研究の動機
キバネツノトンボは全国的には珍しい昆虫で、15都道府県でレッドリスト(絶滅危惧種)に記載されている。しかし小美玉市には、場所によって豊かに生息する。小学5年生だった2020年の春、キバネツノトンボの基礎的な生態や生活史がほとんどわからないことを知った。わからないなら自分で明らかにしようと考え、この年からキバネツノトンボを研究対象にした。キバネツノトンボは、アミメカゲロウ目ウスバカゲロウ科ツノトンボ亜科の昆虫だ。トンボではなく、ウスバカゲロウ(アリジゴク)などの仲間。カゲロウ目とも別の昆虫で、不完全変態のトンボやカゲロウと違い、蛹を経て完全変態で成虫になる。体長22~25mmでメスのほうが大きめ。
分布域は多くの文献で本州、九州とされているが、調べてみたところ九州には記録がないことがわかり、生息していないと考えている。茨城県でも生息地は局所的で、消滅した生息地もあり、どこでも見られる虫ではない。絶滅が危惧される昆虫の生態を明らかにすることで、キバネツノトンボにとってどんな環境が必要か、考えていきたい。
2020〜2022年の研究成果
生息期間
成虫が出現するのは4月中旬ごろで、6月下旬ごろまで生息する。オスの成虫が少し早めに出現、寿命はオスが1か月、メスが1か月半〜2か月ほどだ。
成虫の生活・活動
湿気がちな痩せた地面の草地で森林に隣接し、近くに水場がある「3点セットの環境」を最も好む。多数が盛んに飛び交うのは求愛期で、オスは低い高度で飛び、メスを探索する。植物の細い茎などに横から摑まって留まる。飛ぶか摑むかの生活で、平面を歩くことはほぼない。明るい日中以外は飛ばず、活発な活動時間は短い。肉食で、飛んでいる他の小虫を空中で捕らえ、飛びながら食べる。獲物を脚で持ち、回して丸める様子が見られる。その行動パターンから縄張りを持つとは思えない。
羽化
時間は基本的に午前。日当たりのよい草地内、繭のすぐ近くの草木の低い位置まで上がり翅を伸ばす。
交尾と産卵
ペア成立は必ず空中でオスがメスに飛びかかって合体し、ともに地上の草などに下りて摑まり静止する。静止時間は3〜5分ほど。オスが姿を消すのとほぼ同時期にメスの産卵が始まる。立ち枯れた細い草の、人間のひざくらいの高さに、卵を塊で産む。1mmほどの俵形の卵を50〜70個、2列に産みつけていく。
孵化と初齢幼虫
産卵から孵化までは2〜4週間、温度の高い環境ほど孵化が早まる。卵は孵化が近づくと黒っぽくなり、孵化の1〜2日前には凹みができる。孵化するのは基本的に日中、2列の卵塊の外側へ蓋が開くように卵殻が切れ、幼虫が出てくる。殻から出た幼虫たちは茎の上へと移動し、地面のほうを向いて密集する。そこから孵化後1〜3日の間に、生活の場である地面へ落ちる。体の準備が整うと、軽い刺激で散らばるように落ちていく。
幼虫期の生活の解明
2022年までに成虫の生態は、おおよそ把握することができた。羽化の状況を観察することで、その前の蛹の段階の様子も推察することができた。今回の研究はこれまで全く知られていないといえる、幼虫期の生活の解明を目的とする。
解明の方法
自宅での実験的飼育と、フィールド調査から幼虫の生活を解明する。飼育については、近縁種飼育を経験している静岡昆虫同好会の杉本武氏から飼育法を教わり、幼虫を分けていただくなど、多大なご協力をいただいた。実験的飼育は研究初年度から、フィールドから持ち帰った1卵塊を選び、孵化させて試みてきた。
実験飼育の結果
1〜3シーズンの飼育結果
1年目のシーズンは33匹が2020年6月2日に孵化、同じ年の8月中旬までに初齢幼虫のまま全滅した。2年目は31匹が2021年7月1日に孵化、同じ年の8月初旬までに初齢幼虫のまま全滅した。2021年は8月に杉本氏から3齢幼虫を7匹分けていただいて飼育したが、秋のうちに2匹、残りも営繭(繭を作る)前の2022年2月に全滅した。このシーズンに杉本氏が飼育していた幼虫は多数が営繭したが、羽化には至らず全滅したという。
