研究の動機
小学3年の冬(2006年12月)に、妹の通う「日東保育園」に1羽のツバメがいた。なぜ寒い時期に日本にいるのか不思議に思い研究を始めた。
これまでの研究
一昨年(2009年)までの研究
繁殖中のツバメの巣が、スズメに横取りされることがある。保育園の大きな鳥小屋のえさを求めてスズメが集まり、営巣場所の不足からツバメの巣を利用するのだ。しかし、すべてのツバメの巣が横取りされたわけではない。繁殖に成功したツバメのペアもいた。保育園の独特な環境で繁殖に成功するには、次の4つの条件が必要だ。
①オスが抱卵すること
②オスが攻撃をすること(最低限必要な攻撃は警戒・威かく・追い払い・追いかけ)
③巣を空けている時間を30%以下にすること
④巣立ちに必要なえさをヒナに与えることだ。
昨年(2010年)の研究
昨年、保育園で繁殖したツバメのペアは1組だった。5回営巣し、造巣期・抱卵期・育すう(育雛)期の途中でスズメに卵やヒナを巣外に落とされ、最後の5回目にようやく繁殖に成功した。しかし4条件のうち④の「巣立ちに必要なえさをヒナに与えること」しか満たしていなかった。成功には「スズメとの関係」があった。ツバメの5回目の巣の近く(2~3m)には、スズメの巣が2個あった。2組のスズメはスズメの中でも特に力が強く、他のスズメは近づけなかった。ツバメは、スズメ社会の中で優位なスズメペアの巣の近くで営巣することで、繁殖に成功することが分かった。
今年(2011年)の研究
一昨年と昨年の研究結果を検証するために保育園でデータを取っていたところ、今年で4年連続帰って来ていたツバメのペア「ブラック・ペア」のメスが繁殖期間中に、今年初めてやって来た別のオスとペアになったことが分かった。繁殖期のオスの行動を比較することで、つがいのメスがオスを替えることがあることを明らかにする。
【目的1】
「ブラック・ペア」のオスの2008年から2011年までの繁殖期の行動を比較し、その変化を調べる。
《観察対象》
保育園で今年、最終的に繁殖をしたツバメのペアは2組。「ブラック・ペア」と「ホリグオ・ペア」だ。「ブラック・ペア」のオスは「ブラック君」、メスは「ブラックちゃん」、「ホリグオ・ペア」はオスの「ホリグオ君」と同じメス「ブラックちゃん」だ。
個体識別
「ブラック君」は、胴の後ろ2/3にくっきりと黒く太い線(ブラック)が入っている。さらに胸の黒い毛の中にブーメラン型の赤い色が入っている。「ブラックちゃん」もメスとしては珍しく、同じ胴の部分に黒い線が入っている。「ホリグオ君」は、胴に模様がなくて白く(ホワイト)、胴の後ろ2/3に薄い灰色の毛があり(リトル、グレー)、オスとしても長い尾(オ)をもつから「ホリグオ」だ。
《分析方法》
繁殖期の5ステージにおける行動と一腹卵数、巣立ち個体数の結果を加えた、次の7つを分析項目とした。
①造巣期:とくに巣が完成してから産卵までのオスの行動を対象とした。観察中の「巣にとまる」「スズメへの攻撃」「巣を不在にした」の各時間の平均値を1時間あたりの割合でグラフに示す。オスの攻撃行動の「追い払い」「追いかけ」「体当たり」は時間が短いので、1回の攻撃時間を10秒間として計算する。
②産卵期:最初に卵を産んでから「止め卵」(最後の卵)を産むまでの行動が対象。
③抱卵期:「止め卵」を産んでから卵がふ化するまでの行動が対象。
④育すう期:ふ化してからヒナが巣立つまでの間の行動が対象。
⑤家族期:ヒナの巣立ちが成功したか、失敗したかを○×で示した。
⑥一腹卵数:メスが1回の繁殖で産卵した卵の数。
⑦巣立ち個体数:巣立ちに成功したヒナの数。
スズメへの攻撃7パターン
①体当たり②追い払い③追いかけ④プレッシャー(スズメの見える屋根の位置に降り、プレッシャーをかけて、縄張りへの侵入を防ぐ)⑤警戒(電灯や柱、換気扇などにとまって警戒する)⑥威かく(大きく激しく鳴いて、巣に近づかせない)⑦巡回(鳥小屋や桜の木などの周りをグルグル見回って飛ぶ)
《結果》
2008年の巣⑦は、造巣期から育すう期までの不在割合が30%以下だった。スズメへの攻撃行動は造巣期60%、産卵期68%、抱卵期64%、育すう期62%と、どの繁殖ステージでも高値を維持していた。各ステージで攻撃7パターンのうち6パターンが認められ、最低限必要な「警戒」「威かく」「追い払い」「追いかけ」が確保されていた。産卵期と育すう期には最も強力なダメージを与える「体当たり」が確認された。「プレッシャー」が各期で20%前後と高値だった。さらに抱卵と給餌行動を行い、保育園で繁殖に成功する4条件を満たしていた。
2009年の巣③は、造巣期で「不在」が34%とやや高いが、攻撃が63%、産卵期で
