研究の動機
バスケットボールを題材にした漫画を読んだ。面白かったが、不思議なシーンがあった。ボールがゴールに入った瞬間、ネットがひっくり返って(跳ね上がって)いるのだ。なぜそうした現象が起きるのか。興味がわいたので、追究することにした。
研究の目的
バスケットのゴールネットはなぜひっくり返るのか、そのメカニズムを解明し、漫画に描かれていたシュートを再現する。
〈予備調査1〉
バスケット部の練習を見学した。見学2時間のうちネットは1度もひっくり返らなかった。
〈予備調査2〉
ネットのひっくり返りについて、何人かの部員に聞いた。「シュートがきれいに決まると、たまになる」が、リングやバックボードにボールが当たって入る場合は「起きない」という。漫画のシーンを確認すると、確かにボールはリングやバックボードに触れずに入っている。当たった場合は、ネットはひっくり返っていない。
仮説1:ボールがゴールの中心を勢いよく通過すると、ネットの下端が広げられ、その反動でネットがひっくり返るのではないか?
【追究1】ゴールの中心にボールを真上から落とす
《方法と結果》
体育館では高所にあるので、スポーツ店でバスケットボールのゴールを買った。
脚立に上り、高さ1mの位置からボールを落とした。10回試みたが1度もネットはひっくり返らなかった。ボールの勢いが足りないのかと考え、高さを1.5m、2m、2.5mに上げたが、すべてうまくいかなかった。
《気付いたこと》
ボールがゴールの中心を通ったときは、音がほとんどしない。中心からずれて入った時は、ボールとネットがこすれて「スパッ」という音がした。漫画でも、ネットがひっくり返るシーンには「スパッ」「スポ」といった効果音がついている。
仮説2:ボールとネットが勢いよくこすれることで、ネットがひっくり返るのではないか?
【追究2】ゴールの端に向かって、ボールを真上から落とす
《方法と結果》
ボールの高さ1mで10回試みたが、ネットはひっくり返らなかった。1回だけそれらしい場面があったが、ネットがリングの位置まで跳ね上がらず、漫画のようにはいかなかった。高さ1.5m、2m、2.5mでも試したが、ネットはひっくり返らなかった。しかし、ひっくり返りそうな場面がそれぞれ1回、2回、3回あった。
《まとめ》
ボールとネットが勢いよくこすれることが、ネットがひっくり返る一つの要因だ。しかし、それだけでは完全にひっくり返らない。
《気付いたこと》
漫画に描かれていたシュートシーンでは、ネットがひっくり返るときのボールの入り方が、リングに対して「垂直」なものと、角度がついているものがある。「垂直」に見えても、横から見ればボールは必ずゴールに対し斜めに入っている。
仮説3:ボールがゴールに入るときの角度に原因があるのではないか?
【追究3-1】ゴールからの距離、高さを変えてシュートを打つ
《方法と結果》
ボールに横向きの力のみを加えて高さ(頂点)0.5m、1m、1.5mから、距離が1m、1.5m、2m、2.5mにあるゴールに放った。漫画と同じネットがひっくり返るシュートを、初めて再現できた。
さらにカメラの連写機能を使って、それぞれのボールの軌道を撮影し、シュートしたときのボールとリングの角度を測定した。ネットがひっくり返りやすい角度は60度から70度の範囲で、ボールを放つ距離・高さが大きいほどひっくり返る確率も高くなることが分かった。
《まとめ》
ネットがひっくり返るシュートは、ゴールにボールが入る瞬間の角度に大きな要因がある。また、ボールの速度が大きいほど、ひっくり返る確率が高い。
【追究3-2】ボールがゴールに入り、ネットがひっくり返る瞬間を観察する
《結果とまとめ》
ネットの様子は次の通り。
① | ボールが通り抜けるときに、ネットの奥側がこすれて下に引っ張られる。 |
② | 手前側のネットが持ち上がる。 |
③ | その勢いで奥側のネットも持ち上がり、ネットがひっくり返る。 |
シュートの角度がより垂直に近いと、ネットが十分に引っ張られず、手前側も持ち上がらない。逆にシュートの角度が小さく、リングに対して平行寄りになると、ボールが比較的長い時間ネットの奥側に引っかかり、ネットは持ち上がらない。リングやバックボードに当たったシュートでネットがひっくり返らないのは、ボールの角度が垂直に近く、速度が弱まることも原因だ。
仮説4:ボールとネットにかかる摩擦を大きくすれば、ネットがひっくり返るのではないか?
