研究の目的
小学3年生の時から、ナミアゲハの幼虫を家の玄関で飼育している。ナミアゲハの幼虫はサナギになる直前に液状便(消化管に残る老廃物をすべて出す、以下ガットパージと呼ぶ)をし、木を降りサナギになる場所を探しに出発する。場所を探して一生懸命歩く様子は、胸にぐっとくるものがあり、無事にサナギになってほしいと願う。しかし幼虫たちは隠れて歩くのがうまく、いつも見失う。サナギになる場所は予測不可能ともいわれている。
玄関の幼虫がサナギになる場所を探す時、外へ出られないと天井や机の脚、格子戸のすき間などでサナギになっていた。玄関が開いていたり、ちょうど見つけたりして外の地面に置くと、どの幼虫も必ず木や草のほうへ行き、家へ戻る幼虫は1匹もいなかった。それを見て、幼虫は行きたい方向があるのではないかと思った。場所の選び方は予測不可能ではなく、習性があるのではないか。あるならば見つけたいと、実験をすることにした。
実験1〜3
実験1〜3で調べたこと
実験1〜3では幼虫は行きたい方向を「色で選んでいるのか」「材質や高さで選ぶのか」「明暗で選ぶ可能性はあるのか」について調べてみた。実験1は縦30cm×横21cmほどの黒、赤、緑、青、黄の色画用紙を、草むらに横一列に立てかけて並べ、ガットパージをした幼虫を画用紙から50cm離れた場所に置いて自由に歩かせてみた。実験2は、高さ70cm×幅10cm×厚さ1cmほどの木の板を草むらに立てかけ、ガットパージをした幼虫を50cmほど離れた場所に置いて自由に歩かせてみた。実験3は内部が明るい木の箱と暗い木の箱を壁の横に置き、ふたつの箱から均等に20cmほど離れた場所からガットパージをした幼虫を歩かせた。
実験1〜3の結果
実験1の結果、幼虫は画用紙を避けるように草のほうへ歩いて行った。実験2の板には幼虫は昇った。最も高い地点まで昇って何かを探すようにしていたが下へ降り、再び昇って地面へと降りてしまった。実験3のふたつの箱に幼虫は入ろうとせず、箱の前を沿うように壁のほうへ歩いて行った。幼虫は、色や明暗だけで行く方向を選んでいないのかもしれなかった。
実験4〜6
実験4ではまず、ほぼ同時刻(前後30分)にガットパージをした幼虫2匹(R1号、R2号と命名)を家の軒下に置き、自由に歩かせるとどう行くかを調べた。家の壁から草むらまで2mの軒下で、壁が左、草が右にある地点から2匹並べてスタートさせた。すると2匹とも壁のほうへ歩いて行った。再度、スタート地点に戻しても調べたが、全く同じ進路を通って壁へ歩いて行った。
そこで実験5では、幼虫は一度自分の通った道が分かるのかを調べてみた。実験4とは別の個体(R3号)がR2号の100分後にガットパージをしたので、実験4と同じ位置から自由に歩かせてみた。前の2匹と同じように壁へと歩いたので、再度スタート地点に戻して観察したところ、やはり全く同じ道を通って壁へ向かった。ただ、R3号のスタート地点をR1号2号の中間にしたせいか、3匹は同じ方向へ向かったものの、それぞれ違う進路をたどった。このことから、幼虫は自分の通った道と他の幼虫が通った道を、区別しているのではないかと思った。
そこでR3号の30分後にガットパージをしたR4号を、R3号のスタート地点に置いて自由に歩かせてみた。するとR3号の道から外れ、逆方向の草むらへと向かった。この結果から、幼虫は移動する時にガのフェロモンのようなものを出していて、他の幼虫が通った道をあえて避けていると考えた。R4号の19時間25分後にガットパージをしたR5号をR3 〜4号のスタート地点から歩かせてみると、R4号とは違う進路で草むらのほうへ向かった。さらにR5号を壁へ向けて置いてみると、Uターンして1回目の自分の道をたどり、草むらへ向かった。幼虫が、自他の進路を把握しているのは明らかだと思われた。
