第42回入賞作品 中学校の部
文部科学大臣奨励賞

水面を逆さまにはうサカマキガイの秘密

文部科学大臣奨励賞

愛和県刈谷市立依佐美中学校 料学部 2年
青木昭伸 他2名
  • 愛和県刈谷市立依佐美中学校 料学部 2年
    青木昭伸 他2名
  • 第42回入賞作品
    中学校の部
    文部科学大臣奨励賞

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研究の動機

 僕の家では数年前から大きな水槽でキンギョを飼っています。その水槽の中に、小さな黒い貝がけっこうたくさん入っているのに気づきました。
父に聞いてみると「タニシじゃないかな、水草についていたのが増えたんだろう」と教えてくれました。水槽のガラス面をはう様子がおもしろいので、しばらく観察をしていると、水面に1匹浮かんできたので、死んでしまったのかと思いよく見てみると、なんと、水面に逆さまにはりついてはっているではありませんか。びっくりして、よく観察しましたが、まさに「水面を逆さにはう」ことをしていました。この貝を学枚に持っていき、科学部の2人に実際に見せてみると、「どうやって水面をはっているんだろう」と議論になり、おもしろそうだから詳しく研究してみようということになりました。
 なお、この貝は調べてみたところタニシではなく、サカマキガイであることが分かりました。

研究の目的

(1)あれっ!タニシじゃない

 タニシと思いこんでいた僕たち3人は、インターネット、書籍で徹底的に「タニシ」について調べました。 調べていくうちに、本当にタニシなのかという疑問がわいてきました。
理科の見鳥先生が「その貝はサカマキガイじゃないか?貝の殻の巻き方で分かるぞ」と教えてくださいました。確かに普通の貝と違う左巻きの、サカマキガイであることが判明しました。

(2)サカマキガイを捕まえろ

「サカマキガイ」について、インターネット、書籍で調べたところ、次のことが分かりました。
ヨーロッパから入ってきた。
昔多くいたヒメモノアラガイを駆逐して増加した。
貝の殻は左巻き。
えらがなく、薄い外套膜を通して水面に出て直接空気呼吸を行う。
雌雄同体
汚れた水にもよく適応して生活する。
繁殖カが強く冬季を除き1年中産卵する。
寿命は約1年と言われている。
 僕たちは、「汚れた水にもよく適応する」というところから、学校付近のどぶ、用水、池など水のあるところを探してみました。
すると、苦労することなくサカマキガイを見つけることができました。
水が干上がってしまうところにはいませんが、水がずっとたまっているところで
かなり汚いどぶで見つけました。

(3)23年前の研究の分布と今を比べて

 サカマキガイの先行研究を調べたところ、本校の23年前の研究に「サカマキガイの生息地と生態について」がありました。
酸、アルカリ、農薬、塩分に対する反応など興味深い内容でしたが、「逆さまにはう」
秘密については研究されていませんでした。
研究で特に興味を引いたのが、23年前の依佐美中学校区のサカマキガイの分布です。
僕たちは早速、23年前の分布図をもとに、現在の分布図も調査の上作成しました。
23年前   現在
23年前   現在
図1  サカマキガイのいる用水・どぶ・川
比較して次のことが明らかになりました。
23年前の方が、分布範囲が広い。これは細かい溝やどぶが多かったためと考えられる。
23年前の地図では、分布が広い丸で囲まれているが、現在では限定された溝、どぶ、用水などの線で表した方がより正確である。

(4)どんなときにサカマキガイは水面をはうか?

観察を続けたところ、次のことが分かりました。
好きこのんで積極的に「はう」わけではない。
壁面をはっていてときどき、水面を通って別の壁にはって移動する。
貝を浮かせて水槽の真ん中に浮かべるとやがて足を水面にくっつけてはい、
壁にたどり着いて、壁にくっつく。
エサなどを水槽の真ん中に浮かべておくと、はって近づいてきて食べる。

(5)水面をはうスピードは?

