研究の動機
小学5年の時、公園で四つ葉のクローバー(シロツメクサ)を見つけた。家で花瓶に生けておくと夜に葉が閉じてしまった。朝にまた葉を広げていた。なぜ葉が開閉(就眠運動)したのか不思議に思い研究を始めた。
研究の背景
これまでの研究でシロツメクサの就眠運動について 分かったことは次の通り。
◇ 2013年度(研究1年次)
シロツメクサの葉は朝開き、日中暑い時は少し閉じて、夜になると閉じる。体内時計のようなものが備わっている。
◇ 2014年度(研究2年次)
体内時計は明るい(暗い)ままの状態でも1、2日間は機能する。しかし3日ほどたつと狂い始め、約1週間後には枯れてしまう。枯れなければ、昼間は日が当たり夜間は暗くなる状態に戻すと、体内時計に基づき再び就眠運動を行う。
日中葉が少し閉じるのは、葉の表面温度が上がり過ぎないようにしているからではないか。気孔が葉の表側に多いため、水分が失われ過ぎるのを防ぐためなのか。
◇ 2015年度(研究3年次)
就眠運動は光に左右される。通常の明期・暗期の体内時計のリズムが狂うと、葉の動きも変化する。しかし時間がたつにつれて、徐々にその光条件に合わせた体内時計のリズムがつくられ、葉の動きが安定する。葉は光合成をするために日中開き、光合成量が呼吸よりも少なくなる夜間は閉じる。葉は光のある方向や強い方向に向いて開閉することがある。
◇ 2016年度(研究4年次)
葉が夜間閉じるのは、葉からの蒸散を防ぐためだ。葉は朝の青色の光を感じて開き、夕方の赤色の光を感じて閉じるのではないか。
なお就眠運動については、葉の葉枕部に含まれる運動細胞へのカリウムイオンと水分子の流入出により、運動細胞が膨張・収縮することで起こることが報告されている。しかし、蒸散に関わり、日光を最も強く受けると思われる葉の気孔と就眠運動との関係は研究されていない。
研究の目的
昨年度の研究で、シロツメクサの就眠運動は蒸散のリズムに関係があることが分かった。蒸散について詳しく調べ、気孔との関係から就眠運動のメカニズムを明らかにする。
①蒸散リズムを調べ、就眠運動との関係を明らかにする。
②葉の表と裏の蒸散量を比べ、就眠運動に影響があるのかを調べる。
③葉の表と裏の気孔を観察し、気孔の形や大きさ・密度・位置などを比べて、蒸散量や就眠運動との関係を調べる。
研究の仮説
①シロツメクサの葉が開いている日中の蒸散量が多く、葉が閉じている夜間の蒸散量が少なくなって蒸散リズムと就眠運動に関係性がみられるだろう。2014年度の研究で、日中葉を少し閉じる様子がみられた。その動きは葉からの蒸散を防ぐためで、日中に日が当たる時間帯は蒸散量が多いと考えた。
②葉の表からの蒸散量が裏に比べて多くなるだろう。 昨年度の研究から、夜間に葉を閉じるのは、蒸散によって水分が失われ過ぎるのを防ぐためであり、シロツメクサは葉の表を内側に向けるようにして葉を閉じるからだ。
③気孔は葉の表のほうが裏よりも密度が大きく、葉の表面に数多くあるだろう。②と同じく、表からの蒸散量が多いと考えるためだ。また、表面にあることでより光を感じて就眠運動ができるようになっていると予想されるからだ。
研究の方法
シロツメクサ(白詰草、学名:Trifolium repens)をプランターに植えたものを実験に用いる。就眠運動による葉の開閉状態を正確に観察するために、葉を真横から見て左右の葉が水平に開いている状態を7、完全に閉じている状態を1として、葉の開閉具合を13 段階で表す。
《1》葉の蒸散リズムを調べる
〈実験1〉葉の蒸散量を調べる(1)
〈方法〉
水で 500倍に薄めた液体肥料を入れた試験管5本に、シロツメクサ(茎の長さ7cm、葉の大きさ1cm) を1本ずつさし、温度・湿度・照明などが制御できる人 工気象器の中で育てる。昼夜は12時間ずつ(明期:暗期 = 12:12)とし、6時と18時の昼夜切り替え時に、液体肥料の水位の低下量(蒸散量)を計測する。計測は、カメラの暗視野タイムラプス(低速度撮影)機能を使い撮影した画像を解析して行う。
