研究の動機
直江津海岸は2009年、国民体育大会のビーチバレー競技会場となり、直江津中学校は準備として海岸清掃を行った。その際、砂浜に自生するハマゴウ(シソ科ハマゴウ属の小低木)の葉に、小さなコブ状の突起が無数にあるのに気がついた。木の病気かと思ったが、調べるとコブは虫えいと呼ばれるもので、突起の内部にハマゴウフシダニ(フシダニ上科、学名:Aceria vitecicola〈Kikuti〉)という体長0.1㎜内外の微小なダニが寄生していることがわかった。それから8年間、科学部員がバトンタッチをしながら虫えい内のハマゴウフシダニの観察を続け、9件の研究をまとめた。
2018年度に入り、10件目の研究に携わった3年生の3人は2016年度からハマゴウフシダニの生活史、特に越冬行動について観察を続けていた。ハマゴウフシダニの生態はわかっていないことも多く調査は困難を極めたが、虫は確かに虫えいに存在し、活発に動き、繁殖している。この不思議な生き物の生活史の解明に何とか一歩近づきたいと考え、研究に取り組んだ。
研究の背景
過去の研究でわかったことは、おもに次のとおり。
ハマゴウの葉の虫えいには形状が異なるもの(A~Cタイプ)があり、虫えい内のフシダニの体色は黄色、白色の2種がある(2010年度研究1)。虫えい内のフシダニはハマゴウフシダニであり、ハマゴウフシダニは落ち葉のなかにも確認できる(2011年度研究2)。虫えいにすむ虫の出入りは満月、大潮と関係する可能性がある(2012年度研究3)。葉の表面をハマゴウフシダニが歩く様子を確認、このことからハマゴウフシダニが地面から木を登って虫えいを作ったり、越冬したりする仮説が裏付けられる(2013年度研究4)。
ハマゴウフシダニの虫えい(上、左からA・B・Cタイプ)とその内部(下)
Aタイプの虫えい内で卵のようなものを何回も確認した(2014年度研究5)。秋に大量のハマゴウフシダニが虫えいから出てくる様子が見られた。越冬場所への移動だと考えたが、場所の確認はできなかった(2015年度研究6)。春、ハマゴウに新しい葉が出るころ、葉に虫えいはまだないが、木にハマゴウフシダニがいることを確認できた。若葉の裏にいたハマゴウフシダニが葉脈付近に10~30分、頭部を入れて刺激している行動を観察する。白色と黄色のハマゴウフシダニの数が、時期によってそれぞれ変化することもわかった(2016年度研究7)。
虫えい内にハマゴウフシダニの成虫の雄と雌、若虫がいて、卵のほか精胞(多数の精子を生殖器の付属腺からの分泌物で包んだもの)があることを確認した(2017年度研究8)。地域のハマゴウを調べ、波打ち際により近い砂地のハマゴウにはハマゴウフシダニが寄生していないことがわかった(2017年度研究9)。
体長0.1mm内外のハマゴウフシダニの走査型電子顕微鏡画像(法政大学で撮影)
研究の目的
2017年度に法政大学植物医科学センターで研修を受け、スライド標本を作ってハマゴウフシダニの雌雄の別や体の特徴を詳しく観察する方法を習得した。それ以前は黄色が雌、白色が雄という仮説を立てて観察していたが、色の違いは脱皮直後であるかないか(白が脱皮直後の比較的若い個体)で、性別とは無関係なことがわかってショックを受けた。2018年度の研究10では、多くの先輩が積み重ねてきた観察記録や新しい技術を使って、これまで困難だった調査に取り組む。ハマゴウフシダニがどのように1年を過ごすのか、解明に向け研究を大きく進展させたいと思った。
研究の課題
研究10で科学部チーム全員がしっかり調べる課題は、次の4点になった。
研究の方法
観察木と、調べる虫えいのタイプを決める
2018年度の研究10では9月から翌年8月末まで、ハマゴウの葉の採集と観察を繰り返し、出現する個体を継続して調べることにした。
観察木を、新潟県上越市中央4丁目の船見公園内にあるハマゴウと決めた。補助木として、上越市五智5丁目県道脇のハマゴウも観察することにした。
