研究のきっかけ
中学1年生の時、竹とんぼの羽の揚力と空気抵抗について研究をした。羽の角度を大きくすると、竹とんぼの揚力は増すが、同時に羽が受ける空気抵抗も増す。羽の角度と揚力や空気抵抗の変化は一様ではなく、羽の角度が12.5度の時、増す揚力と空気抵抗によって減る回転数とのバランスが最もよくなることがわかった。
この研究で揚力に興味を持ち、竹とんぼの他に揚力が関わるものを探した。折り方によって飛び方が異なる紙飛行機の羽にも、揚力や空気抵抗が生じているはずだ。紙飛行機に生じる揚力と空気抵抗の関係を調べ、安定して飛ぶために最適な条件を突き止めたいと思った。
今まで作った紙飛行機のなかで、父から折り方を教えてもらった「へそ紙飛行機」が一番好きだ。昔からよく折られている紙飛行機で、父も祖父から折り方を教えてもらったという。へそ紙飛行機はそれほど長距離は飛ばないが、ゆったりとした速度でふわっと飛ぶのが魅力だ。安定飛行の条件を、へそ紙飛行機を使って調べてみた。
実験1の方法と結果
実験1の目的と方法
竹とんぼは回転する時に羽の迎え角に応じた揚力を得て飛び上がるが、揚力とともに生じる空気抵抗によって回転速度が徐々に低下し、揚力が地球の重力より小さくなった時に落下する。
上に飛ばす竹とんぼと違って紙飛行機は、前に飛ぶ距離を競う。安定飛行には、揚力とともに推進力も大切ではないかと予想できる。へそ紙飛行機の飛び方と、揚力や空気抵抗の関係を実験1で確かめることにした。
実際の紙飛行機の飛行速度に近い強い風が出て、風速を10段階に設定できるサーキュレーターを用意した。サーキュレーターの渦巻き状の風を、正面から真っすぐ吹く均一な風に変えるため、2種類のフィルターを手作りした。
風を受けるへそ紙飛行機は翼が折れないように厚紙で折り、土台に設置する。1/100gまで測定できるはかりに土台ごと飛行機を載せ、風を当てて軽くなった重さを揚力として計測する。風速は1.9m/s、2.8m/s、3.6m/s、4.3m/s、5.2m/sの5段階、へそ紙飛行機の翼の角度を0度、5度、10度、15度、20度、25度、30度と5度ずつ変えながら測定した。
へそ紙飛行機の折り方
実験1の結果
へそ紙飛行機の翼には、揚力が発生していることが確認できた。羽の角度が大きくなるほど揚力は増し、風速が強くなるほど揚力は増した。A4のコピー用紙でへそ紙飛行機を折ると、重さは4.42~4.43gだ。実際にコピー用紙のへそ紙飛行機を浮かす揚力を生んだのは、下記の薄黄色の範囲内だとわかった。
実験2~3の方法と結果
実験2~3の目的と方法
家の中でへそ紙飛行機を飛ばしてみると、力を入れすぎずすっと軽めに飛ばせた時に8m先の壁まで届いた。うまく飛ばせた10回の試技で、飛行時間と飛距離を測定し、平均速度を算出すると3.5m/sだった(実験2)。
当然、飛ばし始めは5~6m/s前後、墜落前は2m/s前後などと速度の変化はあるはずだが、実験1の3.6m/sに近い平均速度となっていた。実験1の3.6m/sの風速では、飛行機の翼が15度以上傾いていないと必要な揚力を得られない結果となっている。しかし、実際に手で飛ばしてみると、飛行機は翼が水平に近い姿勢で飛行している印象しか残らない。翼の角度だけでなく、他の何かが揚力を補っているのではないかと考えた。
実験3では、へそ紙飛行機の翼に生じる空気抵抗値も実測することにした。新たに回転体を用意して、回転体の天(12時)の位置に厚紙で作った翼だけの型紙を固定する。固定した翼に真正面から、フィルター付きサーキュレーターで風を当てる。実験1と同じように風速と翼の角度を変えながら、翼が上に浮き上がる力(揚力)と、風の影響で後ろへ押され回転する力(空気抵抗)を、別々のはかりで測定した。
実験3の結果
実験装置が違うことや、翼だけしかなかった影響からか、実験3の揚力値は実験1より全体的に大きい数値となった(実際にへそ紙飛行機を浮かす揚力は薄黄色の範囲内)。現実の飛行姿勢に近い羽の角度5度の数値は実験1と大差なく、へそ紙飛行機が実験データ上では揚力の足りない状態で飛行している不思議に変わりはない。