〈結果〉
1週間以上観察を続けたが、蒸散量が少なく、 試験管内の水位の変化が分かりにくかった。
〈実験2〉葉の蒸散量を調べる (2)
〈方法〉
実験1の試験管1本ずつに2本のシロツメクサを入れる。試験管内の水で薄めた液体肥料の量は2 0mlとする。
〈結果〉
水位は6時よりも18時のほうが低く、18時から翌6時にかけてはあまり変化がない。さらに、はっきりと水位が観察できた試験管の画像を選び出してグラフ化した。蒸散量は6時から18時までの日中に比べ、18 時から翌6時までの夜間のほうが少なくなっていた。
〈考察〉
シロツメクサの就眠運動と蒸散量は関係している。日中に葉が開いている時に蒸散量が多くなり、蒸散が多くなると葉を閉じて蒸散しないようにしていると考えられる。
《2》葉の表と裏の蒸散量を調べる
一般的に植物の葉の気孔は、表よりも裏のほうが多く、蒸散量も多くなる。しかし、シロツメクサの就眠運動は葉の表側を隠すように行われるので、蒸散量は表のほうが裏よりも多いのではないかと考えた。
〈実験3〉ワセリンで蒸散を防ぐ
〈方法〉
気孔からの蒸散をおさえるために、葉の表にワセリンを塗ったもの(裏と茎からは蒸散する)、裏にワセリンを塗ったもの(表と茎からは蒸散する)とで比べる。 水で薄めた液体肥料を入れた試験管2本に1本ずつ入れて、人工気象器(明:暗= 12:12)の中での水位の変化を観察する。比較のため、葉の表裏どちらにもワセリンを塗らずに試験管に入れたもの、シロツメクサを入れない試験管も用意する。
〈結果〉
表にワセリンを塗ったもの、裏に塗ったもの、シロツメクサを入れなかったもので、蒸散量に大きな違いがみられなかった。葉をよく見ると、塗ったワセリンが葉の反対側までしみ出していた。
〈実験4〉ワセリンとは別のもので蒸散を防ぐ〈方法〉
実験3のワセリンに替えてセロハンテープ、シリコン、マニキュアを使う。水で薄めた液体肥料は15ml。人工気象器に入れて9日後の水位の変化を観察する。
〈結果〉
水位は、セロハンテープを表に貼ったものは11.5mlまで、裏に貼ったものは10.0mlまで減少。シリコン表は10.5ml、裏は11.0ml、マニキュア表は12.0ml、裏は10.8ml。シロツメクサを入れなかったものは13.0mlまで減少した。
シリコンは塗る時にムラができたので、正確な蒸散 量をはかれなかった。マニキュアでは葉が枯れてしまったので、次の実験ではセロハンテープを用いる。
〈実験5〉セロハンテープで蒸散を防ぐ
〈方法〉
セロハンテープを葉の表に貼ったもの(裏と茎からは蒸散する)、裏に貼ったもの(表と茎からは蒸散する)とで比べる。各3本用意し、水で薄めた液体肥料 (15ml)を入れた試験管6本に1本ずつ入れて、人工気象器(明:暗= 12:12)での水位変化を観察する。シロツメクサを入れない試験管も用意する。
〈結果〉
水位はセロハンテープを裏に貼ったもののほうが、表に貼ったものより低下した。つまり、葉の蒸散量は表のほうが裏より多かった。気孔の数も表のほうが多いと考えられる。
① | ② | ③ | 平均水位 | 平均蒸散量 | |
葉の表側 | 11.5 | 10.1 | 11.5 | 11.03 | 3.97 |
葉の裏側 | 10.0 | 10.0 | 10.1 | 10.03 | 4.97 |
〈考察〉
シロツメクサが就眠運動をする時に葉の表を 内側に向けるのは、表からの蒸散量が多いために、水分が失われ過ぎることを防いでいるからだ。
《3》葉の表と裏の気孔を観察する
〈実験6〉表と裏の気孔の数を比べる
〈方法〉
葉の表裏の表皮をはがしたものをスライドガラスにのせてスポイトで水を1滴たらし、カバーガラスをかぶせて顕微鏡で観察する。1つの視野での気孔の個数を数え、1平方mmあたりの気孔の密度を計算して比べる。
〈結果〉
1視野あたりの気孔の数、密度は、葉の表のほうが裏よりも大きかった。
表① | 表② | 表③ | 表① | 表② | 表③ | |
