学校のある佐久地域(湯川とその周辺水系)にメダカがいないことを、昨年度、17回にわたる調査を重ねて確認した。どうしてメダカがいないのか、2つの仮説=「もともといない」(仮説Ⅰ)、「何らかの原因でいなくなった」(仮説Ⅱ)=を立てた。今年度はこの仮説に迫るため、地域住民への聞き込み調査や、県内でメダカが生息している長野市松代・大室地域(千曲川脇に広がる扇状地)の水環境調査、浅間山の火山噴出物の分析・実験などを行った。
仮説に迫るため、まず地域住民に話を聞いた。「アユやオイカワなどの稚魚を『メダカ』と呼んでいた」(6戸)、「小さい頃に、湯川やその周りでクロメダカを捕まえて遊んだ」(4戸)という結果に迷ってしまった。
※後日、ある人から連絡を受けた。70~80年前に学校近くの用水路で「メダカ」を見たという。その場所に行ってみたらメダカに似た「モツゴの稚魚」がいた。その人に持っていって見せたら「メダカだ」という。
やはり見間違えていたのだ。
<メダカに似ているモツゴの稚魚> |
県水産試験場佐久支場から寄せられた「昭和52年(1977年)の生息分布調査」やインターネットで得られた資料などによると、昭和52年から平成4年(1992年)までの15年間に、県内では野生メダカが激減しているが、佐久地域では昭和52年からずっと生息していない。やはり佐久地域には、もともとメダカがいないのか、あるいは、それ以前に絶滅してしまったのか。昭和52年以前の資料について、県水産試験場や市役所に問い合わせたが「残っていない」という。さらに「日本全国のクロメダカ生息分布図」(日本野生メダカ保存会)によると、メダカは水質が悪そうな都市部(日本の三大都市)を中心に多くいて、長野県とか東北、北海道など自然の多い所にはあまり生息していな い。メダカにとって水質変化(悪化)はあまり関係ないのか。北海道は水温が低いからか。
〈1〉メダカが実際に生息している大室地域に行き、佐久地域の水環境を比べる。
〈結果〉
大室、湯川水系では水質、流速、水底の土質の3点に違いがあった。
① | 水質:湯川水系の方が大室よりも水質はきれいだ。水質がメダカがいない原因ではないようだ。 |
② | 流速:大室では、沼地や用水路の水は淀んでいて流速を感じない。冬場も水がたっぷりある。湯川水系は流れの速い所が多く、所々に水の淀みがある。秋を過ぎると水がなくなる所も多い。流れが速いとえさが捕りにくく、交尾、産卵も難しいかも。 |
③ | 土質:大室は粘土質、湯川水系は火山灰やスコリアなどの火山噴出物だ。浅間山の噴火が、メダカの絶滅に影響しているのではないか。クロメダカの生息分布と火山分布を重ねると、火山があるところにメダカはいないようだ。火山活動の河川への影響については、北海道・洞爺湖の例がある。洞爺湖と周辺河川はかつて鉱山廃液によって酸性化し、魚が棲めなかった。ところが1977年の有珠山噴火の噴出物(アルカリ性)で水質が次第に中和され、魚が棲めるようになったとい う。「浅間山の噴出物が酸性かアルカリ性か分かれば、メダカがいない原因と関係づけられるかも」と、学校近くで発掘中の遺跡(弥生時代)から火山灰を採取し、水溶液のpH値を測定したら6.8~7.0で、リトマス紙反応も中性だった。当時の化学成分が流出したり、変性している可能性もある。「一番フレッシュな2004年(噴火)の火山灰を調べては」と、博物館学芸員のアドバイスを得た。 |
〈2〉メダカのいない北海道の河川水質をインターネット情報で調べた。屈斜路湖以東の河川では、各月の最高水温は3.1~19.8℃、年間通じて一番水温が高い7、8月の水温をみても、メダカの交尾・産卵行動に必要な20℃以上は河川の中・上流部で保てない。下流部も一日における水温変化が激しいため、メダカは生息できないのだろう。北海道には火山も多いので、火山噴出物による影響も無視できないと思う。
仮説Ⅰに迫る追究
流速の違いとメダカのいない原因を関係づける。
【調査】佐久地域の用水(小川、堀)25カ所で流速を測定する。
〈方法〉
発泡スチロール片が10mを何秒で流れるかを測定し、流速を求める。
〈結果と考察〉
