研究の背景
理科の授業で、植物の葉の裏には気孔というものがあり、そこから水分が蒸散している(根から吸い上げた水を水蒸気として放出する)と学んだ。気孔は葉だけにあると思っていたが、花びらや実に気孔がある植物もあるという。花の気孔に興味を持ち、先生の薦めでテッポウユリの花を顕微鏡で観察した。するとそこには、本当に気孔があった。
文献には「花びらはもともと葉だったものが変化したものなので、気孔が痕跡として残っているものもある」という記述があった。しかし観察したテッポウユリの気孔は、単なる痕跡ではないように見える。 花びらの気孔には、どんな特徴があるのか。明らかにするために、研究を始めた。
テッポウユリには花びらが6枚あり、花びらのことを花被という。外側3枚の花びらを外花被、内側3枚の花びらを内花被と呼ぶ。めしべは1本、おしべは6本ある。
研究の目的は、おもに次の点を明らかにすることだ。
研究の内容
1:花被にある気孔の特徴
まず、花被の気孔を顕微鏡で観察して葉の気孔と比べてみた。それぞれの特徴をまとめたのが、下の表だ。
花被の気孔 | 葉の気孔 | |
大きさ | 0.07~0.08mm × 0.03~0.04mm 大きさにばらつきがある |
0.10mm × 0.05mm ほぼ同じ大きさ |
形 | 円形にちかい | だ円形 |
葉緑体 | 孔辺細胞のなかに大量にある | 孔辺細胞のなかに大量にある |
原形質流動 | 見られた | 見られた |
花被の気孔は葉の気孔より小さく、形は丸みを帯びていた。共通するのは、孔辺細胞(気孔を構成する唇形の1対の細胞、2つの細胞が唇のように形を変えて気孔が開閉する)に、緑色の葉緑体がたくさんあることだ。葉緑体がゆっくり動く様子(原形質流動)が観察でき、花被の気孔が単なる痕跡ではない可能性が広がった。
花被の気孔(左)と葉の気孔(右)
次に、花被と葉の気孔の数と分布を比較した。それぞれの1mm×1mmの範囲に気孔が何個あるかを数えて、分布状況を確かめた。
まず、外花被の表側にはほとんど気孔は見られず、あったのは中肋(ちゅうろく:中央を縦に走る太い葉脈)の部分だけ。それも10個/㎟以下と数は少ない。外花被の裏側は先端近くにたくさんの気孔が見られ、特に中肋の先端周辺は80個/㎟を超えるところもあった。花びらのふちの部分に全く気孔がないのが特徴だが、ふち以外は全体に気孔がある。
内花被の表側も気孔があるのは中肋部分だけ。内花被の裏側は中肋と花被先端にあったが多くはなく、花被で最も気孔が多いのは外花被の裏側だった。
葉の場合、表側に気孔は皆無、対して裏側にはたくさんある。花被とは違い中肋部分のほうが分布が少なく、裏側中央部に50個/㎟以上の気孔があった。
2:花被にある気孔は蒸散しているのか
花被の気孔の特徴がわかったので、今度は本当に蒸散しているかを調べてみた。三角フラスコに水を入れ、葉を取りつぼみ1個だけにしたユリを差し、フラスコの口をラップで覆って水の蒸発を防ぐ。同じものを4つ準備し、それぞれ花が咲き、しおれるまで、毎日9時に水の量をデジタル測定器で測定した。葉からの蒸散はないので、フラスコの水が減っていれば、その量が花被の蒸散量であるとみなした。4つのうち、同じ傾向を示したものをデータとして採用して検証した結果、以下のことがわかった。
テッポウユリの花被は確かに蒸散していた。つぼみの段階は比較的蒸散量が多く、花が咲くと減少する。咲いている間の蒸散量はそのまま横ばいだが、花がしおれてくると急激に減少する。
さらに内花被だけを残した花と、外花被だけを残した花を用意して、それぞれ表か裏のどちらか一方にワセリンを塗る方法で、各部分の蒸散量を測定した。その結果、花被のうち最も蒸散量が多いのは外花被の裏側で64%、内花被裏側20%、内花被表側9%、外花被表側7%だった。気孔が多い外花被裏側だけでなく、ほかも予想以上に蒸散していることがわかった。
3:花被と葉の蒸散はどう違うのか
花被と葉の1日の蒸散量を比べる実験も行ったが、同一面積あたりの花被の蒸散量は葉の10分の1ほどだった。花被の蒸散量は、葉と比べると圧倒的に少ない。
