研究の動機
スギの花粉で、目のかゆみや鼻水に悩まされている人がたくさんいます。スギの木の近くを通ると、黄色い粉のようなものが、煙のように周りに飛び出しているのを見ることがあります。スギ花粉の形や色、習性、スギ花粉がどのようにして飛んで来るのか、目や鼻に入るとどんな変化をするのか、調べることにしました。
スギ花粉について
◇顕微鏡による観察
スライドガラスに水をたらし、そこに花粉を落とした。丸い形、黒っぽい色をしている。
◇飛散状況調査
日本では2月の終わりから4月初めにかけて、たくさんのスギ花粉が飛ぶ。学校の敷地内で、どのくらい飛んでいるのか調べる。
《方法》
スライドガラスに、食用の油を綿棒などで薄くぬる。これを木の板にとめて、学校の敷地内のいろいろな場所に置く。半日ほどしたら回収し観察する。調査は3月12、15、19日の3回行った。さらに春休み中(~4/11)は、それぞれ自分の家でも調査した。
《結果》
3月初めから中ごろにかけて、花粉がたくさん飛んでいた。雨の日は飛ぶ量が少なかった。高い場所の方が多い。3月後半に少なくなり、4月になると飛ぶ量は減った。
◇人体への影響
スギ花粉は目や鼻の粘膜などに付くと、花粉が割れて中からアレルギーの原因となる物質が出てきて、目のかゆみや鼻づまりを起こすという。どのようにしたら割れるのか(割れないのか)実験した。
【実験1】
水と食塩水にスギ花粉を入れて2分後、4分後、6分後、10分後の変化を観察した。
《結果》
水では2分後から割れ出し、10分後にほとんどが割れた。食塩水では、濃度が高いほど割れにくい。濃度1、2、3%は2分後に割れ、その後もさらに割れ出した。濃度4、5%は4分後に割れたが、その後の変化はなかった。
《考察》
人の目には涙があるが、塩分濃度が低いので、花粉が侵入すると割れてしまうのだ。
【実験2】
いろいろな種類の目薬で調べた。
《結果》
白内障用の目薬にスギ花粉を入れた場合、10分たっても割れた花粉はなかった。効果は大だった。角膜・結膜炎用の目薬では、5分後以降、半分ほど割れた。効果はもう少し(小)だ。疲れ目用の目薬では、10分後に割れたが、数は非常に少なかった。効果は大だった。花粉対策用の2種類の目薬では、ともに5分後に割れ出した。一方はその後も割れて、効果は小だった。もう一方は割れた花粉は少なかったが、効果は中だ。
《考察》
白内障用の目薬が一番、スギ花粉が割れるのを防いだ。疲れ目用の目薬も、かなり防いでくれた。花粉対策用の目薬では、十分に防ぐことはできなかった。
【実験3】
点鼻薬で調べた。
《結果と考察》
一般の普通点鼻薬は、花粉が割れるのをかなり防いでくれた。花粉対策用の点鼻薬(1種類)は、予想外に割れが多く、成果は出なかった。
いろいろな花の花粉
スギ花粉の観察をきっかけに、たくさんの花の花粉を調べることにした。
《方法》
学校や家の庭、道ばた、公園、池や小川の岸辺で咲いている花を採取し、花粉を顕微鏡で観察して、スケッチする。花粉の色や形、大きさ、分かったことなどを記入する。
《結果と考察》
3月から8月までに咲く、100種類の花の花粉を調べた。形によって、大きく6種類に分類した。
《気づいたこと》
1.花粉の形で多いのは球形(まる形)と米つぶ形(たまご形)だ。調べたうち、まる形37種類、たまご形39種類で、全体の76%を占める。
2.同じ科に属する植物の花粉は、形の似ているものが多い。例えば、同じキク科の植物のキクやタンポポ、ヒマワリ、コスモスなどは、花粉の形が丸く、突起(トゲ)をもっている。
3.突起のある花粉は、虫の体につきやすい。花粉が虫に運ばれて、他の花につきやすくなる。
4.マツの花粉のように“空気ぶくろ”が付いていて、風に飛ばされやすいものがある。
5.ツツジ科のツツジ、シャクナゲの花粉は、糸で互いにつながっている。虫の体についた時に、たくさん運ばれる仕組みだ。
6.空気中と水の中では、形が違ってしまう花粉がある。水を吸うと、ふくらんでしまうからだ。水をたらして行う観察では、注意が必要だ。
《まとめ》
花粉の形にはいろいろな意味がある。虫の体につきやすくしたり、風に飛ばされたり、水に流されやすくしたりと、いろいろな工夫がなされている。
