研究の動機
兄(5歳上)が2011年9月に我孫子市内で初めてクツワムシを採集して以来行っていた研究を2013年9月に引き継いだ。
◇2014年の研究
《生息場所から分かったこと》
クツワムシの体色は緑色・灰褐色・茶色に分類できる。天敵から身を守るために土の上や枯れ草の上では茶色、植物の多い場所では緑色というように生息場所によって体色に特徴がある。生息するのは草丈が1mほどの暗い場所で、つる性植物が多い。生息している範囲は比較的狭い。環境の変化に弱く、1年で生息場所から姿を消してしまう。
《飼育から分かったこと》
卵からの孵化は、1匹が孵化し始めてから5日以内に終わる。羽化までの日数には個体差がある。幼虫の死亡原因は大半が脱皮失敗だ。8月に、成虫は室内・戸外にかかわらず夕方31℃以下になると鳴き出す。共食いは少ないが、ペアの飼育ではオスはメスに翅(はね)をかじられていた。
実験1:オスのクツワムシを野外に放した時の行動を見る
《方法》
採集したクツワムシを、庭先につるした飼育ネットの上に載せ、その後の移動を観察した。2014年8月25日、9月7日さらに15年8月19日にオス各3匹を放した。
《分かったこと》
集団では行動せず、個々に自由に行動した。近くの草木のほか約50m離れた里芋畑など、遠くまで移動するもの、朝から夕方まで、日の当たるコンクリート壁でじっとしていたものもいた。つる性植物のウマノスズクサはクツワムシの食草ではないが、天敵から身を守れ、日中の日よけになり、気温や湿度の上昇からも守れて便利なためか、毎晩その中から鳴き声がした。
実験2:クツワムシの触角の役割とは
【実験2-1】ばったり出会った時の触角の動きと行動
観察用カメラをクツワムシに近づけると、触角を忙しく動かして、レンズに前脚を載せてきた。長い触角で物や距離を確かめているようだ。
(1)木の板(幅3㎝、長さ45㎝)に2枚のPPクラフトシートを貼って細長い通路を作った。両端からクツワムシを歩かせ、出会った時にどんな反応をするかを観察した。
〈結果〉
①オス同士:互いに触角が触れ合うと、ともにしばらくじっとし、時々触角を相手に向けて動かしていた。その後、右のオスが頭を下げて、触角を後ろに向けた。左のオスは体を起こして触角を動かし、通路の上に登って右側に越えて行った。右のオスも急いで左側に向かった。②メス同士:互いに触角が触れ合うと、ともに勢いよく行き違った。10回試したがいずれも同じだった。③オスとメス:互いに慎重に近づいた。ともに触角が触れる距離で停止し、触角を振り回した。はじめメスは落ち着かない様子、オスはじっと相手を確認しているようだった。1時間ほど動きはなかったが、やがてメスがゆっくり前脚をオスの頭にかけ、さらに通路の上に登って、オスの上を越えて行った。
(2)①2本の触角をそれぞれ半分の長さに切ったメス同士の反応:3回とも、互いに素早く行き違った。②ともに2本の触角がない(2㎜残した)もの同士の反応:10回とも、互いに相手に気づかずに接近し、ぶつかるギリギリの所で慌てて引き返した。③触角の長い(普通の)クツワムシと触角のないクツワムシの反応:普通のクツワムシが近づくと、触角のないクツワムシは驚いて、狭いすき間をくぐって急いで逃げた。5回とも同じだった。
(3)クツワムシ以外のバッタ類でも試した。①クサキリ(オス・メス):クツワムシと同様に、オスはじっとし、メスが越えて行った。②クツワムシよりも気性の荒いウマオイ(オス・メス):6回とも、オスが慌てて逃げ回った。メスは触角をオスに向けてじっとしていた。③トノサマバッタ:通路の真ん中あたりで互いに体の傾きを変えるなどしてすれ違い、行ったり来たりした。触角で探り合うことはしなかった。トノサマバッタは触角が短く、複眼が大きいことも、夜行性のクツワムシとの大きな違いだ。④エンマコオロギ:トノサマバッタより歩くのが上手なので、スムーズにすれ違った。すれ違いざまに、相手の体に触角を当てていた。⑤クツワムシと肉食性のウマオイ:3回ともクツワムシの方が逃げた。ウマオイは常に触角をクツワムシに向けていた。
《分かったこと》
クツワムシは触角で物(距離、食事、相手)を判断している。さらに触角で相手が安全か危険かを察知する。触角を切ると天敵に気づくのが遅れ、命が危険だ。また、メスの方がオスよりも主導権をもっている。
【実験2-2】通路を歩かせ、角を曲がる時の触角の動きと行動
クツワムシは目の前にカマキリがいても逃げず、夜にライトを当てても逃げたり鳴き止んだりしない。目が見えているのだろうか?
