研究のきっかけ・研究の流れ
昆虫が大好きです。昨年10月に近所の公園でコカマキリを捕まえました。飼育ケースの天井に卵を産んだので、幼虫からカマキリを育てることになりました。だんだん大きくなっていくカマキリのエサには、とても苦労しました。とくに小さい時は、エサの種類やあげ方をいろいろ工夫しました。工夫しているうちに、カマキリがエサと敵をどうやって見分けるのか、ふしぎに思うようになりました。成長したカマキリで実験しました。
◇2014年10月27日〈カマキリ発見〉
梅里公園でカマキリを見つけ、袋に入れて持ち帰りました。観察が終わったら逃がそうと思いました。
こげ茶色の、カマに模様のあるカマキリです。図鑑で調べたら「コカマキリ」でした。
「カマキリは動いている物は何でもエサだと思うので、さし身や肉の切り身などを目の前で動かしてやると、捕まえて食べる」と本で読んだことがあったので、やってみました。
●竹ぐしにイカのさし身を刺して目の前でふるわせると、カマでしっかりつかんで食べました。
●イカやマグロのさし身、豚肉、ゆで卵の黄身、プリンなど、いろいろな物を与えてみました。すべて食べました。
●口の動きを裏側から観察しました。口の外側にある左右2本の節のある棒のようなものでなめながら、内側の小さな舌のような部分でかみちぎって食べているようです。
肉食なので、もっと大きく口を開けて食べるイメージですが、小さくて細かいつくりの口が素早く動きます。
◇10月31日 カマキリ産卵
観察が終わったので、カマキリを逃がしてやりました。その後で飼育ケースを見ると、フタに産卵していました。ケースの中にあった木の枝に産んだら、簡単に逃がすこともできたのですが、フタに産んだので飼おうと決心しました。
●科学館の研究員さんに飼い方を聞きました。「むずかしいので逃がした方がいいよ」と言われました。
●『ファーブル昆虫記』のファーブルでさえ、生まれてすぐのカマキリのエサをいろいろ試していますが、うまく育てられずに全滅(ぜんめつ)させてしまったほどです。
責任重大ですが、とにかく決心しました。
◇2015年5月11日〈カマキリふ化〉
●毎日ケースを観察していたら、アリくらいの大きさの幼虫が生まれているのを発見しました。何十匹も生まれるそうですが、見つけたのは14匹でした。
●ふ化してすぐに最初の脱皮をしたようです。脱皮を見ることができませんでしたが、皮が残っていました。
●体長0.4㎝(14匹)
◇5月12日〈エサその1:カマキリ(兄弟)〉
●お互いにつつき合っていて、何をしているのかと思ったら、共食いをしていました。
●やがてカマキリどうしが互いに距離をとり、共食いをしなくなりました。しかし数は半分に減ってしまいました。
●カマキリは、生まれてすぐの食べ物として仲間を食べるのが普通だと知っていたのですが、これ以上減らないといいなと思いました。
●体長0.5㎝(14→7匹)
◇5月15日〈エサ:アリ(失敗)〉
●成虫と同じで、動いている物なら食べると思い、くしの先に小さなさし身を刺したり、割りばしの先にプリンを付けたりして動かしてみましたが、逃げてしまいます。
●エサの部分だけでなく、くしや割りばしなども一緒に見て、大きなものだと判断し、こわがっているようです。
●私はあわてて外にエサを探しに行きました。カマキリより小さな昆虫としてアリが一番いいと思い、たくさん捕まえました。ところが、まったく食べません。逆にアリがカマキリを襲ってしまい、2匹が死んでしまいました。
●カマキリは、自分より小さくても強い虫に対してはとても弱いようです。そこで弱ったアリをケースに入れてみましたが、つついてみるだけで食べません。後で、アリの体は硬すぎてカマキリのエサには向かないと、図鑑で知りました。
●体長0.6㎝(7→5匹)
◇5月15日〈エサその2:牛乳〉
●もう一つ大切なのは水分です。
●カマキリはよく水を飲むそうです。しかし、まだとても小さい子どものカマキリは、水飲み場を作ったらおぼれ死んでしまうと考えました。そこで、きり吹きでケースのカベに水滴を付けてあげることにしました。