空気抵抗値は、翼の角度が大きくなるほど増していた。風速と空気抵抗の関係のほうは比例ではなく、風速が2倍になると空気抵抗は4倍になっている。これは飛行速度が速い時ほど大きな空気抵抗を受けることを意味し、へそ紙飛行機は飛ばした直後、速ければ速いほど飛行速度が急激に落ちることがわかった。
実験4の方法と結果
実験4の目的と方法
実験1のへそ紙飛行機は、溝が比較的開いていない型だった。自然な形でへそ紙飛行機を折ると、溝が45度開いた型になる。溝が閉じた機体をT字型、開いた機体をV字型として、飛び方を比べた。T字型は飛行速度が速くすっと飛び、V字型は遅くふわっと飛ぶ。T字型は飛行の軌道が安定し再現性も高く、V字型は不安定、再現性は低い。T字型は上昇することがなくそのまま下降し、V字型は上昇することがあり、ゆっくり下降する。
T字型とV字型の違いは胴体のV字溝の有無で、T字型のほうが明らかに空気抵抗が小さいように思えた。これまでの研究から、空気抵抗が増せば揚力も増えていくので、空気抵抗が大きいなら揚力も大きいと推測できる。そこで、へそ紙飛行機のV字溝の揚力と空気抵抗を測定することにした。
厚紙で作ったV字型飛行機のV字溝長辺が水平になるように回転体へ固定し、溝の角度を0~180度まで15度ずつ変えながら、実験3と同じ方法で揚力と空気抵抗を測定した。
実験4の結果
測定した数値を見ると、V字溝には本当に揚力が発生していた。揚力はV字の角度が90度の時最大で、風速1.9m/sで2.36g、2.8m/sで3.26g、3.6m/sで5.12g、4.3m/sで7.50g、5.2m/sで8.98gだった。空気抵抗も90度の時が最大で風速1.9m/sで1.15g、2.8m/sで1.55g、3.6m/sで2.49g、4.3m/sで3.64g、5.2m/sで5.01gだった。
折ると自然にできるV字溝45度の場合、揚力は風速1.9m/sで1.49g、2.8m/sで2.00g、3.6m/sで3.26g、4.3m/sで4.85g、5.2m/sで6.67gだった。V字溝45度の機体は 羽に角度がなくても、へそ紙飛行機を飛ばした直後の高速域(4~6m/s)で機体を浮かせる揚力を得ていることがわかった。「紙飛行機は翼に発生する揚力で飛行する」と本に書いてあったが、実際には水平飛行の時は翼よりV字溝の揚力のほうが大きく、足りない揚力は胴体のV字溝が補っていた。
実験5の方法と結果
実験5の目的と方法
V字溝がないT字型のへそ紙飛行機は、水平飛行時に揚力を生み出す部分がないことになる。速く飛ぶT字型へそ紙飛行機の飛行姿勢は、目視でははっきり確認できない。水平に飛び出したT字型へそ紙飛行機が、どんな姿勢で飛行し、どんな軌道を描くのか、スマートフォンのスロー撮影機能を使って調べることにした。
壁に距離と高さをマーク表示をした無風の室内でT字型へそ紙飛行機を飛ばし、ストップウォッチの時間表示とともにスマートフォンでその飛行を撮影した。発射時の角度や強さを一定にする発射台を作製し、安定飛行できるようにした。2mの区間を通過するのに要した時間から、規定区間の速度を算出した。
実験5の結果
強めに発射したT字型へそ紙飛行機は、水平にまっすぐ飛び出し、翼の角度も水平、ほぼ0度を維持しながら撮影区間を6m/s前後で飛んだ。翼の角度は0度に近く、ほとんど揚力は得られていないはずだ。
ゆるめに発射したT字型へそ紙飛行機は徐々に高度を下げながら、斜め下方向へ飛行した。飛行速度が4m/s出ている時も高度が下がり始めていて、この飛行姿勢では揚力がほとんど得られていなかった。
この考察から、T字型へそ紙飛行機は常に進行方向に対し翼が水平の状態で飛行していることがわかった。揚力の影響はなく、前方への推進力だけで飛んでいることになる。投げたボールがある程度、まっすぐ飛ぶのと同じかもしれないと考えた。
実験6の方法と結果
実験6の目的と方法
実験5まで、紙飛行機の翼はまっすぐ平らな状態で実験し、考察を重ねてきた。しかし紙飛行機がうまく飛ばない時に、翼の後ろの端を少し曲げることは、昔からよくやる改善策だ。翼後部の一部の角度を変えることで、機体の飛行姿勢を変えられるのではないか。