10回の計測の結果、サカマキガイは平均して、5cmを約33秒ではっていることが
分かりました。これは水中内のガラスに張り付いて移動する時の平均約 42秒より速く、
ガラスに張り付いて移動するより、水面を移動する方が、何らかの理由で時間が
かからないことが分かりました。

(6)図鑑、書籍から

 サカマキガイが「逆さまにはう」習性があることは書かれていましたが、そのメカニズムまで解説してある本は1冊もありませんでした。
改めて自分たちで調べてみたいという意欲が高まりました。
これまでの観察から気付く重要なこと
水面を逆さまにはっているサカマキ方イを、つっついても簡単に沈まない。
足を水面から離しても、浮いている。
浮いているサカマキガイを、つっつき回すと、泡の粒を出して沈むことがある。
ただし、いくらつっつき回しても沈まないこともある。
水面を捕らえている足は、吸盤の腹のようにそっている。
水面をはう足の裏を観察していると、足の右真ん中付近に呼吸と思われる穴があく。
えさを求めているように、口を常にぱくぱくさせて、はっている。
浮いた状態から、体をひねり、足を水面にくっつけ、充分水面を捕らえたところで、
動き出す(はい出す)
図2
図2 水面へのはりつき方
研究の実際0水面に足をはりつけるメカニズム

(1)他の淡水の貝でも水面を逆さにはうか?

 学研の図鑑「飼育と観察」によると、タニシなども小さなものは水面を逆さまにはうと書いてありましたが、何度水面に浮かべようとしても、タニシは沈んでしまいました。
観察した範囲内では、水面を逆さまにはうことができる貝はサカマキガイだけでした。

(2) 仮説1

アメンポが水に浮くのと逆で、水の表面張力により、足がはりついているのではないか

実験1 表面張力を卵の黄身で下げてもサカマキガイは逆さまに張り付けられるか

 表面張力を下げるものとして、界面活性剤を理科の安田先生に教えていただきました。
食品に含まれる界面活性剤で水の表面張力を下げることにしました。その1つとして卵の黄身を逆さにはっている足に垂らしてみました。
するとサカマキガイの足は水面から離れて、くっつけなくなりました。 一度卵の黄身がついてしまうと、何度足を水面につけようとしてもつけることができませんでした。

写真1
写真1 黄身を垂らしてはがれた足

実験2  牛乳をサカマキガイの足に垂らすとどうなるか
 牛乳でも黄身のときと全く同じように、足がぱっと離れることが分かりました。
実験3  表面張力の小さな油・アルコールを垂らすとどうなるか
 「界面活性剤を使わなくても、水以外の液体を使えば、表面張力は小さくできるよ」と神谷君が言ったので、別の液体でもやってみることにしました。
水の半分以下の表面張力の油、アルコールを足に垂らしたところ、実験1・2と同じく足が水面から離れるという状態になりました。
実験1,2,3からの考察
 水の表面張力により、サカマキガイの足は水面にくっついていることが分かりました。表面張力も「逆さまにはう」理由の一つに入ることが分かりました。しかし、足が水面から離れても浮いている理由は、表面張力では説明がつきません。足が離れてもサカマキガイが浮く理由について考えることにしました。

(3)仮説2 サカマキガイの密度は限りなく水と同じ1に近いため、足が離れても沈まない

実験4  サカマキガイの密度を測れ

 サカマキガイの質量と体積を調べ、密度が1に近いかどうか測ってみました。
サカマキガイ1匹では測りにくいので、10匹一度に調べました。

写真2   写真3
写真2   写真3
貝の密度はほとんど水と同じ
 密度はほとんど1であることが分かりました(表1)。
しかし、サカマキガイは結局は沈んでしまうため、密度は1よりわずかに大きいということが言えます。ただ、実際に沈めようとすると、サカマキガイはぷかりと浮いてしまい、なかなか沈まなくて、まるで浮き袋を持っているようでした。
タニシの密度は?