花粉の発芽
花粉の観察で、芽が出ているサクラやツバキなどの花粉を見つけた。花粉の発芽には、水に含まれる糖分の濃度が関係するという。実験で確かめることにした。
【実験】
いろいろな花の花粉を、濃度の違う砂糖水の中に入れ、変化を観察する。
《方法》
濃度2%、4%、6%、8%…の砂糖水と普通の水に、おしべを直接ふれさせて花粉を入れ、決まった時間ごとに顕微鏡で観察する。
《結果》
▽サクラ:濃度8、10%では5分後から芽を出し、60分後には2%砂糖水でも発芽した。追実験すると8~9%砂糖水が一番よい。普通の水では発芽しなかった。▽ツバキ:3時間後に普通の水、2~10%の砂糖水で発芽した。15%ではほとんど芽が出なかった。▽モモ:30分後に2%砂糖水で1個だけ芽のようなものが出たが、他は出なかった。気温が17℃と低すぎたのかもしれない。▽スイセン:6時間後に水だけでも発芽したが、10~12%砂糖水が一番多く発芽し、花粉管も長い。ただし、発芽までに長時間かかる。▽チューリップ:濃度を濃くしても、花粉の発芽はなかった。▽スミレ:8時間後に普通の水、濃度4%以上の砂糖水で発芽した。8~12%が花粉管もよく伸びて最適だ。▽アブラナ:10時間後に6~10%の砂糖水で芽が出たが、数は少ない。水では発芽しない。▽ヒョウタン:1時間後に普通の水でも発芽した。4%と8%の砂糖水がたくさん発芽し、花粉管もよく伸びた。10%では発芽が少なく、伸びもよくない。▽ムクゲ:10時間後、発芽が見られたのは6%と10%の砂糖水。この付近が最適な濃度か。▽ヘチマ:1時間後から10%砂糖水で芽が出始めた。他は出ない。
《分かったこと》
花粉の発芽には適当な糖分濃度のほかに、適当な温度や空気も必要だ。実験では、花粉を入れた水滴にカバーガラスを乗せる時、できるだけ間に空気が残るように“ふわり”とかぶせること。水分が蒸発して乾いてしまわないように、途中で砂糖水をスポイトなどで補給すると、1日ぐらいはもつ。まとめ
スギ花粉が水の中で割れて、どろっとしたものが出てきた時、「これが花粉症の正体なのだ」と思った。いろいろな花に、いろいろな花粉があること、花粉からたくさんの芽が出ることなどを学んだ。驚きと感動の連続だった。
審査評[審査員] 邑田 仁
300年以上も前、顕微鏡が使われるようになって生物学は格段に進歩したと言われます。私たちも学校ではじめて顕微鏡をのぞく時、それと同じ貴重な体験をすることができます。花粉は適度に小さく、また適度に複雑であって、顕微鏡を活用するのにちょうどよい試料かもしれません。また、植物にはとても多くの種類があるため、共同研究としてみんなで観察するのにも適しています。しかも花粉は生きていて、条件がよければ形を変えることも観察できます。この研究ではきっと、小さなものが見える感動、見えそうで見えない不満、夢中になってスケッチする忍耐力、皆で情報を分かち合う楽しさなど、科学に必要ないろいろなことが身に着いたにちがいありません。論文としては、どのような顕微鏡を使って、より良く見るためにどのような工夫をしたかなどを書いておけば、次に観察する人にさらに役立つものになったでしょう。道具をうまく使うことも研究の重要な要素ですから。
指導についてつくば国際大学東風小学校 中山 義熙
本校では、前年度の2学期後半ごろに、学年ごとに科学研究のテーマを決め、研究の計画を立て、これに沿って研究をスタートさせています。今回の4年生の花粉の研究は、やや遅れて2月後半のスギ花粉の飛散状況調査から始まり、花粉の飛散の落ち着いた4月中旬ごろから一般の植物の花の花粉調べに入りました。顕微鏡の使い方やスケッチの仕方など、時間をかけて丁寧に学びました。春先から夏、秋にかけて学校の花壇や道路、各自の家の庭、水田のあぜ道、山林、池や川・湖などに咲いているたくさんの花の花粉を顕微鏡で観察し、その特徴を調べました。研究を進めているうちに偶然、花粉が発芽しているものをみつけ、花粉の発芽にも取り組み、さまざまな実験をくり返してきました。今回の研究では、観察・実験とともに、各自の個性のこもった野帳づくりを大切にし、これが積み重ねとなって立派な研究となったものと思います。