葉は1週間に1回以上、観察木から収集して観察する。虫えいを切り開いたままにしておくと、ハマゴウフシダニは死んでしまう。飼育に成功していないので、1年間の生活史を研究するには同時期に作られた虫えいを継続して観察するしかない。
実態顕微鏡下での作業方法
採集した葉の虫えいを医療用のメスで切り開き、倍率可変式実体顕微鏡で内部構造などを観察する。虫えい内のすべての個体や卵精胞の数を数える。カウントは1枚の葉からランダムに10個の虫えいを選んで行い、平均を求めることを基本とした。虫えいが少ない場合はすべての虫えいでカウントし、平均を求めた。
スライド標本の作製と個体の観察
まず固定染色液である改良ベルレーズ液をスライドガラスに垂らす。その上に、ブタのまつげを竹串に取り付けた道具を使い、虫えいからできるだけのハマゴウフシダニを取り出して落とす。カバーガラスをかぶせたスライドガラスを90℃のホットプレートで10分加熱し、37℃の定温器に1週間ほど入れる。完成したスライド標本を生物顕微鏡の400倍で観察して雌と雄、若虫の体の違いを確認する。それぞれの数をカウントして雌雄若虫の構成比を出し、構成比をデータとして蓄積していった。
研究の実際
課題1 1年間の生活史を明らかにする
研究9までですでに、次のようなことがわかっていた。
2018年度9月から1年間の新たな調査結果は、以下のとおりだった。
秋のハマゴウフシダニ
9月末まで虫えい内には卵や精胞が見られるが、それ以降は確認できなかった。その後、雄の数が減少した。10月末の虫えい内には大きな個体がひしめき合っているように見え、そのほとんどが雌だった。虫えい内の個体が少しずつ大きくなり、黄色い個体が増えてきた。若い個体が減ったためだと考えられる。
冬のハマゴウフシダニ
法政大学植物医科学センターの上遠野冨士夫先生のアドバイスから、ハマゴウフシダニは落ち葉の虫えい内で越冬するという予測を立てていた。
ハマゴウの木は12月末には完全に落葉する。雪から落ち葉を掘り出して調べるが、葉がぬれていると虫えいが硬くてメスが入らない。乾燥させすぎると割れてしまうなど、失敗が多かった。
苦労して集めたデータから、腐食しぼろぼろになった落ち葉の虫えいにも個体が確認できた。この時期、土やハマゴウの木から個体が見つからないのは過去の観察結果と同じで、越冬場所は落ち葉の虫えい内だと思われる。ただ、確認した個体数は少なかった。
冬の虫えいに卵や精胞は見られず、個体はほぼ雌だった。2月22日に1匹だけ雄を見つけた。このころは時折、気温が10度を超える日があったため、雌が産卵できたのではないかと考えた。
春のハマゴウフシダニ
3月から4月にかけて観察木は葉をつけていない。3月11日に採集した落ち葉の虫えい内で、動き回るハマゴウフシダニと卵を発見した。新しい世代が生まれ、ハマゴウの木へ移動する日が近いと思われた。
観察木の幹にセロハンテープを巻いてワセリンを薄く塗ったトラップを仕かけ、定期的に観察した。4月後半には落ち葉はほぼ見つからず、5月2日に数百個体のハマゴウフシダニがトラップにかかった。その後、5月12日には新しい葉に虫えいが作られたことを確認できた。
春の研究から生まれた考察
2017年度まで、越冬した雌の個体が春にハマゴウの幹を登って新しい虫えいを作ると考えていた。しかし、トラップにかかる個体は雄も多い。
ハマゴウフシダニを含むフシダニ上科の生き物は産雄単為生殖を行い、雄の精胞を受け取った雌は雌の卵を生む。精胞を受け取れなかった雌は雄の卵を産むため、秋から冬にかけて雌ばかりだった虫えい内では雄が生まれやすいのではないか。幹を登るハマゴウフシダニは、若い個体であることも考えられる。
トラップにかかったハマゴウフシダニ
夏のハマゴウフシダニ
