研究の背景
4年生の時、長野県で開かれた合宿(軽井沢町と東大先端研が描く未来の教育 未来の科学者、集まれ!―軽井沢の森の神秘を科学する―)で、ドングリを料理した。ドングリのクッキーを食べたり、ドングリティーを飲んだりして、縄文人の気分を味わった。ドングリは動物にとって、いまも大事な食糧だ。ドングリは木から落ちるだけだと発芽しにくく、動物に土に埋めてもらうことで生存確率を高めているそうだ。リスなどの動物が土中に隠したものが発芽する。合宿では会田進先生(明治大学黒曜石研究センター研究推進員)に、「リスがかじって苦かったものがポイッと捨てられて、それが発芽することもある」と教えていただいた。苦いドングリがあるのはあえてのことなのか、と不思議に思った。
ドングリの歴史は人間より古く、6500万年前の白亜紀から生き延びてきたそうだ。動物に食べられたり、虫に卵を産み付けられるドングリが、なぜそんなに生き延びられたのか。ドングリの実は多様な個性を持つのではないか。含まれる成分の割合、形状の仕組みやバラツキ、発根・発芽を観察して、ドングリの個性を見つけて、どんな生存戦略をとっているのか、探ることにした。
研究の準備
ドングリの採集と選別・保管方法
研究はドングリの成分を調べる「実験」と、形状や発根・発芽を確かめる「観察」とで進める。「実験」と「観察」に必要なドングリを、11月に地元の公園でひたすら拾った。傷みのなさそうな色つやのよいものを持ち帰り、コナラ277個とクヌギ310個に分けて種類別に土嚢袋に入れる。直射日光の当たらない屋外に数週間置いたが、表面が乾かないように土嚢袋の中へ毎日水やりを続けた。2~3週間すると袋の中で発根するコナラが出てきた。1カ月後、状態の良さそうなものを優先的にバーミキュライト(土壌改良剤として使われる土)へ植えた。あとはコナラとクヌギそれぞれ60~70個ずつ残して、成分を調べる「実験」に使うことにした。
成分の測定方法を決める
ドングリにはポリフェノールの一種、タンニンが含まれていて、これが苦みのもとだ。ドングリによって苦みに差があるのは、タンニンの含有量が違うから。タンニンは鉄と反応してタンニン鉄になる。この性質を使って、ドングリに含まれるタンニンの量を調べる。
ドングリの実を殻から出してすり鉢ですり、重さを記録する。布に包んで300mL程度の水の中で成分を搾り出す。デンプンが沈殿するまで数時間待ち、上澄み液を試験管と保存瓶に取っておく(原液)。残った液に鉄釘(13×45mm)を4本入れ、ラップをして10時間ほど放置する。10時間たったら、軽くかくはんして液体を試験管と保存瓶に取り出す(反応液)。原液と反応液をそれぞれ色解析し、HSL(色相・彩度・輝度)の輝度の変化を記録(輝度は黒さを測る基準になる)する。
デンプンの含有量も集計する。ドングリの実をすり鉢ですり、重さを記録する。布に包んで300mL程度の水の中で成分を搾り出し、数時間待つ。ここから、上澄み液を除いてもう1度300mLの水を加え数時間待つ、という作業を繰り返す。上澄み液のにごりがなくなったら、最終的に水分を蒸発させ、残ったデンプンの重さを測る。
実験の結果
コナラとクヌギの実50個ずつで、実の成分を調べた。タンニンの含有量を調べるため、原液の輝度から反応液の輝度を引き、その差を出す。差が大きいほどタンニンが多く含まれていることになる。釘の鉄分が影響するかもしれないので、釘から水に溶け出す鉄分の輝度も調べ、その値を引いて補正した。その結果が、下のグラフだ。
コナラのタンニン量の割合(左)と、クヌギのタンニン量の割合(右)
観察の結果
レアタイプのドングリ発見
実験を進める途中、不思議なドングリを見つけた。コナラの個体で、他のドングリと明らかに違う。普通、ドングリはとがった先端から発根する。このドングリは真ん中あたりから、芽なのか根なのかわからないものが出ていた。このドングリを「ひょっこりはん」と名付けた。