ただ、花被の気孔は単なる痕跡ではなく、生きて働いている大切な組織であることは明らかだ。下のグラフは、花被とつぼみ、葉それぞれが24時間でどう蒸散量を変えるのか、3時間ごとに測定したものだ。花被とつぼみ、葉の総面積を求めて1㎠あたりの蒸散量を計算し、グラフ化した。量に差はあるが、いずれも時刻で蒸散量を変えることがわかる。15時にピークがくる原因は、気温や湿度、明るさなどのほか、ユリの体内時計が働いているなど、さまざま考えられる。
花被・つぼみ・葉の24 時間の蒸散量の変化
4:なぜ花はしおれるのか
花被も蒸散しているのに、数日(実験では3日間が多い)でしおれてしまうのが不思議だった。同じ実験で葉がしおれることは一度もなかった。
ここまでの実験で、花被の蒸散量が急激に落ちるのは、つぼみの状態から花が開きはじめる時と、咲いていた花がしおれていく時だ。花が開き始める時に減少するのは、光合成を盛んに行う必要がなくなり、葉緑体が消失するからだろうと考えられる。
もうひとつの急激な減少時期が、なぜしおれるかに関わっている。葉や果実などが茎から落ちる時、茎との境界にある特別な細胞が働くのだが、この細胞を離層という。テッポウユリの花被と茎の境目でも離層が働いた時、水分が届けられずにしおれるのではないか。
それを実証するため、花が咲く直前の段階から1日目、2日目、3日目、4日目、5日目のユリをそれぞれ準備し、赤インクを溶いた水を24時間吸わせ、花被が赤くなる様子を観察した。離層が働き分断されれば、その日の花被は赤くならないはずだ。
すると、1~3日目のユリは花被全体が赤くなった。4日目のものはほとんど赤くならない。5日目のものは茶色くなり、しおれていた。花被は3日目までは水分を吸い上げたが、4日目以後は吸い上げなかった。顕微鏡で離層の有無を確かめると、花被と茎の境がはっきり見えた。
テッポウユリは自らの力で、花被を茎から落としていた。花が開き、受粉が終わると花被はもう不要のもの。気孔を持って蒸散を行ってきたテッポウユリの花被も、しおれて朽ちるのだと考えられる。
感想
テッポウユリ以外の50種類の植物を顕微鏡で観察すると、ほかにも花びらに気孔がある植物があり、それは単子葉類に多いということもわかった。花びらの気孔を「単なる痕跡」とする文献もあったが、この研究でそれを覆すことができた。毎日、顕微鏡とにらめっこするうち、生きている物の確かな営みや不思議さに触れることができ、とても有意義だった。
[審査員] 邑田 仁
この研究では、気孔と蒸散について調べる目的で、これまであまり調べられていないテッポウユリの花を選んでいます。小学生でも扱える視覚的な手段によって、テッポウユリの花に気孔があり、その気孔が蒸散に役立っていることを明らかにするという目的は達成されていると見られます。ただ、考察は教科書的であり、うまくまとめすぎていることが気になります。生徒の個性が見られるような、実際の観察で気づいた発見や失敗なども書かれていれば、もっと生き生きとした報文になったのではないかと思います。顕微鏡写真はよく撮れていますが、このように観察するための工夫や、使用した機材について説明しておくことは必要であり、今後の研究に役立つことと思います。
由利本荘市立鶴舞小学校 校長 佐藤 和広
植物の気孔については、小学6年生で勉強します。本校の子どもたちも理科の時間に顕微鏡で、気孔の様子を観察していました。その中で「気孔は葉の裏側に多くみられる」ということを学習します。ほとんどの人は、気孔は葉にあるものと認識しています。しかしよく調べてみると、植物によっては、花びらにも気孔があることがわかりました。文献を調べてみると「花びらに気孔の痕跡が残っている植物もある」と出ていましたが、私たちが最初に調べたテッポウユリの花被(花びら)の気孔は、単なる痕跡にはみえません。「この気孔は蒸散しているのか」。研究はそこからスタートしました。研究は、気孔の観察と蒸散の実験が中心となりましたが、とても根気がいるものでした。顕微鏡に集中しすぎて、気分が悪くなることもありました。しかし、子どもたちなりの結論を出すことができました。3人で楽しみながら研究できたことも大きかったと思います。