し、382個の羽化殻を採集した。羽化のピークは7/31。
③飛来・産卵調査(8/7~9)で、産卵の目撃は1回だけ。縄張り力が弱く、警戒心が強い。
④卵にはゼリー状のキノコ形のものが付いている。これを吸盤のようにして砂れきの石英にくっつき、流されないようにしている。20日目でのふ化が多い。
⑤羽化の形態は直立型。要する時間は、メガネサナエと同じ約1時間以内。背が割れて26分後には飛ぶこともあった。羽が伸びて、乾かなくても飛んで逃げるので、白ひげ浜で生き残れるのだ。
⑥羽化中に風上に頭を向ける習性を発見した。
⑦砂浜と違い、真夏に高温にならない消波ブロックに上がることで、白ひげ浜に適応している。
⑧道路工事後も絶滅しなかったのは、消波ブロックの陰で羽化する習性があり、道路を越えた所にヒノキの森も残されているからだ。
⑨羽化の途中でも飛べるのは、羽の伸び方や強い羽の仕組み、踏ん張って止まれる太く短い後肢と、歩けるトゲ付きの前肢があるからだ。
〈2013年の研究〉
◇調査編
メガネサナエとオオサカサナエの羽化殻を採集し、羽化の時期と気温の関係などを調査する。
《調査地点》
琵琶湖畔の白ひげ浜から大溝港横の砂浜までの長さ約1.2km、幅約15mの範囲で、A~Iの9区に分けて調査した。
《羽化殻の同定法》
オオサカサナエの羽化殻では、口の先にある2本の下唇側片の先端が互いに重ならず、下唇中片の毛が短い。メガネサナエでは、下唇側片の先端が重なり、下唇中片の毛が長くて多いことを発見した。これに基づき両種を区別した。
《結果と考察》
羽化殻:5月13日から9月17日までに、トンボ12種の2311個を採集した(昨年は1569個)。うちメガネサナエが最多の872個(38%)、オオサカサナエは700個(30%)だった。メガネサナエは昨年(676個)の1.3倍、オオサカサナエは昨年(382個)の1.8倍増えた。発生と消長:5/13にホンサナエが発生し、5/28にアオサナエが発生した。この2種の羽化が6/14に消長すると、オオヤマトンボとコオニヤンマの大ヤゴが6/19に発生した。コオニヤンマのピークが過ぎた6/25にオオサカサナエが発生し、7/2にメガネサナエの発生を確認した。同時期に水深の深い所にいる大型種のウチワヤンマも発生した。
オオサカサナエは7/28~31にピークをむかえ、9/3を最後に消長した。羽化期間は71日間、昨年より11日長い。メガネサナエは7/25~30にピークをむかえ、9/13まで羽化を確認した。羽化期間は74日間、昨年より15日長い。両種とも砂浜で多くが羽化する。
◇研究編
疑問1:今年(2013年)のオオサカサナエの発生が昨年の1.8倍も多かったのはなぜか?
今年は、夜だけでなく午前中にも羽化できるトンボ(コオニヤンマ、オオサカサナエ、メガネサナエ)が増えている。観察によると、雨上りの日中に上陸、羽化する個体が多かった。しかも、ヤゴのサイズは小さそうだ。
《方法》
羽化殻のオス・メス比、サイズ、気象条件と関係を調べた。
《結果と考察》
オス・メス比:今年のオオサカサナエはオス57%・メス43%とオスが多い(昨年は半々)。メガネサナエは昨年同様に今年も半々だった。羽化殻のサイズ:個体数が最も多かったオスの殻長は34~35mm(昨年35~36mm)、メス34.5~36mm(同36~37mm)。今年は小さく、33mm以下も多かった。
気象条件:白ひげ浜に近い観測点(北小松)での気象庁データでは、今年は発生前の6月の平均気温が平年より約1高かった。発生数の多い7月後半は午後にどしゃ降りが多く、雨後に急に気温が下がり、涼しくなっていた。
疑問2:白ひげ浜以外の生息地と、何か違いはあるか?
琵琶湖の対岸、野洲川の両岸河口にある消波ブロックで、メガネサナエとオオサカサナエの羽化殻を調査した。
《結果と考察》
調査地は白ひげ浜よりも南にあり、調査日(6/29)の気温も2高かった。そのせいか、メガネサナエの発生が早く、両岸で計80匹の発生が確認された。12匹が上陸して羽化中だった。3匹は羽化不全で、1匹は死んだ。オオサカサナエの発生は2匹だけだった。
疑問3:羽化と気温はどんな関係か?
