母が昼食を出してくれた。献立は昨夜の夕飯の残りのおでん。母は「何でも、一晩たって冷ました方がおいしいのよ」という。食べてみると、味が十二分にしみこんでいて本当においしい。「理由は分からないけど、温めているときよりも、冷ましているときの方がずっと味がしみこみやすいと、おばあちゃんが言っていた」という。しかし、どうしてグツグツ煮ているときよりも、冷ましているときの方が味がしみこみやすいのか。研究することにした。
〈予備実験:本当に冷めるときに味がしみこみやすいのか〉
ダイコン、ニンジン、コンニャク、豆腐の4種類の食材を、食塩、砂糖、しょう油の3つの調味料で味つけしてゆで、食べ比べた。「水から加熱して5分間沸騰させたお湯で煮たもの」と「5分間沸騰させたお湯で煮てから、最初の温度まで冷やしたもの」に分けて食べてみたが、どんな調味料どんな食材でも、後者の方が味がしみこんでいる気がした。
人の味覚に頼らない科学的な方法を話し合った。使う食材は、ダイコンとコンニャクに決めた。色でしょう油のしみこみが分かる。そのための「しょう油しみこみ色チャート表」を作り、5段階の色分けでどの程度の味のしみこみかを判定する。食塩は、食材のろ液に食塩があると反応して塩化銀を沈殿させる硝酸銀、砂糖は糖度計で判定することにした。
実験1:加熱時より冷却時の方が本当に味がしみこみやすいのか
ダイコン、コンニャクを2cm角に切りそろえた。調味料は水100mlに食塩10g、砂糖10g、しょう油は10%濃度の水溶液とした。これらの水溶液に食材を入れて加熱し沸騰するまで約15分、沸騰してからさらに5分間煮たものを「加熱中に味がしみこんだもの」、沸騰した水溶液に食材を入れて5分間煮てから、その後15分間で元の水温まで冷却したものを「冷却中に味がしみこんだもの」とした。
① | しょう油:コンニャクは、色チャート表で比較しても「1」より薄く大差なかった。ダイコンは、「加熱中」が色チャート表で「1」よりも薄く、「冷却中」は「2」程度まで色が染まっていた。 |
② | 食塩:食材を乳鉢ですり、水30mlを加えてろ過し硝酸銀を滴下したところ、「加熱中」も「冷却中」も滴下すればするほど反応してしまい、沈殿物の高さが比較できないほどたまってしまった。ろ液を薄めてもうまくいかなかった。 |
③ | 砂糖:糖度計によるろ液の5回測定の平均値は、「加熱中」のダイコンは糖度0.6%、「冷却中」は1%、「加熱中」のコンニャクは糖度0.2%、「冷却中」は0.5%だった。 |
実験2:冷却時間を長くしたとき、味のしみこみ具合はどうなるだろうか
食材を水(水温25℃)から沸騰後10分間煮て、その後冷ましながら10分後、30分後、1時間後、1時間30分後の食材のしみこみ具合を調べた。食塩は塩分計で測定することにした。結果はいずれも、冷ます時間を長くした方が、味がしみこみやすいことが分かった。しかし、これは当たり前。食材を浸しておく時間が長ければ長いほど、味はしみこみやすいはず。「加熱」に意味があるのではないか。
実験3:加熱することで、味のしみこみ具合はどう変わるのだろうか
調味料の水溶液の温度を変えて(20℃、60℃、100℃)、ダイコン、コンニャクを10分、30分、1時間浸した場合の見た目や塩分濃度、糖度を調べた。いずれも100℃の水溶液でより長く浸した(加熱した)ものほど、味がよくしみこんだ。熱を加えてやわらかくなるなど、食材に何らかの変化が起きたのかもしれない。
しょう油水溶液の温度を変えてしみこませたときの色チャート表による実験結果
実験4:加熱すると、食材のかたさがどうなるのだろうか
やわらかさを測定するために、500gのおもり(粘土)をのせてどれだけつぶれる(縮む)かを測る「食べ物かたさ判定機」を自作した。ダイコンとコンニャクを100℃の水に入れ(煮て)、時間ごとのやわらかさを調べた。水に入れるときのダイコンはおもりをのせても縮みはなく0mm、10分後も0mm、30分後に-4mmとやわらかくなったが、1時間後は-3mmと少し差が小さくなり、1時間以上煮てもそれ以上やわらかくならなかった。コンニャクは水に入れる時点で-2mm、10分後に-4mmになったが、30分後に-2mm、1時間後に-1mmと逆に硬くなってしまった。食材のやわらかさと味のしみ具合には、因果関係があるとは言い切れない。
実験5:加熱時、冷却時の食材の重さはどのように変化するのだろうか
