研究の動機
普段、何気なくやっていることでも、ふとなぜだろうと思うことがある。ある日、リビングで勉強をしていたところ、弟がココアを飲みたいと言ってきた。小さい弟がお湯を扱うのは危ないと思って、代わりにホットココアを作った。弟がさらに「僕、冷たいココアがいい」と言ったので、ホットココアに氷を入れてみた。すると、入れた氷がコップの内側の壁に沿って、くるくると回り始めた。このことを不思議に思い、科学部で氷回転現象と命名し、その原因を研究することにした。
ビーカーの水に入れた氷が回転している様子
研究の準備
予備調査と予備実験
まず、氷回転現象を見たことがあるか、見たことがある場合はどんな条件下で起こったか、家族や親戚、友達や先生方に聞き込み調査をした。
その結果、「空気が入った白っぽい氷で、シューッと音をたてて回った」「茶葉がくるくる回っていた」「黒豆の皮らしきものが中央で回っていた」といった証言があった。その体験談から、氷に含まれる気体が影響している可能性や、液体自体に水流が起きた可能性などが考えられる。現象が起こった時の氷の個数は証言によってばらばらで、氷の数は関係ないのかもしれない。
証言や実験から、緑茶、コーヒー、味噌汁、ココア、水のどれでも、氷回転現象が起きることが確認できた。
また、熱い飲み物に氷を入れた時に氷回転現象を見る人が多かったため、0~80度まで10度ずつ温度を変えた水800mLで確かめてみた。周りに定規のような目盛りを入れたビーカーを用意して各温度の水を注ぎ、水面に限りなく近いところから氷を水中に落とす。それぞれ氷がどれだけ回転するかを繰り返し調べた。各温度の水で氷が何cm回転したか、その平均を比較したのが下の表だ。
水温と氷が回った距離の関係
高い温度のほうが頻繁に氷回転現象が起こり、氷の回転距離が長かったことから、氷から水が溶け出して回転していると考えられる。低い温度の水でも最初は氷が回ったが、途中で回らなくなった。80度が最も長く回るのは、高い水温だと氷の溶ける速度が早く、ビーカー内に水流が起きたからではないか。ここからは80度の水で実験し、確かめることにした。
実験の結果
氷を落とす高さを一定にするために、実験では「氷落とし機安定型」を使った。洗濯ばさみに割り箸を差し込んで、ビーカーの水面に対して垂直になるようスタンドに挟める装置で、洗濯ばさみの先と水面の距離をさまざまに調節できる。
水を注いだ直後の水流を確認する
まず、水を注いだ直後に氷とは関係なく、水流が生まれているかを実験で確かめた。すると水を注いだ直後から180秒ほどは、注がれた水の力でビーカー内に水流が生まれていることがわかった。そこに氷を入れてみると、水が注がれてから氷を入れるまでの時間が短いほど、氷が回転する距離も長い傾向があった。以後の実験は注がれる水流の影響を排除するため、210秒後に氷を入れて行うことにした。
氷から水が溶け出すことで氷は回るのか
次に、氷から溶けた水が回転に関係しているのかを調べた。1000mLビーカーに約80度の水を800mL注ぐ。そのビーカーに、氷落とし機安定型を使って溶ける氷と溶けない氷をそれぞれ1個ずつ、ゆっくり入れる。そうして回った距離を測ってみた。
結果、溶ける氷は平均で10.2cm回転したが、溶けない氷は25回中21回がまったく回らなかった。氷から溶け出した水は、氷回転現象の要因のひとつだといえる。しかし、溶けない氷でも回ることもあった。それは、ビーカーへ氷を落とす高さと関係するのではないだろうか。
氷を落とす高さについて調べる
今度は、氷を落とす水面からの高さを変えて、溶けない氷だけで実験した。1000mLビーカーに約80度の水を注ぎ、溶けない氷の下面が水面に対して-3cm(水深3cm)、0cm(水面にぴったりつけた状態)、水面から3cm上の高さ、6cm上の高さ、9cm上の高さと、落とす位置を変えてみた。結果は下の表のとおり。
溶けない氷を落とす高さと回った距離の関係
3cmまでは落とす高さが高いほど、回転する距離が長い。氷を高い位置から落とすと加速し、水面に着くと下方向の力が水に邪魔されて左右に分散、水流が起こるのではないかと考えた。高さ6cmと9cmの時にほとんど回っていないのは、高すぎると発生する水流同士がぶつかり合い、氷回転現象につながりにくいからだと考えられる。氷から溶け出した水の行方を調べる
