研究の動機
昨年の研究で、肉食貝(アクキガイ科)のツノテツレイシガイは「雌雄同体であり、殻口(かくこう)の形の違いは雌雄の違いではない」という結果になった。それでは、何のために殻口の形が違うのか? 雌雄〝異体〟ではないのか? まだ疑問が残る。殻口の形の変化にはどのような意味があるのか、もっと詳しく調べて、謎を解明したい。
※これまでの研究(編集部注)
ツノテツレイシガイは2匹がペアとなって、同じ穴や潮溜まりに生息する。肉食貝(アクキガイ科)は突起のある角ばった殻(から)をもつ、ごつごつした岩のような貝で、交尾するには殻口の形が互いに異なることが必要だ。ツノテツレイシガイには殻口の外唇が開いているもの(雌)と閉じているもの(雄)があり、ペアは基本的にこの組み合わせだ。ところが、ともに殻口の形が異なりながら、互いに交尾器(ペニス)を出してつながっているペアが見つかった。「雌雄異体」説は否定されたのか。
研究の方法
①伊是名島北部の内花海岸にある、潮が引いたときに渡れる岩山を観察場所にする。岩山の小さな潮溜まりに生息するツノテツレイシガイを観察する。
②潮溜まりの形をした調査用紙にツノテツレイシガイの殻長、動きなどを記入し、殻口の形を写真に記録する。
③交尾器でつながれた2個体を湯がき、殻から取り出して交尾器を観察する。
〈仮説1〉毎年潮溜まりに出現するツノテツレイシガイの殻口の形は、バランスよく、違う形をしている。その場所で成長し、同じ大きさのもの同士が交尾器でつながり、産卵する
4地点(Ⅰ~Ⅳ)の潮溜まりで、6月1日から9月9日まで観察した(Ⅳは7月27日から追加)。
《結果》
ツノテツレイシガイは各地点の潮溜まりに3、4匹、2つの潮溜まりからなるⅢには11匹がいるときもあった。他の岩場の穴に移動し、戻ったりするのもあった。殻長の大きさはⅠ~Ⅲが1.5~4.0cm、やや深いⅣは4.5~5.0cmと大きめだ。各地点には、大きさがほぼ同じのツノテツレイシガイが2匹ペアを作り、いつも一緒にいた。いずれのペアも殻口の形は互いに違う。またⅠ~Ⅲには8月に、大きさ1.5cmほどの幼貝が1匹ずつ新たに出現した。これまでの研究で、幼貝は2.5cmほどになるとペアを作り、3.0~3.5cmになると産卵する。
〈仮説2〉ツノテツレイシガイは雌雄異体である
同じ岩山で、交尾器でつながっていたツノテツレイシガイの2組のペアを採取し、湯がいて中身を観察した。4匹すべてに交尾器があった。
肉食貝(アクキガイ科)の仲間では、船底や漁網にフジツボなどが付着しないように塗った有機スズが原因で、雌に交尾器ができて雄化する「インポセックス現象」が1980年代に報告されているが、「雌雄同体」ならば起こらないはずだ。さらにツノテツレイシガイの殻口の変わった他の1匹も同様に観察したら、交尾器がなかった。これは、同現象の影響を受けていない健康的な雌なのか。
《実験》
ツノテツレイシガイの殻口の形が「雄と雄」「雌と雌」を同じびんに入れて観察した。夜10時ごろに、「雌と雌」は2匹とも交尾器を出していたが、互いに差し込まない。「雄と雄」では交尾器を出さなかった。このことは雌が雄化したもので、ツノテツレイシガイが「雌雄異体」であることを示す。
さらに、ツノテツレイシガイと同じ仲間のテツレイシガイについても、同じ岩山で3組のペア(計6匹)を採取し、同様に湯がいて観察した。交尾器があったのは4匹、殻口の形が雌の2匹にはなかった。4匹のうち2匹は雌の殻口の形をしており、インポセックス現象で雄化したものだ。テツレイシガイも「雌雄異体」だと分かった。
昨年の観察について
伊是名島南側の無人島で、殻口の形は雄と雌なのに、互いに交尾器を出しているツノテツレイシガイのペアを発見した。そのため「雌雄同体」と判断したが、インポセックス現象を知り理解できた。交尾器が形成された雌は、雄の交尾器が伸びて来ると、びっくりしたように引っ込め、また出すようなことを繰り返していた。雌が交尾器をもったことで、互いに挿入できない状況になった。雌の交尾器は、どんな機能をもつのだろう?