●時々カベに付いた水の場所にいるのが観察できます。拡大鏡でよく見ると、なめるように口を動かして、水を中に押し込んでいるのが分かりました。
●カマキリは液体なら、動いていなくても飲みます。湿気を感じ取って寄って来るようです。
●その特徴を生かして栄養を与える方法を思いつきました。栄養のある液体を水の代わりに飲ませるのです。
●牛乳やヨーグルトをカベに塗りつけてみました。するとやはり、それをなめるような仕草が見られました。
●この栄養のおかげで、少しの間、カマキリを死なさずに保つことができたと思います。
◇5月21日〈エサその3:アブラムシ〉
●2回目の脱皮をして、さらに大きくなりました。
●体長0.9㎝(5匹)
●牛乳やヨーグルトだけでは栄養が足りないと思い「小さくて弱い昆虫はいないかな」と困っている時、庭のヤツデの葉に黒い小さな虫がたくさんいるのを見つけました。アブラムシ(アリマキ)です。アブラムシはお尻から出す汁をアリに吸わせて、アリはアブラムシを守ってあげています。
これを捕まえてケースに入れると、カマキリはよく食べました。食欲がおう盛なので、何度もアブラムシを探しに行きました。
◇6月10日〈エサその4:ショウジョウバエ〉
●腐って庭に落ちたキンカンの実に、小さなハエ(ショウジョウバエ)がわいていたので、何匹か捕まえてケースに入れました。するとカマキリは、近くに止まったハエをうまくカマで捕まえて食べていました。
しかし、よく飛ぶショウジョウバエを生きたまま捕まえ、それを逃がさないようにケースに入れるのはとてもむずかしいことです。そこで、透明カップの中に腐りかけのバナナを入れて、ハエを集めようとしました。ところが困ったことに、必ずアリがやって来て、カップ内はアリだらけになります。
●ハエは飛べますが、アリは飛べません。そこで、わなを浅い水の中に置くことにしました。予想通り、アリは泳ぐこともできないので、入って来なくなりました。私の「ハエだけわな」です。
●これをカマキリのケースの中に置くことにしました。カマキリが落ちずに、ハエが通れるような網(お風呂で体を洗うネット)をかぶせました。そこから自然にハエが出てくるようになって、便利なエサ装置ができました。「ハエだけわな」はそのまま「ハエ飼育場」になり、エサの心配はなくなりました。
●3回目の脱皮をしました。
●大きい方の体長1.5㎝(2匹)、小さい方の体長1.2㎝(3匹)
◇6月15日〈エサその5:コオロギ〉
●カマキリの大きさにかなり差がでました。大きい方の体長2.0㎝(2匹)、小さい方の体長1.5㎝(3匹)。メスとオスの違いだと思います。
●大きい方の2匹はあまりショウジョウバエを食べていないようです。エサとして小さすぎるのかと思い、コオロギを飼うことにしました。それは成功しました。大きい方の2匹はコオロギを、小さい方の3匹はショウジョウバエを食べています。
●ところが、コオロギがあっという間に大きくなり、3〜4日でカマキリよりも強くなってしまいました。カマキリ1匹がコオロギに襲(おそ)われてボロボロになり、しばらくして死んでしまいました。
●前にアリに2匹が殺された時に、カマキリは「自分より小さくても、強いものには弱い」という法則が分かっていたのに、それを生かすことができませんでした。カマキリに悪いことをしました。
●大きいメス(2匹)、小さいオス(3→2匹)
◇6月20日
●カマキリの体長の差がかなり広がりました。大きい方の体長2.5㎝(2匹)、小さい方の体長2.0㎝(2匹)
●大きなカマキリが小さなカマキリを襲おうとしているのを見ました。そこで部屋を分けることにしました。
大きなカマキリ(メス)はコオロギがいる部屋、小さなカマキリ(オス)はショウジョウバエ飼育場付きの部屋です。引っ越しは大変で、ショウジョウバエが逃げ出し、家じゅうがハエだらけになりました。
●ところが、小さなカマキリがけがをしたようで、死んでしまいました。共食いすることは知っていたので、早く移してやればよかったです。
