研究の動機
ナメクジが認知症を治すのに役立つ可能性があると知り、その生態について調べてみると、とても興味深い生き物であることに気がついた。ところがナメクジは研究者に人気がなく、わかっている生態はほんの一部だという。ナメクジを私たちの生活に活かすには実験が必要で、ナメクジの生態をもっと知らねばならない。
ナメクジは脳が大きく賢い生物だから、ナメクジの知恵に着目して研究を行うことにした。今回は、粘液の役割、学習能力、再生能力の3つの視点から研究を進めた。
研究の目的と予想
実験1〜4の目的
実験1ではナメクジが好きな食べ物を調べ、ナメクジの行動の特徴なども観察する。実験2でさまざまな働きがあるナメクジの粘液に、身を守ること以外の役割があるかを調べる。実験3で栄養状態が違うナメクジの学習能力の差を確かめる。生命の危機に陥ったナメクジが、何を優先するのかを考える。実験4でナメクジが成長するのに必要不可欠なたんぱく質の有無で、ナメクジの再生能力に差が生まれるのかを調べる。
実験1〜4の予想
ナメクジは個体によって好みに差があるため、実験1はバラバラの結果になると思う。実験2は、ナメクジは粘液を道標とすることで、より確実に餌を見つけられるようにしていると思う。実験3は、ナメクジも栄養状態が悪いと学習能力が低下すると思う。実験4は、たんぱく質を与えているほうが再生スピードは早いと思う。
実験1〜2
実験1
ナメクジが好みそうな4種類の食べ物候補を選んで、1辺32cmの四角いトレイの四方の角に置き、中央に24時間絶食状態にしたナメクジ4匹を置いて、ナメクジがどう行動するかを観察した。同じ実験を2回行い、同室で飼育した計8匹の行動を検証した。
食べ物は飼育を含めたこれまでの経験や文献、ナメクジ被害のニュースなどから「にんじん」、「いちご」(いちごソースを使用)、「バナナ」、「もも」を選んだ。
実験結果は下記のとおり、8匹中7匹がにんじんを選び、1匹だけがいちごを選んだ。
餌にまっすぐ進むナメクジ、行ったり来たりするナメクジ、一緒に行動しようとするナメクジがいた。迷っているナメクジは、中央に戻る傾向があるように見える。途中で触覚をしまい寝てしまう個体もあったが、他の個体が近づくと再び進め始めた。4匹のうちの1匹が餌にたどり着いたタイミングで、迷っていた1匹が同じ方向へ進み始めたことから、仲間の出す信号がある可能性が考えられる。ナメクジは嗅覚に優れ、粘液も嗅ぎ分けられるようなので、粘液を道標としているかもしれない。
実験2
四角いプラスチックトレイの一角ににんじんを置いてナメクジを向かわせ、粘液をつけさせる。その後、他の3方の角にもにんじんを置き、中央に別のナメクジ1匹を置いて、どの餌へ向かうのかを確かめた。最初に粘液をつけた1匹と同室で飼育している6匹、別室で飼育している6匹で実験した。
その結果、同室も別室もすべてのナメクジが仲間の粘液を選び、その上を進んだ。同室も別室も粘液の上を進んでそのまま餌までたどり着いた個体が2匹、途中で止まってしまった個体が2匹、Uターンして元の位置へ戻った個体が2匹で、全く同じ結果となった。
すべての個体が必ず粘液の上を進んだことから、ナメクジの粘液には、確実に早く餌にたどり着かせる役割を持つと考えられる。ナメクジが単純に湿った場所を選んで進んでいる可能性を排除するため、水の道と粘液の道のどちらをたどるかも調べたが、一度は水の道を選んでも引き返し、最終的には粘液の道を進むことがわかった。
この実験の前の予備実験は、プラスチックトレイに粘液をつけさせて、その先のにんじんをラップで包み、餌のにおいがわからないようにして行った。するとナメクジは粘液の上を進んだことは進んだが、餌までたどり着ける個体がいなかった。粘液があったとしても、餌にたどり着くためにはにおいが必要なのだと思う。
実験3〜4
実験3
