アリの行動についての昨年(中1)の研究で、アリが砂糖に集まるのは「1週間前の砂糖の味を記憶しているから」と考察したが、「フェロモン(注1)が残っていたため、アリは砂糖の場所が分かったのではないか」との指摘を受けた。そこでアリの記憶かフェロモンによるものなのか、確認したくなった。また、「アリさんの2対8の法則」(注2)を観察する中、緊急事態には半数のアリが活動したことから、さらに詳しく観察したくなった。
(注1)フェロモン:昆虫が出すにおいの一種で、いくつかある。アリたちが出すのは、えさのありかを仲間に教えるための「道標フェロモン」のこと。
(注2)2対8の法則:アリの集団でよく働くアリは2割、他の8割は普通に働くアリ(6割)かまったく働かないアリ(2割)だったという大学の研究結果。
(1)砂糖の種類
① | 砂糖を湿らせることにより、アリはたくさん集まった。 |
② | 同じ巣穴のアリで実験を繰り返すと、グラニュー糖やザラメ糖にもアリが集まるようになった。 |
〈結論〉
① | 砂糖の水分量とアリの集まり方には関係がある。 |
② | アリは砂糖のにおいや味を記憶する能力がある。 |
(2)アリさんの2対8の法則
① | 天敵のクロオオアリに対して逃げずに戦った。 |
② | 巣穴を埋めても、「アリさんの2対8の法則」で活動していた。 |
〈結論〉
アリは緊急事態があると臨機応変に対応し、最大50%のアリが活動する。しかしそれでも、残り50%のアリは活動しない。
(3)環境変化
① | 照度に対しては、行動を変えない。 |
② | 温度に対しては、30℃を超えると活動は活発になり、50%のアリが活発化した。 |
③ | 湿度に対しては、低くても高くても活動は抑えられる。 |
〈結論〉
① | 温度変化が、アリの活動に一番関係している。 |
② | 湿度については最適な範囲がある。 |
(4)砂糖の変質
同じ糖度でも砂糖の変質によって、アリの集まり方が変わった。
〈結論〉
人間が苦いと感じた砂糖水にアリは集まらず、甘くておいしいと感じた砂糖水にはアリが集まる。
〈1〉フェロモンの影響
【昨年の実験】アリ(クロヤマアリ)の巣穴の近くに三温糖、白砂糖、グラニュー糖、ザラメ糖、氷砂糖を載せた台紙(牛乳パックを開いて作った)を並べて置き、時間とともに各砂糖に集まるアリの数を調べた。開始から10分後には白砂糖、三温糖に多く集まったが、アリが効率よく砂糖を吸えるように、20分後に各砂糖に水を加えるとグラニュー糖、氷砂糖に集まる数が増えた。逆に三温糖、白砂糖では減った。たまたま雨が降ってきたので実験を中止し、1週間後に同じ巣穴で改めて再開した。その結果、水を加えないにもかかわらず、アリはすべての砂糖に集まり、時間とともに数も増えた。砂糖の種類による差はほとんどなかった。別の巣穴でも試したが、そのようなことは見られなかった。アリは1週間前の砂糖の味を覚えていたのではないか?
【今回の実験】アリの行動変化が、記憶によるものか、フェロモンによるものなのか? アリに白砂糖と氷砂糖を与え、1週間後の行動に変化があるかどうかを観察する。
《実験1》
昨年使用したアリの飼育箱の砂(フェロモンが残っていると考えられる)で波形の道を描き、その上をアリが歩くかどうかを観察した。アリは砂に沿って歩かなかった。砂に残っている程度のフェロモンでは、アリは影響を受けない。
《実験2》
昨年と同じ巣穴(平地の巣穴)と別の巣穴(石臼の巣穴)の近くに、昨年の実験で最も多くのアリが集まった白砂糖、あまり集まらなかった氷砂糖を交互に並べて置いた。交互に置いたのは、「たまたま集まったのか、アリが選んで集まったのか」をはっきりさせるためだ。水を加えると氷砂糖にも多くのアリが集まった。1週間後(この間3回雨が降った)に、再び巣穴近くに白砂糖と氷砂糖を置いた。さらにフェロモンの影響を排除するために、砂糖の周囲に白砂をまいて観察した。
《結果》
平地の巣穴では、氷砂糖により多く集まった。石臼の巣穴では、白砂糖に多くのアリが集まった。集まった合計数をみると、ともに1週間前より4~5倍も多くのアリが集まった。
《考察》
