はじめに
6月終わりの雨あがりの朝、登校途中にいつもは目立たないクモの巣の網がはっきりと見えた。糸の1本1本に、小さな水滴がたくさん付いていたからだ。双眼実体顕微鏡で観察すると、糸にはきれいな「球形」の水滴がびっしりと並んでいた。クモの糸に、なぜ想像を超えるほどきれいな水滴が付くのか、不思議に思って理科部のメンバーで研究を始めた。
研究の目的と準備
研究の目的は、クモの糸になぜきれいな球形の水滴が付くのか、科学的に明らかにすること。
クモを飼育して安定的にクモの糸を集め、人工的に水滴を付けてさまざまな実験を行うことで、考察を重ねることにした。
飼育するクモの種類と飼育の方法
学校や学校周辺に多く、円形に近い網を張るジョロウグモを研究の対象にしようと決めた。メンバーでクモを集めたが、なかなか集まらない。全校児童に協力を呼びかけると、6月から10月の間に延べ100人以上が200匹以上のジョロウグモを集めてくれた。
ジョロウグモは肉食で、複数のクモを一緒に飼うことはできない。生きたエサ(虫)や、網を張らせるだけの広さの飼育ケースがクモの数だけ必要だった。作った飼育ケースにクモを1匹ずつ入れ、毎日当番がクモの行動や網の様子を「クモ日記」に記録した。
飼育するクモの数だけ飼育ケースを作る
超音波加湿器で水滴を付ける
研究には、いつも安定して同じ条件で水滴を付けられる超音波加湿器を使った。超音波加湿器ならば糸を顕微鏡で観察する時も、プレパラートと対物レンズのすき間にゴム管を入れて、効果的に水滴を付けられる。
研究で追究したこと
追究1 糸状のものにはどう水滴が付くのか
ナイロン(上)と絹糸(下)の水滴
追究2 クモの糸の水滴がきれいな球形になる理由
追究3 横糸に水滴が等間隔に付く理由
追究1-2で見られた、クモの網の横糸とそれ以外の糸の水滴の付き方の違いに疑問が残ったので調べることにした。スライドガラスを4枚合わせた道具を作り、両面テープでクモの網をそのまま採取した。顕微鏡で横糸や縦糸の様子を観察すると、縦糸にはほつれや傷がバラバラに見つかった。横糸には、ほぼ等間隔に「粘球」が付いているのを発見した。加湿器の霧を吹きかけると、横糸では粘球に水滴が付いてほぼ同時に水滴が成長、ほとんど同じ大きさの水滴が等間隔にできることがわかった。隣同士の水滴が合体することもなく、よく見ると糸に付着する形で完全な球形ではない。
縦糸はほつれや傷の場所、程度がまちまちなため、大きさの違う水滴がバラバラな間隔でできた。しかも、大きな水滴は隣の小さな水滴を吸収したり流れたりする。横糸と縦糸の水滴は大きく様子が違っていた。
横糸(上)と縦糸(下)の様子
追究4 雨が降らなくても、網に水滴が付く理由
10月、修学旅行で訪れた奈良県の東吉野村で、雨が降っていないのに水滴が付いたジョロウグモの網を見つけた。原因は霧だと思うが、本当に霧の水分が蒸発することなく水滴に成長するのか調べてみた。超音波加湿器の水滴は直径0.005~0.01mm、霧は0.01mmと大きな違いはない。超音波加湿器の水滴で実験した。
気温22℃、湿度75%の環境で、ひとつの水滴が蒸発するまでの時間を調べると平均35秒だった。次に、ある水滴が付いた場所に次の水滴が付くまでの時間を調べた。平均20秒ほどで次が付くとわかった。引っかかった霧の水滴が35秒で蒸発するより前、20秒で次の水滴が付くわけだから、霧でも網に水滴は付く。
また、超音波加湿器で霧の水滴をクモの糸に付け続けると、ひとつの水滴が少しずつ周りの小さな水滴を取り込んで大きくなり、大きさが0.1mm以上になると糸に沿って途中の水滴をすべて取り込みながら流れ落ちることもわかった。水不足に悩む地域の役に立つかもしれないと思い、新たな発見にうれしくなった。
おわりに
研究を通じてクモに親しみを持ち、ジョロウグモのいる場所がすぐわかるようになった。クモの糸に水滴が付くことに何の疑問も持たなかった私たちが、多くのことを見つけ、自然の不思議を感じた。クモの糸の見事な球形は、いまでも忘れられない。
[審査員] 林田 篤志
雨上がりの朝、いつもは目立たないクモの巣がはっきり見えたことをきっかけに、クモの糸にはどうしてきれいな球形の水滴が付くのかを科学的に解明しようとした研究です。ジョロウグモを研究対象に、疑問に対して一つ一つ丁寧に調べていく姿勢が立派です。ナイロン糸・絹糸などとクモの糸との水滴の付き方の違い、7種類あるクモの糸の違いによる水滴の付き方を調べることを皮切りに、次々と湧き上がった新たな疑問に対し、それぞれ研究仮説を立てながら追究していくことで、深まりのある研究内容になっています。大きくは4つの追究問題に対し、実験方法を自分たちなりに工夫したり、周りの方の助言を受けたりしながら、最終的には見事にそれらの問題を解決し、誰もが納得のいく結論を導き出しました。全校のみんなの協力も研究を後押ししてくれました。今回の研究から効果的に水を集める仕組みへの活用も考えられ、とても夢のある研究だと感じました。
刈谷市立住吉小学校 小川 まゆみ・一色 絢賀・早川 明希
私たちは、日頃見慣れている「あたりまえの現象」の中に隠されている「科学」に、子どもたちが注目することを願っています。今回は、クモの糸にできる「水滴」に子どもたちが注目しました。クモの糸に付く水滴は、見事な球形をしていました。また、クモの糸でも、糸の種類で水滴の付き方が違っていました。子どもたちは身のまわりのさまざまな糸状の物に付く水滴を調べたり、クモの糸の性質を調べたりする中で、その理由を徐々に明らかにしていきました。研究を進めていく中で、全校の子どもたちがとてもたくさんのクモを捕まえてきてくれました。おかげで、クモの糸を使った実験を思う存分行うことができました。住吉小学校680人全員が理科部の活動を支えてくれていることを感じ、とてもうれしくなりました。このたびは、彼らの努力を認めていただき大変感謝しております。今後も、一人でも多くの子どもたちに自然を追究する楽しさを感じさせたいと思います。ありがとうございました。