溶け出した水の行方を調べるため、1000mLビーカーに約80度の水を800mL注ぎ、食紅で色を付けた氷を中央に落として観察した。すると、溶け出した水はビーカーの下の方へ沈んでいった。溶けた水は80度の水より冷たく、密度が大きいためだと考えられる。このことから沈んだ水が底に当たってはね返ることで起こる水流が、回転に影響しないのかと疑問に思った。
そこで、1000mLのビーカーに約80度の水を300mL、600mL、900mLと水量を変えて注ぎ、それぞれ氷をゆっくり入れて、回った距離を比較した。はね返る水流が回転に影響するなら、水量が少ないほうが回るはずだが、結果は水量が多いほど回転した距離が長かった。このことから、底からはね返る水流は回転には関係がないとわかった。
水の量と回転との関係を調べる
前の実験で水量が少なくなるほど回転しなかった原因は、水温にあると考えられた。量が少ない水に氷を入れると、すぐに水温が下がるだろう。実際、1000mLビーカーに80度の水を300、600、900mLずつ注ぎ、それぞれ210秒後に氷を入れて、氷が溶けきった時の水温を比べてみた。すると予想どおり、水量が多いビーカーほど、水温は下がりにくかった。
80度の水を300、600、900mLずつ注いだ3個の1000mLビーカーを90度の水を張った丸型水槽に浸け、温めながら210秒後に氷を入れて回転する距離を調べると、3個に差は出なかった。このことから氷回転現象に水量そのものは関係せず、水温が影響していることがわかる。
氷に含まれる気体の影響を調べる
最後に、聞き込み調査で出ていた空気を含んだ氷に着目し、気体と氷が回る距離に関係はあるのかを調べた。1000mLビーカーに80度の水を800mLずつ注ぎ、気体が含まれる氷と、含まれない氷を入れて回る距離に差があるのかを確かめる。結果、気体を含む氷の回転距離は9.18cm、気体を含まない氷の距離が9.76cmで、気体を含まない氷の距離がわずかに長かった。
気体による氷回転現象への影響を「t検定」でも調べたが、有意差がないことがわかったため、気体は氷が回る距離に関係していないと考えられる。
研究の結果
氷から水が溶け出す反作用で氷は回る。また、水を注いだ時に水流が発生するため、水を注いですぐに氷を入れると回る距離が長くなる。水温が高いほど氷が回る距離は長くなり、水量や気体は関係しない。実験で得られたデータに一部ばらつきがあったことから、回転には別の条件があるかもしれない。今後の課題としていきたい。
[審査員] 秋山 仁
同じひとつの現象を見て、“なぜだろう?”と感じる人と何も感じない人がいます。刈谷東中の氷班9名は、コップの液体に氷を入れると回転するという現象にふしぎを感じたことが、この研究のはじまりです。氷の回転現象には分からないことが多かったにもかかわらず、仮説を立て、実験を工夫し、実験結果をまとめて検証しながら真実を突き止めています。とても科学的なアプローチが成されていました。試行錯誤の結果、氷から水が溶け出る反作用で氷が回る、水を容器に注いだ時の水流発生で回転する距離が決まる、という結論を導いています。普段見落としがちな現象に注目して科学的に解明した優れた作品です。
刈谷市立刈谷東中学校 名倉 秀樹
普段の部活動において、生徒たちが身近なところからさまざまな疑問をもち寄り、研究を計画するようにしています。今回の研究でも、彼女らが日常生活の中で、「飲み物に氷を入れたら回りだした」という現象から疑問を感じ、研究を始めました。仲間同士ディスカッションを行い、氷が回りだす要因をどのようにしたら解明できるのか考え、それをもとに実験を行うようにしました。特に生徒の自主性を大切にし、のびのびと研究できる場と環境を用意しました。研究を進める中で、一見データに関係性が見られない場合でも、視点を変えて他の要因を探すようにアドバイスをしました。また、1人1冊ノートを渡して、実験したすべてを記録すること、写真を必ず撮り記録して残すことを、研究を通して意識させました。生徒たちの追究したいことが出来るようにサポートに徹しました。彼女らが強い信念をもって、追究していった頑張りがとても大きいと思っています。