研究のきっかけ
きっかけは4歳のころ、保育園に行く途中でネジバナを見つけ、ねじれていて不思議だなと思ったことだった。ネジバナはラン科の多年草で、日本全国、芝生や湿地帯の明るい場所にごく普通に生えている。株の中心から高さ15~40cmの花茎がまっすぐ伸び、花茎の周りに小さなピンクの花が、らせん階段のようにたくさんついている。
小さな花の奥には蜜と粘着性の高い花粉の塊があり、蜜を吸うために虫が花に頭を突っ込むと花粉塊が付着して運ばれる。図鑑や論文にはネジバナは、蜜を運んでくれる送粉者のハチとの関係でねじれていると書いてあった。ただ、ネジバナは香りが強く夜も咲いているから、ハチ以外の虫も来ているかもしれない。観察すると、らせん形に花がつくものばかりではなく、まっすぐ並んでいるものもある。ねじれる理由がわからなかったので、自分で調べてみようと思った。
2019〜2020年の研究
2019〜2020年は、「ねじれているほうが虫が花を見つけやすいのかもしれない」という仮説を立てて研究した。ハチになりきって、74本のネジバナを5方向から撮影して、見え方の違いを比べた。その結果、5方向どこから見ても、目立つのはねじれた花だった。ネジバナはねじれて花を目立たそうとしているのかもしれない。
次に、ねじれている花とまっすぐな花で受粉率に差があるのか、それぞれ15本ずつ花茎を集めて比べてみた。すると、ねじれた花茎15本についていた花355個のうち受粉したのは337個、しなかったのは18個、まっすぐの花茎15本についていた花252個のうち受粉したのは232個、しなかったのは20個だった。ねじれているほうが虫から見つかりやすいはずなのに、受粉率にほとんど差はなかった。花の見た目が影響しにくい夜ならば、まっすぐ並ぶ花が得になることがあるのかもしれない。翌年からは、夜に来る虫も調べてみることにした。
74本のネジバナを撮影して見え方を比べた
2021〜2022年の研究方法
2021〜2022年の研究の仮説
ネジバナをフリーザーバッグに入れてにおいを嗅いでみたら、強い香りがする。ネジバナを分解しても強い香りがした。これほど強い香りなら、昼の間は目立たないまっすぐ並ぶネジバナにも虫が来ると思った。実際に夕方や夜、上野公園や東京理科大学神楽坂キャンパス、外濠公園に咲いているネジバナを観察すると、花に小さな虫がついていた。夜間、香りに引かれて集まるハチ以外の虫ならば、まっすぐの花のほうが移動しやすく、体に花粉塊がつきやすいかもしれない。
こんな仮説を立てて、小石川植物園や千葉県立中央博物館、神奈川県立生命の星・地球博物館の先生方からアドバイスをいただきながら研究をした。小石川植物園では2021年5月からずっと、実験をさせてもらった。
花に来ていた虫を捕まえて観察
写真のようなかごにペットボトルとじょうごで入り口を設置して、花に来る虫を捕まえるわなを作った。わなの中にたくさんの花茎を入れ、入り口以外から香りが漏れないように、ラップフィルムで覆った。かごのわなは、ペットボトルで入り口をつくったほうが虫がたくさん捕獲できた。が、一度使うと分解して作り直さなければならないので、ペットボトルやプラスチックのコップの中に花茎と虫取り用のシートを入れて捕獲することにした。夜に来る虫を調べるため、わなは夕方設置して翌朝回収した。その他、小石川植物園のネジバナにセマダラコガネがとまっていたので、ネジバナごと採集して観察した。その後、セマダラコガネをフリーザーバッグに入れて冷凍し、実験をした。セマダラコガネをピンセットでつかみ、頭をネジバナの中へ入れて、花粉塊が頭につくかどうかデジタルカメラや顕微鏡を使って確かめた。
インターバル撮影での観察
2021年と2022年で合計721時間、6万7058枚のネジバナの写真をインターバル撮影して、花にどんな虫が来ているのかを調べた。
2021年は6月20日から8月1日まで、小石川植物園でカメラ2台を使って撮影した。朝6〜10時までは1分に1回、夜19時30分〜3時までは1分から40秒に1回、ネジバナの様子を撮影した。昼夜合わせて139時間、撮影した写真は9052枚だった。
2022年は6月10日〜7月25日まで、夜間を中心にインターバル撮影をした。4〜5台のカメラを1〜3カ所に分けて設置し、合計582時間で5万8006枚を撮影した。
インターバル撮影は風が強いとピントが合わず、うまく撮影できなかった。天気予報を毎日確かめて、雨が降らない時間に撮影した。ネジバナは、近くに生えているものを何本か集めて撮影した。
採集した虫の観察結果
