第59回入賞作品 中学校の部
3等賞

和白干潟におけるコメツキガニの繁殖・成長、行動と分布、個体群の動態に関する研究

3等賞

福岡県古賀市立古賀北中学校 3年
藤井 和己
  • 福岡県古賀市立古賀北中学校 3年
    藤井 和己
  • 第59回入賞作品
    中学校の部
    3等賞

    3等賞

研究の目的

 和白干潟は博多湾北東部にある面積約60haの砂質干潟だ。貝類や甲殻類が生息し、生き物の宝庫といわれる。小学2年生だった2011年から和白干潟に生息するカニの観察を始め、小学5年生からコメツキガニを中心に研究を続けた。中学入学からは過去の研究成果をさらに掘り下げ、2016年は「繁殖や成長と干潟の高さとの関係」、2017年は「行動と分布状況との関係」、2018年は「個体群の動態」をテーマに研究した。

研究の背景

コメツキガニの特徴

 コメツキガニは日本では北海道南部より南、内海や河口の干潟にすむカニだ。甲羅は長さ約7~9㎜、幅約9~11㎜、甲羅の面が隆起してやや球状に見える。はさみ脚は左右相称、指部は細長く先がとがっている。
 干潟に深さ10~20㎝の巣穴を掘って生息し、干潮時に砂を口に入れて有機物を食べた後、砂団子を作る。
 ゆっくりと大きな動作でウェイビング行動を繰り返す。歩脚を踏ん張り体を持ち上げると同時に、両方のはさみ脚を高く振り上げては前に降ろす動作だ。繁殖行動は雄が雌を捕まえてその場で交尾したり、雌を自分の巣穴に運び込んだりする。
 受精卵がふ化してからどう大人になるのか、カニの生活史は一般的に次のとおり。
 卵は雌が抱いて保護し、交尾後の受精卵はおよそ1カ月でゾエア期と呼ばれる幼生になる。雌は抱卵していた卵を海水中に放出し、卵がふ化する。ふ化したゾエア幼生は、プランクトンとして海中で浮遊生活を送る。2~4回脱皮を繰り返し、2週間から4週間で1対のはさみ脚と4対の歩脚を持ったメガロパ幼生へ変態する。メガロパ幼生は生まれた場所へ戻って稚ガニになる。和白干潟のコメツキガニの場合は、干潟へ戻った稚ガニが生後1年以内に大人である成体へ成長し、繁殖行動を取ると考えられる。


コメツキガニの背面と腹面(左が雄、右が雌)


それぞれの区域の雌の個体数(2016年の研究 単位:体)

2016年「繁殖や成長と干潟の高さとの関係」

 2016~2018年の調査はすべて、和白干潟の唐原川河口部で行った。和白干潟のコメツキガニは、川岸に近く低い区域には稚ガニ(雌は甲羅幅が7㎜未満、雄は8㎜未満の小さなカニ)が多く、川岸から遠い高い区域には大型の雄や卵を持った雌の成体が多い。2016年の調査から、次のようなことがわかった。

1.
コメツキガニは、干潟の高い区域で繁殖行動を取る。高い区域は低い区域より干上がる時間が長く、行動できる時間が長いためだと考えられる。
2.
産卵時期は5月下旬から9月下旬、なかでも7~8月に盛んに産卵する。
3.
卵から稚ガニに成長した個体は7~10月ごろに干潟の低い区域へ帰ってくる。
4.
稚ガニが大きく成長するにつれ、高い区域へと移動する。小さな稚ガニは繁殖行動が盛んな時期は高い区域への移動が難しい。

2017年「行動と分布状況との関係」

 繁殖行動が盛んな時期に小さなカニが高い区域へ移動できないとしたら、「大きなカニが小さなカニを追い出す」「カニ同士が争って縄張り争いをしている」ような行動が見られるはずだ。2017年は、高い区域と低い区域のカニの行動を自然な状態で観察した。
 その結果、高い区域のカニだけがウェイビングを行った。ほかの個体への威嚇行動だと考えられる。低い区域のカニに、巣穴を放棄して徘徊する個体がいた。つまり高い区域には強いカニ、大きなカニが集まり、低い区域の弱いカニは徘徊しながら新たなすみかを探すものの、高い区域には移りにくいと推測される。