へそ紙飛行機の前後のバランスが取れる重心位置を確認し、吊るした時に飛行機の翼部分が水平になるように、竹ひごを通したストローとセロハンテープを使って固定した。何もしなければ下図のように前後のバランスが取れ、水平を保てる。この状態で飛行機後方の羽の端を曲げ、正面から強さの違う風を当てて、飛行姿勢が前後にどう傾くのかを確かめた。後方の羽を曲げる角度は上下にそれぞれ10度と30度、全く曲げない場合と比較してみた。
実験6の結果
羽の後方を少し曲げただけで、飛行姿勢は大きく変わることがわかった。曲げる角度が大きいほど、また風速が強まるほど、姿勢は大きく変化した。曲げた部分が正面からの風に押され、機首が持ち上がったり下がったりする。上に曲げた時には機首が上がり、迎え角ができるため揚力が生まれ、機体はそのまま上昇する。まっすぐな翼ではほとんど揚力がないT字型へそ紙飛行機でも、翼の後方を曲げることで揚力が作り出せるわけだ。
しかし揚力が増すと空気抵抗も増すので、調整は難しい。揚力が機体にバランスよく作用することが大切だと思った。機体前方より後方に大きな揚力が働いてしまうと、機首が下がって飛ばない飛行機になるのではないか。実験5で確認したV字溝に発生する揚力は、機体に対しどんなバランスで作用しているのか、調べたいと思った。
実験7~8の方法と結果
実験7~8の目的と方法
実験7では機体にかかる揚力のバランスを調べるため、水平状態にしたV字の胴体部分を5分割して、各パーツごとに実験6同様に揚力を測定した。それぞれの重さも量り、パーツごとの揚力と重力の差(実効揚力値)を算出、比較した。さらに機体の重心を境に前後2分割して、同じように揚力と重さを調べた。前後の実効揚力値を算出して、バランスを確かめた。いずれもV字溝の角度は、自然体の45度に設定した。
実験7のふたつの分割実験から、V字溝の揚力はやはり機体後方のほうが大きいという結果が出た。ここまでの研究と実験結果を信じれば、まっすぐな翼を持つごく普通のV字型は機首が下がりやすく、うまく飛ばない駄目なバランスの紙飛行機ということになる。しかしまっすぐな翼のV字型へそ紙飛行機が、飛行の途中で機首を上げる動きを見せることは珍しくない。V字型へそ紙飛行機の機体には、機首を持ち上げる秘密の力が別にあるのかもしれない。改めてまっすぐな翼を持つV字型へそ紙飛行機を作り、実験5でT字型を試したのと同じ方法で、飛行姿勢と軌跡を撮影して解析を行った(実験8)。
実験8の結果
V字型へそ紙飛行機は翼を調整しなくても、明らかに機首を上げる動きを見せた。やはり、V字型の別の力を見落としている可能性が高そうだ。飛行時の連続写真を拡大してみると、飛行中に「へそ」の部分がゆるんで下がっていることに気がついた。飛ばす時には気づかなかったから、飛行中にだけゆるむのかもしれない。
V字型へそ飛行機の下がったへそを観察すると、機体前方の揚力を増大させるふたつの可能性があることに気がついた。ひとつは、前方にある折り返し部分が本体より少し下がることで、前方の迎え角の角度が増し、後方より大きな揚力を得ること。もうひとつは、前方にある翼の折り返し部分も一緒に下がることで角度が増し、やはり後方より大きな揚力を得ることだった。
実験9の方法と結果
実験9の目的と方法
実験8から得た「へそ下垂による機体前方の揚力増大」の予想が、本当に正しいのか。今度はV字型へそ紙飛行機を前、中、後に3分割し、それぞれのパーツごとに揚力、重さを調べて実効揚力値を算出した。V字溝の角度は実験7と同じように、自然体の45度にする。その結果が下記のとおりだ。
へそ下垂紙飛行機の実効揚力は中心部が大きく、前と後はマイナスだった。しかし前後のバランスは、前のほうが少しだけ大きい。最初は前の揚力が予想したほど大きくなかったが、揚力バランスが少しだけ前にあるのが最高なのだと思った。
