研究の動機
2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所の事故から6年以上が経過した。福島県内産の野菜や果物、穀物などの放射能濃度が基準値を超えることが なくなり、事故前のように食べられるようになった。しかし市町村の測定結果などでは、山菜やキノコなどには未だに放射能濃度が高いものがあるという。これらは全体的あるいは部分的に高いのか、野菜は本当にもう問題がないのか、研究することにした。
《1》山菜やキノコのどの部位が放射性セシウムの濃度が高いのか?
実際に県内で山菜やキノコを採集し、部位ごとに放射性セシウムの濃度を測定する。
〈方法〉
2017年4月から7月までに福島市内で採取・購入あるいは他から頂いた山菜やキノコを測定する。 試料の前処理は自宅および父の職場で行い、父の職場の装置(ゲルマニウム半導体検出器)で測定する。試料の各部位における乾燥前(生の状態)の重量1kg当たりの放射性セシウムの濃度(Bq/kg)を計算し比較する。
◇試料の前処
①試料を水洗いし、水分をペーパーでふき取る。→土などが付着していると結果に影響が出る。
②山菜類は葉と茎、上・下部に分断、タケノコは上・中・ 下部、キノコは傘・柄に分ける。
③試料をそのまま、もしくは細かく刻んで生の状態の重さを量る。→放射能測定は乾燥状態で行うので、生の状態(乾燥前)の重さが計算で必要となる。
④試料を天日干し、もしくは乾燥機で乾燥させる。→植物は80%以上が水分。試料の水分がわずかな放射性物質の測定をじゃまする。
⑤試料の乾燥状態の重さを量る。
⑥測定容器に試料を詰めて、容器の外側を水洗いする。 →容器外側が、試料を詰める際に汚染される可能性がある。
⑦容器の水気を完全にふき取り、天びんはかりで容器 を計量、ノギスで高さを測る。→測定・計算には重さも必要、試料の詰め方によって結果に影響が出る。
⑧容器のふたをセロハンテープでとめ、ビニール袋に入れてしっかり口をしばる。→測定中に試料が出ると、 検出器が汚染されて使用できなくなる可能性がある。
◇測定(自分ではできないので専門員に依頼)
①試料名や採取日、重さなどのデータをパソコンに入力する。
②試料を検出器にセットする。
③自動測定後、結果をプリントアウトする。
◇用意した山菜やキノコ(10 品目 25 試料)
フキ(3)・ コシアブラ(2)・タラノメ(2)・ウド(3)・シダ類(2)・ ワラビ(1)・ツクシ(1)・ハチク(1)・キノコ(3)・ タケノコ(7)
〈結果〉
放射性セシウム濃度(Bq/kg)は、山菜Aグルー プ(葉・茎を測定;フキ、コシアブラ、タラノメ、ウド) では葉が茎よりも高かった(平均濃度比は葉:茎= 72:28)。山菜Bグループ(上部・下部を測定:シダ類、ワラビ、ツクシ、ハチク)は上部が下部よりも高かった(上部:下部= 71:29)。キノコは傘が柄よりも高かった(傘:柄= 59:41)。タケノコは上部が中・下部よりも高かった(上部:中部:下部= 57:29:14)。
〈考察〉
濃度が高い部位で共通するのは、いずれも各植物の一番よく成長する部分(成長点)だ。放射能濃度が基準値以下の農作物でも、成長点の部位で測定すれば基準値を超えるものがあるかもしれない。
《2》汚染土で育てた野菜に放射性セシウムは移行するのか?