ダイコンは煮れば煮るほど重さは軽くなり、1時間30分後に火を止めて冷却すると、逆に重さが増えていった。コンニャクも同様に重さが減少し、増加していく変化がみられた。加熱することで食材の中の水分は抜け、冷却するときには逆に水分と一緒に味の成分がしみこむ。食材と周囲の調味料水溶液との間で、浸透圧の関係による水分移動が行われたのではないか。
実験6:温度によって浸透圧がどのように変化するのだろうか
直径18mmのアクリル製パイプの一端に、人工透析用の半透膜を着け、その中にしょう油水溶液(80℃)を入れた。これをビーカーの水(80℃)の中に立てると、温度の低下とともにしょう油水溶液の液面が上昇、下降した。70~60℃のときに、ビーカー内の水(ダイコンやコンニャクと想定)が半透膜を通してしょう油水溶液側に移動したため液面が高くなった。40℃では逆に、しょう油水溶液からビーカー側に水分の移動があったため液面は低くなったと考えられる。加熱時に食材から水分が抜け、冷却時には水分が味成分とともに食材に入ってくるのではないか。その水分の出入りは、食材のどこで行われているのか。
実験7:加熱したとき食材の表面はどのようになっているのだろうか
ダイコンの表面を顕微鏡で観察した。加熱前は、小さな細胞がぎっしり詰まっていた。加熱して30分後は、細胞壁がとても薄くなっていた。細胞自体も小さくなったようだ。さらに煮込むと変化は顕著で、1時間30分後は、細胞の形は崩れ、細胞と細胞の間にも小さなすき間ができていた。コンニャクの表面はつるつるしているが、内部には小さな空気の固まり、気泡がたくさんあった。加熱するとその気泡は大きくなり、数も増えていくことが分かった。加熱1時間30分後には、気泡は加熱前の3倍以上の数に増え、ふくらんだ気泡が破けた大きな穴もあった。冷却時には、こうしたダイコンのすき間やコンニャクの中の穴に調味料成分が入り、味の成分がしみこむのだ。
研究のまとめ
① | 食材を加熱しているときよりも、冷めるときの方が味はしみこみやすい。 |
② | 冷却時間が長いほど、より味はしみこみやすい。 |
③ | 食材を一定温度以上に加熱すると、味はしみこみやすい。 |
④ | 食材は加熱時に軽くなるが、冷却時には重くなる。これは加熱時に食材の水分が抜け、冷却時に水分が戻るためで、このとき味の成分も食材の中に取り込まれ、味がしみこむ。 |
⑤ | 冷めるとき50~40℃ぐらいで、調味料水溶液から食材への水分移動が起こる。 そのときに④と同様に、食材に味がしみこむ。 |
⑥ | 加熱することで、食材の表面に劇的な変化が起こり、水分や味の成分がしみこみやすくなる。そのためにも③のように一定温度以上に加熱する必要がある。 |
審査評[審査員] 中村日出夫
おでんは煮ている時よりも冷ましている時の方が味がしみ込むことを不思議に思い、「冷めるときに味がしみ込むのはなぜか」をテーマとした本研究は、日常生活の中で問題を発見し、科学的な手法で探求し、わかりやすくまとめていることが大変評価されます。特に、予備実験を通して研究の方向性を確認し、条件を統一して味のしみ込み方のメカニズムを「しみこみ色チャート」や「固さ判定機」など独自な方法を工夫して解明しようとしています。また、多くの実験を行い、写真やデータの処理も適正に行い、研究のまとめもわかりやすく整理されています。更に実験を重ねる中で食材が加熱することによって固さや重さ、水分、浸透圧、食材の表面の変化などに疑問を見いだし、味のしみ込み方のメカニズムについて多角的な視点で調べていることは大変結構です。定性的な実験になりがちな「味」の測定について、定量化の工夫など、科学的で興味深い研究となっています。
指導について刈谷市立富士松中学校 伊藤雅彦
身近な生活で、当たり前ととらえていたことにでも、「なぜなんだろう」と科学の目で追究することができた作品です。味がしみこむメカニズムを、条件を制御した実験を何度も繰り返し、さまざまな角度から追究することができました。ダイコンとコンニャクの加熱時と冷却時の重さの変化に気づき、食材とだし汁間の水分移動と浸透圧の変化を関係づけたり、細胞や表面のダイナミックな変化に味がしみこむ原因があるのではないかと考えたり、実験結果から新たな疑問をふくらませて深く研究に取り組んでいました。その生徒たちの着眼点や発想の豊かさには感心させられるほどです。
この研究を通して、ますます自然や身近な生活の中にもたくさんの不思議が隠されていることを知り、進んでそれを解明しようとする気持ちが高まってきました。今後も、楽しみながら、科学する心を育ててほしいと思います。