自然体のへそ紙飛行機は羽を曲げて調整しなくても、V字溝とへそ下垂によって、非常にバランスよく仕上がっている。大きな揚力を持つ機体ほど、そのバランスは繊細であるはずだ。V字溝とへそ下垂の両方を備えた「VH型」(自然体V字型へそ紙飛行機)、V字溝だけがありへそ下垂のない「VS型」、V字溝がなくへそ下垂がある「TH型」、V字溝もへそ下垂もない「TS型」の紙飛行機を作り、前方に飛ばして飛行速度と軌跡を確かめた。自然飛行の形に近づけるため、V字溝があるものは45度、へそ下垂があるものは10mmの下垂に設定した。
これまでの実験結果から、4つの型は下記のような特徴があるはずで、へそ下垂がないVS型はV字溝の影響で揚力バランスが後優位となり、機首が下がりやすく最も飛ばないはずだ。TH型は揚力は小さいが前後のバランスがよく、速く安定して飛ぶだろうと予想した。
実際に飛ばした結果が下図の軌道で、飛行速度はTS型>TH型>VS型>VH型だ。予想どおり、揚力バランスの重要性を確認できた。この時、VH型が失速して落下しながら徐々に機首を上げ、水平飛行まで持ち直すのを見て、機体を垂直に自然落下させればその性能がより明らかになるのではと思った。そこで、4つの型の紙飛行機を200cmの高さから、地面に垂直な状態で自然落下させ、その様子をスロー撮影して機体の姿勢や軌道を確かめた。
実験9の結果
自然落下の結果、TS型は真下に落下し、揚力がないことを証明した。VH型は水平飛行の失速後に近い軌道となり、TH型はTS型とVH型の中間を通る軌道だった。VS型は自然落下でもへそ側に軌道が曲がり、V字溝の揚力や空気抵抗が後方優位であることが証明された。自然落下の軌道は機体を下へ引っ張る重力の影響を受けず、各型紙飛行機の特性をより明確に表していた。
結論
へそ紙飛行機の飛行姿勢を制御するのは、揚力バランスだった。飛行機のV字溝に揚力が働いていたが、機体の後方優位で機首を上げる力にはならない。しかし折り返し(へそ)部分が下垂することで機体前方の揚力が増し、絶妙な揚力バランスとなった。へそ紙飛行機の安定飛行には揚力の大きさより、前後のバランスが重要だ。
[審査員] 小澤 紀美子
文部科学大臣賞受賞おめでとうございます。「竹とんぼの羽の揚力と空気抵抗の研究」からはじまり、竹とんぼを紙飛行機に替えての研究です。紙飛行機は昔から日本では伝承遊び的に広まっている遊びですが、ゆったりと青空を飛ぶへそ紙飛行機の姿は魅力的です。中浜さんも祖父から父へ、そして父から伝えられ、そのゆったりとよく飛ぶ魅力的な姿を見事に科学的な視点で解明しています。へそ紙飛行機の翼に揚力、重力、さらに空気抵抗と回転力を自作の装置で測定しながらの飛行姿勢や軌跡の比較分析は素晴らしいです。コロナ感染症の広がりの中、自宅で実験装置を自作し、ち密に計測している姿には頭が下がりました。その努力は、サーキュレーターの風が安定的に均一的に吹くように設定するにとどまらず、仮説の設定も竹とんぼの研究の経験を踏まえて着実に実施しています。へそ紙飛行機T字型とV字型の比較による溝への揚力の働き、揚力バランスなど1枚の紙から生み出される飛行軌跡と緩みの関係など、紙飛行機の魅力を十分に伝える素晴らしい考察力に基づく論文です。
中浜 亨
これまでの自由研究で、コマの空気抵抗と回転時間の関係や竹とんぼの最適な羽の角度の研究を行ってきたことで、昔ながらの遊びの中にある物体の運動のメカニズムへの興味が深まりました。今回は小さい時からよく遊んだ「へそ紙飛行機」がゆったりと長く飛ぶ理由を解明したいという思いで研究を行いました。当初は揚力の大きさに注目していましたが、揚力ゼロの紙飛行機が安定して飛行することや、紙飛行機が失速するメカニズムが分かったことで、機体に働く揚力の前後バランスの重要性に気づきました。へそ紙飛行機の「V字の溝」「へそ下垂」という紙飛行機ならではの《ゆるみ》が、絶妙なバランスの揚力を生み出していることが分かりました。次々と生じる疑問を解決するために試行錯誤を繰り返し、一生懸命に研究に取り組む様子に感心させられました。また、結果として得られた発見の喜びを糧として、今後さらに探究心が広がっていくことを期待します。