●大きいメス(2匹)、小さいオス(2→1匹)
◇6月28日
●カマキリが脱皮するところを見つけました。最初は枝にぶら下がり、その後、枝から下りて皮を葉に引っかけながらふん張り、スルスルと脱ぎました。
●メスの体長3.8㎝(2匹)、オスの体長2.9㎝(1匹)。メスはとても茶色く、母カマキリに似てきました。
●脱皮は1週間に1回ほどしているようです。だんだん大きくなってきました。
◇7月10日〈エサその6:さし身・生肉〉
●体はかなり大きくなりました。メス4.5㎝(2匹)、オス3.6㎝(1匹)
●さし身を目の前で動かして、あげてみました。すると幼虫の時と違い、エサの部分だけを見たのか、食べてくれました。しかしエサの形によっては逃げたり、こわがって隠れたりします。
エサ装置〈エサ:小エビ(失敗)〉
カマキリは、動くものならいろいろなエサを食べてくれるようになったので、自動でエサをあげる道具を発明しようと思いつきました。
糸に結んだ小エビをフタからぶら下げ、風が吹いたり、近くを人間が歩いたりしただけで揺れるような仕かけを作りました。
しかし、そのような揺れでは食べてくれませんでした。逆に、逃げてしまいます。
自然界ではエサと天敵をどこで見分けているのか不思議です。
●小さな虫→エサと判断して襲いかかる。
●人が動かしているもの→同じ物でも、エサと判断して襲いかかる場合と逃げる時がある。
●大きな虫→敵と判断して隠れる。
●風で動いている葉→無視する。
◇7月20日
【実験1】
カマキリは相手の大きさがどれくらいだとエサ、敵と判断するのか。本には「自分より小さい物は襲う」とあります。カマキリの目の前で、1.5㎝四方のエサ、0.5㎝四方のエサを竹ぐしの先につけて動かしてみました。メス体長4.8㎝(カマの長さ0.9㎝+0.7㎝)、オス体長3.8㎝(カマの長さ0.8㎝+0.6㎝)。
《結果》
1.5㎝四方のエサでは、体を伏せて隠れようとしたり、逃げたりしました。0.5㎝四方では、襲いました。予想と違い、自分の体長よりもかなり小さな物でもこわがりました。
「細長いエサ」(幅0.5㎝、長さ3.0㎝)で試すと、同じカマキリでも寄って来ることも、逃げることもあります。エサの動きのせいかな?
【実験2】
カマキリは「エサをとる時、においには頼らない」と本にあります。いろいろな大きさの黒丸(直径0.5、1.0、2.0、4.0㎝)をカードに描き、これをストローの先に付けてカマキリの目の前に近づけました。
《結果》
0.5㎝黒丸では必ず襲いました。1.0㎝黒丸ではメスは襲おうとしますが、近づくと伏せて警戒し、向きを変えて逃げました。オスは最初から警戒して逃げました。2.0、4.0㎝黒丸では、オスもメスもすぐにおびえて逃げました。
カマキリが「襲う」と「逃げる」の境界がはっきりしました。だいたい黒丸の直径が1.0㎝です。カマと同じぐらいの大きさです。カマでしっかり押さえられる大きさなのが、重要なのかもしれません。オスはメスよりもおく病です。オスはカマよりも大きな物が来ると、すぐに隠れようとするか逃げ出します。メスはカマよりも大きい物でも、近づこうとします。しかし、とても近づいてから敵だと判断し、すごい速さのスーパージャンプで逃げます。
【動かし方実験】
実験1の細長いエサと同じような棒(長さ約5㎝)をカードに描き、カマキリの目の前で動かしました。①タテの棒をタテ方向に動かしたら襲った。②タテの棒をヨコ方向に動かしたら逃げた。③ヨコの棒をヨコ方向に動かしたら襲った。④ヨコの棒をタテ方向に動かしたら逃げた。「襲う」境界の1.0㎝よりも大きくても、長い方向に動かせば襲う。カマキリはエサの本当の大きさではなく、動いた範囲を見ているのだ。
◇7月30、31日〈ついに成虫‼〉
まずメス2匹が脱皮し、次の日オス1匹が脱皮しました(8回目か)。今までと違い、皮から出たカマキリの胸と腹の間には、クシャクシャした羽が付いていました。その羽は4時間ぐらいかけて伸びました。羽のあるりっぱな成虫です。最後の脱皮だったのです。むずかしいといわれたカマキリの飼育に成功しました!
