研究のきっかけ
授業でだ液について学習した。人によっての働きの違いや、汗をかいた後に粘っこくなるといった性質の変化など、いろいろな疑問がわいてきたので研究する。
《1》だ液について(調べ学習)
(1)だ液腺の位置と働き
① | 耳下腺:耳の下近くにある最大のだ液腺。だ液は透明で水っぽい。消化酵素(アミラーゼ)を含む。 |
② | 顎下腺:下あご骨の内側にある。耳下腺に似ただ液とねばねばした粘液の2種類を出す。「混合腺」とも。 |
③ | 舌下腺:舌のすぐ下にある。粘液だけを分泌する。 |
④ | 粘液分泌細胞:口の中の粘膜(ほおの内側など)にある。粘液を分泌する。 |
(2)だ液の働き
① | 食物や口腔内を滑らかにして、かみやすく、飲み込みやすくする。 |
② | 会話のために、口中の滑りをよくする。 |
③ | でんぷんの消化 |
④ | 口腔内の浄化殺菌 |
⑤ | 味の化学物質を舌上に広げて味覚を助ける。 |
《2》だ液の実験 ~だ液の秘密を見つけよう~
【実験1】
だ液の出口とだ液の性質を確認する。
《方法》
自分の口の中での採集ポイントを決める。ろ紙をあてて採集する。ヨウ素液とオブラート(でんぷん)を反応させて紫色になった液に、だ液を1滴たらして色が消える(アミラーゼによってでんぷんが変性する)時間を計る。
《結果と考察》
① | 頬の内側上部にある耳下腺の出口が一番大きく、少し冷たい、すっぱい感じのだ液だ。ヨウ素反応液にたらすと素早く紫色が消えたことから、アミラーゼがたくさん含まれていそうだ。一回に出る量は一番少ないかもしれない。 |
② | 舌下腺や顎下腺の出口は、舌裏の付け根にあるようだ。だ液は生温かく、少し甘い。1回に出る量は多い。 |
③ | だ液は舌の上や、上下の歯ぐきの外側(くちびる側)のつけ根、頬の粘膜からも出ているようだ。ただし紫色の消え方が遅く、アミラーゼは少ないようだ。 |
④ | だ液腺の出口が断定できたのは耳下腺だけだった。 |
特定のだ液腺のだ液を採取するのは難しい。今後の課題だ。
【実験2-1】
でんぷん食品の種類、かみ方によってだ液の働き方に違いがあるかを調べる。
《方法》
米・大豆・小豆・ジャガイモ・サツマイモ・カボチャ・そうめんの7種類の炭水化物食品(生、ゆでたもの)を用意する。それぞれの1cm固まり、細かく刻んだもの、5回すりつぶしたもの(あまりかまないもの)、50回すりつぶしたもの(よくかんだもの)に2種類の処理(①1%ヨウ素液を加える、②だ液を加える)を行い、最終的に①にだ液を加えて10分後の紫色の変化を観察した。pHも調べた。だ液は、自分で綿棒10本を5分間くわえて採集したものを、ビーカーに入れて40℃保温した。
《結果と考察》
① | ほとんどの食品のpHが弱アルカリ性だった。大豆・小豆・米の生だけ中性だったのは、表面が固いので反応しなかったのかも。 |
② | 大豆・小豆を除くすべての食品でヨウ素反応は起き、それにだ液を加えるとすべてが変色(消えたり、薄くなったり)した。 |
③ | 初めヨウ素反応のなかった大豆(生・ゆで1cm固まり)と小豆(生1cm固まり)も、細かくすりつぶすと紫色に変化した。さらにだ液を加えると他の食品と同様に紫色は消えた。 |
④ | 食品にだ液だけを加えた場合は、すべて変化がなかった。 |
⑤ | すぐにヨウ素反応が起きたのはそうめん(ゆで)、ごはん、ジャガイモ(ゆで)だった。とくに小さく(50回)すりつぶしたものが早かった。だ液を加えて5分後という早期に紫色が消えた食品も、ゆでた小さいものだった。ごはんとジャガイモ(ゆで)は、だ液を加えても紫色がなかなか消えなかった。 |
【実験2-2】
でんぷんの粒の大きさによって、だ液の働き方は違うのか。だ液が働く前と後のでんぷん細胞の様子を顕微鏡で調べる。
《方法》