5匹のナメクジを10日間絶食させた後、大葉のにおいで誘い、大葉を食べようとしたところでナメクジが嫌いな苦い青汁飲料をかける。この方法で大葉のにおいと苦い味を関連づける学習をさせ、その後に大葉のにおいだけで嫌がる行動をとるかどうかを検証した。比較対象として、非絶食状態の5匹でも同じ検証をする。
餌向きに個体を置いてもUターンした場合は、その後に迷って食べようとしても「学習した記憶はあり」と判断する。絶食した個体が嫌がる様子を見せずに食べに行ってしまった場合、食べる前に強制的に終了させ、十分な他の餌を与えて再度確認する。再び嫌がらずに食べに行ったら「学習した記憶なし」と判断する。
その結果、非絶食の個体は学習後5日目からは忘れる個体が出てきたが、4日目までは大葉のにおい=苦いと覚えていた。絶食した個体は学習の翌日から、5匹中2匹が嫌がる様子を見せなかった。途中1匹が死んでしまったが、残りの2匹は実験最後の10日目まで嫌がる様子を見せ、記憶を再生できていた。つまり、絶食状態では60%の個体しか学習できないが、学習できた個体は非絶食より記憶が持続するという結果だった。生命の危機を感じるからこそ効率的に生活しなければならず、学習内容を忘れないように徹底しているのだと考える。
実験4
ナメクジは大小2対の触覚(大触覚には目もある)など、その中枢神経組織が損傷、欠損しても、再生させることができる。栄養状態によって、その再生能力に差が生まれるかを調べてみた。1本の触覚を切断した10匹のナメクジを5匹ずつ2グループに分け、片方にはたんぱく質の小魚とにんじんの餌、もう片方にはにんじんの餌だけを与え、再生過程に差がないかを観察する。その結果、どの個体も切除後15日ほどで変化が現れ、たんぱく質のあるなしで再生スピードに差は見られなかった。
今後の課題
今後は実験する個体数を増やし、確実なデータを得られるようにしたい。今回の研究では飼育場所が日中30℃を超え、暑さに弱いナメクジにとって過酷な環境だった。20℃前後の環境で調べれば、結果が変わるかもしれない。秋の産卵についても、調べてみたい。
[審査員] 小澤 紀美子
日本のある年齢層には生息している場所を思い浮かべてナメクジを忌み嫌う傾向にありますが、本論文で①研究目的を具体的に設定し、②そのための研究仮設の設定と、③実験の内容を具体的に設定して、実験・実証にもとづく考察をしていく研究プロセスがとても明快です。ナメクジの粘液の役割・学習能力・再生能力の観点から4 つの実験で確かめるために、①人参が好みでナメクジの粘液で同じモノヘたどり着く、②栄養状態による学習能力の比較でナメクジを絶食させた状況で実験する、③たんぱく質の摂取の有無による再生能力の差を比較検証するなど、実験によって確かめる探究のすばらしさを実感する研究です。
賢い生物としてのナメクジの「生きる知恵」に学ぶことが多くあるのではないかと共鳴すること大です。脳や触覚が切断されてもひとりで再生していくことや学習能力とナメクジが残す粘液の役割など、人間の生活に活かすヒントが多くあるのではないかと推察できます。今後も実験対象となるナメクジの数を増やして新たな知見獲得に挑戦して下さい。
茨城県立並木中等教育学校 教諭 前田 邦明
ナメクジを知らない人はいないと思いますが、どんな生態であるかは多くの人が答えられないでしょう。最初に横川さんからナメクジの研究をしたいと聞いたときは驚きましたが、未知の部分が多い生物だからこそ強く惹かれたのだと思います。食べ物の嗜好や行動パターンをよく観察して丁寧に記録しており、研究対象への愛情を感じるとともに、新しい発見を面白がる姿勢が伝わってきます。さらに、絶食状態による学習記憶能力や栄養状態による触角の再生能力への影響まで調べ、ナメクジの生物として奥深さと魅力を十分に発信できました。移動の経路を記録したり、特徴ある行動の指標を見つけたりすることには困難もあったと思いますが、工夫をしながら粘り強く探究に取り組んで壁を乗り越えています。他に類を見ないこの研究を通して、ナメクジ人気が高まることを期待します。