《方法》
直進して壁に突き当たったら、角を曲がらなければならない6列の通路を作り試した。
《結果と考察》
クツワムシは途中で触角を立てて動かなくなるなど、上手に曲がることはできなかった。エンマコオロギは通路をスムーズに歩き、角も上手に曲がった。
実験3:クツワムシの体色は遺伝子で決まるのか
野外採集のクツワムシの体色は大きく緑色と茶色の2色に分かれる。しかし1齢幼虫はすべて緑色だ。体色はエサや環境、遺伝によって決まるのか。
◇2012年の研究(兄):2011年に採集した緑色メスが産卵、2012年に孵化した1齢幼虫(雑種第1代:F1)を異なった4種類のエサで育てた。羽化した成虫の体色(合計数)は緑色7匹・茶色2匹だった。
◇2013年の研究(兄):成虫から体色が緑色のペア、茶色のペアをつくり産卵させた。2013年に生まれた幼虫(F2)を4ケースに分けて成虫に育てた。体色(合計数)は〈緑色ペア→緑色7匹・茶色3匹、茶色ペア→茶色8匹・緑色4匹〉。親と違う色が出た。
◇2014年の研究
● 野外(4カ所)で採集した成虫の体色を調べた。緑色35匹、茶色39匹、茶褐色6匹だった。
● 2013年の成虫(F2)から緑色ペア、茶色ペアをつくり産卵させた。2014年に孵化した幼虫(F3)34匹を成虫に育てた。体色(合計数)は〈緑色ペア→緑色9匹・茶褐色2匹・茶色3匹、茶色ペア→茶色2匹・茶褐色0匹・緑色1匹〉だった。生存率(17/34匹)は50%だった。
◇2015年の研究
(1)2014年の成虫(F3)からA~Dの各ペアをつくり産卵させ、2015年に孵化した幼虫(F4)を育てた。
A=2011年に採集した親から代々緑色のペア
B=F1から3世代茶色のペア
C=F1茶色、F2とF3が緑色のペア
D=F1とF2が茶色、F3が緑色のペア
〈結果〉孵化したF4幼虫は計210匹。いずれも緑色だったが、3齢脱皮からは体色が茶色の幼虫が出現した。羽化した成虫の体色(合計数)は緑色59匹・茶色7匹。最終的な生存率は31.4%だった。
(2)「累代飼育」のA~Dのほかに、野外で採集の緑色、茶色の各ペアやメス(単独)を計5ケースで飼育し、孵化した幼虫を調べた。
〈結果〉A~Dと合わせた計9ケースでの孵化数は計737匹。羽化数は計352匹(緑色337匹、茶色15匹)。全体の生存率は47.8%だった。
《分かったこと》
累代飼育をしても、緑色系統から茶色、茶色系統からも緑色が生まれた。昆虫の専門家から「何世代繰り返しても、体色がどちらかに決まることはない」と言われショックだった。累代が進むと産卵数が少なくなり、孵化率も低下するようだ。また、脱皮に失敗して脚が不自由なペアも産卵し、子孫を残すことができる。
実験4:クツワムシ幼虫の脱皮の成功率を上げる方法を求める
クツワムシの幼虫は脱皮の失敗で死ぬのが多い。不安定な場所でも脱皮するため、体が乾く前に滑り落ちてしまうからだ。生存率を上げるために、昨年は幼虫が止まりやすいワラを飼育ケースに入れたが、カビが生えやすく、3齢以降の幼虫は重くなってワラが動くなど、脱皮に失敗した。今回はいろいろな候補を調べてシュロの葉を使ったが、やはり幼虫が大きくなるにつれて体を支えきれず、多くの幼虫が落ちてしまった。飼育ケースのフタや壁で脱皮し、落ちるのもいた。
研究を終えて
クツワムシの観察も飼育も、実際にやってみて大変だった。飼育での脱皮の成功率を高め、成虫になったら生息場所に放し、自然界でのクツワムシの減少を食い止めたい。
審査評[審査員] 友国 雅章
この研究は、雄仁君の5歳違いのお兄さんが長年探し求めていたクツワムシを市内の林で見つけたことから始まった。進学により家を離れたお兄さんの後を受けて2年前から雄仁君が引き継いだ。いわば兄弟による共同研究である。クツワムシの体色に緑色型と褐色型があることは古くから知られているが、なぜこの違いが生じるのかを究明するために累代飼育を重ねている間に、他にも様々な疑問が生まれ研究がどんどん深みを増している。この研究のとくに優れている点は、昼夜を問わない長時間の野外観察と、室内での飼育、実験をうまく組み合わせて疑問を解明しようとしていることである。それにより、棲息地ごとの個体密度を推定したり、クツワムシが視力ではなく長い触角で周りの情報を得ているらしいこと、さらには脱皮の失敗による死亡率を低下させるための飼育法の開発など、興味深い成果がいくつも得られた。クツワムシの体色を決める要因の解明には至っていないので、今後の研究成果が大いに期待される。
指導について大井 則子
5歳上の兄の影響で、雄仁が物心付いた時、我が家は沢山の昆虫や両生類、爬虫類等であふれていました。昆虫の観察、飼育、実験をして論文にまとめている兄を見ながら育ったので、雄仁も自然と同じようなことをするようになったのだと思います。中学生最後の記念にと、兄の勧めで送った論文がこのような素晴らしい賞をいただき、大変驚いています。
この研究は、兄が長年探し求めていたクツワムシの生息地を市内で発見し、2年間かけて研究しまとめたデータを基に、発展させたものです。クツワムシの体色に注目し、累代飼育をしながら疑問の解決を目指し、子供なりの考えで進めてきた研究が基となっています。人気のない場所での夜間の観察、部屋を占領する大量の飼育ケース、成虫の騒がしい鳴き声等、本人の努力はもちろんですが、家族の理解と協力無しでは出来なかった研究だと思います。
今回の受賞は、雄仁はもちろんですが、家族にとりましても大変嬉しい受賞となりました。ありがとうございました。