研究の動機
夏休みのある日、台所から「キャー」と悲鳴のような音が聞こえた。何だろうと台所へと駆けつけると、母が玉こんにゃくを炒めている音だった。フライパンを振るたびに今度は、「キュッキュッ」という音が聞こえた。 なぜ玉こんにゃくは鳴くように音を出すのか不思議に思い、理科研究部で追究することにした。
研究の準備
玉こんにゃくは山形県のものが有名だが、愛知県でも奥三河地域で作られている。スーパーマーケットで玉こんにゃくを買って、さまざまな予備実験を行った。
1 玉こんにゃくの表面を観察する
結果
焼く前の玉こんにゃくの表面は軟らかく、皮のようなものがある。押すとつぶれるがちぎれることはない。顕微鏡で観察すると、でこぼこしている。割ると、筋のような線が見える。
焼いた後の玉こんにゃくは少し硬くなっている。表面に穴が空いている。顕微鏡で観察すると焦げ目の周りにも穴が空き、でこぼこが小さくなっているように見える。
2 焼いている様子を観察する
結果
熱したフライパンに玉こんにゃくを落とすと、「キュッ」と鳴いた。しかしすぐ鳴かなくなったので、こんにゃくをフライパンに押しつけると「キューッ」と高い音で鳴き始めた。押しつぶされた玉こんにゃくの縁に泡が出る様子が見られ、こんにゃくを押す手に振動が伝わった。
3 ほかの形のこんにゃくが鳴くのかを観察する
結果
板こんにゃくは押しつけると低い音で鳴き、糸こんにゃくはごく小さな音しかしない。ねじりこんにゃくは押しつけると大きく鳴いた。板こんにゃくの場合、大きさを2cm四方から5cm四方まで1cmずつ変えて鳴き方を調べた。ここでの観察から、どのこんにゃくも鳴くことは確認できた。また、大きなこんにゃくほど長く鳴くが、大きすぎると低音になりやすいようだ。玉こんにゃくがほかのこんにゃくより、鳴きやすい形をしていた。
4 玉こんにゃくが鳴く音を定義する
結果
先生のスマートフォンのアプリケーションを使って、玉こんにゃくの音の波形を観察した。測定しながら焼くことを何回も繰り返し、周波数1,000Hzあたりの音で鳴いていることがわかった。そこで、1,000~2,000Hzの音がする時、「玉こんにゃくが鳴いている」と定義した。
そのほか予備実験の反省から、人の手を使わず正確な検証ができる「玉押し君1号」を作製した。手で押して最もよく鳴く力の強さが2.5kgだったので、「玉押し君1号」に取り付けた計量カップに水を入れ、2.3~3.3kgの強さで玉こんにゃくを押すようにした。
研究の内容
音の仕組みを調べると、音が鳴るのは物体が振動する時とある。玉こんにゃくの音が何に似ているのかを考えると、沸騰したやかん(笛吹きケトル)だった。では、笛吹きケトルの音はなぜ生まれるのか。インターネットによると、お湯が沸騰して蒸気が生まれ、注ぎ口の内側で空気が振動して発生するという。
予備実験で玉こんにゃくを焼いた時には泡が出て、手に振動が伝わった。そこからひとつの仮説を立てた。
仮説1:玉こんにゃくは焼かれて加熱面に発生する水蒸気の振動で鳴く
玉こんにゃくから水蒸気が出ているかを検証
デジタルカメラの連写機能を使って、焼いている玉こんにゃくの加熱面を撮影し、玉こんにゃくのなかで水分がぶくぶくと沸騰するのを確認した。泡のように見えたものは水分で、一部は水蒸気となり、一部は液体のまま、こんにゃくから出ているようだ。
間違いなく水蒸気が出るのを確かめるため、500mlビーカーに玉こんにゃくを入れ、上から油を注いで高温で加熱した。すると、玉こんにゃくから泡が出るのが確認できた。加熱した玉こんにゃくからは水蒸気が出ている。
焼く温度で鳴き方は変わるのかを検証
水蒸気の出方は、加熱する温度で変わる。水蒸気で玉こんにゃくが鳴くのだとすれば、焼く温度で鳴き方が変わるのかもしれない。そこで、ホットプレートで玉こんにゃくを焼く温度を変えながら、音の変化を確かめた。100℃、120℃、140℃、160℃、180℃、200℃で調べたところ、結果は下の表のとおりだった。加熱する温度が高くなるほど、音は大きくなっていった。
次に、焼いた後に玉こんにゃく内の水分が、どのくらい減っているかを調べた。焼く温度を100~120℃、150~170℃、200~220℃、300~320℃とし、それぞれの温度で玉こんにゃくを6回ずつ焼いて得られたデータを集計した。結果は、下の表のとおりだ。