【実験3】
「カマキリが動く範囲を見ていること」を確かめる目の錯覚実験です。
《方法》
1㎝四方の黒い紙、これを0.2㎝幅で切りつないだ同じ面積の細長い紙をそれぞれカードに貼り、さらに1㎝四方の黒い紙5枚をちりばめたカードを作り、カマキリの目の前で回転させて、エサと判断するかを確かめました。オスとメスでそれぞれ10回ずつ行い反応(逃げる・動かない・襲う)を記録しました。
《結果》
動く(回転する)と「大きく見える物」がこわいと分かりました。風で揺れる草を襲わないのは、動きのせいで大きく見えてしまうからです。
◇8月20日〈エサその7:カマキリ(オス)〉
交尾させようと、オスとメスを同じケースに入れました。数時間後、交尾の姿勢のままメスがオスを食べていました。30分くらいでオスの頭を食べきりました。オスの足は動き、交尾も続けています。さらに30分後、オスの体を半分残して、メスは食べるのをやめました。このメスを残して、もう1匹のメスは公園の草むらに逃がしてやりました。
感想
獲物を捕まえる時に、カマキリには簡単な法則があることが分かりました。それを見つけられ、昆虫への愛がさらに深まりました。
審査評[審査員] 関根 正弘
近くの公園で捕まえた1匹のカマキリが、産卵したのがきっかけとなり、今回の研究が始まりました。生まれたばかりのカマキリの赤ちゃんを飼育箱で育てるためには、どんな食べ物をどうやって与えればよいのか、解決しなければならない自らの問題となりました。共食いから始まり、餌のつもりのアリに逆襲されて、みるみる兄弟たちが減っていきます。成長に合わせた食べ物を何度も試行しながら探り出し、最後は見事に成虫まで育て上げました。生きた食べ物を捕獲するために考えた罠には、驚くほど多くの工夫が凝らされていて感心しました。食べ物が生きているように動く装置を自作する過程で、天敵と食べ物との区別をどこで見分けるのだろうかという新たな問題を見いだし、実験を繰り返して解明しました。その考えに基づいて疑似餌を動かすと予想通りの反応を示すことも検証してくれました。昆虫が大好きだという気持ちが、研究の原動力になっていることがよく伝わってくる素晴らしい内容でした。
指導について渡辺 浩二
カマキリはエサとそうでないものをどうやって見分けているのか。彼女からそんな疑問が提示されてから、かなりの時間、研究は停滞していました。実験をスタートすることができたきっかけは、ある日、彼女が得た小さな気づきでした。「カマキリにはこんなふうに見えているんじゃない?」。それは彼女が自分でカマキリを育て、毎日自分の手でエサを与え続けることによって得た視点です。ただしこれは、指導者も含め多くの大人がイメージしてしまいがちな「カマキリの気持ちになってみる」という情緒的思考とは、少し違うようです。一例ですが、観察していたカマキリの最初の食べ物は「仲間」(兄弟)でした。そして最後の食べ物も「仲間」(夫)でした。大人の目からはとても残酷に見える事実ですが、カマキリの視点を得た彼女からは、あっけらかんと「カマキリならそれはあたりまえ」と、言われました。指導者の側もいろいろと考えさせられる研究でした。