研究の背景
3年間、変形菌(南方熊楠が研究したことで知られる小さな生物。別名・粘菌。アメーバ状の体を変身させてキノコのように胞子を作る。倒木、落ち葉などにすみ、微生物を食べて生活している)という生き物について研究してきた。これまでの研究で、変形菌は穀物をよく食べること、チーズなどの乳製品、しいたけなどのキノコまで食べることがわかった。
なぜこれほどいろいろなものを食べるのか、考えてみた。どの食べ物にも含まれているのはたんぱく質だから、たんぱく質が必要だったのかもしれない。
今回は、変形菌がたんぱく質の多いものを好きなのかどうかを、調べることにした(研究1)。また、同じものを食べ続けた変形菌が、他のえさをほしがるのかほしがらないのかも確かめたい(研究2)。
予想としては、変形菌はたんぱく質の多い食べ物を好きだと思う。変形菌は倒木などにすんでいるので、植物由来のたんぱく質が好きなのではないか。
また、同じえさを食べ続けた変形菌は、ほかのえさは食べないのではないかと思う。
研究1
たんぱく質が多いものを好きかどうかの実験方法
直径4cmのシャーレに、丸く切ったキッチンペーパーを敷いて湿らせる。変形菌と、たんぱく質が多いえさを入れてふたをし、2時間ごとに変形菌の様子を観察する。シャーレは1つのえさに、複数を用意した。
シャーレに入れるえさは、植物由来の落花生と豆腐、動物由来の鶏肉、豚肉、いわし、卵の白身を用意した。
変形菌がえさを食べたかどうかの判定は、下の写真のようにえさの上に乗った時、すき間なくかさぶたのようになったり、扇のように広がったりした時は食べていると判定した。えさに乗っても、かさぶたのようにならず血管のような形の時は、食べていないと判定した。
左がえさに乗って食べた時、右がえさに乗っても食べていない時
落花生は好きか
生の落花生を与えた時、5つのシャーレすべてで変形菌は落花生に乗り、食べていた。
加熱した落花生を与えた時、5つのうち2つのシャーレで変形菌は落花生に乗り、食べていた。
左が加熱した落花生を食べている変形菌、右が食べなかった変形菌
豆腐は好きか
生の豆腐を与えた時、5つのシャーレすべてで変形菌は豆腐に乗り、食べていた。
乾燥した豆腐を与えた時、5つのうち4つのシャーレで変形菌は豆腐に乗り食べていた。
鶏肉は好きか
生の鶏肉を与えた時、5つのうち4つのシャーレで鶏肉は無視され、変形菌はえさを探してはい回っていた。1つのシャーレでは変形菌が鶏肉に乗ったが、集まってじっとすることはなく、そのまま通り過ぎてしまった。
加熱した鶏肉を与えた時、5つのうち4つのシャーレで鶏肉は無視された。変形菌はえさを探してはい回り、最後は色が白くなって死んでしまった。1つのシャーレでは鶏肉に乗ったが、そのまま黄色ではなくなって死んでしまった。
豚肉は好きか
生の豚肉を与えた時、2つのシャーレどちらでも豚肉は無視された。変形菌はえさを探してはい回っていた。
加熱した豚肉を与えた時、5つのシャーレのうち2つのシャーレで変形菌が豚肉に乗ったが、そのまま通り過ぎてしまった。3つのシャーレでは、豚肉は無視されて変形菌が乗ることはなかった。
いわしは好きか
生のいわしを与えた時、5つのシャーレのうち1つのシャーレで変形菌がいわしに乗り、食べていた。4つのシャーレでは、変形菌はいわしに乗ることもなく、はい回っているだけだった。
加熱したいわしを与えた時、5つのシャーレすべてで変形菌はいわしの上に乗ったが、そのまま食べずにはい回っているだけだった。
卵の白身は好きか
生の白身を与えた時、5つのシャーレすべてで変形菌は白身を食べていなかった。1つのシャーレで変形菌が白身にさわったが、食べてはいなかった。
加熱した白身を与えた時、5つのシャーレのうち2つで変形菌が白身に乗った。そのうちの1つは白身を食べているような形になった。
さまざまなえさを与えた実験結果からの考察
実験の結果、よく食べたのは落花生と豆腐、食べなかったのは鶏肉や豚肉、いわし、卵の白身だった。植物由来の豆腐や落花生はとてもよく食べた。動物由来のものは食べなかったし、鶏肉を入れた時は変形菌が黄色ではなくなって死んでしまった。
このことから、変形菌は、植物からできたものが好きで、動物由来のものはきらいであると考えられる。また、落花生は生の時にはすべての変形菌がよく食べていたが、加熱したものはそれほど好きでもなさそうだった。