メダカが安心して生活できる流速は「0.15~0.20m/秒以下」(農業土木学会誌)だが、22カ所で大きく上回った。佐久地域の用水の9割以上はメダカの生息には適していない。しかし淀んだ場所もごくわずか見られたので、100%の確率で生息できないわけではない。他にも原因があるのかもしれない。
仮説Ⅱに迫る追究
浅間山の噴火とメダカの絶滅説を関係づける。
【実験1】浅間山の2004年の火山噴出物を水に溶かし、pHを測定する。
〈結果〉
pH値1.5~2.0、リトマス反応も酸性。
【観察】流速を調査した用水25カ所の低土を採取し、実体顕微鏡で観察する。
〈結果〉
ほとんどが火山灰に含まれる鉱物(石英、長石、黒雲母、角閃石、輝石、カンラン石など)が確認された。
【実験2】メダカは酸性化した水にどれだけ適応力があるか調べる。
〈方法〉
「2004年の火山噴出物」(火山灰)を、メダカ(3匹)がいる水そうにふりまき(水2リットルに対し大さじすり切り10杯)、時間を追ってメダカの様子を観察する。対照としてオイカワ(3匹)についても調べた。
〈結果〉
メダカ |
オイカワ |
|
直後 |
あわただしく動き回る |
(同左) |
16分後 |
降灰の少ない所に移動 |
1匹が水面呼吸 |
19分後 |
3匹が苦しく水面呼吸 |
全匹が水面呼吸 |
22分後 |
胸びれの動き止まる |
激しく動き回る |
〈両魚の生命に危険、通常の水そうに移す〉 |
||
42分後 |
全匹体色白く1匹死亡 |
元気取り戻す |
研究全体のまとめ
《シナリオ:なぜメダカがいない》弥生時代に大陸から稲作とともに日本全土に伝わったクロメダカ。かつては佐久地域にも生息していた。ところが浅間山の大噴火(1108年、1783年)によって、大量の火山噴出物が佐久地域全体に降り注いだ。それらは湯川などの河川や用水に溶け込み、急激な水質変化(酸性化)をもたらした。そして環境適応力の弱いメダカの多くが死に追いやられた。生き残ったメダカも火山地形による傾斜が生み出す流れの速さに適応できず、安全な住み家が奪われて死滅していった。こうして今、佐久地域にはメダカが生息していない。
審査評[審査員] 高家博成
ある生物がその場所になぜいないのか、を証明することはなかなか難しいことです。もともと生存していたのであれば、いなくなった原因をつかむのは、やや楽になったかも知れませんが、それがはっきりしないとすれば、大変です。それを岩村田小学校6年2組の31名は、力を合わせてこの大研究に挑みました。
野生のクロメダカは、昔は普通に見られる小魚でした。それが全国各地で少なくなっていますので、原因が突き止められれば、大いに参考になります。メダカの棲める環境はメダカの生理や生態の実験観察から、地域の物理、化学、生物的環境も調べて、総合的に判断しなければならないからです。
古老の話なども聞き、上記の一つ一つのテーマを丁寧に調べあげ、メダカのいなくなったと思われる一つのシナリオを描きました。それは火山による水質変化(酸性化)だと想定しています。今後も、メダカの生態をなおよく観察して、確実な結論を示してください。
指導について佐久市立岩村田小学校 馬場英晃
地域河川である湯川と関わる中で、子どもたちは、メダカがいない事実に出合っていきました。様々な文献を調べ、地域河川の整備開発事業が始まる以前から、メダカの生息が確認されていないことを知った子どもたちは「佐久にはなぜメダカがいないのか」という切実な問題を抱えていくことになりました。まず、水質や水温などの水環境に目を向け、実際にメダカが生息している松代(大室)と比較検討していきました。その中で、水流の様子と川底の土質に大きな違いを見いだした子どもたちは、流速調査と土壌鉱物分析に力を注いでいきました。そして、「火山噴火により形づくられた地形が流速を生み出して、メダカはそれに対応できなかったのだろう」という自分たちなりの結論を導き出していきました。この研究は、子どもたちの内側から生まれ、子どもたちの「分からなさ」によって突き動かされていったものです。その(ねちっこい歩みに、拍手を送りたいと思います。