① | 砂糖に水を加えるとアリがよく集まり、水を加えない氷砂糖にも集まる場合のあったことについて:アリは砂糖をなめる時、口から水分を出して砂糖を溶かしながら体内(そのう)に取り込んでいる。これを「浸透圧」(濃度の濃い方の水溶液が、薄い方から水を引き込む力のこと)から考えてみると、アリにとって乾いた砂糖をなめることは、体内の水分の消費量が多くなるので好まない。このため湿った砂糖に多く集まった。しかし雨降りによってアリの体内に水分を十分に補給することができたため、氷砂糖や白砂糖に集まったと考えられる。 〈アリの体内水分についての実験〉水を含んだ脱脂綿を入れたケース(水あり)、何も入れていないケース(水なし)にアリをそれぞれ10匹ずつ入れ、48時間後に氷砂糖を与えた。水ありのアリはすぐに氷砂糖をなめ始めたが、水なしのアリはなめに来なかった。水なしのアリは体内の水分が不足していたため、表面が乾いた氷砂糖に集まらなかったのだ。試しに、水なしのアリに水を含んだ脱脂綿を与えたところ、すぐに集まって来て、おしりがパンパンになるほど水を吸っていた。 |
② | 石臼の巣穴のアリは石臼を巣としているうえに、軒下にあるために雨の影響を受けがたく、平地の巣穴のアリは地面に直接巣を作っているために、雨の影響を多く受けていた。そのため平地の巣穴のアリの方が水分を十分に補給でき、白砂糖、氷砂糖に関係なくアリが集まった。同じ種類のアリであっても、住んでいる環境によって行動が変化すると考えられる。 |
③ | フェロモンは揮散しやすく、アリの1週間後の実験前に雨が降ったこと、さらに砂糖の周囲に白砂をまいたことで、フェロモンの影響は排除されたと考えられる。今回の実験結果が、アリの記憶によるものとの可能性は否定できない。 |
〈2〉緊急事態の影響
【昨年の実験】働きアリが「2対8の法則」になるのか、クロヤマアリ50匹を砂の入った虫かごに入れて巣作りの様子を観察した。巣作りをしているアリは10匹ほどで、残りのアリは動かないか、砂糖水を吸うかしていた。緊急事態の時には活躍するのか、天敵のクロオオアリ4匹を入れてみた。今まで地面にいた1匹のクロヤマアリが活発に動き出し、クロオオアリを攻撃しはじめた。さらに仲間のクロヤマアリが出てきて、60分後にはクロオオアリ4匹とも巣穴に引きずり込んだ。攻撃に参加したのは24匹、集団の約50%が活動した。緊急時には「2対8の法則」ではなくなった。
【今回の実験】昨年の実験で50%のアリが活動したのは、「半数を残して全滅を回避するため」と考察したが、単に、投入するクロオオアリが少なかった可能性がある。そこで、10分間隔でクロオオアリを1匹ずつ、クロヤマアリの集団(92匹)に投入して、活動の様子を観察した。飼育箱は巣穴が作れず、観察のしやすい石こう敷きにした。
《結果》
クロヤマアリは、クロオオアリ3匹を投入したところで約9割が活動したが、その後は投入してもまったく反応せず、活動数も減った。最後にクロヤマアリは一か所にかたまっていた。クロヤマアリは生命にかかわる緊急事態では集団のほとんどが活動するが、敵が多くなると戦闘モードから防御モードになり、集団でかたまることでクロオオアリに対抗していると考えられる。飼育箱に巣穴があれば、引きずり込む戦術でもっと多くのクロオオアリを倒せたかもしれない。クロオオアリは、盛んにお尻を石こうにこすりつける奇妙な行動をとっていた。占領した場所を示すマーキングではないか。
〈3〉アリの数の影響
【実験】アリは何匹から「2対8の法則」で行動するのか? 飼育箱に入れるアリの数を変えて、行動を観察する。
《方法》
巣穴の様子が観察しやすい市販のゲルタイプ飼育箱8個を用意し、それぞれにクロヤマアリを1匹、2匹、3匹、4匹、5匹、6匹、8匹、10匹ずつ入れる。巣作りの様子(巣穴の掘り始めまでの時間、巣穴の長さ)と個々のアリの行動を2週間観察するため、水性マーカーでアリのお尻に着色した。
《結果と考察》
アリは着色マーカーを嫌がり、とくに8匹、10匹の集団では互いにマーカーをはがしてしまうなど、全部のアリの識別はできなかったが、3匹の場合は個々にはっきり識別できた。
〈4〉音、回転の影響
昨年の観察で私がくしゃみをした時、アリの動きが早くなった。その原因をつかむため、音や回転による影響を観察する。
【音の影響確認実験】オーディオチェック用CDに収録されている周波数20~20,000Hzの音を、音圧レベル90dB程度に調整し、飼育箱にスピーカーを配置してアリに聞かせる。雷音や雨音なども聞かせ、アリの行動変化を観察した。
《結果と考察》
周波数については、低周波(20Hz)から高周波(20,000Hz)まで段階的に聞かせたが、行動にまったく変化はなかった。雨音にもまったく反応はなかった。雷音については素早く行動するなど激しく反応したが、これは音そのものではなく、雷音によって飼育箱が振動したためで、くしゃみの時も同様だったと考えられる。音や照度など、生命に直接影響のない環境変化には、アリは鈍感なのかもしれない。これに対して振動には、大きな動物の接近や土砂崩れの発生などと判断したため、急激な行動変化を取ったものと考えられる。