研究2
同じえさを食べ続けた変形菌の実験方法
直径4cmのシャーレに丸く切ったキッチンペーパーを敷いて湿らせる。シャーレに1週間ほど同じえさで育てた変形菌と、しばらく食べていたえさ、そうでないえさを一緒に入れる。それぞれのえさに対して変形菌がどう動くか、2時間おきに観察する。変形菌は植物由来のえさをよく食べることがわかったので、米、オートミール、落花生の3種類で実験した。
米ばかりを食べた変形菌が何を食べるか
米ばかりを食べていた変形菌に米とオートミールを与えると、5つのシャーレ3つで米もオートミールも食べた。残り2つのうち1つはオートミールだけ食べ、もう1つは米だけを食べた。今度は、米と落花生を与えると、5つのシャーレのうち4つは米も落花生も食べた。残りの1つは米だけを食べた。
オートミールばかりを食べた変形菌が何を食べるか
オートミールばかりを食べていた変形菌にオートミールと米を与えると、5つのシャーレのうち4つで両方を食べた。もう1つのシャーレは米を食べたが、オートミールを食べたかどうか、よくわからなかった。今度は、オートミールと落花生を与えると、5つのシャーレでオートミールだけを食べ、落花生は食べなかった。
落花生ばかりを食べた変形菌が何を食べるか
落花生ばかりを食べていた変形菌に落花生とオートミールを与えると、5つのシャーレすべてで両方を食べた。今度は、落花生と米を与えると、5つのシャーレすべてで両方を食べた。
同じえさと他のえさを与えた実験結果からの考察
変形菌は落花生のことを好きでもきらいでもないけれど、時々食べたくなるような必要な栄養が含まれているのかもしれない。変形菌と栄養バランスとは無縁と思っていたが、同じえさを食べたり食べなかったりすることから、栄養を考えて食べているのかもしれない。
まとめと今後の課題
変形菌はたんぱく質の多いものをえさにすることがある。しかし、動物由来のものは食べず、植物由来のものを食べる。同じえさを食べ続けた変形菌に違うえさを与えると、食べ続けたえさもそうでないものも食べる。栄養のバランスを考えてえさを食べるのかもしれない。
落花生をよく食べる時とそうでない時があったので、今後はその理由を確かめたい。阿見町にいる変形菌には、どんな種類があるのかも調べてみたい。また、変形菌が糖分を好きなのかきらいなのか、詳しく調べてみたい。
[審査員] 木部 剛
ふだんの生活では目にする機会の少ない変形菌に着目し、その食性について探る4年目の研究です。これまでの研究で、変形菌の好む食品にはたんぱく質が共通して含まれていることに気付き、今回はたんぱく質に注目して実験を行いました。その結果、たんぱく質を多く含む食品のなかでも植物由来のものは摂食し、動物由来のものは回避するという変形菌の食性がわかりました。また、同じ食品を与え続けたあと別の食品に切り替えた場合、その順序により摂食傾向にちがいがみられるかについても調べ、同じ植物由来でも、ちがいがあることがわかりました。変形体の動きはきわめてゆっくりであり実験には長い時間を要しますが、根気よく観察し、興味深い結果を導くことができました。変形菌が自然に生息する環境で何を摂食しているのかについては未解明な部分が多く残されており、このような継続研究が変形菌の食性の解明に繋がる研究に進展していくことを期待しています。
宮本 卓也
小学校に入学して初めての夏休みを控え、自由研究をやりたいと言い出した娘に、「何の研究がしたいの?」と聞いたときの答えが、「お父さんと同じがいい!」。当時、私が関わっていた生き物は「変形菌」。小学生どころか大人さえほとんど知らない生き物についてどこまで研究ができるか心配でしたが、彼女が興味をもったのは、自由自在に形を変える変形体の動きだったので、その研究から始めるように助言しました。種ごとの動きの比較やえさの好みについての研究を進め、4年目の今年は栄養のバランスについて探究しました。こちらの予想と違った動きを見せる変形体。そのたびに「なぜ?」と頭をひねりながら実験を繰り返しました。しかし、その試行錯誤の中で、小学生でもできる、よりよい実験方法を考えたり手順に工夫をしたりしながら進めた研究は、見ている親としても大変興味深いものでした。これからも引き続き、変形菌のふしぎに迫っていきたいと思います。