インポセックス現象で雌に交尾器ができ、産卵できなくなっているのかもしれない。昨年やっと見つけたツノテツレイシガイとテツレイシガイの緑色のゼリー状の卵を、今年は見ていない。また、家でツノテツレイシガイとテツレイシガイを飼育していると、夜にツノテツレイシガイがテツレイシガイに交尾器を挿入していた。ともに普段は同じ海の場所に生息しているが、これまで見たことがなかったので驚いた。さらに岩山での観察で、ツノテツレイシガイが、岩に付着しているカキ類の貝のすき間に、交尾器を挿入しているのを見つけた。交尾器が雌にも形成されたことで、異変が起こっている可能性もある。今後の多くの観察が重要だ。
インポセックス現象の調査
伊是名島南側の伊是名海岸の岩山でツノテツレイシガイとテツレイシガイを計11匹採取し湯がき、中身を観察した。すべてに交尾器が確認された。内花海岸では見られなかったテツレイシガイの雌の交尾器が、伊是名海岸では見られた。インポセックス現象は内花海岸よりも出ている可能性が高い。
また、岩山の潮溜まりなどに出現する小さなツノテツレイシガイの稚貝を3匹(殻口の形が違う)を同様に湯がいて観察したら、交尾器は確認できなかった。岩山で生息しているときにインポセックス現象が発症し、交尾器が形成されるのではないか。
感想
今年の研究でツノテツレイシガイとテツレイシガイが「雌雄異体」であることを証明できた。その喜びと同時に、インポセックス現象を知り衝撃を受けた。雌が極端に少なくなり、個体数が減るという現象がこの伊是名島でも起こっている。今年は、アクキガイ科の緑色の卵を見ていないことが不安だ。インポセックス現象という環境ホルモン問題が身近に起きており、環境を汚染して巻き貝に奇形を与えてしまった。やがて人間にも影響が出てくるかもしれない。
審査評[審査員] 宮下 彰
9年間にわたる貝の研究は、大変素晴らしいものです。特に今回は、中学3年生という受験の年でもあり継続しての研究は難しかったと思いますがよく頑張りました。今回の研究は、昨年の研究結果である肉食貝(アクキガイ科)のツノテツレイシガイは雌雄同体であり、殻口の違いは、雌雄の違いではない、との結果への疑問からスタートしています。そして、①何のために殻口の形が違うのか。②雌雄異体ではないのか。③殻口の形の変化にはどのような意味があるのか。を詳しく調べることを研究の目的としたのです。そこで、研究仮説を2本立て、立証するために、特定の観察場所において6月から9月にかけ潮溜まりのツノテツレイシガイの生息状況を細部にわたって観察。さらにスケッチ、採集、観察日誌記入などを丁寧に繰り返し、研究を進めてきました。そして、根気強く観察をした結果、「雌雄異体である」ことなどを見いだしたことは大変素晴らしいものです。研究方法など大変優れています。今後を楽しみにしています。
1等賞受賞誠におめでとうございます。
指導について伊是名中学校 金城 史也
この研究は、小学校低学年の時に岩に付着している「コウダカカラマツガイ」が、肉食貝に捕食されて海岸に流れ着くことが分かり、その貝がらを拾い集めて大きさや個数を調べる研究から始まっている。捕食する肉食貝にも興味を持ち、6年生からは、肉食貝・アクキガイ科のツノテツレイシガイの生態を調べ始めた。中学1年の時に産卵を調べているうちに肉食貝の殻口の形に変化があることに気がついている。ペアになった2個体は、殻口の形に違いがあり交尾器で繋がれている雌雄であると確信したが、研究発表の場でこの種は、「雌雄同体」であると否定された。中学2年生の時には、殻口の形の違う2個体が、同時に交尾器を出し合っているのを発見したために、「雌雄同体」という研究結果を出した。しかし、諦めきれずに継続した集大成の中学3年の研究では、「雌雄異体」を突き止め証明することが出来た。「インポセックス現象」というヒトが引き起こした悲しい現象までも知ることが出来ている。
「根気強く諦めずに継続研究することでしか、研究の結果は、出てこないことを他の人にも伝えたい」と孝太君は、これまでの研究から学んだことを話している。自然環境に恵まれた伊是名島で小学校1年生から中学3年生まで、9年間ひとつの生物を見つめてきた彼だからこそ言える言葉である。「自然の偉大さ」を知ったことでこれまでのそしてこれからの生き方の姿勢までも学んでいると感じられる。彼の将来に期待したい。