作ったわななどで捕まえた虫は、小さなハエやハチ、クモばかりだった。黄色い虫取りシートについた虫を観察したけれど、花粉塊は付着していなかった。わなを仕掛けたのが暑い時期だったので、虫が少し干からびていた。やっぱりデジタルカメラで撮影したほうが、観察しやすいと思った。
小石川植物園のネジバナにとまっていたセマダラコガネは、観察すると口をずっと動かして花をかじっていた。頭に花粉塊のようなものをつけている個体もいた。冷凍したセマダラコガネの実験では、花の中に入れると花粉塊が頭にくっついた。セマダラコガネの体は大きいけれど、頭は2mmほどの幅しかないので、花の奥に頭を突っ込ませることができる。
インターバル撮影での観察結果
インターバル撮影で観察した朝や昼の虫
2021〜2022年の日中に合わせて4267枚の写真を撮影して、どんな虫が来ているかを調べた。撮影した写真を確認して、毎日どんな虫が写っているかを記録した。朝や昼に来る虫は、花の蜜を吸うハチやアブが最も多かった。最も多かったミツバチは花茎の下の花からねじれに合わせて上へ進んでいき、蜜を集めていた。滞在時間は短いけれど、花から花へと移動するので、送粉していると思う。花がまっすぐ並んでいると上へ進みにくいようで、すぐに別のネジバナへと移動していた。
蜜を吸わない虫も日中、数は少ないけれど来ていた。セマダラコガネは花びらをかじって食べていたけれど、めしべは食べていないようだった。コアオハナムグリは頭を花に突っ込んで口を動かしていた。植物の汁を吸うヒメナガカメムシ属の一種とカの仲間は、花の中に体を入れているところを撮影できなかった。アザミウマは茎だけでなく、花の中にもたくさんいた。明け方たくさん見かけるダンゴムシは、日中ほとんどいなかった。
ネジバナの花に朝や昼に来ていた虫
左上から時計回りにミツバチは朝来ることが多く花にいる時間は短い。
ホソヒラタアブはハチに次いで多く、頭に花粉塊がついているものもいた。
花びらをかじるセマダラコガネ、花に頭を突っ込んだまま口を動かすコアオハナムグリ
インターバル撮影で観察した夜の虫
2021〜2022年の夜だけで合わせて6万2791枚の写真を撮影し、夜間のネジバナにもたくさんの虫が来ていることを確認した。夜、蜜を吸いに来ているガやアリもいたけれど、蜜を吸わない雑食や肉食の虫が体に花粉塊をつけているのを観察できた。
夜に蜜を吸っている虫は、ガの仲間が多かった。天敵がいない夜のせいか、ガは長時間花にとまって蜜を吸っていた。けれども夜間、蜜を吸っている虫で、体に花粉塊をつけている例を確認できなかった。
夜には甲虫の仲間やナガチャコガネ、ヨコバイの仲間など、植物そのものを食べたり汁を吸ったりする虫も数多く来ていた。ただこの種類も、体に花粉塊をつけているところは観察できなかった。
夜間、花粉塊を体につけていたのは、雑食のダンゴムシやコオロギの仲間、他の虫を食べる肉食のマキバサシガメ科の一種やシデムシの仲間だった。
ネジバナの花に夜に来ていた虫
花を食べる雑食のコオロギ(左)、肉食のマキバサシガメ科の一種(右)
蜜を吸わない送粉者と送粉の方法
①肉食の虫の送粉方法
夜間の写真を観察すると、蜜を吸わないはずのクモが花に体を入れていた。これは花の中に餌になる虫がいるということだろう。ネジバナの花をカミソリで切って顕微鏡で調べると、花の奥にアザミウマが動いていた。めしべの先にくっついて死んでいるアザミウマもいた。56匹のアザミウマを調べたけれど花粉塊はついておらず、受粉の役には立っていない。今回の観察で花粉塊がついてたマキバサシガメやシデムシなど肉食の虫は、アザミウマを食べに来た時に体に花粉がついたのかもしれない。
顕微鏡で観察したネジバナの中のアザミウマ
②花びらを食べる虫の送粉方法
インターバル撮影での観察から、セマダラコガネは花を食べることで、花粉塊を露出させているのが確認できた。この時、花を食べながら、花粉塊をつぶしているようにも見えた。塊をつぶして体に花粉をくっつけて、他の花のめしべまで運んでいるのかもしれない。コオロギも花をかじったり中に頭を突っ込んだりして、体に花粉塊をくっつけていた。体についた花粉塊を落とそうとしているようで、時間が経つうちにだんだん塊が小さくなっていた。
③ダンゴムシの送粉者としての高い可能性
セマダラコガネやコオロギよりも、たくさん来ていた虫がダンゴムシだ。インターバル撮影での観察では、毎日朝方に数多く現れた。ダンゴムシは花びらやしおれた花を食べて、花粉塊を露出させて体にくっつけていた。ダンゴムシは花茎を歩き回ることで、あちこちへ花粉を運んでいく。この時、ねじれたネジバナだとダンゴムシについた花粉塊が花の中へ届きづらく、受粉の可能性は高くなさそうだった。けれど、まっすぐなネジバナの花だとダンゴムシの脚が花の中へと入っていて、付着した花粉がめしべにくっつく可能性が高そうだった。
