研究の動機
小学6年生の時、自ら光を求めて動き、光合成を行うボルボックスを知って、その生き方に衝撃を受けた。どんな生物なのか自分の目で確かめたくなり、研究を始めた。今回は、ボルボックスの特性である走光性についてより詳しく調べ、過去の実験から生まれた疑問を追究し、さらに深く研究を進めることにした。
研究の背景
ボルボックスは、くるくると回りながら泳ぐ、美しい緑色の緑藻だ。直径0.5~1mmの球体で、きれいな川や田んぼなどの淡水に生息している。球体の表面には2本の鞭毛(べんもう)とひとつの眼点を持つ丸い細胞が1,000~17,000個並び、球体は群体(最も単純な多細胞生物のこと、1群体が1個体)と呼ばれる。それぞれの細胞は鞭毛を球体の外側へ伸ばしていて、その鞭毛を打つように一斉に動かすことで、回転しながら移動する。光のほうへと動く走光性を持ち、顕微鏡を作ったことで知られるレーウェンフック(オランダの博物学者)に発見され、植物の学名を考案したリンネ(スウェーデンの博物学者)にボルボックス(ラテン語で回転するを意味するVolvoに由来)と命名された。世界では約20種、日本では5種が発見されている。
研究の内容
ボルボックスの特徴
ボルボックスは春から秋にかけて無性生殖で繁殖し、環境が悪くなると有性生殖を行って乾燥に耐える接合子(受精卵)を作り、冬を越す。春になると発芽し、再び無性生殖を行う。無性生殖は、親の群体内部に新しい群体ができることで行われる。群体の内部にはゴニディアと呼ばれる生殖細胞があって、ゴニディアが体細胞分裂して次世代の胚(娘群体)を作る。娘群体は最初、生殖細胞が外側に体細胞が内側に配置されていて、成熟の過程で外と内とのインバージョン(反転)が起こる。娘群体が十分に成熟すると、親群体の体細胞層を破って孵化する。2回、胚を放出した親の個体は細胞死する。
実験1・ボルボックスの入手
2019年5月~6月にかけて、久喜菖蒲公園昭和沼と春日部市内の田んぼで、ボルボックスの採集を行った。ボルボックスの繁殖期なので、沼も田んぼもボルボックスが増えて採集できると予想していた。結果、6月に沼の1地点で2種類の採集方法により32群体(親18群体、娘14群体)を採集できた。
春日部市内の田んぼは農家の方のご協力をいただき、田植え後の5カ所を調べてみた。しかし、5カ所すべての水に、ボルボックスを見つけることができなかった。にごっている水では、ボルボックスは生息できにくい傾向があるのかもしれない。
8月の夕方と午前9時30分ごろ、ボルボックスの生息地として知られる琵琶湖の2カ所でも採集を行った。その結果、午前中に採集した琵琶湖東側の砂浜で多数の群体を見つけることができ、合わせて32群体を採集した。
この実験から、ボルボックスは浅く水の流れが少しある場所で採取しやすく、久喜菖蒲公園より琵琶湖に多くが生息していることがわかった。また、2つの研究所から、ボルボックス・カルテリ、ボルボックス・オーレウスという種類のボルボックスを分譲していただいた。
実験2・ボルボックスの観察と同定
ボルボックスを顕微鏡で観察すると、親群体のなかの娘群体に、変わった形をしたものが複数ある。これはインバージョンの途中と推測できた。ボルボックスの微細構造について、自宅の光学顕微鏡、岩国市ミクロ生物館の微分干渉装置付生物顕微鏡を使って詳しく調べた。
自宅顕微鏡での観察から、親から娘が出る瞬間、インバージョン途中のコニディア、接合子を持った群体、娘のなかにある孫のゴニディア、琵琶湖のボルボックスは久喜のボルボックスよりきれいな卵形をしていること、などが確認できた。形状が異なるため、久喜菖蒲公園のボルボックスはボルボックス・カルテリやボルボックス・オーレウスとは違う種類だと考えられる。
ボルボックス・オーレウスの親群体から娘群体が出る様子(自宅顕微鏡)
久喜菖蒲公園の群体で観察できた娘群体のインバージョン(自宅顕微鏡)
久喜菖蒲公園の群体で観察できた接合子(自宅顕微鏡)
久喜菖蒲公園のボルボックス体細胞(微分干渉装置付生物顕微鏡)
実験3・簡易な培養条件の検討
ボルボックスの培養は、赤玉土や鹿沼土を使った二層培地が安定的だといわれる。土を使わない培養液としては、市販のミネラルウォーター(ヨーロッパの軟水)に石灰岩の寒水石と、液体肥料のハイポネックスを入れるものが知られている。土を使う培養は水や土壌の煮沸に手間がかかり、煮沸が不十分だと他の微生物によるコンタミネーションが起こる。今回は、高圧蒸気滅菌器がない環境で簡易的に培養ができないか、試してみた。