生とゆでた食品(ジャガイモ・サツマイモ・カボチャ・ごはん・オブラート)について、それらにヨウ素液を加えたもの、さらにだ液を加えたもの、5回かんでヨウ素液を加えたもの、50回かんだもののスライドを作り観察した。
《結果と考察》
でんぷんの粒の大きさは、ジャガイモ=オブラート>サツマイモ>カボチャの順だった。しかし、だ液で紫色が消えたのは生よりもゆでた時、粒が小さく砕かれている時の方が早かったことから、だ液が働きやすい条件は、①よくかむこと:でんぷん表面の膜を壊し粒を小さくすることで、粒の表面積が大きくなり、だ液とよく反応するようになる。②だ液とよく混ぜ合わせること:でんぷんの粒にだ液アミラーゼが入り込みやすくなる。③ゆでること:でんぷんの粒がやわらかくなって膜が壊れやすくなることで、だ液アミラーゼと反応しやすくなる。これら3条件のうちどれか1つが欠けても、だ液は働きにくい。
【実験3】
(1)だ液の働き方に年齢や体重、性別による違いがあるのか調べる。
(2)運動によってだ液の性質や量に変化があるか調べる。
《方法》
10代・20代・30代・40代・50代の男6人(体重44~100kg)・女6人(体重41~80kg)(※愛媛県教育委員会スタッフ)にご協力いただき、運動(昼食2時間後、15分間小走り)の前後のだ液を採取する。採取は下向きに5分間口を開け、シャーレにためる。pHもみる。
《結果と考察》
だ液の出方がバラバラで、年齢や体重、性別に影響されない(だ液の計量が雑で、はっきりと差が分からない)。pHも弱アルカリ性~中性であまり変化がない。
【再実験】
後日10代(男1人)と20代(男2人)を対象に、汗をかいてもらうために「階段の昇り降り・小走り」計15分間に変更。採取だ液を電子ばかりで正確に計測し、プレパラート(だ液+ヨウ素+オブラート)を作成し、顕微鏡観察した。
《結果と考察》
運動後にだ液の量は減り、働きも低下していた。3人とも運動前よりも運動後の方が、だ液の結晶構造がはっきり見えた。20代の1人は運動前に、十分に水分摂取をしており結晶構造が見られていなかった。
【再々実験】
運動前に十分な水分摂取をしてもらい、運動前後のだ液を比べる。
《方法》
10代~50代の男女計10人から、運動(その場かけ足20分間)前後、および、運動後に30分間休憩(水分補給)してのだ液を採取した。酸・アルカリの液性を詳しく評価するために「紫いも粉」で作った指示薬を使い、アミラーゼの働き(紫色の消えた割合)も10段階で評価した。
《結果と考察》
① | だ液の量や働きは性別や体重差に関係しない。個人差はあるが、40歳ごろをピークに運動によってだ液の量は減少しやすくなる。液性も年齢が高くなるほど変動が大きい。 |
② | 運動して汗をかくとだ液は濃縮され、結晶化しやすい。働きも低下する。 |
③ | 顕微鏡像は個人差があり、同じ人でも変化する。体や心の状態によるのかも。 |
④ | 運動後に休憩すると、だ液の働きも回復する。 |
【実験4】
だ液には、80%の人がABO血液型の凝集原を分泌しているという。違った血液型の人のだ液を混ぜ合わせたらどうなるか。
《方法》
再々実験で採取した運動後休憩のだ液を使い、血液型の違いによる10通りの組み合わせのプレパラートを顕微鏡観察した。アミラーゼの働きも評価した。
《結果と考察》
① | だ液の働きは、同じ血液型同士でも、単独の時よりも低下した。 |
② | 結晶構造は、違った血液型のものを混ぜると、まったく別な像になった。溶け合ったような像、A・B型混合のように刺々しく互いに反発している像もあった。 |
【実験5】
だ液の性質や働きは、時間帯によって差があるか。
《方法》
食前、食事中、食後5分、食後2時間、起床直後のだ液の液性、働き(紫色の消える時間)を評価した。
《結果と考察》
① | 食事中のだ液が一番よく働き、素早く紫色を消した。 |