雄と雌、若虫、卵、精胞のすべてを観察でき、個体数も非常に多い。5月末には虫えいに数匹しか確認できなかった個体が、6月末には100を超えた。「春とは異なるBタイプの虫えいが突然大量に作られる」「大きさが倍ほどの個体が出現する」「体内に若虫や卵を抱えたまま動かない雌がいる」ことも確認できた。
体内に卵を抱えた雌を見つけた時は大変驚いたので、法政大学の上遠野先生に問い合わせた。すると、これまでハマゴウフシダニで見つかった例はないと思うが、他のダニ類で体内に卵があるうち卵割する例が観察されているそうだ。おもに老いた個体に見られるという。体内に若虫や卵を抱えたハマゴウフシダニも、老いた雌なのかもしれない。ハマゴウフシダニの寿命は、はっきりとわかっていない。ただ、1年のうち7月から9月に若虫や卵の数が多く、しかも同時期一部の個体が老いているなら、夏が世代交代の時期なのかもしれない。
個体、卵、精胞のすべてがある虫えい
課題1のまとめ
1年間の観察から、ハマゴウフシダニが虫えい内で繁殖するのは、5月から10月上旬にかけてであることがわかった。年間を通して虫えい内は圧倒的に雌の個体が多く、個体は増減しながら繁殖を続けている。虫えい内に卵が多くなると数日後に若虫、次いで成虫の個体が増える。10月上旬を過ぎると卵や若虫がほとんど見られなくなり、12月の虫えい内は雌ばかりになる。12月末にハマゴウは落葉するが、落ち葉の虫えい内で雌は生き続ける。落ち葉の雌は2月下旬から3月に気温が上昇すると産卵する。生まれる個体には多くの雄も存在し、ハマゴウが新しい葉をつけるころ、幹を登って新しい虫えいを作り、繁殖を始める。
課題2 越冬に関わる個体の特定を試みる
スライド標本での観察から、体が他より長い大きな個体が一定の割合で出現することに気がついた。大きな個体はすべて雌だ。同じ雌でも雄と同程度に小さいものが多いことから、大きな雌は越冬に関係する雌(越冬雌)である可能性が高いと考えた。
フシダニ上科の生き物には、越冬雌が存在する種がある。越冬しない雌が雄に似ているのに対し、越冬雌の外見が大きく異なる例もある。ただハマゴウフシダニの越冬雌は、これまで確認されていない。
そこで作製するスライド標本上の個体を対象に、マイクロメーターを使って雄雌それぞれの体長と体高を測定した。対象にしたのは300個体だ。
また、フシダニの体には体環と呼ばれる節のような構造があり、ハマゴウフシダニの体にも50~60ほどの体環がある。大きな雌の体環数は65を超えると感じたため、各個体の体環を数えてデータを蓄積することにした。対象にしたのは200個体だった。
虫えい内のハマゴウフシダニの出現率および個体数の変化
課題2のまとめ
大きな個体は冬に多く出現するが、夏にも見られる。体環数が65を超える雌の個体もあったが、体が短い雌のなかにも65を超える個体が見られた。雄の個体には、体長や体環の違いがあまりなかった。
大きな雌の個体には「体が丸みを帯びて滑らかな印象がある」「後体部が特に長い」といった特徴がある。しかし、越冬雌の確定としては不十分で、今後はDNAなどを含め、より詳しく調べる必要がある。
課題3 越冬した個体が春に新たな虫えいを作る過程を実験で明らかにする
2017年度は、観察木の根元に土を入れたハマゴウの植木鉢を置いて観察を続けたが、植木鉢の葉に虫えいはできなかった。2018年度はハマゴウの植木鉢の根元に、虫えい付きの落ち葉を入れて実験した。虫えい付き落ち葉を入れた植木鉢を3つ、入れない植木鉢を3つ用意し、割り箸の先にセロハンテープを巻き、薄くワセリンを塗ったトラップを仕かけて観察した。
課題3のまとめ
ハマゴウフシダニがトラップにかかることはなく、実験は失敗に終わった。冬季に低温が続き、春に鉢を持ち込んだ室内が高温でありすぎたのかもしれない。原因を特定してさらに挑戦する。
課題4 異なるタイプの虫えいについてその違いを明らかにする