観察では明け方に大量のダンゴムシがネジバナへと上っていたので、これだけたくさん来て歩き回っているなら、ダンゴムシによる送粉の可能性は高いと思った。
ダンゴムシの送粉実験
蜜を吸わないダンゴムシが、予想どおりに送粉者になっているのかどうか。確かめるために実験をした。
実験の方法
ネジバナのつぼみがついた鉢植えを他の虫が入れない細かな目の網袋で覆い、袋の中に200匹ほどのダンゴムシを入れた。暑さでダンゴムシが死んでしまわないように日陰に置き、餌やりと水やりを毎日行ってネジバナが受粉するかどうかを確かめた。
受粉結果
花が終わったネジバナを調べたところ、受粉しているものとしていないもの、両方があった。受粉できたものは、ダンゴムシが送粉者となった例だと思う。ダンゴムシにネジバナが食べ尽くされないように早めに収穫したことや、枯れたものがあったせいで、観察できたネジバナは少なかったけれど、ダンゴムシはネジバナを受粉させることができると思った。
花の上半分と下半分の色が違う理由
昼と夜で受粉させてくれる虫の種類が違うなら、ネジバナはどちらの虫にも見つかりやすい工夫をしているかもしれない。そこで、日中に上から見たネジバナの花と、夜に下から見たネジバナの花の写真を比べてみた。
その結果、昼に上のほうから撮影したネジバナの写真はピンクがとても目立っていた。夜に下の方から撮影したネジバナは、下半分の白い部分がとても目立っていた。ネジバナの花は、下から見ると白い花だった。
結論と考察
ねじれとまっすぐがある理由
2020年までの研究では、栄養を節約して短い茎に花をいっぱいつけ、花を虫に見つけてもらいやすくするには、らせん形にねじれているほうが得という結論になった。ネジバナにハチが通れない細かな目の網をかけると、ねじれたものよりまっすぐや変わり咲きのほうが花の受粉率が高くなった。インターバル撮影の結果、昼は天敵に狙われにくいハチがたくさん来て、夜はゆっくり歩く虫がたくさん来ている。夜に来る虫は花がまっすぐ並んだ花のほうが歩き回りやすく、花粉塊を運びやすいのかもしれない。どの花茎が得か来る虫の種類によって違うので、どんな場所でも種を残せるように、ねじれネジバナとまっすぐネジバナの両方が存在するのだと思った。
新しい送粉の方法について
図鑑や論文には、ネジバナはハチが受粉させていると書いてある。けれど観察してみると、ネジバナにはハチ以外にもたくさんの虫が来ていた。
上から見るとピンク(左)、下から見ると白い(右)ネジバナの花
[審査員] 邑田 仁
ネジバナの花序がなぜねじれているのかという疑問はポリネーションとの関係で興味をもたれていますが、最近の論文では、ねじれない花序の方が実がよくできる(受粉率が高い)という事実が発表されており、その謎は解明されていません。この研究も、なぜねじれているかという疑問から出発していますが、これまでにない2つの特色によりユニークな研究にまとまっています。1つは、花に良い香りがあるという、夜に花に来る昆虫をポリネーターとして利用する花の特徴に注目していること。もう1つは、夜間に活動するポリネーターに注目していることです。観察方法として自動撮影カメラの使用がとても有効でした。その結果、ネジバナというマイクロハビタット(微小環境)で、昆虫ばかりでなくクモやダンゴムシまで多様な生物が生活を営みながら交流し、ネジバナの送粉にも役立っているかもしれないという壮大な事実が浮かび上がってきました。精度を高めて行けば、さらにりっぱな論文になると期待されます。
神奈川県立生命の星・地球博物館 学芸員 石田 祐子
熊谷さんの地道に自然を見つめ、次々と課題に取り組み新たな発見をする行動力にいつも感心しています。私が初めて研究相談に乗ったのは、熊谷さんが小学2年の2021年4月で、保育園の頃から始めた2年分の研究の話を聞かせてくれました。自然のこと、中でも特に植物に強い興味を持っていることがとてもよくわかりました。
それ以降、熊谷さんは自主的に小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)や千葉県立中央博物館にも研究相談に赴き、多くの研究者と話をすることで、どんどん研究を深めています。その成長のスピードには目を見張るものがあります。
その後も私は継続的に研究相談に乗っていますが、熊谷さんは、毎回たくさんの調査結果を携えて会いに来てくれます。その際、こちらの問いかけにいつも自分の言葉で答えてくれるので、しっかりと研究に取り組んでいる様子が伝わります。この賞を励みに、今後も研究に取り組んでくれたら嬉しく思います。