実験1:カイワレ大根を育てる
〈方法〉
トレイに汚染土(乾燥土に放射性セシウム4万4500Bq/kgを含む)を敷き、カイワレ大根の種(1袋)をまく。8日目に可食部(根以外)を収穫し、《1》と同様に 前処理して濃度を測定する。普通の培養土(放射性セシウムが含まれていない)で育てたものと比較する。
〈結果〉
汚染土で育てたカイワレ大根の乾燥試料の放射性セシウム濃度は405Bq/kg。汚染土から乾燥試料への放射性セシウムの移行率は 0.91%だった[移行率=(乾燥試料の濃度/乾燥した汚染土の濃度)×100 ]。計算で求めた乾燥前(生の状態)の放射性セシウム濃度 は31Bq/kgだった。これは基準値[一般100Bq/kg、乳児 50Bq/kg]以下であり食用可能の数値だった。
〈考察〉
放射性セシウムは汚染土からカイワレ大根に全く移行しないわけではないが、移行率は低い。カイワレ大根の乾燥後の濃度は汚染土に対して約1%、生の状態では0.1%以下の濃度になる。
実験2:ジャガイモを育てる
〈方法〉
昨年の研究で汚染濃度を測定した庭の一画(土に含まれる放射性セシウム濃度2792 ~ 4167Bq/kg) にジャガイモの種イモ(含まれる放射性セシウム濃度 7.1Bq/kg)を植え、成長後に収穫して、部位ごとの濃度を調べる。
〈結果〉
乾燥前の放射性セシウム濃度は、葉が6.0Bq/ kg(全体の19%)、茎5.6Bq/kg(17%)、地下茎4.9Bq/ kg(15%)、根6.9Bq/kg(21%)、新イモ7.2Bq/kg(22%)、種イモ1.6Bq/kg(5%)だった。新イモは植える前の種イモ、根の濃度とほぼ同じ値だった。部位ごとでは[新イモ≒根>葉>茎>地下茎>種イモ]の順に高い。
〈考察〉
新イモの放射性セシウム濃度は植える前の種イモとほぼ同じだったことから、汚染土からの移行はほとんどないと考えられる。
感想
サンプル数が少ないので、もっと多くのデータがあればより正確な結果が出るのではないか。採取した植物のうち数件が、放射能濃度の基準値を超えた。身近にある植物の濃度が未だに高いことにショックを受けた。さらに飯館村産のキノコは100倍も高いことを知り驚いた。震災前のように安心して食べられるようになるのは、まだまだ先になるのか。それまで濃度測定は続けなければいけない。なお今回の研究では、山での試料採取や乾燥試料の 処理などで放射能被ばくの可能性があったので、身体の内部被ばく測定を受けた。結果は検出限界値未満で、問題はなかった。放射線は目に見えないものなので、食品も身体もとにかく「測定すること」が大事だ。
審査評[審査員] 田中 史人
平成23年3月に福島第一原子力発電所の事故が起こり7年が経とうとしています。事故発生当時は、福島県内産の野菜など放射線濃度が高いため口にすることができませんでした。その後現在では基準値を超える物もほぼなくなり、事故前のように口にすることができるようになりました。しかしながら、新聞や市町村等で 発表されている山菜やキノコの測定結果については未だに高いものがあることから、本研究では山菜やキノコ等について詳しく調べています。部位の違いを調査し成長点の部分に放射性セシウムが多く含まれていること等について、結果から考察を進めています。 福島の事故は時間とともに忘れられてしまいがちです。福島県の中学生が行った本研究の結果を通して、事故後の状況を多くの方々に知っていただくことも大切なことであると考えます。また本研究 は、4月から8 月という期間で行っています。短い期間での研究ですが、集められたデータの量も多く、まとめもていねいに行われています。今後引き続き研究を進め、経年による調査データの変化から考察を進めていくことを期待します。
指導について國井 伸明
2011年の原発事故直後、世間は「放射線=怖い」というイメージがあり、多くの方は恐怖心を抱いたのではないかと思われます。今後も福島県で生活する以上、息子には怖がる前に「正しく 知ってから正しく怖がるべきではないか」と思い、事故の翌年であった小学2年生のときに自宅の内外の空間線量率の測定から放射線の指導を始めました。「どのような場所が高いのか」など実際に機器で測定し、意識を持たせました。本研究においても山などでのサンプリングから開始したため、「放射性物質を高く取り込んでいる植物は、どのような場所に自生していたのか」など把握できたのではないかと思われます。また、情報だけに頼らず、実際に植物を育てて検証をする事の大切さも教えました。現在はネット社会で情報が錯綜し、混乱を招いている状態です。そのため、正しい情報を得るには自分で動いて確認することの重要性をこの研究を通して指導ができたのではと思っております。