小学2年生の時からスベリヒユ科の多年草「花すべりひゆ(ポーチュラカ)」を研究している。「閉花」条件についてやり直し実験を進めていたところ、インターネット上に「閉花と関係しているのは受粉であって、受精は全く関係ない」という文章があった。花すべりひゆの雌しべが、受粉、受精において全く受身であることに納得がいかない。8年間見続けてきた雌しべ像はもっとACTIVEだ。さらに実験で、花粉管発芽までの時間や発芽後の花粉管伸長の速度が、寒天培地の糖濃度や気温、花粉の量、花の種類などによって異なることを知った。花粉管伸長には、花粉と雌しべとの「相性」も影響するのではないか。花すべりひゆは開花から閉花までの時間が短く(最長12時間)、花粉管発芽までの時間も短い(1~5分)。ユリは開花から閉花までの時間が長く(7日)、花粉管発芽までの時間も長い(13時間)。このことから、花粉管の伸長速度と閉花は相関するのではないか。
受粉さえすれば、すべてが一様に「閉花」するわけではないこと、閉花の決定権は雌しべが持っていることを証明する。
花すべりひゆは、
① | 花すべりひゆ以外の花粉では閉花しない。 |
② | 受粉時以降の気温によって閉花までの時間は異なる。 |
③ | 受粉した花粉の密・疎によって閉花までの時間は異なる。 |
④ | 雌しべは受粉した花粉の自己・非自己を判別し、非自己花粉の場合は花粉管伸長が速く、閉花までの時間も早くなる。さらに非自己花粉の場合、花の色から自分で考えた系統図の近縁より遠縁の方が、花粉管伸長の速度が速く、閉花までの時間も早くなる。 |
【実験A】花すべりひゆが「自家不和合性」を持たないことを確かめる
実験1:雌しべでの花粉管伸長を確認する。
《方法》
開花後、雌しべが成熟するのを待って、自己花粉(同じ花の花粉)を受粉させる(自家受粉)。受粉の2時間後にカルノア液で固定し、1日冷蔵庫に置いてから顕微鏡で観察する。これを8種類の花すべりひゆで、それぞれ20回行う。
実験2:自家受粉した花の種子形成を確認する。
《結果と考察》
すべての花で種子形成が見られたことから、花すべりひゆは「自家不和合性」を持たない。受粉後2時間で雌しべ花柱の最下部に到達していないものがあったので、花粉管伸長に遅速のある可能性が高い。
【実験B】仮説の証明
実験1:花すべりひゆ以外の花粉で閉花するか。
《方法》
マツバボタン、セイタカアワダチソウ、テッポウユリ、タチアオイ、ツユクサの花粉、他種の花すべりひゆの花粉、自己の花粉をそれぞれ受粉させる。閉花までの時間、花粉管伸長を観察する。
《結果》
仮説に反し、花粉の自己・非自己・他種を問わず受粉をすれば閉花する。その時間も未受粉の花すべりひゆよりも早くなる。ただし、他の花の花粉で午前中の8時30分、10時30分に受粉した場合の閉花時刻は、午後2時30分に受粉したものとほほ同じ午後4時前後となっている。これは午前中に受粉しても閉花にはつながらず、午後になって閉花準備のスタート指示が出るのではないか。また、他の花の花粉の場合、1、2個花粉管が発芽したものはあるが、その後の伸長はなかった。雌しべが花粉管の伸長や受精を許可、非許可しているのではないか。
実験2:気温により閉花までの時間は異なるか。
《方法》
同じ種類の花粉を受粉させ、気温28℃の庭、22℃の室内で観察する。《結果》28℃の庭の場合、完全閉花までに花粉管も雌しべ花柱の最下部まで到達している。22℃室内の場合、雌しべ柱頭で発芽もしていない。
実験3:花粉の密・疎で閉花までの時間は異なるか。
《方法》
受粉させた花粉数の密(500個以上)、疎(20個以下)で閉花、花粉管の伸長を観察する。
《結果》
密の場合、完全閉花までに花粉管は花柱最下部まで到達。疎の場合は柱頭で発芽もしていない。
実験4:自己・非自己の花粉で閉花までの時間はどうなるか。
《方法》
8種類の花すべりひゆで相互に花粉を受粉させる。受粉時刻は午前8時30分と10時30分、午後2時30分。その後の閉花(90°閉花、完全閉花)の時間を調べる。
《結果》
閉花時間は、午後2時30分受粉ではいずれも自己(自家受粉)の場合と同じだった。午前受粉の場合に(8時30分、10時30分とも同じように)、花粉の非自己によって90°閉花が15分~1時間早まったり、完全開花が1、2時間も早まるなどの違いが見られた。非自己で90°閉花が15分遅くなった例もある。自作の系統図の近縁・遠縁で、閉花時間に法則性はなかった。