【回転の影響確認実験】レコードのアナログプレーヤーの上に飼育箱を設置し、回転数33rpmと45rpmで10分間回転させ、アリの行動変化を観察する。
《結果と考察》
回転中は行動が抑制され、ほとんどのアリが動かなかった。自然界では、川に流される木や葉に乗った時、動物の体につかまった時などに相当すると考えられ、振り落とされないように動きを止めているのではないか。回転後は、活動するアリが回転前よりも多かった。これは安全な環境になったため、危険な場所からいち早く逃げるための退避行動ではないか。また回転中に、中心付近のアリは立ち上がっていた。これはアリが方向が分からなくなって迷い、立ち上がったのではないか。
今回のアリの研究も予想外の結果が多く、考察に苦労した。屋外実験では前日に雨が降り、観察が予定通りに進められるか心配したが、その雨のおかげで、アリの行動が体内の水分量に影響されることが確認できてよかった。今回の研究を通して分かったことは、「どんな実験結果もすべて事実であり、そこには必ず原因がある」ということ。そして、その原因を考察し、仮説を立てて実験を進めていくことで、興味深い発見が得られることが分かった。またクロオオアリを使った実験では、クロヤマアリとは違ったマーキングなどの行動も観察できたことから、「アリは観察すればするほど謎が深まる、とても興味深い昆虫だ」と感じた。
今回のアリの研究も予想外の結果が多く、考察に苦労した。屋外実験では前日に雨が降り、観察が予定通りに進められるか心配したが、その雨のおかげで、アリの行動が体内の水分量に影響されることが確認できてよかった。今回の研究を通して分かったことは、「どんな実験結果もすべて事実であり、そこには必ず原因がある」ということ。そして、その原因を考察し、仮説を立てて実験を進めていくことで、興味深い発見が得られることが分かった。またクロオオアリを使った実験では、クロヤマアリとは違ったマーキングなどの行動も観察できたことから、「アリは観察すればするほど謎が深まる、とても興味深い昆虫だ」と感じた。
指導について新谷尚史
小学校3年生から6年間観察を続けているクロヤマアリは日本中どこにでもいるアリです。
しかし、観察を続けて行くとその行動に規則性があることがわかり、特に、砂糖に対する行動変化に対し興味を持ったようです。
アリの観察は自然環境下で行うため、雨で実験中止など自然との闘いでした。しかし、この天候の変化がきっかけになり、実験日前後の天候やアリの巣の環境を調べた結果、砂糖に集まるアリの行動変化はフェロモンの影響ではなく、アリ自身の体内水分量や記憶が関係していることを導き出すことができました。この研究を通し、予想外の結果が出てしまった時失敗と捉えるのではなく、なぜそうなったのか考察し、仮説を立て更に実験を重ねることで新しい発見があることを学んだと思います。今回、このような素晴らしい賞を頂き、驚きと喜びでいっぱいです。これからも予想外の結果から新しい発見を導き出す楽しさや喜びを感じて欲しいと思います。
審査評[審査員] 宮下 彰
本研究は、昨年度からの継続研究であり、「アリは砂糖の味を記憶しているのではないか」との昨年の結論に対し、フェロモンが残っていたからではないかとの指摘があったことを動機とし、その解明を図るため深く追究していったものです。行動が活発で観察しやすいクロヤマアリを観察対象とし「フェロモンの影響」「緊急事態の影響」「アリの数の影響」「音、回転の影響」について、観察に使用する道具などを工夫し、着実に観察しています。その結果、思ったほどフェロモンは強力な道標になっていないこと、記憶のほかにアリ自体が保有する水分が関係していること、3匹以上のアリがいる場合に、はじめて集団として行動することなどを示してくれました。このように着実に観察を行い、アリの生態を明らかにしてきたことは、中学生の研究として大変優れたものです。
特に、研究の目標を明確に持ち、自ら仮説を立て、研究方法を自ら考え着実に実行していくなど研究の方法や方向性がしっかりしております。今後の研究がさらに楽しみです。文部科学大臣賞の受賞、誠におめでとうございます。
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