過去の観察から、虫えいのタイプは作られる時期によって異なることがわかっていた。Aタイプはおもに春、葉の表側にでき、内部に仕切りはなく、切り口の周りには白い毛のようなものがある。Bタイプはおもに夏、葉の裏側にでき、ひとつひとつが小さく内部が黒い。くりぬかれたような構造で、虫えいの頂部は突起のようになって断面を見ると内部に通路が見られる。Cタイプは秋、葉の表側葉脈上にできて色が白い。盛り上がりが大きく細く、全体的にA・Bタイプより大きい。Cタイプの内部にも通路が見られる。
2018年度の観察では、春のAタイプの虫えいは、枝の根元から十数枚の若葉に集中して作られていた。同じ枝の先にさらに若い葉があるが、虫えいはあまりできていなかった。7月19日、それまで虫えいがなかった枝先の葉に、Bタイプの虫えいがびっしり作られていた。2日前には虫えいがなかった葉にさえ、大量の虫えいができていた。これが一体どういうことか、AタイプとBタイプの虫えいを調べることにした。
同じ枝の葉を複数選び、それぞれの葉の虫えいをランダムに10個ずつ切り開いて調査を行った。内部の個体数と卵をカウント、葉ごとに平均を求めた。また、両タイプの虫えいの様子も観察した。
課題4のまとめ
虫えいは春と夏に一気に大量に形成されるが、その後も新しく作られたり、一部は脱落することもあることがわかった。今後の課題と感想
2018年度の研究結果には、まだ検討の余地はあると思う。ハマゴウフシダニの1年間の生活史については、虫えい内の個体の割合と変化がわかってきた。今後も繰り返し観察してより確かなものとし、新しい発見をしたい。越冬雌の調査は学校の機器に限界があり、今後は一部を専門機関に依頼することも考えたい。
この研究に協力してくれた上遠野先生から「生き物の研究は生き物の気持ちになって考えること」とアドバイスをいただいた。その言葉を心に留めて観察を続け、ハマゴウフシダニの生態解明を目指したい。
2018年度の研究成果からまとめたハマゴウフシダニ生活史
[審査員] 友国 雅章
地元の海浜に自生するハマゴウの葉に虫えいを作るハマゴウフシダニを9年間追い続けた研究である。これは直江津中学校科学部が行ってきたプロジェクトで、この間メンバーは何度も入れ替わっているが、その成果が代々引き継がれてきた。このようなスタイルの研究は本コンクールの応募作品にもあまり例をみないもので、共同研究の優れたモデルケースである。この間、新しい発見はいくつかあったものの、最大のテーマとしてきたハマゴウフシダニの生活史にはなかなか迫れなかった。フシダニの仲間は体長が0.2mm程度の微小なダニで、中学生ではその観察が容易ではないことによると思われる。専門家の研修を受けて研究に必要な知識や観察技術を習得し、今年度の研究が飛躍的に進歩した。その最大の成果がハマゴウフシダニの生活史の解明にほぼ成功したことである。これはこれまでまったく知られていなかったことであり、学界への貢献も大きい立派な成果である。とはいえ、本種の生態にはまだ未解明な部分も多いので、今後の進展に大いに期待したい。
上越市立直江津中学校 長瀬 美香子
このたびは、科学部ハマゴウフシダニグループが文部科学大臣賞という素晴らしい賞をいただくことができ、学校を挙げて、大変喜んでおります。研究の中心となった3年生3名は、7年目のハマゴウフシダニの研究から参加し、これまで研究を続けてきました。先行研究がほとんどない研究対象について、根気強く観察を続けてきましたが、専門家の助言を受け、新しい観察技能を身につけることで飛躍的に研究内容が深まりました。1年間を通じてハマゴウフシダニが葉の虫えいの中でどのように生活しているのか、またどうやって越冬し新しい世代が生まれるのか実験を交えて解明を試みました。そして最も解明したかった雪の中で越冬するハマゴウフシダニの生活史としてまとめることができました。今年の研究でいろいろなことが分かり、さらに明らかにしたい課題が出てきました。今後も研究を続け、本研究を継続、発展させてほしいと思っています。