気孔の数 | 98 | 62 | 96 | 45 | 48 | 63 |
気孔の密度 | 1859.9 | 1176.7 | 1822.0 | 854.1 | 911.0 | 1195.7 |
平均密度 | 1619.5 | 986.9 |
〈実験7〉表と裏の気孔の違いを観察する
蒸散には気孔の数だけでなく大きさや形、位置なども関係しているのではないか。
〈方法〉
表裏の表皮を顕微鏡で観察する。気孔の位置については、薄い2枚刃が並んで付いたカットスタンプを用いて葉を細く切り、その断面を観察する。
〈結果〉
表の気孔は、形が丸みを帯びていて、細胞の中に埋まっている。立体的で、表面から奥のほうまであるようだ。それに対して、葉の裏の気孔は細長く、表面浅くに見えた。葉の断面の観察では、表の気孔は立体的で丸い。裏の気孔は、表面に張り付いているようになっている。
〈考察〉
葉の表の気孔の密度が裏よりも大きいことが、表の蒸散量が多いことの根拠だ。表の気孔は、気孔内の水分量が変化した時に、葉全体に影響を与えやすいとも考えられる。
研究のまとめと結論
シロツメクサの就眠運動と葉の蒸散リズムは深く関係している。蒸散によって葉の気孔内の水分量が減り、しぼむように収縮することで葉が閉じる。逆に、葉を閉 じて蒸散が行われなくなり、気孔内の水分量が再び増えることで膨張し、葉が開くのだ。 蒸散による気孔の収縮・膨張が就眠運動を起こすスイッチとなっているのではないか。
反省と課題
シロツメクサの就眠運動についての研究は、「なぜそのような運動が起こるのか」という疑問を柱にこれまで実験を行ってきた。5年目となる今年度の研究で、就眠運動を起こす基となるのが気孔や蒸散だという、自分なりの結論が出せた。長年の疑問を解決できた達成感がある。しかし本研究では、気孔の大きさや形といっ たレベルでしか観察ができておらず、正確性も低い。今後はさらに詳しく細胞レベルで就眠運動のメカニズムを明らかにし、就眠運動に関わる化学物質との関係も調べたい。
審査評[審査員] 友国 雅章
小学5年生のときに、公園で見つけた四つ葉のクローバーを花瓶に生けておいたら、その葉が夜に閉じ、朝になるとまた開くことに気がついた。それを不思議に思ったことがこの研究の原点になり、それから5年間ずっとこのテーマで研究を続けてきた。一見地味な研究だが、なによりその継続性を高く評価したい。今回の研究ではシロツメクサの葉の開閉が蒸散リズムと連動しているという仮説を立て、葉が開いているときと閉じているときの表と裏からの蒸散量の違いや、それに関係する気孔の分布が表と裏でどう違うかを詳しく調べ、自分なりに納得できる結論を得た。自然現象の謎解きでは、うっかりすると見過ごしてしまいそうな、何気ない事柄に気づけるかどうかが非常に重要である。この研究は、シロツメクサの葉が夜に閉じるというちょっとしたことに目を向けたことで大きく発展したといえ る。繊細な感性にさらに磨きをかけた今後の研究に期待したい。
指導について茨城県立並木中等教育学校 大村 千博
このたびは、河島真冬さんの科学研究「シロツメクサの就眠運動についてV」が文部科学大臣賞という素晴らしい賞をいただくことができ、学校を挙げて、大変喜んでおります。河島さんは小学5年生から本研究を始めました。本校に入学してから、ずっと科学研究部に所属し、毎日継続して研究を行ってきました。前期の科学研究部長として後輩をまとめ、部の活性化に貢献している頑張り屋の生徒です。シロツメクサの就眠運動がどうして起こるのかをさまざまな現象や 顕微鏡での観察を通して、表側に気孔が多いことや表側と裏側の気孔の存在位置が違うことを発見しました。そして就眠運動のメカニズ ムを自分なりに考察しました。誠実に研究してきた成果が実を結んだと思っております。今年の研究でいろいろなことが分かり、さらに明らかにしたい課題が出てきました。中高一貫校のメリットを生かして、本研究を継続、発展させてほしいと思っています。