鹿沼土20gをクッキングシートで包み、500Wの電子レンジで3分間滅菌し、水とハイポネックス(濃度が0.05%になるように調整)を加えた培養液で、ボルボックスが培養できるかを調べた。しかし、2日目には液の底からもやのようなものが広がり、10日以内に死滅した。他に寒水石を1粒30秒直火であぶり、水とハイポネックス(濃度0.1%)を加えた培養液でも試したが、こちらは21日間生存した。電子レンジの時間を延ばしても培養は成功しなかった。この方法では十分に滅菌できないという結果なので、今後は別の方法を検討したい。
培養液の実験では他に、ハイポネックス濃度が0.01%の液だとボルボックスが短期間で大量に培養でき、0.1%だと長期的に培養できることがわかった。また、市販されている5種類のミネラルウォーターを比べると、国内で採取した天然水が最も培養に向いていた。ナトリウムとカリウムが含まれないことが、関係しているのかもしれない。
実験4・走光性実験
ボルボックスの走光性を詳しく調べるため、シャーレにボルボックスを入れ、横の一方向からLEDライトの光を照射すると、どう動くのかを調べた。久喜菖蒲公園のボルボックスを使い、LEDライトとシャーレの距離を0、5、10cmと変え、照射時間はそれぞれ10分ずつとした。その結果、ボルボックスは光に向かって集まる正の走光性を確かに持っていた。LEDライトが近く強い時ほど、速く多く光に集まる。シャーレまでの距離が長くなるほど、シャーレのふちに広がるように集まるのは、光の進み方が影響すると考えられる。
次に、ボルボックスは光の色の違いで、異なる走光性を示すのかを実験した。赤、青、黄、緑、透明セロハンシートのどの色に、多く集まるのか調べてみた。その結果、ボルボックスは透明のセロハンを通した光に最も多く集まり、次いで青のセロハンを通した光に反応した。透明セロハンは光のほぼすべてを透過し、照度が最も高い。しかし青セロハンの光は黄セロハンより照度が低く、赤や緑ともあまり変わらない。ボルボックスの光に対する集まりやすさは照度ではなく、波長に左右される可能性がある。青の次には赤いセロハンの光に強く反応したので、光合成に必要な光の波長(青紫色や赤色)を好み、今回の結果になったと推測できる。
[審査員] 邑田 仁
生物の研究には、その基礎として、材料の採集、同定(名前を明らかにすること)、安定した飼育などを行うことが、まず必要です。この研究では、自分自身でそれらを行い、培養条件の工夫と走光性に関する実験を含めて、結果を示しており、ボルボックスという生物を取り扱い、理解する力をつけてきていると思います。今の段階では、観察結果の考察に推量の部分が多く、結論が出せていないのですが、今後はこれまでの経験を踏まえ、何を知りたいかという目的を具体的に設定して、それに必要な実験・観察を的確に進めていくことを期待します。顕微鏡写真は確実に撮影されて美しく、観察結果を客観的に表していますが、その説明や記述には注意すべき点があります。たとえば、ボルボックスは単細胞生物の集合(群体)なので、親細胞・娘細胞ではなく、それぞれ親群体、娘群体と呼ぶべきです。
森山 由紀
この研究は学習教材の掲載記事がきっかけでした。小学6年生の時にボルボックスの美しさにひかれ、「自分で採取して顕微鏡で見てみたい!」と相談されました。昔は身近な田んぼや池に生息していたボルボックスが、なかなか見つからず、休日は家族であちこちの池を訪れました。ようやく数匹のボルボックスを見つけた時の彼女のキラキラした表情は、忘れられないものとなっています。本年度は、当時の失敗の原因を自分なりに考え、工夫していました。研究内容の見直しを通して、彼女の成長も感じることができました。実験が進むにつれて、部屋の中には怪しげなペットボトルが増えていったり、旅行にボルボックスを持参したりしていたのも、今ではいい思い出です。今回、多くの方々に協力をしていただき、研究に繋がったことを感謝しております。これからも「?」が「!!」になる楽しさや喜びを感じ、いろいろなことに興味を持ってチャレンジしてほしいと願っています。