研究の動機
いろいろな温泉地に行き、温泉の色やにおい、肌触りの違いに興味をもった。昨年の研究で、温泉のpHや成分組成、泉質を探り、酸性かアルカリ性かによって特徴的な傾向があることが分かった。しかし、なぜ成分組成やpHに違いが生じるのか。同じ狭い温泉地内でも、源泉によって泉質や色が全く異なることも多い。温泉の成分と温泉地の地質、土壌との関係を調べたい。
ねらい
宮城県蔵王町の「遠刈田(とおがった)温泉」、宮城県大崎市の「鳴子(なるこ)温泉」について温泉の成分組成と、地質や土壌などの地理的条件との関連性を分析する。さらに源泉の分布傾向から、なぜ狭い範囲で泉質が異なるのか考察する。また、鳴子温泉に最も近い火口湖で日本有数の酸性湖でもある「潟沼(かたぬま)」が、鳴子温泉の泉質に及ぼす影響を推察する。
方法
(1)各温泉施設に掲示の温泉分析書などを基に源泉位置と成分組成の関係をつかむ。
(2)土地分類地質図、土壌図と源泉位置を示した図を重ねて、温泉地と地質の関係をみる。
(3)潟沼の3地点で湖水を採取し、塩化物イオン、硫酸イオン、硫化物イオン、鉄(Ⅱ+Ⅲ)イオン、pHを測定する。対照として鳴子温泉地区を流れる荒雄川の水、鳴子温泉で唯一の酸性泉「滝の湯」の温泉も測定し比較する。
結果と考察
〈1〉遠刈田温泉
温泉の成分組成、色、源泉温度から5つのエリア=①温泉街②対岸③清水原④上ノ原⑤七日原=に分けた。
◇温泉の色:対岸エリアは「緑色透明~緑色+茶色濁り」で、温泉街エリア(茶色透明または茶色濁り)と七日原エリア(無色透明または黄色透明)の中間的特徴だ。地質図でも分かれている。地質の差が色の変化の原因か。
◇温泉の温度:清水原エリアが80~100℃と、他の各エリア(50~60℃)よりも非常に高い。活火山の蔵王山にも近く、付近の地下にマグマなどの熱源があることが考えられる。
◇温泉の濃度:溶存物質総量は、温泉街エリアが2200㎎/ℓ前後、対岸エリアの松川上流2500~下流1000㎎/ℓ、清水原から上ノ原、七日原エリアにかけて2000~1100㎎/ℓ。全体として「非常に濃い」温泉はない。
◇成分組成:全体的に「炭酸水素イオンが多く、カルシウムイオンが少ない」傾向だが、温泉街エリアのA点「遠刈田7号泉」は特に硫酸イオン(876㎎/ℓ)とカルシウムイオン(279㎎/ℓ)が多い。これは温泉街エリアが凝灰岩の地層で、他は安山岩系の地層であることから説明できる。さらに温泉街エリアの凝灰岩が海洋水を含んでいた「緑色凝灰岩」であるならば「グリーンタフ型温泉」(硫酸イオン、カルシウムイオンの含有が高い)の可能性がある。
◇温泉のpH:全体的にpH7~8の中性から弱アルカリ性の温泉。蔵王山などの火山の山麓に位置する温泉地だが、蔵王温泉(山形市)のような強酸性泉ではないことから、火山活動はpHにはあまり関係ない。熱源となっている程度だ。
〈2〉鳴子温泉
温泉の成分組成、色、源泉温度から6つのエリア=①湯元②下地獄③新屋敷④車湯⑤水力発電所⑥河原湯=に分けた。
◇温泉の色:湯元エリアは無色透明、緑色透明、白緑濁り、白濁とさまざま。鳴子温泉郷で特に多彩だ。下地獄エリアと新屋敷エリアは無色透明。車湯エリアは茶褐色濁りや黒色透明、黒色沈殿を生じる無色透明など。水力発電所エリアはわずかに茶緑濁りのほぼ透明、河原湯エリアは白濁や緑濁りが多い。昨年の研究では「硫黄系の成分が温泉水を白濁、緑色にする効果があること」が分かった。湯元、河原湯エリアの源泉の緑色は硫黄によるもので、硫黄を含有しない水力発電所エリアの茶緑色は鉄イオンによると考えられる。車湯エリアは、泥炭を含む地層上にあるため黒色の温泉だ。
◇温泉の温度:荒雄川河畔の水力発電所、河原湯エリアは40~60℃と低めだ。源泉が河川水に冷やされている可能性がある。湯元エリア(90~100℃)から下地獄、新屋敷、車湯エリア(80~90℃)へと、潟沼(=旧火口)から遠くなるにつれ源泉温度は低くなる。
◇温泉の濃度:湯元エリア、河原湯エリアに濃度が高い温泉(2000~3000㎎/ℓ)が集まっている。下地獄エリアが1000~1500㎎/ℓと薄めなのは、源泉が蒸気泉であることと関係がある。
◇成分組成:特に硫酸イオン(SO42-)が多い「硫酸イオンベース」の温泉、特に炭酸水素イオン(HCO3-)が多い「炭酸水素イオンベース」の温泉に分類される。湯元エリアと下地獄エリア、新屋敷エリアが硫酸イオンベースの温泉、車湯エリアと水力発電所エリアが炭酸水素イオンベースの温泉。河原湯エリアには硫酸イオンベースのタイプと炭酸水素イオンベースのタイプがある。湯元エリアのうち源泉「鳴子ホテル1・2・3号泉」は硫黄の含有量が66㎎/ℓと高く、「滝の湯温泉神社硫黄源泉」は炭酸水素イオンが全く含まれず特殊だ。水力発電所エリアの源泉「大畑1号泉」は鳴子温泉で唯一の含二酸化炭素泉(炭酸泉)で、ナトリウムイオンよりもカルシウムイオンの方が多い。
