研究の動機
肉食貝(アクキガイ科)のツノテツレイシガイとテツレイシガイは、伊是名島では同じ穴でつがいとなり生息している。この2種類の貝のそれぞれのペアは、殻口の形が違い、交尾器でつながっていることもあったので、オス・メスだと考えていたが、貝類は一般的に雌雄同体だという。これを確かめるために、ペアの様子を詳しく観察し、殻口の違いの意味や産卵の仕組みなどについて解明したい。
【研究1】交尾器について
岩場にいるツノテツレイシガイとテツレイシガイそれぞれの、互いにくっついているペアを詳しく観察した。
殻口の形の違うツノテツレイシガイの2個体のうち、一方から他方に交尾器を差し込んでいる。差し込まれている方が“メス”だと思っていたが、4月24日の観察で、“メス”と同じ殻口をした“オス”もいたのだ。
2匹のツノテツレイシガイがくっつき、一方が長い交尾器?あるいは水管?を出して、もう一方の殻口に入れようとしていた。しばらくすると、入れられようとしていた個体からも同じものが出てきて、伸びたり引っ込んだりしながら、一方の殻口を探していた(5月29日)。
結果と考察
ツノテツレイシガイとテツレイシガイは、それぞれのペアが同じ穴や同じ場所で生息し、殻口の形の違いから、雌雄異体のオス・メスと考えていた。ところが今回の研究で、ペアそれぞれから交尾器が出て、お互いに差し込もうとしていた。このためツノテツレイシガイとテツレイシガイはそれぞれ雌雄同体で、互いに交尾器を差し込んで精子を送り、体内受精を行っている。ペアが同時に交尾器でつながることはない。これは他のカラマツガイ類やアマガイ類などと同じで、交尾器が差し込まれる殻口の位置も他の貝と同じだ。
【研究2】産卵について
3月23日:岩の穴の中に緑色の卵があった。ツノテツレイシガイが1匹いたが、それが産んだものかは分からない。コップ状の卵は、先の方を岩に付着させている。
5月7日:穴の中にテツレイシガイが一匹入り、緑色のゼリー状の卵を産んでいるのを発見した。
6月12日:夕方、潮が引いたので観察に行った。ツノテツレイシガイの産卵を突き止めた。緑色のゼリー状の卵だった。観察場所としたB岩のあちらこちらに、緑色のコップのような形をした卵があった。2匹一緒のペアのそばにもあった(ペアの殻口の形は違う)。
ツノテツレイシガイとテツレイシガイの卵は、同じ緑色のゼリー状だが、ツノテツレイシガイの卵はコップ状だ。
結果と考察
これまでも緑色のゼリー状の卵を発見していたが、ツノテツレイシガイやテツレイシガイのものとは確定できなかった。今回、岩山の穴の中で、テツレイシガイのペアが産み付けているのを発見した。ツノテツレイシガイの卵も同じ緑色だが、形が違うことが分かった。これらの卵は10日ぐらいで幼生に成長し、波に流されて岩の上から消える。
【研究3】生育方法について
観察場所としたA岩とB岩、それぞれで生息しているツノテツレイシガイとテツレイシガイの大きさ(殻長)、発見地点を6月12日と8月20日に調査した。
結果と考察
ツノテツレイシガイは、6月にA岩にいた殻長5.0cmの大きな個体が、8月には見えなくなり、殻長4.0~4.5cmの個体が出ていた。B岩では殻長3.0~4.0cmの個体が、変化なく生息し続けていた。
テツレイシガイはA岩、B岩とも、個体数がツノテツレイシガイよりも多い。A岩では殻長4.0~5.5cmがいなくなり、殻長3.0cmの個体だけが生息している。B岩では殻長3.5cmの個体がいなくなり、殻長2.3~3.0cmの個体だけが生息している。殻長3.0cmのペアが、たくさん見られた。
これらA岩、B岩に生息しているアクキガイ科の肉食貝類は、成長と共にどこかに移動していることが分かった。
【研究4】殻口の形の変化について
結果と考察
同じ穴や場所にペアでいる2個体の形状を写真に記録することで、殻口の違いを確認した。
テツレイシガイのペアでは、一方の個体の殻口の外唇が開いているが、他方のものは殻口の外唇が閉じている。ツノテツレイシガイのペアは2パターンに分かれ、2個体とも殻口の外唇が開いているパターンと、1個体だけの外唇が閉じているパターンだ。基本的に、2個体の殻口の形に違いのあることがはっきりした。
肉食貝(アクキガイ科)は、とげや突起のある固い角ばった殻をもつ。いわば岩のような、ごつごつした貝だ。そうした形の2個体が交尾器でつながるためには、殻口の形が互いに異なっていないと、うまく差し込むことができない。そのために殻口の形の変化が必要だったと考えられる。
まとめ
今回の研究により、アクキガイ科のペアにおける殻口の形の変化は、オス・メスの違いではないという結果になったが、疑問は残る。しかし、これまでどんなに探しても見つからなかった産卵を発見し、とても嬉しかった。あきらめないで観察すれば、謎が解ける瞬間があることを学んだ。これからも研究を継続したい。
審査評[審査員] 宮下 彰
8年間にわたる貝の研究は、大変素晴らしいものであり敬意を表します。今回の研究は、肉食貝(アクキガイ科)が、ペアで同じ穴に生息していることを見つけたことに端を発しています。このことにより、肉食貝は一般的な貝類のような雌雄同体ではなく、オス、メスの違いがあるのではないかと疑問をもち、実態を明らかにすることを目的としたのです。そして、継続的に貝の観察と採集を続け4本の研究を進めた結果、①アクキガイ科のペアの殻口の違いはオスとメスによるものではないか。②これまでの研究では見つけることのできなかった貝の卵を見つけた。③肉食貝類は成長と共に移動が見られる。との成果を得ています。これは、地道な観察と数多くの標本、多くの時間を要した研究の証です。また、これまでの研究で見つけることのできなかった卵を見つけることができた感動は、根気よく継続した者だけが味わえるものだったに違いありません。今後もさらに研究を進めていってください。楽しみにしています。継続研究奨励賞の受賞、誠におめでとうございます。
指導について伊是名村立伊是名中学校 田仲 祐矢
今年度の4月に伊是名中学校に赴任した私は、東江君に対して指導らしい指導はほとんどしていません。東江くんは学業の努力を怠らず、生徒会活動でも献身的に頑張り、部活動にも一生懸命取り組んでいます。何事にも一生懸命取り組む彼だからこそ、ここまで研究を続けてこれたのだと思います。それにくわえて、伊是名島という素晴らしい自然環境、そしてなにより彼の研究を支え続けた両親の存在こそが本研究を継続たらしめた最大の理由だと確信しています。伊是名島という自然環境、東江君の勤勉性、家族の支え、どれか一つでも欠けていたならば本研究をここまで継続することはできなかったのではないかと思われます。今回、このような素晴らしい研究に関わらせていただけたことに大変感謝しています。それと同時にこれからも彼の文武両道を見守り続けていきたいと考えています。