3年目の2022年は23匹を飼育し、翌2023年春の営繭前の時点で10匹(うち3齢幼虫は3匹)が生存していた。2022年12月に杉本氏から4匹の3齢幼虫を分けていただき、合わせて7匹になった3齢幼虫の営繭をうながすため、2023年3月22日にオリジナルの蛹化・羽化用飼育ケースに入れて庭へ出した。その後、隣の土地に除草剤が撒かれ、孵化から自分で育てた3齢幼虫3匹のうち2匹が死んでしまった(除草剤との因果関係は不明)。自分で育てた3齢幼虫残り1匹も7月に死亡、杉本氏からいただいた4匹のうち3匹は営繭したが、羽化しなかった。
大きく育った3齢幼虫
飼育法の変遷
2年目の前半までの飼育は、手探り状態で行っていた。2021年8月に杉本氏から分けていただいた幼虫から、杉本氏のアドバイスで飼育法を変えた。
半透明の円柱型食品保存容器を加工した容器を飼育ケースにし、園芸用の水苔(湿らせない)を容器の半分までふんわりと入れる。爬虫類のエサとして市販されているヨーロッパイエコオロギを別に育ててエサにしたが、幼虫に合ったサイズのものを選んで飼育ケースに入れるようにした。飼育ケースのなかにはヨーロッパイエコオロギ用のエサと水もセットして、生き餌として活動する状態にした。
2021年に自然界の羽化シーンを観察した際、健全な繭は上面がワラで覆われ、枯れ草のだんごのように見えることを知った。また、飼育を続けるなかで蛹化には太陽光を浴びることが必要らしいと気づいたため、アクリル板と網戸用の網で日が当たり風通しのよいオリジナルの蛹化・羽化用ケースを作った。飼育床は土の上にメリケンカルカヤのワラを敷き、立ち枯れ株を植えた。幼虫の飼育はおもに自宅玄関で行っていたが、太陽光の必要性に気づいてから急ぎオリジナル蛹化・羽化用ケースを庭に置き(3月22日)、3月24日に1匹、4月9日に2匹が営繭しているのを見つけた。除草剤が撒かれてからは、車で5分ほどの観察ポイントへ飼育ケースごと移した。繭の様子を毎朝、登校前に観察したが、羽化はしなかった。
庭に置いたオリジナルの蛹化・羽化用ケース
研究の結果
3〜4年目にかけて初めて孵化から終齢まで自分で育て、蛹化までの幼虫期全過程を確認できた。やはり、生態・生活史は同じ科のウスバカゲロウ、なかでも徘徊性アリジゴクと非常によく似ている。幼虫の成長期間は3齢が終齢、2年が標準、栄養状態によっては1年でも羽化に至る。幼虫は草原の地表面で暮らしていると推察され、カモフラージュ材を使うなどして周囲に紛れて潜み、待ち伏せ型の狩りをする。羽化せず死なせたことが非常に悔やまれるが、羽化のポイントが光と水であることも判明した。成長の様子や習性の全容を解明できた収穫は大きい。来期は成虫まで育てて、飼育法を確立したい。
[審査員] 邑田 仁
本研究はキバネツノトンボの生活史についての継続研究の4年目で、3年目の昨年は1等賞を受賞している。今年の論文も昨年に引き続いて新しい発見が示されているし、近縁なツノトンボやオオツノトンボとの比較も登場して、読み応えのあるものになっていることは言うまでもない。論文の「おわりに」に「1つのことを調べると、それが別のことの結果・考察・新たな仮説などにも繋がって広がるのが、とても面白い」と書かれている。これこそが継続研究の大切さであり、研究の進展とともに研究者としての資質を育てる原動力になっているのであろう。しかし、研究を続けていくうえで、試行錯誤の段階の次には、新たな仮説にもとづく実験的な問いかけも必要なのではないだろうか。ファーブルが昆虫達にユニークな問いかけをくりかえしたように。
内山えりか
キバネツノトンボ研究4年目の今季は、昨年同様前年度レポートの中で「今後の課題」の筆頭としたテーマ、ついに、長年研究者の間でも謎のままとされてきた幼虫時代についての報告をまとめることができました。毎年一歩ずつ着実に前進が叶ってきていることは確かです。ただ、何と言っても残念だったのは、ようやく幼虫飼育が軌道に乗ってきて、安定的に育てられるところまで来たというのに、結果、1匹も羽化まで至らせてやれなかったことです。4年をかけてようやくここまで来て、最終的に待つことを断念し繭を切り開いて死んだ個体を確認した彼の悔しさは、筆舌に尽くしがたかったかと思います。でも、うまくいかなかった時にこそ見つかる大きなヒントというものも確かにあり、これが研究を推進する要の力で、それをクリアするのが研究の醍醐味でもあるのだろうと、彼を見ていて感じます。
来季こそは羽化までを、彼の傍らで共に見届けられたらとても嬉しいです。