ナミアゲハの幼虫は歩く時に糸を吐き、その上を歩くといわれている。糸に個体のにおいがついていて、においを頼りにしているのだろうか。実験6ではガットパージをした幼虫7匹を黒い画用紙の上を歩かせ、糸を吐いているのかどうかを観察した。すると頭を振らず速く歩く時は、糸を吐いていなかった。頭を振ってゆっくり歩く時は糸を吐いていた。観察した7匹はすべて、黒い画用紙に置いた直後の10秒ほどに糸を吐いていた。
実験7〜9
実験7では越冬する幼虫がどんな場所で落ち着き、サナギになるのかを調べた。実験3で使ったふたつの木箱をくっつけて並べ、箱と箱の間に3cmほどのすき間ができるようにし、ガットパージをした幼虫をひとつの箱の上面に置いた。すると幼虫は箱のすき間の下のほうへ移動し、そのまま外へ出ようとしなかった。しかしひとつの箱をどけ、すき間がない状態にすると、幼虫は落ち着かず箱から降りようとした。サナギになる時の幼虫はすき間と安定した木、薄暗い場所を好むのかもしれない。
それを裏付けるために実験8では、ベニヤ板にガットパージをした幼虫をのせ、幼虫が裏側になるように壁に立てかけてみた。薄暗く安定した木のすき間にいる格好になった幼虫は少しウロウロしたものの、外へは出てこなかった。ただ、ガットパージをした直後の幼虫は、同じ実験ですき間から外へと出てくることが分かった。
実験9では、ガットパージをした10匹の幼虫を対象に、進路が壁と草に加えて、木(高さ約2mのしゅろ竹)、庭石、庭木の選択肢がある場合、どこへ行ってサナギになるのかを調べてみた。すると、10匹すべてがしゅろ竹へと向かい、なるべく他の個体とは距離を置くようにサナギになった。ナミアゲハには、縄張りがあるようだ。雨天に2匹で同様の実験をしてみたが、その時はしゅろ竹より近場の低い場所で前蛹になろうとした。しゅろ竹はそれなりの高さもあり、枝がそれほど混み合わず、羽化にも適しているので選ばれたのではないか。雨の日は短時間で場所を選んでいるのではないかと思う。
今回の研究でわかった幼虫がサナギになる場所を見つける概要図が、下の図だ。
[審査員] 木部 剛
3年生のときから続けているナミアゲハの研究です。これまでの飼育観察の経験から、幼虫が蛹になる場所をどうやって見つけるのかに興味を持ち、実験を通して明らかにしようとしています。幼虫から蛹に変化する際の液状便排出(ガットパージ)のタイミングに注目し、ガットパージ後の幼虫が、におい、明暗、色、音、対象物の高さ・形等の何かを感じて行きたい方向を選んでいるのではないかと考えさまざまな実験を行いました。これらの実験の結果を進める中で次なる疑問が生じ、幼虫がどこを通るのか、自分の通った道を認識するのかについても実験的に明らかにすることを試みました。また、最終的にどのような場所で蛹になるかを実験的に調べた結果、すべての幼虫がシュロチクのそれぞれ別の稈で蛹になりました。これらの結果から、ナミアゲハの幼虫は他の幼虫が通った道を何らかの物質で認識しそれを避ける行動をとることで、結果的に蛹化場所が分散したと考察しました。この研究では、自然の状態の観察から生じた疑問を、さまざまな視点の実験を積み重ねることで粘り強く明らかにしていこうという姿勢が高く評価されました。新たな疑問も湧いており今後の研究に期待します。
藤岡充代
恩師から教えて頂いた「よく見て考えて、自分から見つけていこうとする力をつける」を念頭に、自然に向き合うようにしてきました。本研究における飼育や実験の環境は、少しでも自然に近い状態でできるよう、試行錯誤を続けました。屋外の飼育は蜂や鳥に食べられてしまって断念し、幼虫のいる枝や植木鉢ごと玄関に置き、昼間は戸を開放して飼育しました。
興味は沢山あったのですが、幼虫は家族の一員になっていたため、標本を作る等の実験はできないと本研究を行いました。各実験において、写真やビデオは撮影していたのですが、自分でよく見て表現させたかったので、あえて手書きやスケッチで纏めました。
幼虫を飼育して実験や観察を行って5年になりますが、研究を続けるために、必要な食草の木を畑や庭に植えるなど、家族も沢山協力してくれました。多くの先生方にも支えて頂きました。皆様のおかげでできた研究です。心から感謝を申し上げます。