【実験C】花粉管伸長と閉花までの時間
実験B-4で閉花まで最も時間のかかった(あるいは短かった)組み合わせについて、午前8時30分に受粉させ、花粉管伸長の度合いを8段階で評価する。さらに閉花までの時間との関係を調べる。
(1)白大(雌しべ♀)×白大(花粉♂)
《結果》
花粉管の受粉から最下部到達までの時間=60分、最下部到達から花の閉じ始め(60°閉花)の時間=30分、閉じ始めて完全閉花までの時間=90分。
(2)閉花時間の短かった白大(♀)×桃大(♂)
《結果》
下部到達まで=22分、最下部到達から花の閉じ始め=18分、閉じ始めて完全閉花まで=50分。
(3)桃大(♀)×黄赤(♂)
《結果》
最下部到達まで=9分、最下部到達から花の閉じ始め=8分、閉じ始めて完全閉花まで=25分。
(4)桃大(♀)×赤(♂)
《結果》
最下部到達まで=9分、最下部到達から花の閉じ始め=8分、閉じ始めて完全閉花まで=25分。
(5)赤M(♀)×鮭大(♂)
《結果》
最下部到達まで=18分、最下部到達から花の閉じ始め=7分、閉じ始めて完全閉花まで=20分。
(6)黄赤(♀)×鮭大(♂)
《結果》
最下部到達まで=12分、最下部到達から花の閉じ始め=8分、閉じ始めて完全閉花まで=25分。
(7)黄N(♀)×桃大(♂)
《結果》
最下部到達まで=12分、最下部到達から花の閉じ始め=8分、閉じ始めて完全閉花まで=25分。
(8)黄N(♀)×黄N(♂)
《結果》
最下部到達まで=60分、最下部到達から花の閉じ始め=-25分、閉じ始めて完全閉花まで=85分。
【結果のまとめ】
(8)の黄Nの自家受粉以外では、《花粉管の最下部到達から花の閉じ始めまでの時間=閉じ始めから完全閉花までの時間×1/3》になっている。また、花粉管の受粉から最下部到達までの時間が長いと、閉花までの時間も長く、短いと閉花までも短くなっている。検証はできなかったが、やはり受精が閉花に関係しているのではないか。
結論
午前中の受粉について雌しべは、受精可能な花粉と不可能な花粉を見極め、受精に有利な条件と不利な条件を判断し、好ましくない条件下では花粉管の伸長を許可しないという形で、INITIATIVEを発揮する。また花粉の自己・非自己も識別し、非自己花粉ではより早く受粉から閉花に達する。
審査評[審査員] 金子明石
この研究は生物分野の応募作品の中では質的に第一級品と思います。入賞おめでとう。
夏姫さんは小学校2年生の時からずっと毎年花すべりひゆにとりつかれてきましたね。中学校3年生となり過去の研究成果を振り返って、気になっていたことに再チャレンジしたところがすばらしい。
小学校4年生の時の閉花条件についての研究で閉花について受精があるのではないかとの仮説を立てて研究を進めたが閉花時刻にばらつきが多すぎて、いまだに納得できないとし、またネットから得た情報と生物部でのムラサキツユクサのいろいろな条件下での花粉管の伸長速度のちがいや自家不和合性に因る伸長停止があることを知り、再チャレンジしたのです。
研究の進め方は科学的で申し分ないと思います。雄性先熟花において、花粉管の伸長と閉花までの時間は自己花粉か非自己花粉かにより、はっきり異なることを見出しています。作品はていねいに仕上げてあり、好感が持てます。
指導について土佐中学校 武市暢久
小学2年生の頃感じた「『花すべりひゆの閉花時刻』にはどうしてばらつきがあるのだろう?」という素朴な疑問を8年間にわたって追い続けてきました。今年は、これまでの研究を踏まえて、「閉花時刻のばらつきは、花粉の自己・非自己に因る花粉管伸長の遅速と相関する」という仮説を立て、雄性先熟花にしぼって研究に取り組みました。実験のための1000株を超える花すべりひゆをハウスで自分で育て、花・茎・葉の色で系統分けし、花粉の自己・非自己の別だけでなく系統の近遠も明確となるように組織図も作成しました。夏休みからは自己花粉・非自己花粉の受粉後の花粉管伸長を顕微鏡で追い続け、受粉時刻や気温などの限定条件はあるものの、仮説は否定できないとの結論に達しました。
個人研究のための多くの制約や困難を工夫と努力で乗り越えながらの謎解きに、花すべりひゆが応えてくれたことで、実験の楽しさを改めて感じてくれたようです。