も63%と、両期とも攻撃7パターンが認められた。抱卵期では「不在」が2%と低く、攻撃が77%とかなり高値だった。その一方、育すう期では「不在」が88%、攻撃がわずか0.3%と、まったく異なるパターンを示した。巣を長期に不在にしたことが育すう期で失敗した直接的原因であるが、「プレッシャー」の割合が低く、スズメからの攻撃を防げなかったことも要因だ。巣③は2008年の巣⑦と位置環境が似ており、それだけに2008年と同程度の「プレッシャー」が必要だった。
2010年の巣⑧は、巣から見える遠くの電線にいる行動を「見守り」としたが、これを含めなければ83%~92%の「不在」となった。ヒナを養育する行動以外は、攻撃行動も見られなかった。こうした場合でも、繁殖に成功したのは、近くに力の強い2組のスズメの存在があり、他のスズメが近づけなかったからだ。
2011年の巣⑦では、「不在」が造巣、産卵、抱卵の各期で71%、72%、85%と高かった。攻撃では産卵期の27%が一番高く、抱卵期の11%が一番低かった。攻撃内容も乏しく、抱卵期では最低限必要な4攻撃も見られなかった。造巣期から最後まで繁殖活動量が小さく、スズメの攻撃を防御できなかった。
【目的2】
今年(2011年)の「ブラック・ペア」のオスと、替わった別のオスの繁殖期の行動を比較し、違いを調べる。
《結果》
「ブラック・ペア」は3回目の営巣でようやく育すう期まで行ったが失敗し、その後も3回造巣するがいずれもスズメに取られた。巣⑦では不在時間が長く、攻撃行動が少なく、結果的に繁殖活動に消極的なかかわりしかできなかったため繁殖に失敗した。
一方、「ホリグオ君」が営巣した巣⑲は、造巣期から育すう期までの不在割合が30%以下(最低が抱卵期の8%、最高が育すう期の28%)だった。造巣期では攻撃が73%と高く、中でも「警戒」が47%と高値だった。攻撃内容は6パターンが認められた。産卵期では48%が巣にとまっており、強い警戒が見られた。抱卵期では67%の攻撃中、「警戒」が59%の高値を示し、25%が巣にとまっていた。連日の猛暑で、最高気温も37℃を記録した気象状況の中、抱卵する必要がなかったと考えられる。育すう期でもやはり、攻撃53%のうち「警戒」が48%と高かった。造巣期にスズメへの攻撃に成功してから、巣から離れずに警戒を続けていたことがスズメの侵入を防ぎ、繁殖の成功につながった。
考察
「ブラック君」は2009年以降、毎年段階的に繁殖の活動量が落ちて来ている。「ホリグオ君」の方は不在が少なく、繁殖のための行動量が圧倒的に多い。3回目の営巣で失敗した「ブラック君」は、さらに3回続けて失敗した。「ブラックちゃん」は「ブラック君」とのつがいを解消し、「ホリグオ君」との形成を選択した。つまり、オスは繁殖期に頑張らないといけないのだ。これは保育園で繁殖に成功するための4条件を支持する。ツバメは“一夫一婦制”の鳥であり、メスは1シーズンに2~3回の産卵をする。1回だけの産卵ならば繁殖期の途中でオスを替えることはない。ツバメは多回産卵するため、今回の「ブラックちゃん」のように再び新しい巣を作り、オスとの関係をリセットすることができたと考えられる。
審査評[審査員] 小澤 紀美子
小学校3年生からの4年間の研究を継続させ、中学校1、2年での観察結果の作品です。第51回では1等賞で、引き続き今回の受賞となりました。おめでとうございます。
本研究は、4年間の観察で、ツバメの抱卵、育雛の過程でスズメに繁殖中のツバメの巣が横取りされることに気がつき、繁殖に成功しているペアの4条件を明らかにしています。さらに営巣の1組のつがいのオスが連続4年間のペアと別のオスであることに気づいて、オスの行動を今までの観察結果と比較して、メスが繁殖期間中にオスを入れ替えていることを明らかにしています。繁殖ステージ毎に観察・整理し、以前のオスとの行動を比較すると、活発な繁殖行動ができ、抱卵をし、スズメを攻撃、不在が少ないことを発見し、繁殖期間中にツバメのオスが変わり、生き物の命のつなげていく仕組みを明らかにしています。丁寧な観察と粘り強さは、これからの学校での学びだけでなく、様々な場面で活かされていくと思います。
指導について藤原岳自然科学館運営委員 清水 義孝
野々君と出会ったのは2008年の自然科学研究の仕方を聞く会でした。話を聞くと、研究テーマはツバメとスズメの繁殖行動を動物行動学の視点で解明しようとするものでした。そこで、行動を研究するには、個体識別が重要であること、行動を幾つかのパターンに分けて数値化することなどの観察方法を伝えました。2009年、2010年のデータからは興味深い結果が得られ、2011年は、繁殖期間中であってもツバメの雌は雄を取り替えることを示唆するきわめて興味深い内容でした。しかしこれらの結果は、偶然、学習、潜在能力などの観点から検証する必要があります。研究を継続し、群集行動学の視点でツバメとスズメの生態を明らかにしてもらいたいと思います。