「個体群の動態」の研究

2018年「個体群の動態」調査の方法

 今回、「個体群の動態」を明らかにするため、稚ガニと成体の親ガニそれぞれの個体数が、高い区域(面積約177㎡)と低い区域(約480㎡)でどう変動しているかを調べた。コメツキガニは冬眠する。目覚めて干潟で活動を始め繁殖行動を取るまで、大潮に合わせて4月1日、4月29日、5月26日、6月24日、7月21日の5日間、干潮時間前後の約2時間で調査した。
 調査は個体数密度を調べるため、1㎡の方形枠を使って枠内の巣穴を数える方法で行った。これまでの研究から、ある範囲の巣穴の数はそこで生息するカニの数とほぼ同じと考えてよいことがわかっている。  高い区域には、1㎡の方形枠を10カ所に置いた。高い区域はこの時期、成長した稚ガニが移動するため、さまざまな成長段階の個体がいる。成長段階を区別するため、方形枠内の巣穴を数えるだけでなく、巣穴の直径も測定した。
 低い地域は調査範囲が広いため、全体を9区画に分け、各区画に方形枠を5カ所ずつ置いて巣穴を数えた。
 そのほか高い区域と低い区域ともに、それぞれ平均的な巣穴10個を選んで穴の直径を計測し、家主のカニを掘り出して雌雄とその甲羅幅を記録した。その結果、巣穴が大きくなると家主の甲羅幅も長くなり、巣穴の大きさがカニの大きさを示すことを確認した。
 また、巣穴の観察とは別に、抱卵している雌3体をアルコールで固定した後、実体顕微鏡で観察しながら解剖して卵の数を数えた。

親ガニと稚ガニの死亡率を求める

 高い区域だけで見られる大きい巣穴を、前年から高い区域にいる親ガニのものとした。4月から7月にかけて親ガニの巣穴が減少していく程度から、親ガニの死亡率を求めた。低い区域の巣穴はすべて2017年に干潟へ帰った稚ガニのものとし、高い区域にあっても低い区域と同規模の巣穴は稚ガニのものとした。それぞれを足した数を稚ガニの個体数とし、4月から7月まで減少していく程度から稚ガニの死亡率を求めた。

調査から出た結果

 雌3体の産卵数は平均約2300個、親ガニの1カ月あたりの死亡率は0.28、稚ガニの死亡率は0.08だった。
 この数字などから、コメツキガニが産卵する卵のうち、ゾエア・メガロパ幼生を経て稚ガニとして干潟に戻ってくる個体がわずか0.3%であることが推測できた。0.3%の生き延びた稚ガニのうち、4~7月までに干潟の低い区域で死亡した個体は22%だった。残り12%はそのまま低い区域に留まり、66%の稚ガニが高い区域へ移動していた。高い区域に生息する親ガニは4~7月までに62%が死亡した。稚ガニより死亡率が高いのは、寿命のせいだと考えられる。

感想

 コメツキガニについてのさまざまな研究を通し、カニが想像以上に工夫した生活を送っていることがわかった。繁殖や子どもの成長のため、干潟高低の特徴を生かし、よりすみやすい社会を作っていた。

指導について

藤井 暁彦

 親子で小学校からの8年間、カニを主題に研究をしてきました。長期間、父が子を指導するにあたり三つの点に留意しました。一つ目。数学や生物学に基づく洞察では、本人の成長に応じて科学すること。それは現在の能力に合わせるということと、将来の統計学や確率を理解するための基礎的な経験を与えるということです。二つ目。テーマの理解。仮説を立て、結果を積み上げたゴールをイメージすることで、ある結果が次の新しいテーマになることを意識してきました。三つ目。当然ですが主体は本人であるということ。親子の難しさとして、手を出しすぎる懸念があります。研究をすれば何がわかるかは指導者側が与えることとして、いつ、どのレベルまでやりたいかは本人に委ねたつもりです。これから、自由研究の指導者としては手を離すつもりです。この度の評価を大きな糧としながら、また、これまでの経験を活かし、自ら科学の目を深めてもらいたいと考えています。

審査評

[審査員] 髙橋 直

 福岡市の博多湾最奥部にある干潟に生息するコメツキガニを対象にした生態学的研究である。小学校以来一貫して、同所を研究フィールドとした研究を続けてきており、その集大成的な論文である。干潟を、砂の乾き方の違いで、高い区域・低い区域のふたつに分け、干潟の高さとの関係に着目して繁殖や成長・行動などの分析を行っている。最後には、コメツキガニ集団全体の個体数がどのように推移しているのか、産卵数や死亡率の推定をもとにまとめられており、かなり質の高い研究になっている。ただ、カニ同士の追い出し行動・争い行動の観察においては、先に人為的な環境を試して期待通りにいかず、あとから自然の状況を観察しているが、本来は自然の観察が先で、それを再現できる実験条件を追究するのが本来の手順ではないかと気になった。論文は手書きではなく、きちんと製本されており、写真や図も整理されていてわかりやすい。文章も簡潔にまとめられており、研究の作法が身についている印象である。次は何を研究してくれるのだろうか。楽しみである。

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