玉鳴き値というのは、1秒鳴く間に何gの水分が減っているかを示す値だ。加熱する温度が高くなるにつれ、玉こんにゃくの水分量の減り方が大きくなることがわかる。しかし300℃以上の高温だと勢いよく水分が蒸発するため、短時間しか水蒸気が噴出しない。だから300℃以上は音は大きいが、鳴く時間は短くなる。これまでの結果を見ると、玉こんにゃくは水蒸気が出ることで振動して鳴いていると考えられる。ただ玉こんにゃくは、押したりフライパンを振ったりしないと鳴くことはない。鳴き方と押し方には関係があると考え、ふたつめの仮説を立てた。
仮説2:玉こんにゃくの鳴き方は押す力で変わる
押さえる力を変えると鳴き方が変わるかを検証
軽量タイプ「玉押し君2号」も使い、350g、450g、500g、550g、600g、650g、700g、2.3㎏、2.5㎏、3.0㎏まで押す力を変えて、焼いた時の音の大きさと、鳴き続けた時間を測定した。結果は下の表のとおりだった。
最も長く鳴いた3.0kgの力で押したこんにゃくを顕微鏡で観察すると、皮の部分が明らかにぶ厚く硬くなって、表面のでこぼこがなくなっていた。この表面の変化と、長時間鳴いた、つまり長時間水蒸気を噴き出し続けたことに関係があるのではないかと思った。押されることで表面のでこぼこが作るすき間が小さくなり、そのすき間を抜けようとする水蒸気がこんにゃくを大きく振動させるのではないか。その考えが正しければ、すき間の形で音が変わるはずだ。
すき間から水蒸気が出ると鳴くのではないか
三角と四角のこんにゃくを用意し、切り込みを入れてすき間を作ったもの、切り込みなしのものを、それぞれ揃えた。すべてを2.5kgの力で押しながら焼き、鳴き方を比較したところ、三角も四角も切り込みを入れたほうが高い音で鳴いた。また、すき間が多い形をしていたり、切り込みがあったり、玉こんにゃくであったり、加熱面と接する面積が小さいほうが、高い音が出ることが確認できた。
仮説1と2の検証結果から不思議は解明された。
玉こんにゃくを加熱すると、含まれる水分が沸騰して水蒸気に変わる。強く押すことで、水蒸気が弾力を持った皮から勢いよく噴き出す。噴き出す水蒸気が加熱面とこんにゃくの表面のすき間、細かな溝を通る。その時、水蒸気はこんにゃくを細かく押し上げ、振動させる。
感想
玉こんにゃくの追究を通し、世の中には木管楽器のように細かい振動によって音を出すものがあることに気づかされた。調べて得た知識がその対象だけでなく、周辺へと広がっていくことが、研究の楽しさだと思った。これからもひとつの不思議を追究していきたい
[審査員] 秋山 仁
お母さんが晩御飯の準備をしている時に、キャー(キュー?)という不思議な音がするのを聞き、それが玉こんにゃくを炒めている音だと知ったことが、この研究の発端です。種々の仮説と検証を繰り返し、音が空気の振動だという事実にまで踏み込んで、玉こんにゃくが不思議な音で鳴く秘密を突き止めています。すなわち、玉こんにゃくが焼き付けられた時、内部から噴き出る水蒸気が玉こんにゃくの表面を振動させることによってあの不思議な音が発生するという結論を導いています。また、調査する際の実験に信頼性を持たせるため、実験器具(玉押し君)を作製したり、先生のスマホのアプリを利用して玉こんにゃくが鳴く音の周波数を測定したり、工夫の足跡が窺えました。身のまわりの不思議をテーマにし、科学的に考察を進め、“なるほど"と頷ける結論を導いている本作品は高く評価されるものです。
刈谷市立富士松南小学校 平澤 学
この研究は、玉こんにゃくを焼いたときに「キューッ」と音が出る事象に疑問をもった子どもたちがその秘密について追究したものです。玉こんにゃくを焼いたときに鳴る音を実際に聞いた子どもたちは、押しつけたり、フライパンの表面を滑らせたりしてどうしたら音が鳴るのか考えました。実験を繰り返す中で、玉こんにゃくと鉄板との間から泡が出ていることに気付きました。また、玉こんにゃくの中にある水泡でぶくぶくと沸騰しているようなようすとともに、玉こんにゃくがぶるぶると振動していることも発見しました。彼女たちは玉こんにゃくが鳴く秘密に一歩ずつ近づいていることに喜んでいました。 わたしは、子どもたちと研究を進める中で、子どもたちが家庭に帰ってからも研究について考えたり、他に鳴くものはない かと探したりする姿をたくさん知りました。普段の学校生活だけでは見られない発想力の豊かさと探究心の高まりに大変驚かされました。