 対比するために、タニシの密度も測ってみました。逆さにはうことをしないタニシは、
サカマキガイより 明らかに密度が大きかったです(表1)。

表1 タニシとサカマキガイの密度(6回測定平均)
表1


発見1  
実験・観察を繰り返しているうちに、
「急上昇するサカマキガイ」・・・水底をはっている状態から水面まで一気に上がる
「急降下するサカヤキガイ」・・・水面から水底へ落ちる
を発見しました。
サカマキガイは自分の意思で急上昇や急降下ができるようにみえました。

 

発見2  
水面から足が離れてもなかなか沈まないサカマキガイを沈める方法を発見しました。
貝を持って体をつっつくと、貝の中に体が全部引っ込み、貝の横から空気の泡を出して
沈みました。

 

発見1・発見2より次の仮説を立てました。

(4)仮説3 体内にある空気を浮き袋にして体を水面に浮かしている

解剖で浮き袋を探せ サカマキガイの解剖図はどの図鑑にものっていませんでした。
そこで実際に解剖してみました。体長15mmのため、袋らしきものがあるのですが、
断定することは難しいと思いました。
水面をはうサカマキガイに見える黒い袋解剖ではっきり空気の袋は確認できませんでしたが、水面をはうサカマキガイをよく見てみると、足の裏の貝の中の方に黒くて丸い袋が見えることが分かりました(写真4)。これが空気の袋ではないかと考えました。
また、体の横にひらく空気を取り入れる穴はこの袋につながっていました。
大発見
これだけ大きな袋なら、貝殻の上からも見えるかもしれないと、強い光を当ててみると、
何と、サカマキガイの殻を通して巨大な空気の袋が見えました(写真 7・8)。
ここに空気をいっぱいためて水に浮くに違いないと、僕たちは確信しました。
急上昇の秘密 観察により、壁に張り付いていて、足を離すことによって殻の中の空気で
浮かび上がるということが分かりました。
したがって、一度空気の袋から空気を出してしまうと、水面に出て、体の横の穴から空気を取り入れないと浮くことができませんでした。
    写真4
写真6
写真
写真5
写真7
写真8
急降下の秘密
殻に体をしまい込み、殻の中の空気を出すことによって水面から急降下できることが
観察できました。以上の追究により、仮説3は正しいことが証明されました。

(5)仮説4 足の裏から出るねばねばの粘液が水面にはりつく助けをしている

サカマキ方イの足裏を観察すると、つやつやぴかぴかしており、粘液を出していることが分かりました。 この粘液があることにより、表面張力を高めているのではないかと予想されました。
実験5
水と水にグリセリンを混ぜたものを用意して表面張力を調べてみました。
グラフ1 自作表面張力測定器による
表面張力の測定(持ち上げる力)
グラフ1

  写真9・10
写真9・10
やはり、水にグリセリンを混ぜたものの方が、表面張力の高いことが分かりました。
仮説4は正しいと言えます。
研究の実際0水面に足をはりつけるメカニズム

(1)推進力を生む可能性

足の横を波立たせて水をかいている。体の横の水を流している
足の後ろから何らかの方法で水を噴出している。
(水をどこからどうやって取り入れて、どこからどうやって噴出しているか)
足裏で水面をけっている。(けるためにはサカマキガイの体と水面の間に水か粘液がないと腹足でけることができない)

(2)仮説1 体の横の足を波立たせて水をかいている

実験6
サカマキガイの体の周りの水の流れをけるために、赤インク,食紅を水に流しましたが水に溶け込んでしまいました。 次にチョークの粉を使いましたが、沈んでしまいました。
米の粉を水に浮かべ、サカマキガイをはわせてみると、口をしきりに動かして食べながら
進みました。
そこで、ペットボトルのふたを 細かく削ったプラスチックの粉と発泡スチロールの粉を
用意して、水の流れをつかむことにしました。しかし、サカマキガイの体の横の水は、
少しも動いていませんでした。仮説1は否定されました。

(3)仮説2 水を足裏に取り込み、足の後ろから噴出している

プラスチックの粉の場所を水槽の壁面からの距離で計ったところ、サカマキガイが通り過ぎる
前と後で、場所が変わっていないということが分かりました。仮説2は否定されました。

 

ずっとサカマキガイの逆さ歩きを観察してイた柘植君が「歩いているサカマキガイを動けなく
したらどうなるだろうか?」と言い、僕たちは割り箸でサカマキガイを捕まえました。
すると驚いたことに、水の流れができあがりました。