② | 液性は食前と食後2時間ではほぼ中性だが、食事中は弱アルカリ性に変化し、食後5分では弱酸性になった。これは食事中は消化を助け、食後は虫歯防止のためか。起床直後はほぼ中性~弱酸性だった。 |
③ | 顕微鏡では、食事中のだ液がサラサラして、結晶構造はほとんど見られなかった。 |
【実験6】
食物の液性によって、だ液の働き方に違いが出るか。
《方法》
酸性食品(酢・しょう油など5品)、中性食品(塩・砂糖など6品)、アルカリ性食品(コンニャク)を食べている時のだ液を調べる。
《結果と考察》
① | だ液は、弱アルカリ性や中性の食品の時によく働く。酸性では働かない。 |
② | 食品の組み合わせでは「中性+酸性」「中性+アルカリ性」という、極端に液性が変わらない方がよく働く。「酸性+中性+アルカリ性」ではほとんど働かない。 |
【実験7】
だ液の性質や働きは、心の状態で変化するか。
《方法》
「心のよい状態」(甘いにおい・いい音楽など)と「よくない状態」(くさい・嫌な音など)を体験し、その時のだ液を調べた。
《結果と考察》
「心のよい状態」の時は、食事関係の時間帯でなくても活性化され、弱アルカリ性に傾いていた。「よくない状態」では弱酸性に傾き、働きも低下していた。
【実験8】
だ液は真空状態で働くか。
《方法》
台所の真空容器内で、プレパラート上のヨウ素反応液とだ液を、容器ごと傾けて混ぜ合わせた。
《結果と考察》
だ液は空気があってもなくても、同じように働く。
感想
だ液は体や心の状態を映し出し、まるで分身のようだ。顕微鏡で見るのも楽しく、その人の「体調は」「睡眠は」と想像した。将来はだ液で人の健康状態や心のことまで分かるようになればいい。僕は医師を目指しており、痛い検査をせずに、手軽に診断できるのはいいことだと思う。
審査評[審査員] 髙橋 直
だ液について学校の授業で学習した際に抱いたいろいろな疑問をひとつひとつ解決しようとした研究である。ヨウ素デンプン反応を利用してだ液の消化力を確認する際に、デンプン粒の状態や発色の状態を確認するために顕微鏡を用いて観察を行っている他、いろいろな年齢の人を対象にして運動前後のだ液を顕微鏡で直接観察したりしている。また、精神状態等によるだ液の状態の変化や、二人分のだ液を混ぜた場合のだ液の変化を見る際にも顕微鏡が使われている。顕微鏡での観察から少しでも多くの情報を得ようとする真剣な態度がレポートから感じられる。二人分のだ液を混ぜる実験は大変面白い。ABO式血液型だけでは説明できない結果になった理由をもっと調べてみるとよいだろう。実は顕微鏡による観察によって、はっきりとした結論を出すのは大変難しい。このことは今回の研究を通して本人も感じたのではないか。顕微鏡の性能を100%活かせるようにその原理や使い方をしっかりと身につけておけば、きっと将来の研究に役立つだろう。
指導について愛媛大学構造有機化学研究室ボランティア指導員 上田 将史
私は高校の選択科目で生物を履修していたので、人体の仕組みには興味がありましたが、岡田君が唾液に着目し、唾液で電池が作れないかという発想にまず驚かされました。本研究は基礎研究にあたる部分ではありますが、岡田君の実験方法については私自身も学ぶことが多く、自分の唾液をベースとして、年齢、性別、体重、さらには血液型、その相性など、様々な条件にまで関心を寄せている様子や、顕微鏡などを駆使して、様々な観点から実験データを集めることに労を惜しまないその姿勢には脱帽させられました。岡田君の発想は固定概念に捕われることなく、本当に自由なものだと思います。基礎研究から応用研究までやりきるという姿勢を忘れず、また、協力してくれた方や、支えてくれるご家族に感謝を忘れることなく、これからの活躍に期待したいと思います。また、実験室を提供してくださった愛媛大学の御崎洋二教授に心より感謝申し上げます。