台所で祖母に「見ててね」と頼まれたのに、里芋の煮物がふきこぼれてしまった。山盛りのトウモロコシは鍋でゆでても、ふきこぼれなかった。どんなときにふきこぼれるのか。原因を突き止めたいと思った。
ふきこぼれやすい煮汁とそうでない煮汁に、共通点があるかどうか調べれば、ふきこぼれの原因究明につながるのではないか。
《実験1》
煮汁の色と透明度を観察する。
〈方法〉
① | ダイコン、ニンジン、サトイモ、トウモロコシ、ラーメン、そうめんをそれぞれ50g、さらに醤油、砂糖、塩を各大さじ3杯用意する。 |
② | これらをそれぞれ水300mlに入れて加熱し、煮汁全体が沸騰して3分経過後、火を止める。 |
③ | 煮汁を各5ml試験管に取り、様子を観察する。 |
〈結果と考察〉
ふきこぼれやすさと煮汁の色、透明度の間には相関関係はない。しかし煮汁を触ってみると、ふきこぼれやすいサトイモ、ラーメン、そうめんの煮汁には粘り気が感じられた。これが共通点ではないか。
水が沸騰すると、水蒸気の泡が発生する。サトイモをゆでている時は、泡が消えにくいように見える。ふきこぼれやすいものの煮汁は泡が消えにくく、泡が次々に出現して重なっていけば体積が増加し、その結果、鍋からふきこぼれるという現象が起こるのではないか。
《実験2》
泡が消えていく速さを調べる。
〈方法〉
① | 煮汁5mlを試験管に入れる。 |
② | 試験管にゴム栓をして、上下に強く20回振る。 |
③ | できた泡の高さを測る。 |
④ | 泡がすべて消えるまでの時間を計る。※各食材について5回実施し平均値を出す。 |
〈結果と考察〉
ふきこぼれやすいものの煮汁は、泡が消えにくい。ふきこぼれにくいものは、泡のできる量が少なく、泡が消えるのに時間もかからない。
たくさんの泡が出ていれば、それだけ鍋の中を占める煮汁の体積が大きくなる。たくさんの泡を出すものが、ふきこぼれやすいのではないか。
《実験3》
沸騰する時に出てくる泡の量を調べる。
〈方法〉
沸騰している様子を観察し、写真に取る。
〈結果と考察〉
ダイコンやニンジンは泡が大きく、はじけてすぐ消えた。サトイモやそうめんなどのふきこぼれやすいものは、煮ているそのものから細かい泡が出てきている。出はじめる時間も短い傾向にある。
煮る材料によって温度上昇の仕方や沸騰する温度が異なり、ふきこぼれやすいものは、急激に沸騰が始まるのではないか。その結果、泡が消えないうちに次々泡が出現するような現象が一気に起き、ふきこぼれが起きるのではないか。
《実験4》
沸騰する時の温度上昇の仕方を調べる。
〈方法〉
沸騰するまでの温度を20秒ごとに測る。鍋の中の様子を観察する。
〈結果と考察〉
水が沸騰している時は、泡が大きくなって消失するのと次の泡が出現するタイミングが絶妙に入れ替わり、平衡状態を保っている。ふきこぼれが起きなかったニンジンやダイコン、調味料(醤油、砂糖、塩)については、ほぼ水と同様に温度が上昇している。ところがサトイモ、ラーメン、そうめんは、気泡ができはじめる50℃を超えたあたりから温度上昇の速度が鈍り、100℃に達する前にふきこぼれてた。
温度上昇の速度が鈍ることで、出現した泡の成長が妨げられ、消失する速度が鈍る。ところが泡が出現する温度には達しているのでどんどん泡が出現し、その結果、ふきこぼれが起きる。
① | 粘り気のある煮汁では、ふきこぼれが起きやすいと考えられる。粘り気を数値として測定したい。 |
② | 細かい泡を消すことができれば、ふきこぼれない。泡を消す方法を発見したい。 |
③ | 調味料だけでは、ふきこぼれにくい。しかし経験的に、ゆでるよりも調味料で味付けして煮る時の方がふきこぼれやすい。この原因を究明したい。 |
審査評[審査員] 秋山 仁
「里芋はふきこぼれて、トウモロコシはふきこぼれない」。日常の生活の中でしばしば遭遇する、こんな疑問を解き明かすために始まった研究の報告である。
いろいろな仮説を立て、筋道を立て、地道に科学的に観察した結果、ふきこぼれやすいものの特徴として、次の結果をつきとめている。
1.煮汁の色、透明度とは関係なし。
2.煮汁の泡が消えにくい。
3.煮ているもの自身から泡が発生する。
4.温度上昇が遅い。泡が消える前に、次の泡が発生する。
さらに、ふきこぼれを防ぐための方法や今後の研究課題についても、丁寧に言及している。台所には、科学的な研究素材が溢れていることを示す、素晴らしい作品である。
今後も台所で出会う不思議な疑問を研究テーマにして、面白い結果を次々と紹介していただきたい。
指導について廣瀬孝久
小学生のとき科学研究に興味を持ち、作品づくりに挑戦しました。しかし、実験を繰り返すことも、論文をまとめることも、本人にとってかなり大変なことだったようで、その後、作品づくりからは遠ざかっていました。
中学生になり、「科学好きを育てる」プロジェクトを展開する学校生活の中で、「面白い」とか「感動した」という体験をさせていただきました。その影響から、夏休みを間近に控えたある日、「夏休みに理科の自由研究をやる」と言い出しました。部活動を終えてから、台所にこもり、実験を繰り返したり、データを整理したりと、以前とは全く違う取り組み方に驚きました。実験のやり直しやグラフをつくるように助言すると涙ぐんでいた子だったので、わが子の成長に感動すら覚えました。
先生方に育んでいただいた「科学する心」が、今回の受賞につながったと思います。先生方のご指導に感謝いたします。