文献によると、メガネサナエ、オオサカサナエはともに夜間、あるいは午前中に羽化するという。
《結果と考察》
昨年と今年の調査で、オオサカサナエは午後にも羽化するのを観察した。その時の気温は26~31だった。
疑問4:どんな物につかまって羽化するか?
写真に撮って、タイプ別に分けた。
《結果と考察》
白ひげ浜で「植物(茎や葉)につかまる」「小石につかまる」ものや、「岩しょう(消波ブロック)につかまる」「護岸壁につかまる」ものがあった。その他、野洲河口では防波堤の鉄板、砂浜のごみのトウモロコシもあった。消波ブロックの表面は、砂を固めたようになっている。
◇実験編
オオサカサナエのふ化の様子と、水温によるふ化と成育への影響を調べる。
【実験1】
シャーレに白ひげ浜の砂と水、採集した卵を入れ、室温(約27)でふ化する様子を観察した。
《結果》
卵の“ゼリー”は、採卵直後はドングリのかさのようだったが、水に入れるとパラシュートのように開き、砂やシャーレにくっついた。16日目に目を確認、18日目に体の形ができた。20日目にふ化した。昨年の実験と同じ20日目だ。
【実験2】
実験1の卵を入れたシャーレを、冷蔵庫(温度8)に入れて観察した。
《結果》
1カ月後(9/26)になってもふ化しなかった。
【実験3】
実験1でふ化した幼虫を、室温と冷蔵庫内(約8)とで、水を新しいものに交換しながら育てた。
《結果》
室温で育てた幼虫は、約10日後に死んだ。冷蔵庫内の幼虫は、18日後の現在(10/1)も生きている。
《考察》
オオサカサナエの卵は低い水温ではふ化せず、幼虫は高い水温では成長せずに死んでしまう。オオサカサナエは9月に、北湖(琵琶湖の北側)の“それほど深くない所”で産卵し、幼虫が深い所で漁の網にかかる理由が分かった。“浅い所”に産卵するかは、実際に採集してみないと分からない。
来年の課題
オオサカサナエは、6月の気温が高いと、たくさん羽化するのだろうか?▽オオサカサナエは、先にオスがたくさん羽化する傾向があるのだろうか?▽6月の気温と羽化に関係があるなら、オオサカサナエは終齢幼虫で冬を越し、春~夏に終齢幼虫になるのではないか?▽メガネサナエの羽化数は、オオサカサナエほど増えていない。冬を越す前に終齢幼虫になっているのではないか? 6月と9月の羽化殻のサイズが違うのでは?
感想
今年(2013年)は猛暑と大雨で、調査が大変だった。9月には記録的な大雨による洪水で、調査ができなくなった。冬にも羽化殻を観察して、たくさんの発見をしたい。
審査評[審査員] 髙橋 直
琵琶湖淀川水域で多くみられる稀少なトンボについての研究である。調査地を設定し、そこで羽化殻を採集して分類するという地道な作業の積み重ねにより、主に2種類のトンボについて発生の消長を知るためのデータを収集している。羽化殻を注意深く観察することにより、見分けが難しいメガネサナエ及びオオサカサナエという2種類のトンボを分類するための余り知られていない特徴を自力で発見している等、観察眼の鋭さに感心させられる。今年が研究を始めて2年目ということだが、1年目と2年目の結果を比較して2年目は1年目よりも羽化数がかなり増加していることを見出し、その理由を気象データと関連づけて考えたり、1年目の結果を検討して午前中や夜間に羽化するとされているオオサカサナエが午後にも羽化しているのではないかと考え、2年目にそれを証明するなどデータの分析力にも非凡なものが感じられる。
今後もデータを積み重ねることによって、さらに何か新しいことが発見されるのではないかと期待させる論文である。
指導についてみなくち子どもの森自然館 河瀬 直幹
日本では琵琶湖を主産地とするオオサカサナエは、生態について不明なことが多く、琵琶湖の環境変化で減少しています。調査地の白髭浜(高島市)は、オオサカサナエの成虫が見られる場所として知られますが、今までに発生シーズンを通した観察事例はありませんでした。大人ならば挑戦を迷う、長期間の地道な調査ですが、慶太君、大輝君の兄弟は恐れることなく取りかかり、6月~9月の期間、数日~10日毎の調査を2年連続で実施しました。膨大な羽化殻を採集・整理することで、羽化の時期や場所が正確にわかり、メガネサナエとの形態や生態の違いについて検討したことも素晴らしいことでした。兄弟からは、「トンボが好き、トンボのことを知りたい」という純粋な強い情熱が感じられ、お母様の宏恵さんらご家族に加えて、私たち滋賀県でトンボを調査する大人たちも応援しました。今後も、トンボや自然が好きである気持ちを大切に、研究を続けて欲しいです。