【追究4】ボールの摩擦力を強くする
《方法と結果》
ボールにマット用の滑り止めを貼りシュートしたが、ネットは1度もひっくり返らなかった。ボールがネットに引っかかり、通り過ぎるのが遅くなった。
仮説5:ボールの大きさが、ネットのひっくり返りやすさに関係するのではないか?
【追究5-1】ボールの大きさを変えて、シュートを打つ
《方法と結果》
練習用の巨大バスケットボール、普通のバスケットボール、バレーボール、カラーボールを用意し、それぞれ高さ1m、距離1.5mの位置からシュートした。巨大バスケットボールはネットを通過せず、バレーボールとカラーボールでは、ネットがひっくり返る様子はなかった。
《気付いたこと》
ボールの大きさが変わると、それぞれの重さも変わる。量ってみるとバスケットボールは470g、バレーボールは255g、カラーボールは7g。重さの条件をそろえないと、ボールの比較はできない。
【追究5-2】重さを同じにしてシュートを打つ
《方法と結果》
重さをバスケットボール(470g)と同じになるように、バレーボールに砂を入れ、カラーボールにはおもりを詰めた。シュートを打つとバレーボール、カラーボールともにネットがひっくり返った。
《まとめ》
ボールの大きさは、ネットのひっくり返りやすさに関係がない。
仮説6:ボールが重いほど、ネットはひっくり返りやすいのではないか?
【追究6】同じ大きさで、異なる重さのボールでシュートを打つ
《方法と結果》
バスケットボールとほぼ同じ大きさのビーチボール(重さ60g)、筋トレ用ボール(3㎏)で試した。ビーチボールでは、まったくネットがひっくり返らなかった。筋トレ用ボールでは、100%の確率でネットがひっくり返った。ネットが跳ね上がる勢いもこれまでで一番で、低い位置から落としてもネットがひっくり返った。
《気付いたこと》
「運動する物体のエネルギーは質量に比例する」。ということは、シュートされた3㎏の筋トレ用ボールはバスケットボール(470g)の約6倍のエネルギーをもつことになる。筋トレ用ボールでは、ネットを引っ張る力がバスケットボールの約6倍になったと考えられる。
《まとめ》
ボールの質量が大きいほど、ネットはひっくり返りやすくなる。
仮説7:ネットの網目をなくすことで、ネットがひっくり返りやすくなるのではないか?
ボールの次に注目したのがネットだ。その網目をなくせば、ボールがネットを押す力も大きくなるかもしれない。
【追究7】網目のないネットを作り、シュートを打つ
《方法と結果》
ネットを切り開いて型紙をとり、布を縫い合わせて「布ネット」を作った。リングに取り付けてボールをシュートしたが、布ネットは少しも持ち上がる様子がなく、1度もひっくり返らなかった。重さが関係するのかもと計量したが、布ネットは72g、普通のネットは69gと、ほとんど変わらなかった。
《まとめ》
ネットのひっくり返りやすさには、網目状であることが関係している。網目状の素材として園芸用の緑のネットを購入し、ゴールネットを作った。シュートを打ってみると、まったくひっくり返らず、持ち上がりもなかった。「緑ネット」は普通のネットよりも網目が小さい。網目の形状も普通のネットはいずれも地面方向に伸びたひし形をしているが、緑ネットの網目は正方形や平行四辺形などと、ばらばらだ。
【追究8-1】緑ネットの網目を大きくする
《方法と結果》
緑ネットの網目を切って、1個ずつの網目が、普通のネットの網目とほぼ同じ大きさになるようにした。シュートを打ったが、まったく成功しなかった。持ち上がる気配もなかった。次に網目の形状がひし形をした緑ネットを作ろうとしたが、どうしてもできなかった。そこでインターネットで、バスケットボールのゴールの編み方を調べ、毛糸でネットを作った。自作のネットは多少、網目のひし形がいびつだったが、シュートを打ってみると、普通のネットと同じようにひっくり返った。
【追究8-2】自作ネットの網目の大きさを変えて、シュートを打つ
