研究の動機
セミが羽化する時期は、幼虫が地中で感じる温度や湿度が影響するのではないかと考えて、これまで11年間研究している。2012年度までの研究で、ニイニイゼミがよく羽化をする場所を発見した。ニイニイゼミの幼虫は、観察場所のセミのなかで最も早く羽化する。また、ニイニイゼミの幼虫は他のセミと比べて最も小さく、全身に泥がついている。泥は他の幼虫にはついていないのに、ニイニイゼミの幼虫だけにつく。2013年度はニイニイゼミの幼虫が羽化した後に残るぬけがらの形態観察から、泥がつく理由を調べた。その時、ニイニイゼミのぬけがらに、泥とともに白い粉のような物質がついているのを発見した。この物質が何なのか不思議に思い、他のセミとは違うニイニイゼミの幼虫の特徴について、さらに詳しく知りたいと思った。
ニイニイゼミのぬけがらと白い物質の付着場所、その顕微鏡写真
研究の目的と仮説
ニイニイゼミのぬけがらの数から羽化した時期と羽化する場所を調べ、これまで立てた仮説が正しいかどうかを検証した。3つある仮説は、次のとおりだ。
研究の方法
観察の方法
ニイニイゼミのぬけがらが見つかりやすい場所を中心に、およそ縦41m×横65m×高さ4~5mの観察範囲で、ニイニイゼミの羽化時期と場所を毎日記録した。比較のため、他の種類のセミのぬけがらも集めて記録した。
ニイニイゼミのぬけがらを見つけやすい観察場所は年々増えていき、2018年に観察領域を拡大してからは、生育環境を大きく3つに分類して継続調査できるようになった。2020年はさらに観察範囲を広げたり、新たな場所を追加したりした。
観察した場所の様子
その観察場所で記録する内容は、日時、セミの種類、ぬけがらの全体写真、白い物質がある場所の拡大写真と雌雄の区別、ぬけがらがあった場所の詳細、ぬけがらがあった場所の音の大きさ(スマートフォン騒音測定器で計測)、気温と湿度だ。
今回も、研究のためにタブレットを使用し、観察しながら記録データを表計算ソフトで表に直接入力した。
仮説①の考察
2020年のニイニイゼミの羽化総数は、440個だった。
ニイニイゼミのぬけがら採集や羽化観察に適した場所をまとめると、次のようになる。
根元に芝生などがあって湿っていながら、幹では風が吹いている。草刈りが定期的に行われ、見晴らしがよく開けている敷地で、地面にはコケ植物がたくさん生えている。木の幹で羽化する場合もコケ植物や地衣類、藻類が見られ、空気がきれいな場所であることがわかる。このような環境の湿った木肌にはカタツムリやダンゴムシがいて、外敵のアリの姿はあまりなく、ハチなども通常は見られない。
また、ニイニイゼミが羽化直前にいたと思われる巣穴の底は湿っていて、ナメクジがいることが多かった。このため、羽化直前までニイニイゼミが過ごす巣穴は、湿っている可能性が高い。観察場所には池があるところもあり、蚊を食べるトンボやセミと同様に半翅目のアメンボなどの水生昆虫の姿も見られた。甲殻類から分岐した昆虫類が水生から陸上進出を果たし、土壌生活(無翅昆虫類)から翅の獲得で空中のニッチへ進出した様子がよくわかる場所でもある。以上のことなどから、仮説①は正しいと考えられる。
仮説②の考察
過去の実験から、ニイニイゼミのぬけがらに付着する白い物質は、タンパク質分解酵素の働きを持つタンパク質の一種であることがわかっている(寒天培養実験結果)。タンパク質分解酵素の働きで、ニイニイゼミが身につけた泥の成分が変化する可能性がある。体液が固まった白い粉状の物質と泥が一体となって、ニイニイゼミ特有の形態となるわけだ。
その特有の形態は、金属イオン結合タンパク質からなる有機無機ナノ複合(ハイブリッド)化合物で、抗菌性を持つ可能性があることが寒天培養実験などからわかった。この性質は、ニイニイゼミが身を守ること、生命のつながりを守ることに役立っていると考える。以上のことから、仮説②は正しい可能性がある。
ふ卵器を使った寒天培養実験
仮説③の考察
これまでの実験から、ニイニイゼミの幼虫と成虫の体液はアミノ酸であることがわかっている。
また2018〜2020年の実験で、幼虫や成虫の翅にある「オリガミクス的ナノ結晶構造状の白い粉状物質」に熱を加えてみた。すると物質は燃えたので、白い粉状物質はタンパク質だと確認できた。これまでの実験で、熱を加えても燃えきらないのが泥と一体化したぬけがら全体の白い物質だ。ニイニイゼミ特有の形態が生命のつながりを守ることに役立っているなら、「オリガミクス的ナノ結晶構造状の白い粉状物質」がナノバイオテクノロジーを担う素材となるという仮説③は正しいと思われる。
結論と感想
ニイニイゼミのぬけがらに付着している白い物質は、タンパク質や金属イオンを含む有機無機ナノ複合(ハイブリッド)化合物で、ニイニイゼミの体液や体液が固まったものはアミノ酸であることがわかった。
「泥と一体となっていない白い粉状物質」は、ぬけがらの翅の裏や、腹などの大切な器官のあたりに見られた。
「オリガミクス的ナノ結晶構造」が、翅や腹のデジタル顕微鏡や電子顕微鏡観察で確認できた。
白い物質は白い粉状物質と泥とが一体化したものであるだろうという予想は、デジタル顕微鏡や電子顕微鏡観察で確認できてよかった。
2020年は、放課後の学校で落ち着いて観察できてよかった。
[審査員] 小澤 紀美子
セミに関する継続調査が多い中でも、地道に兄妹で小学生の時から進めてきた研究です。 今年度の応募の動機は、セミの羽化研究の集大成として長年の「問い」を解明しようとしています。なぜ、ニイニイゼミにのみ羽化殻に「泥と白い物質」が付いているのか、それは「身を守るため!」と考え、そのことを証明するプロセスは、多くの技術的で学術的な支援をひきつけながら進めています。3つの仮説を設定し、さらに新しい調査地点を加えて、寒天培養実験ならびにデジタル顕微鏡・電子顕微鏡での観察を繰り返して、泥と一体になっていない白い粉状の物質がオリガミクス的ナノ結晶構造のアミノ酸であることをゲノム系統学的アプローチで実証しています。このプロセスは未来の科学者をめざす小・中学生に多くの示唆を与えてくれます。今後も研究成果に磨きをかけて、学際的研究分野に探究の翼を広げていくことを期待しています。
池田 昌幹
小学校入学時、多くの友人たちと参加した、ゆかりの森昆虫館主催、筑波山の自然史講座でのアドバイスを参考に、兄の一秀さんと妹の美里さん(当時3歳)が共同で、「セミの羽化」研究に取り組みました。Part1~6は小学校での共同研究(Part5・6は「ぬけがらについている白い物質調査」)。Part7~9は中等教育学校と小学校に分かれて、切り口を変えた異なるテーマの個別研究。Part10~11は、後期課程(高校生)となった兄がアドバイザーとなり、兄の成果である、タンパク質検出実験結果により、白い物質が金属結合タンパク質を含む有機無機ナノ複合(ハイブリッド)化合物であることについて、妹は「泥と一体になっていない白い粉状物質は羽化殻の翅の裏や腹、産卵管、耳など大切な器官に付着し、身を守り、生命のつながりを守る」と考えた、継続共同研究になります。
兄妹で11年、研究を進めたことで、このような賞をいただくことができ、非常に感動しています。