写真11
写真11 水の流れができた

 

やはり足の裏の筋肉で水面をけっていたんだ!
サカマキガイにとって水面は地面と同じで、逆さまにはっているときには
水面は動かなかったようです。

 

大発見 
サカマキガイがはった足の後ろの方をスプーンでつっついていると、
粘液の糸が伸びていました。しかも、その粘液の糸は、サカマキガイがはった後、
7cmほども伸びることが分かりました。

 

このことから、僕たちは次のように結論づけました。
サカマキガイは、水面を直接けるのではなく、 自分が出す粘液のじゅうたんを足裏でけって前に進んでいる。だから直接けられていない水面は動かない。
ただし、体を押さえると、足裏がける力の方が強くなって水の流れができる。

写真12
写真12 粘液の糸

結論
サカマキガイは、体の密度が、水の1g/cm3に近く、少しの浮力で浮くことができる。
空気の袋である肺を持ち、その中の空気を出し入れすることにより、
浮いたり沈んだりできる。
水面を逆さにはうときは、空気の袋を膨らまして水面に浮く。
そして粘膜に覆われた足で、表面張力により、水面に足をぴったりはりつける。
体から出す粘液のじゅうたんをけって堆進カを作り出し、前へ進む。
実験を終えて
 家の水槽の中で見つけた小さな貝が、学区のいろいろな溝、どぶ、用水にたくさんいて、
その貝が「水面を逆さまにはう」巧みなメカニズムに僕たちは、本当にびっくりしました。
 汚いどぶの水の中でも、水底から水面へ、水面をはったり、そしてまた水の底へと急降下
したりずるサカマキガイに、自然の中で生きる小きな命のたくましさも感じました。
 身近に生活している小さな命にも、たくさんの不思議なメカニズムがあり、僕たちの知らないことが、たくさんあることを知りました。
今後も、身近な自然に生きる生物に目を向けて研究することができたらよいと思います。

指導について

指導について愛知県刈谷市立依佐美中学校 小川 明宏

この研究は。水槽の中の小さなサカマキガイの不思議な生態に、青木昭伸君が着目したことから研究が始まりました。タニシという貝については生徒3人とも少しは知っていましたが、サカマキガイについては知りませんした。
そこで、まず学区内のサカマキガイを捕まえてみました。
用水やとぶなど、とても身近なところにたくさんのサカマキガイがいることに生徒も私も驚きました。 3人でサカマキガイの動きを、何時間も観察し、[1]水面に足をはりつけるメカニズム、[2]水面を移動するメカニズムの2つに分けて追求をしました。
青木昭伸君は、サカマキガイの生態や小さな体のつくりをとらえる顕微鏡撮影や接写などを巧みにこなし、生態を詳しく観察できました。
神谷将史君は発想が独創的で実験方法もいろいろ考え出しました。また、研究でのスケッチはすべて将史君が描きました。
柘植卓君は、実験への取り組みがていねいで着実なデータをとることができました。
この3人の個性と努力で1つの研究を創り上げることができました。
3人とも中学2年生なのでこの受賞の喜びを励みに、さらに科学と自然を見つめる目を伸ぱしていけるとよいと思います。

審査評

審査評[審査員] 金子 明石

この研究は偶然の発見からスタートしています。
私が小学生の頃、水にすむ生きものを手当たり次第に飼育していました。
その時に水生巻貝の中に水面をさかさに浮いて移動するのを見た記憶が、この作品に出合って、よみがえりました。 私はこんなことする巻貝もあるんだなとそのままにしてしまったのですが、青木君、神谷君、柘植君の3名の中学生はちがっていました。
この不思議な現象を解明しようと様々な実験をやっています。
最初は何故浮くのかについては、浮くサカマキ貝は、浮かないタニシよりも水の比重1に近いこと表面張力も利用していること、浮き袋があることを解明しましたね。
次にどうやって進むのかについて調べています。 特にこの実験観察で推進の方法を苦労して
見つけだしたことがすばらしいと思いました。
 いくつもの仮説をたて、それをひとつずつ実験観察によって解決していくことは、科学的アプローチそのものです。

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