《方法と結果》
網目が大きな自作ネットと普通の自作ネットで比べると、ひっくり返り(やすさ)の回数にほとんど差がなかった。
《まとめ》
網目の大きさは、ネットのひっくり返りやすさに関係ない。
【追究8-3】自作ネットの網目の形状を変えて、シュートを打つ
《方法と結果》
普通のネットの網目と同じ大きさで、網目の形状が正方形のネットを自作し試したが、1度もネットはひっくり返らなかった。
《まとめ》
ネットの網目がひし形であることが、ネットがひっくり返る大きな要因だ。網目の形状がひし形、正方形のネットでシュートを見比べたら、発見があった。ネットにボールがこすれた瞬間、ひし形の手前側のネットにはたるみがあるが、正方形のネットでは手前側のネットも一緒にボールに引き寄せられていたのだ。
【追究8-4】網目がひし形、正方形のネットをそれぞれ手で引っ張り、ボールが入った瞬間を再現する
《方法と結果》
どちらのネットも斜め下に引っ張ると、網目が閉じてネットが伸びたが、伸びる位置が違った。ひし形での伸びはネットの中心を通っているが、正方形の方はネットの下端を通っている。ひし形では伸びたネットの下側に〝たるみ〟も確認された。この違いから、網目がひし形のネットだけが、シュートが入ったときにひっくり返る仕組みが分かった。
《まとめ》
網目がひし形:ネットにボールがこすれると、①斜め下にネットが引っ張られて、②横向きに移動する。それに伴い③下側の〝たるみ〟が上向きに運動し、さらに④伸びていたネットも連動して持ち上がり、ネットがひっくり返る。
網目が正方形:ネットにボールがこすれると、ネットは斜め下に引っ張られるが、横向きの力がネット下端を軸にかかっているので〝たるみ〟はできず、上向きの運動も発生しない。ネットは元の形に戻るだけで、ひっくり返らない。
感想
漫画のシュートを再現するのは、現状では普通のネットが一番いいようだ。結局は、しっかりシュート練習をした人でないと再現できない。しかし、ネットがひっくり返る仕組みを理解することで、僕たちは大きな達成感を得ることができた。
審査評[審査員] 髙橋 直
人気漫画に描かれたバスケットボールのゴールシーンを不思議に思い、実際にそれを再現するにはどうすればよいのかを追究した研究である。ボールが一定範囲の角度と一定以上の速度でゴールリングを通り抜けると、漫画に描かれたようにリングに付いているネットが上方にひっくり返るという現象が起こることを手際の良いやり方で確認し、さらにどうしてそうなるのかをボールの大きさや重さ、ネットの材質や編み目の形状を変えるなどして検討してネットがひっくり返るしくみに迫っている。研究の過程で漫画のコマに描かれた擬音にまで注目しつつ分析を行っているのは、実物の映像を分析するスポーツ科学の現場を想起させられ面白く感じるとともに、この漫画が事実を正確に描写していることにも感心させられた。
研究の動機、実験方法、実験結果とその分析による次の実験の設定といった研究の過程が明快で、論文としてのまとめ方も申し分のない秀逸な作品である。
指導について刈谷市立富士松中学校 永野 英樹
本研究は、研究班8人による膨大な試行回数から成り立っています。夏休みから始まった研究ですが、10月半ばまで、およそ3カ月間ひたすらにシュートを打ち続けました。また、いろいろな可能性を確かめようと、子どもたちはさまざまな角度から研究の方法を考えて、実験を繰り返しました。本研究の最大の発見は、バスケットゴールのネットがひっくり返る現象には、ネットの網目の形に大きな要因があったということです。この要因を追究するために、生徒たちはバスケットゴールのネットの編み方を独自に考え、さまざまな形や大きさの網目をもつネットを自作しました。この研究に対する大きな意欲と努力が、この発見を必然的に引き起こしたのだと思います。研究班には本研究にとどまらず、これからも身近にある「不思議」を感じ取り、追究に意欲的に取り組み、科学する心を伸ばしていくことを期待しています。