光学顕微鏡で観察してみると(スンプ法で観察)、ひょっこり部分は根らしいことがわかった。ドングリはまれに、先端以外からも発根するらしい。
「ひょっこりはん」顕微鏡画像
空気を読む「エリートくん」の成長
冬の間に、意地悪な植え方をしたコナラのグループがあった。1月にすでに発根していた6つのコナラのドングリがあって、生命力が強くかなり成長が早そうだった。「エリートくん」と命名し、植木鉢の土にあえて上下逆さまにして深く埋め、発芽するまでを見守った。
根が出るのは早かったエリートくんたちだが、発芽してきたのは4月になってからだった。しかも、1本が発芽して葉を広げ、ある程度成長すると次が生える、ということを繰り返しながら成長していったのだ。科学的ではないが、エリートくんたちは土の中で相談し、発芽の時期をずらして高さを変えているように思えてしまう。
似たような例はコナラとクヌギが混在したプランターでもみられた。成長の遅いコナラが地面近くで葉を広げ、クヌギはニョキニョキ上へと伸びていく。クヌギのなかに、低い場所で全く葉を広げず、先に茎だけ他より高く伸ばした猛者がいた。葉を広げなければ光合成ができないから、実のデンプンだけで茎を伸ばしたわけで、「武士は食わねど高楊枝」から「武士」と命名した。
茎を先に伸ばした「武士」
考察
「ドングリの背くらべ」というようにどれも似たり寄ったりと思われがちなドングリだが、成分を調べるとなかにはとても苦いものがある。うまかったり苦かったりの当たり外れがあると、貯められたり捨てられたりして、発芽につながる。まれに他と発根・発芽の方法が違う実があったり、環境で発芽の時期や茎の伸ばし方を変えたりするのも、何より生き残るのが大事というドングリの気合だ。「ドングリの背くらべ」は悪い意味ばかりではない、個性を大事にするのは、種全体が生き残るのに基本のことだからだ。
[審査員] 森内 昌也
高橋さんの研究のすばらしさは、研究の動機から結びとしての「全体考察」まで、自分の言葉で語りながら書いているところにあります。研究が自分のものになっていることが、文章だけでなく、観察・実験の写真やグラフ等からしっかりと伝わってきます。宮沢賢治の「どんぐりと山猫」やことわざを例えとして使うなど、表題のユニークさにも研究の特徴が表れています。表現手法のユニークさが特徴ですが、独り善がりの研究になることなく、ドングリに関するさまざまな事象を客観的にとらえる観察や実験が、的確に示されています。特に顕微鏡を使って、ドングリとしてのコナラとクヌギにおけるヨウ素デンプン反応の違いを調べる実験では、顕微鏡を通して見える二つの写真から、その違いが鮮明に示されています。科学的な手法を絶えず意識して研究を進めているので、自然科学として通用する作品になっており、「オリンパス特別賞」に十分値する作品といえます。
高橋 靖子
本研究のきっかけとなったのはドングリの調理を体験させてもらった合宿でした。直後「おれ低学年の時からドングリ食べてたんだよね」と打ち明けられ、非常に驚いた(少々呆れた)のが今では懐かしい思い出です。成分を測ってから結果をまとめるまで試行錯誤でしたが、ドングリの成長や思わぬ発見に喜んだり、時には枯れてしまってショックを受けたりと、まさにドングリとともに成長した1年を見守りました。合宿でお世話になった先生方にはその後も励ましのお言葉をたくさんいただき、本当にありがとうございました。市役所の環境課の方も突然質問に訪れた本人の話を聞いて一緒に考えてくださったそうで、サポートしていただいた皆様の温かい眼差しのおかげもあり、1年間モチベーション高く取り組めたのだと思います。「生きているとは何なのか」に強い興味を持っている本人なので、これからも不思議に思うことをどんどん自分の手を動かしながら考えていってほしいです。