硫酸イオンベースの源泉は、硫酸イオンの多い潟沼の酸性湖水の影響を受けている。酸性湖水にはアルミニウムイオンが含まれ、源泉からも検出されているので、湯元エリア、下地獄源泉群は潟沼湖水が元になっていると推測される。
「滝の湯温泉神社硫黄源泉」は鉄やアルミニウム、硫酸イオンなどの含有量が類似し、同じ石英安山岩上にあることから、潟沼の湖水があまり変化せずに湧出したと考えられる。「大畑1号泉」は「グライ土壌」から湧出し、この土壌に含まれる鉄Ⅱイオンが泉水にも含まれる。グライ土壌が源泉に影響を与えている。
鳴子温泉の硫黄泉のすべてが湯元、下地獄、河原湯エリアに集結している。潟沼にも近いことから、硫黄泉の原因となる火山性ガスはこの周辺の地層にのみ供給されていると推測される。炭酸水素イオンベースの温泉は泥炭状の地層から湧出している。泥炭が炭酸水素イオンの割合を高くする原因か。
◇温泉のpH:湯元エリアはpH6後半とpH8~9に密集している。ただし「滝の湯温泉神社硫黄源泉」はpH2.8~3.28と酸性だ。
下地獄エリアはpH7.5程度、新屋敷エリアはpH7~9、車湯エリアはpH7程度、水力発電所、河原湯エリアはpH6とやや低め。
〈3〉潟沼
調査地点Aの湖畔には火山噴出物とみられる白~淡黄色の岩石があった。湖岸の一部の土中から微量の水がプツプツと音を立てて湧出していた。浅い湖底から硫化水素臭の気泡が出ていた。Bは硫化水素臭のする噴気孔の前。岩石には硫黄の結晶が付いていた。Cの湖畔の岩石にはオレンジ色や黄色、茶色の析出物が見られた。Aの近くにある東屋の金具が青黒くさびていたことから、潟沼周辺の空気に硫化水素が含まれ、水蒸気も酸性を帯びていると考えられる。A、B、Cでは分析項目に大きな差はない。
● 塩化物イオン:潟沼100~115㎎/ℓ、滝の湯75㎎/ℓ、荒雄川10㎎/ℓ。
● 硫酸イオン:潟沼240~250㎎/ℓ、滝の湯350㎎/ℓ、荒雄川では検出されなかった。
● 硫化物イオン:潟沼と滝の湯は微量、荒雄川では無検出。
● 鉄イオン:滝の湯で40㎎/ℓの高値、潟沼6~7㎎/ℓ、荒雄川で極微量だった。
● pH:潟沼はpH2.21~2.23の酸性、滝の湯はpH3.28の弱酸性、荒雄川はpH 7.74の中性。
感想
遠刈田温泉も鳴子温泉も、ある程度の泉質傾向をもって湧出していることに驚いた。特に鳴子温泉の湯元エリアは地質や土壌だけでは説明が難しい複雑な源泉の分布をしており、とても不思議で興味深い。
審査評[審査員] 小澤 紀美子
「温泉ソムリエ」という職業が成り立っているほど温泉が好きな日本人は温泉の含有成分について多くのうんちくを語ります。
本研究は、温泉の含有成分の違いが、何故、生じるのかという疑問から進めてきた2年目の研究です。「泉質は、源泉のある地点の地質や地理的条件によって違いが生じる」という仮説を立てて検証しています。狭い範囲で源泉の成分組成が異なる2つの温泉、遠刈田温泉と鳴子温泉を分析対象として調査を進めています。鳴子温泉の調査では、近くの火口湖である潟沼の水質を調査して比較して温泉の泉質を調査しやすくなるよう手法に工夫が見られます。
1年前の調査を踏まえて5つの主要成分を分析し、温泉の泉質が源泉のある地点の地層、土壌、地理的条件によって異なることの傾向を根気よく地道に追究しています。今、日本では新しく西ノ島が誕生したり、火山が噴火したり、新たな地殻変動が起こっています。今後も研究を継続して、松本さんの研究の興味関心が新たな知見につながっていくことを期待しています。
指導について仙台二華中学校 加藤 紀子
本研究は、彼が大好きな温泉を巡るうちに「温泉の成分は何だろう?」と疑問をもち、2〜3年前から独自に「温泉ノート」を作り、入った温泉の成分や自分が感じた肌触りなどの記録を始めたことからスタートしました。昨年は、イオン検出キットやpH計を用いて成分分析を行い、膨大なデータをまとめました。それを基に今年は「同じ温泉地なのに地区ごとで泉質が全く違うのはなぜか?」というテーマを掲げ、県内の有名温泉地2カ所に絞って、その土地にある湖や川、地下水の影響を調査し、地形図や地質構造から泉質との関連性を見いだしました。泉質ごとに彼自身がエリアを分け、それが地質学的にも同種のもので構成されている点に気づいたことが今回の大きな発見でした。好きなことを気負うことなく探究し続けた結果が、新たな発見に結びついたのだと思います。これからも自分が楽しみながら探究する姿勢を大切にして、新たな研究に着手していくことを期待しています。